第27話 果てと望郷
「結局帝国にとっての最大の誤算は完成間近だったプロジェクトなのに、ボクが居無くなった途端に破綻寸前になったことだ」
アル君は車窓から見える景色を何とも言えない表情で見つめた。
「進むも地獄退くも地獄。そんな煮詰まっていた時に無事に帰ってきたボクを帝国はまた利用できると思ったんだろうね。だけど向こうの世界の惨事を知ったボクは帝国に力を貸す気にはなれなかった」
「うん」
「正直に言えば人質状態の研究員達はどうでも良かった。大人のくせにボクに丸投げしか出来無いような思考停止した連中だ。ガキにすがることしか出来無い連中がどう処分されようと興味は無かったよ」
「う、うん……」
「ただ、そんな連中にも家族はいた」
「そう……だね」
「それを考えると、向こうの世界の戦争で親を亡くした子供達を思い出しちゃってね」
「あ……」
「子供達に罪は無い。一番悪いのは思い付きで行動してしまった自分何だって思い知らされた」
「でもアル君、それは……」
それは、大人達の罪でもあるんじゃないか?
そう、言いかけた俺をアル君は手で制した。
「いやそこにどんな背景があろうと年上であろうと無かろうと、少なくともチームのリーダーとして結果を想像出来なかったのならそれはボクの責任だ。他人の責任にしちゃいけないんだよ」
「うきゅ~……」
場違いな感情かもしれないけど格好良すぎるよアル君。
責任を
アル君を好きになって良かったと改めて思ったよ。
こんな時でもそんな風に浮かれる馬鹿な俺とは違い、アル君の瞳は地平の彼方を眺めたままだった。
「だけど、ボクは二度と自分が生み出したモノを戦争に利用させたく無かった。だから、プロジェクトの全容がボクにしか分からないのを逆手に取ったんだ」
「何か罠をしかけたってこと?」
「この魔導列車はね、あくまで設計上はどこにでも飛んでいけるし速度もこっちの世界の常識じゃあり得ないレベルを実現出来るんだけど、一切それを出来無いように改良したんだ」
「それって、もしかしてあの遙か遠くにずっと見えている建物に関係する?」
「へぇ~、よく気が付いたね」
「うん、乗った時から地平線の辺りにぽつんと見える建物が何時間経ってもずっと見えてるから、もしかしてあの建物を中心に飛んでるのかなって」
「たいした物だね。キミの洞察力には時折驚かされるよ」
「へへへ」
「キミが指摘したとおりだ。この魔導列車は帝国の城、正確にはボクが居た研究室を中心に回っている」
「研究室を中心に?」
「そ、研究室が中心。ボクがそこに設置した石からの指令を受けて、世界中を高高度でぐるぐるゆっくりと回るだけの空飛ぶ機関車。それがこいつの正体さ」
「回るだけって……」
簡単に言ってるけど、それだけでもものすごい発明なのは確かだ。
だけど、そうか。
帝国の、おそらくは
それなのに出来上がった物は、
そのせいもあるんだろう。
軍事利用が目的だったはずのこの列車がやたらと華美なのは。
研究の失敗を認めたくない帝国がおそらくは見栄で世界一高級な交通機関として作ったように見せかけたんだ。
「アルメリアを使ってボクを再招集しようとしたのも、おそらくこの魔導列車を改良させるためだろうね。ま、その他にもやらせたいことは多々ありそうだけど」
「征服欲って根深いね」
「まあ、人間が亜人種族に虐げられていた歴史は長いからね」
「そうだったんだ」
「だからと言って征服戦争を行ったことに共感しちゃいけないし正当化も許されない。結局、報復の連鎖何て理性のどこかで歯止めを掛けない限り終わりは無いんだからね」
確か何かの本で読んだ。
いや、授業で教わったんだったか?
