第29話 この世界を少しだけ知る

「ぐ、ぐぇ……いだたたた……」


 ソバットの一撃から目を覚ますとそこは見知らぬ天井があった。

 そして俺をあきれ顔で覗き込むチベットスナギ……じゃなくて、アル君の姿が。


「ネコフレッド君、もふもふしても良いですか?」

「目が覚めてもそれか! って言うか人を珍妙な名前で呼ぶな!!」

「痛っ!!」


 ビシッ! と脳天に叩き込まれる打撃。


「いにゃい……ありゅくん酷い、ミスター・ドメバイ……」

「誰がミスター・ドメバイか! まったく少しは人の話を聞けよ」

「それは無理、だってそこにアル君が居るんだから!」

「即答かい、しかも人を山みたいに……」

「一回、一回で良いから一撫でさせて。それがダメなら、せめてその耳を是非一噛みあむってさせて!」

「ハードルが上がってる! まずは情報共有が先決だろ!」

「むぅ……」

「『むぅ』じゃない」

「ぬむぅ……」

「文字数を増やして不服を表現しない。それとモフモフがしたいならとりあえず自分の尻尾でも触ってなよ」

「自分の尻尾って……俺、女になったから尻尾無くなったよ?」

「下ネタか!」

「そのツッコミ、タカトシか!」


 ペシン!


「何故ボクが叩かれる……」

「日本の伝統芸能ツッコミだ!」

「故郷の伝統芸能なら……仕方ないのか?」

「納得してくれたならおっけー!」

「と、とりあえず自分のおしりを触ってごらん」

「尻尾でお尻って、そんな大人のおもちゃに耽るような爛れた人生送ってな……って、何じゃこりゃ!?」


 手に触れた感触。

 それは、間違いなく毛の塊。

 俺、こんなに毛深く無い。

 と思ったが、引っ張ってみると同時に臀部に走る痛み。

 よく見ればそこにはふっさふさの毛を纏った真っ白な尻尾が!

 何ですか?

 俺に新しい属性付与して萌え路線に踏み込むとですか?

 アル君と二人で獣フレンズでイチャ萌え路線驀進で――


 ズビシャッ!!


「あ痛いったー!!

「またアホなこと考えていただろ!」

「ア、アル君、俺、アル君の最愛ですよね?! さすがに鎖骨への袈裟斬りチョップを最愛の人にお見舞いするのはいかがなモノかと!!」

「最愛の人にチョップせざるを得ないボクの気にもなれ!」

「えへへ~、最愛♥」

「自分で振っておいて浮かれない、あと何度も言ってるけど人の話を聞け!! こんなやりとりばかりだから話が進まないんだ、今、いったい何話目だと思ってるのさ!!」

「メ、メタいです、アル君……メタは嫌われるから、やめよう……」

「そう思うなら、本気で話を聞けよ」

「ふぁい……じゃじゃじゃじゃじゃあ、気持ちを切り替えて、アル君話の続きをどうぞ!」

「『じゃ』が多い。良いかい。キミは寝てたから・・・・・忘れてるだろうけど、ここはすでに獣人国デルハグラムだ」

「貴男はあれを寝てたと表現しますか?」

「寝てた以外に何かある?」

「……いいえ、これからはソバット睡眠と呼ぶことにします」

「よし。それでだ、この獣人国デルハグラムはその名の通り獣人が治める国だ。この国も人国の台頭で被害は確かに受けた。それでも獣人達の貧弱な魔術で侵略を防いでこれたのは偏にこの国の呆れるほど馬鹿馬鹿しい武力特化した戦闘能力の恩恵と言える」

「馬鹿馬鹿しいほどの武力?」

「そ、馬鹿馬鹿しいほどの武力。一般的な雑兵ですら人間兵士の数人分、騎士クラスなら数十人分、精鋭クラスにもなれば一騎当千なんて馬鹿げた連中までいる」

「うひゃ~……」

「ちなみに、人族やエルフ族とは仲が悪い」

「そうなの?」

「人族は旧世界の魔術で調子に乗ったってのもあるけど、それ以前には獣人族が人間のことを貧弱な種族と見下していた。エルフ族とは脳筋、貧弱インテリ気取りと罵り合う関係」

「この世界仲悪いのばっかだな!」

「仕方ないよ。それぞれがどうしようも無くプライドが高いんだからさ。そんな訳でボクら二人とも元の姿でこの町を闊歩するのは得策じゃ無い」

「そっか……ところでアル君。そんな危険な国に来るのに、あんなに堂々と乗り物に乗って大丈夫だったんですかね?」


 我ながら実に今更な質問である。

 だが、アル君はふむと小さく唸り椅子に深く腰を落とすと重苦しく口を開いた。


「さっきまで乗っていた汽車をボクが作った話はしたよね?」

「うん聞いたよ」

「そして、その動きは帝国のボクの研究室を中心にしている」

「あと、この国の先にある魔王国に触れるような動きをしているって言ってたね」

「その通り。でね、何でそうしているのかって言うと、ようはこれを兵器にしないためのボクなりの戦術なんだ。降り口が獣王国だったり魔王国だとしても、ピストン輸送するにはあの列車だけでは脆弱すぎて十分な戦力を一度には送れない。そうなれば臆病な人間が進んで使うことも無い」

