第31話 心迷って
世間は女性に厳しいとよく聞く。
うん、それは間違いない事実だと思う。
だけどね、それはきっと一方の目線だけだ。
他性が思う以上に世間は男にも厳しい。
まあ、それもこれもバカな男どもが多いからってのも事実なんだろうけどさ。
結局はお互いに無い物ねだりだったりするんだろうな、とか。
なんだか、わっかんねぇや。
何があったのかって?
何にも無いよ。
驚くほど何も無い。
ただ、せっかく宿に着いたのに久しぶりに湯浴みが出来てさらにベッドがあったおかげで熟睡してしまってアル君とイチャ付く前に爆睡してしまったとか、そんなことで世間を斜に構えて見てる訳じゃ無いんだよ。
や、ホントだよ?
ただね――
難民申請の為に行政機関(役所と教会が融合したような場所)に行ったら、以外とすんなり身分証の発行手続きをしてくれたことに驚いた。
それはこの国の行政やら司法やらのレベルが低いからじゃない。
日本でよく聞くお役所仕事に比べればよっぽど血の通った役人達だと思ったよ。
俺の話に親身になってくれたしさ。
皆「あの戦渦でよく生き残った」とか「命があっただけでも救われたんだ、生きていればやり直しは何度でも出来る」とか……
ごめん、異世界難民ではあるけどそんな災禍で生き残った訳じゃ無いんだ。
正直、あの人達を騙しているようで心苦しかった。
まぁ、無事に話が進んだ分だけ良しとしなければダメなのは分かってるさ。
ただ隣に居た獣人族の青年、俺と一緒に難民申請を受けていた男が不憫だった。
「何で男なら仲間を守るために拳を上げなかったんだ」とか、結構キツめの言葉を言われていたし、何やら魔法で真偽判定まで受けていたりした。
これが男と女の差だと言うのなら、フェミニスト気取りの役人どもだったのかも知れない。
だけどさ、やっぱりモヤモヤするんだよ。
役人に説明する時に戦渦で記憶の無いふりして、アル君に言われたとおり頭がクルクルしてるって説明して、だけどさ俺は十五年間人間で男で生きてきてさ……
今更女のふりして……
横で俺よりもボロボロな格好をしてる男よりも楽な取り調べで済んでさ……
もし、俺が男のままでアル君にも出会えなくて、それでこの獣人国に迷い込んでいたら今頃どうなってたんだろうか?
そんなの想像するだけでも吐き気がした。
それは仕方が無いことだ。今手の中にあるモノを最大に利用しなきゃ。
アル君ならきっとそう言って割り切っただろう。
でも、さ……
ぬるま湯みたいな世界に居た俺には、やっぱりこの世界の常識は……
いや、俺が今まで見ないで済んでいた、実は世界に溢れていただろう当たり前はあまりにもギャップがありすぎて……
どうしたら良いのか分からなくて、くさくさした。
それと改めて知ったアルフレッドという名前の存在感。
獣人達は俺の手続きをしている間もアル君の名前を連呼していた。
憎悪の対象として。
姿も顔も分からない。
それでも人間達に力を与えた悪の象徴としてのアルフレッドを憎んでいた。
正直、暴れる寸前だった。
文句を言いたかった。
でもこの国じゃ、いや、恐らくこの世界じゃ、それが常識になっている。
何が正しくて何が間違っているのか……
改めて、俺は異邦人に過ぎないんだと思い知らされた気分だった。
アル君は本当にこの世界に居るべきなのか?
もしかしたら、この世界を捨てた方が良いんじゃないのか?
前に進もうと発破を掛けたくせに俺の方が早くもへし折れる寸前だった。
アル君のことが好きだ。
その気持ちにだけは嘘が無くて。
でも、宿に戻る道も宿に戻ってからも、そんなことをずっと、グルグルグルグル考え続けていて、結局導き出された結論はさ……
散々アル君に
やっぱり俺の根本はどうしようも無く
だから、こんなにも悩んでしまう。
立ち止まってしまう。
俺が本物の女の子だったら、純粋にアル君を支えてあげられたんだろうか?
ヤバい……思考の澱みにはまる。
このままじゃ鬱になりそうだ。
……そうだよ思い出せよ。
これは、この旅に出る時から分かっていたことじゃないか。
それにアル君も言ってたじゃ無いか。
『ボクがもたらしたもの、ボクがしでかしたこと』
それを知り受け止める為の旅だって。
アル君が立ち止まってもいないのに、俺が先に折れてどうすんだよ!!
思い出せ、俺は『16bitの脳内演算で行動してる男』と言われた男だろ!
そんな俺が余計なことを考えるから思考がショートを起こして鬱モードになるんだ。
バカはバカなりに真っ直ぐにやりたいことを驀進すれば良いんだよ!
俺は気合いよ入れとばかりに自分の頬を思い切りつねる。
「いっ! いったー!?」
痛い! 痛い!!
冗談抜きで千切れるかと思った!!
ヤバい、身体スペックが向上しているの忘れてた。
迂闊に自傷行為をやってたら、死んじゃったなんて事態になりかねない……
で、でも、とりあえずこれで気合いは入ったぞ!
