第33話 降り積もる罪悪感

 塔の前にはこの間のおじさん二人と獣人色の強い男が三人と女が一人、それと人間に近い半獣人(ケモ耳やケモ尻尾がある程度)の男女が二人居た。


「待っていたぞ、アルハンブラ殿」


 新メンバーになる大盾を持った屈強な獣人……

 猪っぽい見た目のおっさんが声を掛けてきた。


「アル君、彼ら全員なの?」

「うん、そうだよ。この町でも間違いなく上位の戦闘力を持っている戦士達だ。彼らの力があれば間違いなく前回のボクを超えられるはずさ」


 前回のボクを超えられるはず、か。

 自信家なアル君にしては本当に謙虚な発言だ。

 いや、そもそも仲間を必要とするあたりこの塔の難攻不落さを窺える。

 ただ、その、さ……

 いや、別に文句を付ける気は無いんだけど……

 えっと、見た目からして分かるこの年齢層の高さよ。


 ざっとだけど聞いた自己紹介と俺が感じた印象をまとめると、


 獣人男(猪) 重戦士・マッシュ 五十歳

  ラスボス感さえ漂う重厚感。


 獣人男(猪) 盾士・ガイア 四十六歳

  ラスボスの頼れる腹心って感じ。だけどアニメなら腹黒そう。


 獣人男(狼) 双剣士・ロイ 三十一歳

  雰囲気はイケメンだけど、巨大ロボアニメならほぼ居るだろう中盤まで厄介なオネェキャラ。


 獣人女(狐) 精霊魔術士・ナージャ 四十五歳

  死ぬ瞬間に、アル君か俺辺りに実は貴方の母親なの……とか言い出しそうな雰囲気。


 半獣人男(狼)軽戦士・ゼノン 三十七歳

  善人そうだけど、ワンクール終わる前に忘れられそうなキャラ。


 半獣人女(兎)罠士・シャル 二十三歳

  可愛いけど兎なだけに性欲強そう。アル君に近づけちゃあかん気がする。


 半獣人男(犬) 戦う学者・ジョートゥ 四十八歳

  顔は悪くないが、全体的に疲れが見える。アラフィフなアイドルって感じ。


 半獣人男(犬) 生物学者・ヒデーオ 四十二歳

  良い人そうだけど、好きな物へのこだわりが強すぎて周りはヒキそう。

 

 えっと……俺が十五歳でアル君が十三歳。

 平均年齢三十五歳の大所帯。

 跳ね上がったなぁ平均年齢。

 まあ、アル君が攻略に必要と判断したメンバーだし実力は折り紙付きだろう。

 ただ、間違いなく強いには強いんだろうけどやっぱり・・・・回復術士が居ないのが気になる……


「アル君」


 俺は小さく耳打ちする。


「何だい?」

「前衛も後衛も間違いなく強そうだけど、これって完全な速攻制圧火力型だよね? 回復とかはどうするの?」

「回復か……」


 実は昨日、お風呂の後にアル君が調達してくれた武具に袖を通していたのだが、その時すでに教えられていたことがある。

 それは獣人族には癒やし手が居ないという驚愕の事実だ。

 元々、獣人族は自然崇拝なため所謂神に仕える神官というものが存在しないらしい。

 また肉体も他種族に比べて圧倒的に頑強なため、日常生活においては骨折のような怪我さえも町医者の応急手当程度で全てが事足りるんだとか。

 とは言えそれは本物の獣人の話。

 俺たちみたいなポッと出の偽獣人はそうはいかない。

 怪我をすれば重傷を負うし自然治癒だって当たり前だが人並み程度にしか無い。

 だから、盾士タンクが多く欲しかったんだけど、どう考えてもこのメンツじゃ総攻撃短期決戦型にしか見えない。


「生憎と無信仰なボクじゃ神の奇跡は使えないし、仮に使えても人間の法術をこのメンバーで披露するわけにはいかないしね」

「じゃあ怪我には十分注意しないと、だね」

「うん。だけど精霊魔術の中には回復を司る精霊がいるから、もしもの時はナージャの力に頼ろう。後は学者コンビの薬学とボクが多少使える錬金術があれば道中で回復薬も作れるし、最悪魔素を無理矢理合成して回復を促すことも出来る。ただ効率はかなり悪いから当然だけど極力怪我には気を付けないとね」