「なるほどね。じゃあ車掌さんがゴーレムって言うのも、危険なところを走る列車の車掌になりたがる人が居ないからだ」

「正解、一番の理由はそれだね。あとは乗客に対して差別をしないし差別をされないこと、それと車内で何かしらのトラブルが起きても鎮圧できる戦力として配置している」

「武闘派の車掌さんですか」

「武闘派って言われるといささか語弊はあるけど、まぁそんな感じかな」

「でも、そういえば車内にほとんど人が乗ってなかったね」

「人間は臆病だから個人で獣人国や魔王国に繋がるこの魔導列車に乗りたいとは思わないでしょ」

「言われてみれば確かに。うちの父さんみたいに地雷原をスキップで駆け抜けてくようなクレイジーな人でも無いと、そんな危険領域に踏み込みたいとは思わないよね」

「キミのお父さんっていったい……」

「そう言う人なんだよ」

「とりあえず了解した。とにも、獣人もエルフも人間が生み出した魔導列車には近づきもしないしね。一応、車内で索敵しても案の定誰も居なかった所を見ると、ボクの目論見通りだったみたい」


 なるほど、どうりで人の気配がまったく無かった訳だ。

 いや、それだけじゃ無いな。

 策士家のアル君だもん。この路線を稼働させ続けることで無駄な予算を作り出して帝国を疲弊させようと考えているはず。

 もし、そこまで考えて、わざと不採算路線を作り出していたなら……

 癒着にこびり付いた霞ヶ関もビックリな悪知恵だ。


「何か失礼なこと考えてない?」

「気のせい気のせい」

「そうかい? なら良いけど」


 やべぇやべぇ、まだ不審な目をしているけどとりあえずは誤魔化せたかな?

 って、あれ?

 俺はふと、あることに気が付いた。


「あのね、アル君アル君」

「何だい?」

「獣人が強いってのはわかったけど、魔族もやっぱもの凄く強いんだよね?」

「そうだね、獣人に勝るとも劣らない……客観視して獣人と比べた場合、そんな形容詞がピッタリの相手だろうね」

「そんな魔族ならこの魔導列車に恐れずに乗ってくるとかは無いの? それともやっぱり魔族もプライドが高く人間の作った物は使わないって感じ?」

「その通りだよ。魔族もプライドの高い種族だからね。彼らからすれば、魔術なんて脆弱な力を使った魔導列車なんて、児戯みたいなモノって思ってるだろうね」

「え? 魔族は魔術を使わないの? 魔族なのに?」


 俺の質問に、アル君は苦笑いした。


「なるほど、リョウが何を言いたくて何を勘違いしているのか分かったよ」

「え? え?」

「魔術は人間が使うモノで、魔族が使うのは魔法。知識が無いと分からないだろうけど、これは似ているようでまるで別物なんだ」


 それは俺にとって予想外の回答だった。


「魔術にはちょっと例外もあるけど、簡単に言うと魔術は有から有に繋ぐ物理や化学の一種。魔法は無から有、有から無に繋げる理の外の力だ。当然、魔法と呼ばれる力の領域は人間じゃ手の出せない領域で、魔術は魔族や神に対抗するために生み出された戦術なんだけど……」

「けど?」

「残念ながら、その力は一部の例外を除けば魔法には遠く及ばない」

「なるほど、俺の世界だと魔法も魔術も創作物に過ぎないからごっちゃになってた」

「リョウの世界だと別な技術、錬金術を高度に発展させた科学が幅を利かせてるからね。それも仕方が無いのかもしれない」

「うん、俺はアル君から魔術って最初に聞かされてたからすんなり受け入れてたけど、そんな根っこの所までは考えたことも無かった」

「大多数の人はリョウと同じ認識だよ。便利な力、その程度の認識でしかない。ただ、物理法則やら自然の摂理に捕らわれない魔法はハッキリ言ってほぼ全てにおいて魔術の上位互換と言えるね」