うん、切り替えてアル君が帰ってくるを待つとしよう。
俺は、無理矢理自分にそう言い聞かせて受け入れることにした。
ただ、この時の負の感情が――
後々の自分に大きな影を落とすなんて、この時は欠片も思ってもいなかった。
ただ早くアル君に会いたくて、アル君が用意してくれた部屋で一人待ち続けていた。
ぼーっと窓から眺める空。
自分の気持ちとは真逆みたいに雲一つ無い青空。
ボフンとベッドに転がり、起きては転がり……
仲間を探す為に別行動をとっていたアル君が戻って来たのは、地平に日が沈みかけた夕方頃だった。
暇を持て余していた俺を見たアル君の第一声は、
「どうしたの!?」
であった。
頬が赤く張れ、俺の目が少し充血していたのが原因らしい。
どうやら見知らぬヤツに殴られたとでも思われたようだ。
俺もホントに何やってんだか……
アル君には自分がどれくらい強くなっているのか確かめたくてつねってみたら、思いの外強くなってることに気が付かなくてダメージを受けたと説明したら呆れ顔をされてしまった。
まぁ嘘は言ってないよな、嘘は。
ただ、察しの良いアル君のことだから何か気が付いていたかも知れないけど、何も言わない時はこちらからあえて振る必要も無いだろう。
笑顔で誤魔化すのが一番だ。
「それで仲間は見付かったの?」
「うん? あー……見付かったと言えば見付かったような……」
アル君らしくも無い実に歯切れの悪い返事。
「その反応、アル君のお眼鏡にかないそうな人は居なかったの?」
「いや、居るには居たよ」
「居るには居た?」
「ネックがあってね。人数が思ったほど集まりそうに無いのと、実力はあるけど疲れそうなのが何人か居る」
「疲れそう?」
何だろう?
人数が集まらないってのも問題だけど、それよりも問題なのは集団行動になった時の人間関係だ。
疲れるってことは人間性に難があるのか?
気ままに二人で行動していた時とは違い、人数が増えればそれなりに気を使うことも増える。
と、なればいくら実力があっても性格や人格に問題があれば、それだけでストレスとなってパーティーとしての行動に支障をきたしかねない。
「じゃあ、雇わなかったの?」
「ボクもかなり悩んだけど、結局雇うことにしたよ。多少我慢すれば間違いなく即戦力になる」
「アル君がそこまで断言するぐらいの実力者なんだ」
「実力者ではある。ただ、それ以上に塔の攻略に素晴らしく意欲的だった。どんなに能力が高くてもやる気の無いヤツは邪魔にしかならないからね」
「なるほどね」
でも、それだけ好条件が揃っているのに不安要素があるってのは何が原因だろ?
三国志の呂布クラスの裏切り者で背中を任せられないタイプとか?
いやいや、そんなんだったらアル君がどんなに大胆不敵だと言ってもパーティを組もうとはしないだろう。
じゃあ、何がネックなんだ?
「あ、一応出発はリョウの身分証が出来てからと思って三日後とは伝えてあるけど、彼らとはこの宿の一階にある酒場で今夜合流する事になってる」
「なるほど、親睦会だね。分かったよ、任せてアル君! そいつらの人となりは俺のエルフイヤーを使って見抜いてみせる」
「何さそのエルフイヤーって」
「エルフイヤーは全ての嘘を見抜くのさ」
俺の適当な説明にアル君が吹き出す。
「初めて聞いたよそんな種族的技能」
「でしょ、種族技能を捏造してみた♪」
そんな益体も無い会話で二人して笑う。
うん、俺、今笑っている。
アル君と笑ってさえいれば、さっきまでのくさくさした思いも吹き飛ばせる。
これで、良いんだ。
アル君を支えられるのは俺だけなんだから、俺だけでもしっかり笑っていよう。
「さて、ボチボチ良い時間だね。食堂に降りるとしよう」
「多少面倒くさいタイプでも性格の良い人達なら良いけど」
「まぁ、それは会ってからのお楽しみ、かな?」
何となく歯に物が詰まったような物言い。
そして俺は、これからそれを嫌と言うほど味わうことになる。
酒場に来たのは四十過ぎ、五十までは行ってないだろう二人の半獣人族の男だった。
イケメンの中年、という感じとは少し違う。
精悍さをどこかに置き忘れてきたような、そんなくたびれた印象を受ける。
まぁ失礼ながら普通のおじさん風だ。
うん、分かりやすく言えば、中年太りこそしてないがよれたワイシャツを着た毎日の電車通勤に疲れた男……そんなイメージをしてもらえれば良いかもしれない。
可も無く不可も無く、毒気も邪気も無いような人の良さそうな二人だけど……
アル君がネックがあると言ったんだ、やっぱり問題行動があるんだろうな。
「相席ですか? こんな美人に相席されたら愛接近しそうやな」
「ん?」
「ジョーさん、よく見てご覧なさい。我々の雇い主アルハンブラ氏が隣に居ますよ。きっとジョーさんのその恋はありえまへんぶら」