 アル君の言葉の端々に感じるのはやはり慎重な雰囲気。

 それは、あの森で俺に最初の試練を与えた時のアル君の感じを思い起こさせた。

 あの時も、アル君は森の危険性を十分に教えてくれた。

 ……それをことごとく破ったのは俺だけどな。

 もう、二度とアル君にあんな心配はさせない。

 心配してくれたのが嬉しいとか、そんなアホみたいな欲求を挟む余地なんてこの塔には欠片も無いんだ。


 俺は自分の鼓動がわずかに早くなるのを感じた。


「皆、命がけになる突然の依頼でありながら誰一人欠けずに集まってくれたことを感謝します」


 アル君が塔の前で挨拶する。

 それに一番に反応したのは、双剣士のロイだった。


「良いのよ、あたしらはあたしらで塔の攻略は実りのある仕事の上に前金であんなに報酬を頂けたんですもの。それに、ふふ、こんなに可愛い坊やからの依頼、あたしが断れるわけないじゃない」


 うん、最初の挨拶と見た目の雰囲気だけじゃ無く中身もガチだった。

 もしかしたら、アル君に一番近づけちゃイケナイのはこのオネェさんかも知れない。


「アルハンブラ殿、我々としてもただ無為に貴公の依頼を受けた訳では無い。貴公が我々に示してくれた間違いなき力……あの地形をさえも歪める唯一無二なる力は虚飾などでは決して示せぬ力だ。虚飾無き力の呼び声に応えぬなど武人としてはあるまじ恥であろう」


 地形さえも歪めるちからぁ?

 重戦士マッシュの見た目と中身が一致するTHE・NOUKIN発言に、俺はアル君が何かをやらかしたのだろうと察した。

 そういや俺が身分証を再発行している時に小さな地震みたいな揺れがあったけど……

 まさかアル君じゃないよね?


 俺の隣に居るアル君を見るとまるで他人事のように涼しい顔をしていた。


 うん、深く考えるのはやめよう。

 考えすぎは身体によろしくない。


「皆それぞれ思惑など様々あるだろうが、この塔で得た報酬・知識は平等に分配する。ボクが手に入れたい物に関しては、それの資産的価値を皆を交えて十分に検証した上で、買い取ると言う形で平等に資産分配したい」


 お~、と言う声が仲間達から上がる。


「この塔に関してはすでに挑戦した者、未挑戦の者それぞれ居るだろうが危険な噂は十二分に伝わっているはずだ。故にボクが提示出来るのは下世話だと認識した上で言わせてもらうが、分かりやすく平等なる報酬という形で対価を支払う。もちろん、活躍が著しければそれに見合う対価も支払わせて頂く」


 単純に対価と言わない辺り上手いな。

 あくまで下世話なことと前を置きして自分の提案を卑下することで仲間のプライドやモチベーションの維持を図っている。

 コミュ力高くないくせに、こういう所はさすがと言う感じの抜け目の無さだ。


「アルハンブラ殿、貴公の誠意は先に前金で払って頂いた我々への報酬の時点で十分に伝わっている」


 と、盾役のガイア。


「値切ること無く我々を正当に、いや、それ以上に評価して頂いたと思っている。我ら傭兵、金銭という分かりやすい対価でのみ動く下賎の身なれど、評価して頂いた信義に応えるぐらいの気概は持ち合わせているつもりだ。どうか安心されよ」

「そう言うことよ。あたし達は坊やから頂いた評価に値する働きは絶対にするつもりよ。ドンと任せてちょうだい」


 ガイアのおっさんかっけぇ。

 戦うオネェさんもかっけぇとか思っちゃったよ。


「こ~ら、ロイ坊、雇い主があんたの好みだからって坊や呼ばわりはやめなさい。この爛れショタコン」

「あによ、あんたこそレズのクセに他人の性癖をとやかく言わないでよ。そんなだからいつまでも行き先がなくて影で『ハイパー・行かず後家』』とか言われてんのよ、おばさん」

「あん!? てめぇ、もっぺん言ってみろこの玉無し!!」

「ふん、残念だったわね、あたしは玉も竿も両方あるわよ!! 取ったら楽しめないじゃない。そんなのも知らないなんて、アンタこそ干上がってドライマンゴーになてんじゃないの?」

「上等だゴラァ!! その体毛あたしの業火で焼き払って永久脱毛してやろうか!!」

「女狐がグダグダグダグダ! 術を唱える前にそのよく回る舌ぶっこ抜いてタヌキの餌にでもしてあげるわよ!!」


「ねぇ、アル君」

「どうしたの?」

「塔を攻略する前から大惨事な気がするんだけど……」

「喧嘩するほど何とやら。腹に一物抱えているよりも出し切ってくれた方が後腐れ無くて良いと思うよ」

「出し過ぎな気がするけど……」


「はいは~い、あたしは腹に一物じゃなくお股に一物あるわよ~。出し切りた~い♪」

「いい加減にせんか! 貴様は品がなさ過ぎだ!!」


 ゴンッ!!


