第32話 腹黒少年のデレと古の塔
目を覚ますと俺を覗き込むアル君の姿が。
そして、気が付く。何故か上半身が裸だ。
そしてさらに気が付いたことだが、肌に感じるシーツの感触から俺も裸……と言うか全裸だ……
こ、こりは……
「ア、アル君!? 俺たちついに夜中のマッスルドッキングを!!」
「アホ!」
「俺のこと抱いといてアホとか酷い!!」
立て続けに絶叫した途端込み上げてくるのは怒りでは無く胃の奥からの酷いムカムカ。
あ、あれぇ?
アル君が歪んで見えるぞ?
ってか、床が壁みたいにそそり立ってきた!?
「……アル君大変だ、俺たち何者かの攻撃を受けている。視界を歪めるスタンド攻撃だ……うぇぷ……」
「黙れ酔っ払い」
「よぱ? え?」
「キミ、昨日のことどこまで覚えてるの?」
「えっと……アル君と二人で食堂に降りて行くとこまで、かな?」
「記憶全部ぶっ飛んでんじゃん!」
「ひゃわ!? 大きい声出さないで頭に響く……」
な、何だこのかつて無い気持ちの悪さは……
スタンド攻撃じゃ無いなら一体?
おうぇややややや……
あかん、ほんとに気持ち悪い。
「キミ、食前酒で酩酊して暴走したの覚えてない?」
「えっと……まったく」
「二度とお酒を呑まない! 特に他の男の前では絶対に禁止!!」
「う~……えへへ……」
「何、頭の緩そうな笑い浮かべてるのさ」
「頭が緩いは余計だよ。だってさ、アル君がそう言ってくれるのって、俺が他の男に触れられるかも知れないの嫌がってくれてんでしょ?」
アル君が少し頬を赤らめてから口元を歪める。
えへへ、照れて可愛いの♪
「わぷっ!」
そんなことを思っていたらアル君に突然タオルを投げ付けられた。
て~れ~隠~し~……って、このタオルくっさ!!
「アル君、これ何? ヤバイ臭いがビッシバシしてるんですけど?」
「ボクがどうして裸か分かる?」
「や、裸は後から堪能するから、今はこの悪臭放つタオルがね!?」
「ボクもキミも裸なのはその悪臭を放ったのがキミだからだよ!!」
「ふぁ!? 俺の体臭こんなにヤバイ!?」
「キミの脳はどういう思考回路をしてるんだ! 部屋に戻ってから散々暴れて吐きまくったんだよ、しかもチーズとワインというダブル発酵食を!!」
「…………え?」
吐いた、俺が?
見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない美少女なのに?
TS野郎のゲロイン仕様とかそれってどこに訴求力があるんだろう。
アヘ顔以上にニッチすぎやしませんか?
「何考えてるか分からないけどさ……」
「さすがのアル君でも俺の思考回路は読めぬか」
「読まない方が身の為だってボクの危機管理能力が警鐘を鳴らしているんだよ」
「ふ、反論の余地もありません」
「キリッとした顔して言うな。あと、店主にお願いしてお風呂を用意してもらったからさっさと身体洗っておいで」
「ふぁ~い……」
……ちゃぽ。
湯気立つ水面に波紋が一つ。
「情けない……」
湯船に浸かりながら思わずこぼれ出たぼやき。
頭の先までお湯の中に潜りながら見上げた天井は、お湯の中で揺れる自分の髪の毛であっという間に覆い尽くされる。
(髪、本当に長いな……)
我ながら実に今更な感想。
湯船から出て浴室の鏡に映る姿。
元の自分の面影がどこか残る顔立ち。
と言うか、幼い頃には双子とよく間違われた姉貴にもどことなく似ているし、今更だけど子供の頃にウェディングフォトで見た母さんの若い頃に激似だ。
「ま、母さんこんな髪色じゃないしケモ耳もケモ尻尾も無かったけどさ」
鏡の横に置いてある石けんの代わりの何だかって木の皮を水に浸す。
桶の中でガシガシこすると泡立つ木の皮。シャンプーや石けんが欲しい。この世界にあるんだろうか?
