第35話 塔の怪物
蜃気楼の塔・現在たぶん22階層
たぶんというのは、この塔がいわゆる塔という概念がまるで当てはまらない異質な物だからだ。
まず階段という物が存在せず、フィールドを進んで行くと突然空間が切り替わるのだ。
その切り替わりを体感することで、どうやら階層が変わったという認識になるらしい。
しかも、その階層の切り替わり方もあまりに唐突だった。
森から突然砂漠に移ったと思えば夏から雪山に切り替わる。
塔の中というより、ドラえもんのどこでもドアをくぐり抜けたみたいな感じだ。
でもさ……これって、本当に上層に登ってるんだよね?
そんな疑問を持った時点で負けな気はするんだけど、どうにもこうにも……
最初に懸念した100キロ耐久階段登りの旅よりはマシかも知れないけど、塔を登った感じが無いのは……ひたすら広い所を彷徨い歩いているだけな気がして不安になる。
まあ、アル君や周りを見ても慌てた様子は無いから間違いは無さそうだけどさ。
「捕ってきたで~」
そんな中、危機感の無い間延びした感じで戻ってきたジョーさん。
その腕の中には大量の甲殻類。
ただし、食欲を全くそそらない色合いだ。
「どれもこれも毒持ってそうな色合いばかりなんだけど……」
引き攣るシャルに激しく同意である。
「大丈夫です。この子達は毒を持っていないからこそこの色合いなんですね。これは毒も無いのに毒を持っているように見せ掛けた虚勢を張ってるだけなんです」
身も蓋もない説明だった。
それにしても海も湖も無いのに甲殻類……
いや、よくよく考えてみたらヤシガニも陸生だったよな。
アレも食欲湧かない色をしてた。
こいつは火を入れたらたら赤くなるんだろうか?
この色のままだったら食中りしそうで正直、食欲は欠片も湧かない。
「野営の準備は出来てるぞ! 食材を頼む……って、捕ってきてもらって言いたくないけど、これは……ヤバそうだな……」
「それ過去にこの塔に来た時に食べましたが味は良かったよ」
「アルキュン勇気あるわね、こんな不気味な物を食べるなんて……」
「ボクが昔食べることに全く興味が無かったのもあるけどね」
「あら、そうなの? ちょっとリョウたん、ちゃんとアルキュンの胃袋掴んでる? 料理ぐらいちゃんと出来ないと、アタシに取られちゃうわよ♪」
「あ、それは無理なんで有り得ないです。他を当たって下さい」
「ちょ、アルキュン、アタシのあしらい冷たすぎ~!!」
アル君の鉈を振るうようなツッコミにIKKOが増えた瞬間だった。
「賑やかなのもよろしいですが、まずは食事を先にしましょう。調理はこのガイアめにお任せていただいてもよろしいかな?」
おおよそ料理とは無縁そうな外見のガイアが盾を地面に置くと、内側のグリップを取り外した。何をするのかと見ていると、手際よくヤシガニ風な甲殻類の足をへし折り盾の内側に入れていく。
金属製の盾を鍋代わりか。
かさばる荷物を最小にする為とは言えなかなかファンキーな使い方である。
眺めているとさらに荷袋からはゴボウや大根みたいな根菜類が出てきた。
そういや、ここに来る途中で地面から何か引っこ抜いてたのは見たけど。
ヤシガニモドキといい野菜といい全て現地調達か。
そういや中学のキャンプ学習でも水と食料が一番かさばった記憶がある。
長期の旅をするなら現地調達がするための知識が必要なんだな。
冒険をするのに知識が大切だって、ベアさんかカメさんの動画か何かで聞いたことがあるけど、なるほど食べ物一つでも知識ってヤツが必要なんだな。
「どうしたのリョウ? そんなにジッと見て」
「うん? いや、ガイアさんの料理の手際がすごく良いなって思ってたの。料理はあまりやったこと無いけどさ、俺も作り方覚えたらアル君喜んでくれるかなって」
「あ、うん。ボクは、ほら、正直食事に興味無いような味覚音痴だったけど、でも、リョウが作ってくれるなら……」
「えへへ、アル君でも照れてくれるんだね」
「そりゃ、そんな素直に言われたらね」
「甘~い!! 甘すぎるわ、あんたら!! お姉さん年齢的に糖尿病に気を付けないと駄目なお年頃なのに糖分多すぎて糖尿になりそうよ! 邪魔だから向こうに行ってなさい!!」
ペイッ!