「いったー!! マ、マッシュの旦那ぁ。アンタがグーを握っちゃダメだと思うのよねぇ」

「いつまでも騒いでるアンタが悪いんでしょ。ほらほら、早くアルハンブラさんにご免なさいしなさいよ」

「この野良兎、良い子ぶっちゃって……」


「ジョー殿、私たち素晴らしく空気ですな」

「嫁はいないけど空気が読める大人ですから、わしら」

「なるほど! と言いたい所ですが、ジョー殿、残念ながらいつものキレがありませんな。やっぱり嫁絡みのネタは不得意ですか?」

「独身ネタは言わんといて~な~」


 い……いたたたた。

 何処か分からないが、俺の中の指じゃ触れられない場所がキリキリと痛み出した気がした。

 この冒険本当に無事に終わるんだろうか?


 そんな不安に駆られるグダグダな感じで始まった塔の攻略。

 まず先に言っておきたいのは【塔】とは言ってるが、その中は外観以上に広大な空間を要する不思議な世界だった。

 入り口の守衛に許可証を見せ、俺の身長の数倍はある巨大な扉を開けた瞬間広がる広大な空間。

 そこは以上に緑の溢れた、アル君と一緒に住んでいたあの森にも似た印象を受ける綺麗な大自然だった。

 そして空には――

 なるほど、さすがクリスタルタワーの異名を持つだけのことはある。

 それは外観の透明さだけを表現しているのではなく、塔の中と思わせないほど陽光が差し込んでいることにも由来するのだろう。


 圧倒的な塔の中の迫力にただただ呆然としていると、


「おや? この塔が珍しいのですか?」


 問いかけてきたのは、えっと、確か……影の薄い使い手……じゃなくて、軽戦士のゼノンだった。


「あ、うん、塔の大きさもすごいと思ったけどさ、中が森の中みたいになっていてビックリしたよ」


 純粋な驚きを伝える俺にゼノンが一瞬きょとんとした顔をする。

 え?

 俺、何かマズいことでも言ったか?

 それとも美少女なのに口が悪くて驚いたか?


「あ、失礼。この世界でこの塔を知らない人が居るとは――」


 とそこまで言いかけて、罠士のシャルがゼノンに肘打ちをした。


「ゼノンさんゼノンさん、忘れたの。リョウさんは過去の記憶が壊れてるってアルハンブラさんから聞いたじゃ無い」

「あ、そうだった。戦禍に巻き込まれて記憶が……すまない、一番苦労しているはずの貴女に迂闊なことを言ってしまった」

「あ、いや、その、うん。頭がさ、ちょっと……えへへ、ごめん。気にしないで」

「そう言って頂けると助かります」


 申し訳なさそうに謝罪し頭を下げるゼノン。

 その紳士的な態度は俺が思い描く傭兵とはあまりにも性質が違い面を喰らってしまう。

 だけど、それ以上に背中を預ける仲間にも嘘を重ねている自分って何なんだろ……

 そんなことばかりが頭の中を支配する。


 それは仕方が無いって言い続けてる自分はどこかにいて。

 だけど本当に、本当にそうだろうか?

 俺だって真実を伝えるのがいつも正しいだなんて思っちゃいない。

 俺が秘めている真実を伝えたからって、誰が得するはずもないし解決できない真実を告白されも持て余されるだけだ。

 それぐらい、いくら俺がガキだからって分かってるつもりだ。


 分かってるんだけどさ……


 この世界に来てから、アル君以外の出会う人出会う人にただただ嘘を重ねてる自分。

 心配してくれる人達にまで嘘をついて……

 そうすることだけでしか存在出来ない自分って何なんだろ?

 これじゃ俺ってこの世界にとってガン細胞みたいな異物じゃん。


「リョウ、どうしたの?」


 アル君が気遣うみたいに声を掛けてくれた。

 何時だってオレを気に掛けてくれるのに俺は全然前に進めていない。

 行き場の無い申し訳なさが込み上げてくる……


「本当に大丈夫かい? 顔色があんまり良くないみたいだけど」

「うん、大丈夫だよごめんね。初めて見た景色に驚いて興奮しすぎたみたい」

「そうかい? 本当にそれだけなら良いんだけど……」


 本当に心配してくれている声音がどこまでも心地良いい。

 だけど俺は――

 

 アル君にさえも嘘をついてしまったことに、心のどこかに棘が刺さったみたいなしこりを忘れることが出来なくなっていた。

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