あったとしても、きっと高級品だろうな……
自分の中の当たり前がこの世界じゃ贅沢品。
そんな当たり前のことを考えながら手に取った泡を自分の胸にすり込んでいく。
我ながらエロい身体だと思うけど、数ヶ月も経てば嫌でも身体の洗い方ぐらいは慣れる。
アル君の家に住んでいた頃はおっかなびっくり照れ満載で洗っていたけど、今や多少の違和感はあっても自分の身体だと認識している。
こうやって慣れながら俺は一つずつ何かを失って生きて行くしかないんだろうな……
って、いかん!
俺としたことが、また似合わないマイナス思考モードに嵌まりそうになった!!
適当に泡を洗い流し全てを誤魔化すみたいに慌てて湯船に飛び込む。
俺が向こうの世界で読んでいたラノベと違いこの世界には普通にお風呂がある。
日本的な大浴場とかは無いらしいけど、それでもちょっとした宿屋で湯船に浸かれるのはありがたい。
そういやアル君の家にもお風呂があったな。
あれは俺の居た世界だと五右衛門風呂って言ったはずだ。
またもや今更だけど、五右衛門風呂をこっちの世界に持ち込んだヤツが居るのか?
俺みたいな奴が居てもおかしくはないよな?
もし、居たとしたならそいつはどうなったんだろ?
あの獣人の男性みたいにどこかで苦労しているんだろうか……
「…………分かんね、調べようが無いモノは考えるだけ無駄だよな」
ため息を一つ。
外にちょっと出ただけでこんなに悩むことが増えるとは。
ん?
ふと見た鏡に映る俺のケモ耳は、まるで感情を表すみたいに右耳だけがペソっと垂れていた。
「ふ……何て感情表現豊かなわがままボディなんだ。ふぅぅ……よし気持ち切り替えろ、俺。ただでさえアル君に色々バレバレなのに余計な心配させちゃうだろ」
パンッ!
とタオルヌンチャクで背中を一叩きし気合いを入れた。
お風呂で酒気が抜けてスッキリして部屋に戻ると、アル君が床に地図を広げていた。
「アル君何見てるの? わっ、ずいぶんと細かく描かれた……迷宮?」
問いかける俺に苦笑いで頷くアル君。
その表情の意味することが気にはなったが、それよりも俺がその地図に釘付けになったのはとてつもなく不穏なマークが描かれていることだった。
「ドクロの印って、それもう致死性しかなさそうなマークじゃん」
「これから行く塔はボクが攻略した範囲まではマッピングしてるからそれを確認してたんだけど……改めて見たら上層は罠だらけで吹き出しそうになったよ」
「アル君、俺にはその笑いのツボが分からないよ?」
「ま、上に行けば行くほど罠もモンスターも凶悪になるから、ボクから離れないように十分に注意してね」
爽やかな笑みとは真逆の内容。
だけど、俺とアル君の未来がそこにかかっているかも知れないなら……
俺はどちらにせよ覚悟を決めるしか無かった。
朝、宿屋の酒場。
朝食はゆで卵にうっすい豆のスープと鈍器みてぇに硬いフランスパンもどき、以上。
悲しすぎるほどに寂しい簡素な朝食。
それでも、アル君に言わせればゆで卵が付くなんて相当贅沢な朝飯だ、とのこと。
卵ってもしかして高級品だったりするのか?
それにしてもよくマズ飯代表のネタにされる産業革命以降のイギリスでも、もうちょっとマシなもん食わせると思うんだけどなぁ。
出汁文化の日本料理みたいのを期待するのがそもそも間違いなんだろうけどさ。
せめてマヨでもあれば、こんなぶつければ喧嘩になりそうな石みたいなパンでも美味しく食べられそうなんだけど……
あれ? マヨって確か油に塩と酢と卵黄で作るんだっけ?
卵……うん? 卵を使わないマヨって確かあったような……
俺も小中の家庭科で料理した程度だから大した物は作れないけど、ここよりはマシな食事を提供出来る気がする。
出汁だってキノコや魚を適当に乾燥させれば良い感じに汁物も作れるだろうし……
浅く薄っぺらい料理知識も総動員すれば何とかなるんじゃねぇか?
アル君ちでご飯作ってた最初の頃はズタボロだったけど、後半はわりと旨いの作ってたと思うし。
冒険や傭兵稼業とかまるで出来る気しないけど、そっち方面でならどうにかアル君に養われるだけの飼い犬生活から脱却出来るんじゃないか?