「ほわっ?」
「せやな~。他人の恋人に癒やしを求める卑しい人にはなりとないなぁ」
「(; ̄Д ̄)なんじゃと?」
「リョウ、もう分かっただでしょ……」
疲れたような声音のアル君に俺は無言で何度も頷いた。
ダメだ、この二人はダメだ。
一緒に行動すれば絶望的に疲れる予感しかしない。
「でも、総合的には彼らしかいないんだよ……」
「…………」
「さぁ、せっかく縁があってこうして出会ったんです。パーティを組んだ記念にぱーっとパーティーナイッ! と行きましょう!!」
頭痛が痛い……
そんな言葉が頭をよぎる初めての体験だった。
俺は仲間達との顔合わせにげっそりとしながら、アル君よりも一足先に部屋に戻った。
ほんの少しだけど、人生で初めて飲んだお酒(この国じゃ十三歳以上から食前酒に限り飲めるらしい)のせいで頭がぼんやりとしていた。
「水……み~ず……」
父さんがお酒を飲んだあとに水を欲しがるのが分かった。
身体のどこか分からない所が熱し渇いて仕方がない。
洗面所にある水差しをカップにうつす。
「んぐ、んぐ……ぷは……はぁ、温、マズ。水道水でも良いから冷たい水が飲みたい……」
今の台詞、きっとこの世界だと凄まじく贅沢な言葉になるんだろうなぁ。
でもさ、しゃあ無いじゃん。
俺、日本人だもん。
「日本、人……ねぇ」
自分で呟きながら、思わず失笑が漏れる。
洗面所の鏡に映る自分の姿。
いつぞや以来、ピンクのエロゲカラーだった髪は、アル君の魔術で色素がだいぶ薄くなり白色に近い色に変わっている。
尖った耳どころか普通の耳さえも無くなり、代わりに頭から生えているのは狐の耳。
「なんやねん、この耳! 日本人にゃケモ耳フェチは山ほど居るけどリアルなケモ耳持ちは居ねぇっての」
カンッ! と荒々しく洗面台に叩き付けた金属カップが乾いた音を鳴らす。
クソっ!!
イライラする……
あの二人のダジャレに苛ついてる訳じゃ無い。
ただ、さっきのくさくさした気持ちが一人になってまたぶり返してきただけ……
ただ、それだけだ。
ホント、それだけ。
「はぁ……」
「ただいまー」
ガチャリとドアが開くと同時に部屋に戻ってきたアル君。
「やぁ、疲れたよ。終始ダジャレの嵐でさ、本題に行き着くまで話が長いったら無くて……中間管理職は辛いとかんなこと知らないっての。
ドスン!!
「痛たたた……何するのさ」
ベッドの上に叩き付けられたアル君が抗議の声をあげる。
戻ってきたアル君に俺の一本背負いが綺麗に決まったのだ。
「何するのさって? これから合体するんだよ!! 合体、エッチなやつ!」
俺はアル君の上に馬乗りになると、自分の上着を脱ぎアル君に叩き付ける。
「ちょちょ、ちょっと!? どうしたのさ、急に!!」
「アル君のせいだ……」
「へ?」
「アル君が、アル君が早く俺を女にしてくりゃないから、だから、不安ににゃるんだ……俺の中の男が嘘をつくなって叫ぶんだ!! お前なんか偽物だって……女のフリしただけの偽物だって……叫ぶんだ!!」
バフバフと転がっていた枕をアル君に叩き付ける。
「リョウ、泣いてるの?」
「うーさい、男がこんなことで泣くわけ無いだろ!! 俺はどうせ男なんだから……」
「リョウ……」
「ひゃん!」
アル君は優しい声音で俺に語りかけると、裸になって露わになった俺の乳房に優しく触れた。
「男にこんな胸は無いよ。ボクはキミを女の子としか見てない」
「だったら、だったら……俺を抱けぇぇぇっ! 今すぐだけよぉぉぉッ!! ……お願いだから抱いて、男だったこと忘れさせてよ……」
「泣いている娘を抱くのは気が引けるけど……リョウがそれでボクの気持ちを信じてくれるなら、今からあの日の続きをしようか……」
それはどこまでも紳士な声音で俺を抱きしめる。
「アル君、好きで居続けても良い?」
「何度も言わせないでよ。ボクはリョウを愛してるんだから」
「アル君……俺もアル君のこと……う……お……」
「魚?」
「おぇええぇぇぇぇぇおろろろろろろ」
「う、うわぁああぁぁぁっ!? ベッドの上で、じゃなくて人の上で吐くなぁあぁぁぁっ!!」
あ、あれぇ……
「猫耳付けたアル君が四人にぶんりぇつしてるぞぉ~?」
「何言ってるのさ! キミ、変な薬でも決まってるんじゃ無いの!?」
「やりぃ、にゃんこありゅ君一人お持ち帰り~♪」
「人の話を……」
くぅ~くぅ~……
「人の話をって、散々暴れて寝たよ。はぁ……リョウには二度とお酒を飲ませ無いようにしないと……」
俺は消えゆく意識の中で、どこか遠くでそんな声を聞いた気がした。
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