と、まるで放り捨てるみたいに調理場から追い出された俺たち。
「おかしいなぁ、ボク雇い主のはずなんだけど……」
「アル君、追い出されちゃったね」
「リョウが人前でも甘えるからだろ」
「だって~。人がいっぱい居るなんて久しぶりで楽しかったけどさ」
「けど?」
「アル君とずっと二人で一緒に居るのが当たり前だったのに、人が増えてから、アル君と話す時間が減って寂しいって言うか……」
「アハハ」
「何で笑うのさぁ?」
「いや、だってリョウの尻尾が」
「尻尾? だから尻尾は無くなったって……ああ、俺の尻尾!?」
自分の尻の辺りを見ると、銀色のふさふさの尻尾が千切れそうな猛烈な勢いで左右に動いているのだ。
「おいこら、何を勝手に動いて!!」
アル君と一緒に居るとか思えば思うほど尻尾が言うことを聞かない!
これじゃ馬鹿犬丸出しだ><
結局、俺は自分の尻尾のせいで良い雰囲気を生み出せなかった。
と言うか、そもそもこんな大所帯でイチャコラ出来るはずも無いんだけどね。
流石に俺でもTPOはわきまえてますよ。
ホントだよ?
とにも、そんな訳で俺たちは適当にほとぼりが冷めた頃に野営地に戻った。
「あれ?」
「どうしたの?」
突然、鼻をヒクつかせた俺にアル君が警戒の構えを取る。
「あ、ごめん。違うの、そうじゃなくて、この匂い……」
「匂い?」
そう、この匂い……
故郷に居た頃は当たり前すぎて特に感じなかったけど……
そういや、誰かが言ってた。
長期海外旅行から日本に戻ると空港でミソや醤油、魚の匂いがするって。
海外旅行何て行ったこと無いし、そこに住んでいるのが当たり前でとくに故郷に思い入れがあった訳じゃ無い。
訳じゃ無いけど、これは……
「アル君!」
「な、何?」
「これ、ミソの匂いだ!!」
「ミソ?」
「俺の故郷の味!」
気が付くと、飛び込むみたいに盾鍋の周りに座ってしまう。
「どうされた、リョウ殿?」
「これ、すごく懐かしい匂いで……その、すごく良い匂いで……」
「そうか、リョウ殿は戦渦で……もし、これを食べて貴女の記憶を取り戻す切っ掛けになるなら元とは言え料理人冥利に尽きる話だ。さあ鍋の具は沢山ある、遠慮せずに食べてくれ」
本当はそうじゃない、そうじゃないけど……
久しぶりに食べた味噌鍋はすごく旨くて……
「リョウ……」
アル君は小さく呟くみたいに俺の名を呼ぶとハンカチを手渡してくれた。
何のために?
と思ったが、俺の頬が何故か冷たい。
そうか、泣いていたのか……
「ありがとう、アル君……」
「良いよ、ストレスなんて知らないうちに溜まっているものだからね」
「うん……」
じぃちゃんのこと思い出したり、俺は知らず知らずのうちにホームシックにかかっていたみたいだった。
でも、こればかりはしょうが無いよね。
「泣ける時に泣いた方が良いよ。心の枷は肉体を蝕むから。どんな切っ掛けでも前に進む力になるなら大切にした方が良い」
「うん、ありがと……」
「ほらほら、暗くしててもしょうが無いから、いっぱい食べてさ、元気付けちゃお」
「そう、シャルの言うとおりよ。ねえ、改めて聞きたいんだけど、ここから先に進んだことがある人ってどれくらい居るのかしら?」
ナージャの問いかけに、学者コンビも含めて手が上がる。
うん、このまったりした学者二人がこの過酷な塔の先を登っているのは以外だけど、初めてなのは俺だけみたいだ。
「俺達は58階までなら踏破している」
「悔しいが59階の怪物には残念ながら敵わず撤退を余儀なくされた」
猪の獣人コンビはアル君とほぼ同じ階層まで到達しているのか……
そして、アル君すらも苦しめた例の怪物に敗北した、と。
「あたし達は47階までよ~」
「40階過ぎた辺りからの突然の迷宮仕様に手を焼いてね。思うように進めなかった」
「アレは完全な油断だったわよね~。塔の中で食糧の補給が出来ると油断してたから、迷宮に踏み込んだ時にはほとんど食料がなかったのよね」
「ま、今の俺たちには先を踏破されているマッシュさん達の力と、ヒデさん達の知恵がある。何とかその先には進めそうだな」
ふむ、どうやらロイ達は元々パーティを組んでいたらしく、その能力はマッシュ達にも引けを取らなさそうだ。
攻略の階層差が出たのは、恐らくは経験によるものって所かな?