なんとか手軽に金儲け……
そういや大坂の屋台で脱税かまして何億も儲けた人が居たってニュース見たなぁ。
どうせこの世界じゃたこ焼きなんて知らないだろうし物珍しさで荒稼ぎ出来るかも知れない。
「……ョウ、リョウ」
「え? あ、何? どうしたのアル君?」
アル君が俺にいぶかしげな視線を向けていた。
「いや、どうしたのって言うか、ちょっと引くくらい悪そうな顔してたから何を考えてるのかなって」
「引くぐらいって酷いよ!」
「いやぁ……そう言うけどさ、かなりのモノだったよ」
「そ、そこまでですかぁ?」
「そこまでだったね。何を考えていたのか分からないけど、腹黒な令嬢みたいな顔だったよ」
「流行の悪役令嬢みたいな感じですかね」
「それが何なのかは分からないけど、とりあえず今日は新しいメンバーと合流するんだから誤解される表情はしない方が良いよ」
「は~い」
出発は朝食後すぐだった。
合流は現地集合。
昨日の獣人さん達の他にも六人ほど増えるとのこと。
頼むから対処に困るダジャレというか親父ギャグを言わない人達であって欲しいな。
「そういやアル君、その塔まではどのくらいの距離があるの?」
「えっと……徒歩で六時間位かな?」
「遠ッ!」
「アハハ、さすがに攻略初日からそんなのは面倒臭いから馬車で行くけどね」
「それを聞いて安心したよ」
そんな会話をしているうちに宿屋の前に止まった馬車。
アル君が事前にチャーターしてくれていたようだ。
車内から見る景色。ゆっくりと走る自転車と同じくらいの速度で流れていく景色。
乗り換えがあるみたいだけど、それを考慮しなければ二時間もしないで着きそうだ。
二時間の馬車移動か。
何時もの通学バスとかなら爆睡しているけど、こっちの世界に来て初めて見る町の景色はとても新鮮でどれだけ見ても興味が尽きなかった。
「今更だけど、本当に俺異世界に来たんだな……」
意識せずに呟いていた言葉にアル君が苦笑いした。
「今更って気もするけどずっと山の中だったからね。リョウの居た世界と比べたら原始的で全然違うでしょ」
「違うけど原始的なんて思わないよ。なんかジ○リのアニメ見てるみたいな町並み俺は好きだよ……あ、○ブリもアニメも人の名前じゃ無いからね」
「わ、分かってるよそれくらい」
散々ヤンデレモード見ているから先に念を押したら、真っ赤になってしまった。
ま、ヤンモードで迫られるのも、愛されてる感じがして嫌いではないのですがね、キシシシ。
「何変な笑い方してるのさ」
「なんでも~」
ちょっと意地悪だったかな?
でも、いっつもいじられる側だから、たまにはね。
「リョウ……」
「何?」
突然、真剣な声音のアル君。
ジッと見つめられて、なんかドキドキする。
「これがボクの生まれて育った世界だよ」
「うん、分かってるよ」
「よく覚えておいて。そして、受け止めて。これからキミがボクと一生を歩んでいく世界なんだから」
「うん、一生……い? いしょっ? ふぁ!?」
さらりと言われた言葉に思わず聞き流しそうになったけど、え、え?
そ、それってプ、プロ……
ボシュッ!
と音を立てて煙を吹き出しそうになる顔。
「あ、あひゅくん、い、今にょ、しょ、しょれって……」
狼狽える俺をからかうみたいにニヤリと笑う。
あ、この顔は二度は言わないって顔だ。
う~、う~!!
不意打ちで驚かせるだけ驚かせてそして放置かよ!!
ちょっとからかったら、とんでもない反撃を食らってしまった。
「全ての旅が終わったらまた二人で住もうよ。町でも山でも、リョウの好きな場所に家を建ててさ。あ、犬を飼うのも良いね。犬とじゃれる子供達とか」
「ア、ア、アリュ君……にょわ~!!」
ど、どうした?
え、え? どうしたどうした、おいどうしたんだい!?
突然デレるとか……
お、俺死ぬの?
死んじゃうの?
死合わせ死?
じゃなくて幸せ死!?