「じゃあ今帝国はイキッてるけど、魔族には敵わないってことだね」

「ただ、何事にも例外はあるんだ」

「例外? 魔族特攻の謎ビームとか?」

「まぁ、そんな感じかな?」

「まぢか」

「キミが想像するのとは少し違うかもしれないけど、人間が使える神の奇跡、法理あるいは法術と呼ばれる力は神から与えられた奇跡だから魔法に近い奇跡は生み出せるけど」

「また、けど?」

「残念ながらボクは見たことも無い神とやらを欠片も信じていないから、まったく恩恵を受けられない」

「アハハ、アル君らしいね」

「法術士が恩恵を受けるための努力をしてないとは言わないけど、神の恩恵とか言う胡散臭い他力本願な力で自分が努力した以上の力に酔い痴れるのはごめんだよ」


 実にアル君らしい尖った物言い。

 でも、だんすぃとはこうあるべきという真っ直ぐさはむしろ好感だ。

 あれ? でも、それじゃ……


「ねぇねぇ、アル君」

「何?」

「じゃあ、俺みたいな異世界人で元人間で元男なエルフはどうなの? と言うかエルフは魔法が使えるの?」

「キミの症例はあまりに特殊だから皆目見当も付かないよ。でも、ボクが知る限りエルフに魔法は使えない」

「そうなんだ」

「エルフが得意とするのは精霊魔術なんだ」

「あ、なんか納得かも」

「彼らの存在はかなり特殊・・・・・・なんだけど、力の根源は魔族と同じ外にはあっても自然界の法則からはみ出ることは無いんだ」


 うんうん、俺の世界でよく読むファンタジーのエルフも森の妖精とか言われてるもんな。

「森に害なす子はいねが~」とか叫びながら弓矢でぼてくり廻すイメージだ。


「ただ、例外もある」

「例外?」

「過去に上位精霊と契約したエルフ達は、その災害クラスの力を使って猛威を振るったという言う話は聞いたことがある。災害クラスと言うからには、あるいは系統魔法が使えるかも知れないね」

「系統魔法?」

「系統魔法ってのはその精霊が治める属性のことだよ」

「なるほど。水の精霊なら水、風の精霊なら風ってことだね」

「そ。ボクがちょっと言い淀んだのは歴史上上位精霊を使役出来た契約者コントラクターは大昔の文献の中にも数人しか居ないのと、そもそもが異界に住む上位精霊が人間の前に出現した例も数えるほどしか無いんだよ。それらが記載された文献もあまりにも古すぎて正直信憑性が無さ過ぎなんだよね」

「上位精霊、か……」


 あれ?

 なんだろ、上位精霊の話をしていると胸の奥が一瞬チクチクしたみたいに痛んだのは?

 あれか、このエルフボディがなんか上位精霊にもの申したいことでもあるのか!?


「上位精霊ってのは、神や上位古代竜なんて神話の中の存在と同じだよ。そんな存在と契約だなんて……明確な文献も無く、まして自分の目で検証も出来無いことを盲目的に信じる訳にはいかないよ」

「その考え方も実にアル君らしいね。あ、下位の精霊とかは魔法は使えないの?」

「精霊ってのはそもそも自然界に存在するモノにしか宿らないんだ」

「あ、なるほど」


 何を言いたいのかわかってしまった。

 自然界に存在する精霊。その存在はあくまで有に宿る訳で、産み出せる力も有限と言うことなのだろう。

 そう考えたら精霊ってのは超常の存在だけど、異界を起源とする外法の存在とは違うんだろうな。

 

「ねね、アル君」

「何だい?」

「根本的な話を聞いていい?」

「根本的な話?」

「魔術と魔法の違いとかは分かった。あとこの旅の目的も世界を見ることだってのは分かってるつもりだけどさ」

「うん」

「俺、アル君に言われるがままに着いてきたけど、この町に来た本当の目的は何?」


 またも今更と言うような質問。

 いや、いくら俺でも当たり前に考えれば騒がしい帝都から一番離れてて魔王国に近いこの国を選んだのは、追跡を逃れるのに一番楽だからってのは分かる。

 でも、さ。

 それだけのためにわざわざアル君がこんな所まで来るだろうか?

 良く言えば他者を寄せ付けない天才、悪く言えば自分の能力をよく理解した自信家。

 そんなアル君が逃亡のためだけにこんな遠方まで来るとはとても思えない。

 まして世界を知るための旅ならこんな最果てみたいな地からスタートしなくても、帝国から出国さえしてしまえばもっと手近な町のスタートで良かったはず。

 それなのに人もエルフも嫌いという、俺たちにとっては最も危険と言えるようなこの国から旅を開始する。

 そこには合理的な理由が無いとアル君らしく無いのだ。


「まあ、確かに今更って感じの質問だね」

「うん、まあそもそもがこの世界のことを何も知らない俺はアル君にどこまでも付いて行くしか無いんだけど、こんな遠い地まで来るんだもん何か用事あるんじゃ無いのかなって」

「やっぱり、だね」

「うん? やっぱり?」

「いや、リョウは意外なところで鋭いというか察しが良いなって」

「そ、そう?」


 たぶん、褒められたんだよね?

 うん、褒められたと思っておこう♪


「この町に来た目的は人捜しと塔の攻略だよ」


 おや?

 褒められて浮かれている隙に、とんでもなく不穏当な単語をねじ込まれた気がするぞ。

 そんな俺の予感は――


 これから見事に的中するのだった。

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