ただ、意外だったのは学者コンビだった。
「わしらは78階かな?」
「そうですね、確かその辺りだったと思います」
何とこの人畜無害そうな二人が、アル君やマッシュさん達よりも先に進んでいたというのだ。
「まあ、わしらは戦いが目的やないし」
「そうですね、ほとんど戦わなかったから波風立てずにそこまで行けたという感じです」
何だか、項羽と劉邦の関中争奪を思い出す話だな。
でも、そうか……
強い人ってのはさっきの俺の根腐れさせる方法が思いつかなかったみたいに、火力に頼りがちなんだろうな。
別に魔物を滅ぼすのが目的って訳じゃないし、踏破することを優先するなら学者二人みたいな攻略が意外と正しいのかもしれない。
だけど……
「楽しみですな! 前回敗北した相手にリベンジ出来るチャンスがこうも早く巡ってくるとは!」
「そうですな、今度こそ全力で叩きのめしてやりましょうぞ!」
あかん……
このTHE・脳筋コンビに迂回という選択肢は全く無さそうだ。
ただ、アル君の話だとあんたらを敗走させた敵は、予定ではもう居ないはずなんだけどね。
「まあ、あたしも背後から不意打ちされる危険性を考えたら露払いしときたいわね」
「そうね、上階に行けば行くほど敵数も多くなるし、下手に挟み撃ちを受けたら柔い私たちはあっという間にあの世行きとかになりかねないわ」
ふむ、四人組も同意らしい。
確かに重戦士の二人なら守りからの反撃は可能かも知れないが、軽戦士や罠士、魔術師にオネェだと挟撃されると厳しいかも知れない。
そう考えると学者コンビの利口なチキン戦法は大所帯向きでは無いのかも。
それなら逆に学者コンビの知識を利用して、戦闘は極力避けながらも疲弊しない程度に露払いして進んだ方が良いのか。
そんな事を考えていたらアル君も同意だったようだ。
「この先の魔物は確かに強敵になってくる。極力戦いは避けるが、挟み撃ちの懸念を十分に払拭してから進むようにしよう。それと、今日は初日でここまで踏破できたけど、明日は39階層までを目安に。その先の40階から60階までは一日10階層の攻略を目安にしたいと思う。異論ある者がいるなら遠慮せず声を上げてほしい」
「休める時には十分に英気を養いつつ、踏破すべき階層に余力を残しつつ登るのですな」
「ふむ、我ら二人に異論無し」
「はいは~い、あたしもアルキュンに賛成!」
「わしらもそれでええで。って言うか戦闘のほとんどは周りにお任せ状態やけどな」
どうやら皆もアル君の発言に異議は無いようだ。
確かに現状出来る最良の進み方だろうしね。
「それと、気を付けるべき魔物の再確認だけど……50階以上に巣くうトロルと55階層のヒュドラ、これには十分に注意して欲しい。あいつらは両方とも異常な生命力を持っている、確実に頭と心臓を破壊し可能なら肉片まで焼き尽くすこと」
おお、何という殺伐とした指示。
だけど、俺でも知っているメジャーなその二体のモンスターはゲームでも確かに頑丈だもんな。
ここはアル君の指示に従うのが正解だろう。
「あ、良いですか?」
それまで口を挟まなかったヒデさんが挙手する。
「どうしました?」
「実はこの先、60階層以上にはドゥモウとマインドイーターっていう陸生種が生息しているのですが……」
「ドゥモウにマインドイーターだって!?」
その名を聞いた瞬間、アル君の顔色が変わった。
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