油断している所に追撃とばかりに浴びせられた予想外のカウンターパンチに、俺の思考回路はショート寸前だった。
ただそのデレが絡み酒で泣き付いて漏らした本音に対する、アル君の精一杯の答えだったのをこの時の俺が知るはずも無く……
俺は情けないことにアル君の突然のデレにただただパニックを起こすだけ。
窓から見たその後の景色が欠片も記憶に残らなかったのは言うまでもなかった。
アル君の予想外の口撃で軽くパニックを起こし、どれだけ時間が過ぎたかも分からないまま気が付いたら馬車はすでに止まっていた。
「ほらリョウ、着いたから降りるよ」
「ふぇ? あ、う、うん……あれ、乗り換えは?」
「もうとっくに乗り換えたでしょ。ずっと心ここにあらずみたいな感じだったけどどうしたの?」
「どうしたのって……」
う~、う~……
「痛い、痛い、唸りながら肩パンチはやめてよ」
「う~っ!」
「だから、痛いってば」
「おい、そこのイチャ付いてるバカップルのお二人さん、こっちも次の仕事が控えてんだ。出来ればとっとと降りてくれんかね?」
バカップルって……うにゃ~❤
その一言が嬉しいような、くすぐったいような、何とも言えない居心地の悪さを覚え、また俺はアル君の肩をビシバシと叩いてしまう。
「だから、痛いってば」
「だって、だってぇ~❤」
「良いからとっとと降りろつってんだろ、このバカップルども!!」
怒声とともに放り捨てるみたいに馬車から降ろされた俺たち。
ロバの獣人のくせに肉食獣みたいに短気なおっさんだ。
それにしてもロバの獣人が馬車の御者ですか。
改めて外から見ると実にシュールな光景を見送りながら、俺は目的地となる塔を見つめ……塔?
「あれ? アル君、塔……無いよ?」
もしかしてあのロバ男、俺たちの熱々ッぷりを焼いて適当な所で下ろしたんじゃ無いだろうな。
クソ! あのおっさん、リア充への嫌がらせか!
「リョウ、何か一人で憤ってる所を悪いけど塔は目の前にあるからね」
「え、塔がある?」
アル君が指さす方向を見ると、そこにあるのは森の中に切り開かれた草原があるだけ。
何にも無い……ん?
「あ、あれれ? なんか向こう側が歪んでいるような……これって、まぼろし~!」
ああ、またやっちまった……
ジワジワと人知れず上がる俺の中のIKKOレベル。
って、そんなネタはどうでも良くて。
そうなのだ。
よく見れば草原の上が揺れるみたいに歪んでいる。
何だこれ?
冗談抜きで、まぼろし~! と叫びたくなるような現象が起きている。
しかも、よくよく見れば遙か上空……
雲さえもこの歪みの上にだけ無い所を見ると、空どころか蒼穹さえも貫いて宇宙にまで届いているようにも見える。
「これが蜃気楼の塔、別名クリスタルタワーと呼ばれる代物だよ」
「蜃気楼……そうか、だから百階以上もあるって言ってたのに魔導列車の中からは見えなかったんだ」
ふひゃ~、それにしてもすごいな。
俺の居た地球にだってこんな馬鹿げたサイズの塔は無かった。
ふと思い浮かぶモノがあるとすれば、将来的に建設されると言われている宇宙エレベーターがこのくらいの高さになるんじゃなかろうか。
それにしても、凄いを通り越してこの馬鹿げた巨大さはある種の恐怖さえ感じる。
それは建築物を見ていると言うより、まるで得体の知れない巨大な怪物を前にした恐れにも似た感情だった。
あれ?
いや、待て。 俺、恐れてる場合じゃなくね?
そこでふと気が付いてしまった。
いや、思い出してしまった、なのか?
地球だと確か宇宙までの距離って確か百キロ程度って認識だったはず。
うへぇ……
百階以上って聞いただけでもウンザリなのに、下手したら徒歩で階段を百キロ以上ってマジかよ。
くれいじ~、この塔建てたヤツ、ちょ~くれいじ~。
登る前から音を立ててめり込みそうな俺のやる気スイッチ。
だが、アル君はニッコリと笑って俺の手を引く。
「ほら、あそこに立っている人たちが今回の攻略メンバーだ。早く合流するとしよう」
「そ、そうだね」
そうだよ、ここには俺とアル君の未来があるかも知れないんだ。
やる前から挫けてる場合じゃ無い。
よっしゃ!
気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!!
俺は地球にいるアニマルにあやかって気合いを入れるのだった。
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