人間は戦争という歴史の中で進化発展したって。
でも、その発展の先にあるものがもし消滅だったのなら……
全ては無に変わる。
無に成って果てる……
でも、それが分かっていながら――
どの時代を生きた天才も、生み出すことは出来ても、止めることは出来無かった。
大衆が偽りの
そして後悔するのは、
何時だって天才と称される生み出した者達だけ――
アル君の中にある後悔ってのは、時代を変えてきた天才達ときっと同じ悩みだ。
正直、凡人の俺にその苦しみの深い所を理解することは出来無い。
でも、だからって何も出来ないで諦めたら、俺は何のためにアル君の過去を聞いたんだ?
ただ、深く後悔させるためだけに聞いたというのか?
違う!!
そんなの俺がしなくたって、アル君の自責はすでに分かっていた。
だったら俺がしてあげられることって何だ?
俺が、してあげらる……
やっぱえっちぃのか?
って、ちゃうし!
そうじゃないし!!
俺が、してあげらること……
それは……
「ねぇ、アル君……ちょっと聞いても言い?」
「突拍子も無い話じゃ無ければ」
「うん、控える」
「そ? なら、ボクで答えられることなら」
「あのね、アル君は……今でも世界の果てを見たいって思ってる?」
「そう、だね。きっと、もしかしたらだけど、そこに行けばボクが求めてる答えがあるかも知れないから、やっぱり行って……みたいかな」
「でも、世界に果てなんか無いよ? それでも探したいの、その場所?」
「世界に、果てが無い?」
それを訪ねた瞬間、アル君の瞳の奥が揺れた気がした。
その反応にどんな意味があるのか俺には分からない。
それに何故だか、それをアル君に聞いても教えてはくれない気がした。
だから、
だから俺は――
「じゃ、ここでアル君に課題です」
「ボクに課題?」
「何時か、時間はどれだけかかっても良いから、俺が言った言葉の意味に答えを出してね」
「……ん、リョウがそう言うってなら、その問いかけには意味があるんだね。分かったよ、何時の日かちゃんとした答えをキミに言うよ」
薄く微笑むアル君。
うん、今はこれで良い。
きっとね、きっとアル君ならね、俺が伝えたいことを分かってくれるはずだから……
いまはこれで良いんだよ。
………………
…………
……
そんな、やりとりをしてから更に二時間ほどが経過した。
景色に大きな変化は見られない。
早いような、遅いような……
ふと、じぃちゃんが子供の頃に聞かせてくれた話を思い出した。
『昔よく鈍行って言う各駅で止まるえらく遅い汽車が走っててな。それに乗って都会に買い物に行くのが楽しみだったなぁ。当時な、その汽車には都会で一旗揚げようっていう連中が山ほど乗っててなぁ――』
年の離れた兄貴が居た母さん。その父親と言うこともあり、じぃちゃんはツレ連中のじぃさんたちよりも一回り以上年上だった。
話す内容は俺にはさっぱり分からない古い話ばかりだったけど、誰よりも優しい人で俺も姉貴も大好きな人だ。
……ヤバい。
じぃちゃんのこと思い出したら向こうの世界が恋しくなってきた。
未練がまさかこんな形で発動するとは。
『リョウ、俺が死ぬ前に早くひ孫を抱かせろ』
そんなことをよく言っては、子供にする話じゃないって母さんとばぁちゃんに怒られていたっけな。
ひ孫ねぇ……
その前にじぃちゃんに俺の現状を伝えないとダメだよね。
『はぁい、じぃちゃん貴男の可愛い孫のリョウだよ。ちょっと前に孫娘になりました、テヘ♪ じぃちゃんこれからもよろしくね、キラ☆』
……こりゃあかん。
老い先短いじぃちゃんにとどめを刺しかねない。
『じぃちゃんごめんね。俺、好きな人のために女として生きることに決めたの! もう、男には戻れない!!』
…………あるぇ、おっかしぃなぁ(汗)
自分で想像してて目の奥が痛くなってきた。
しかも、丁寧に言えば言うほど内容が重傷化してる気がするのは何故だ(大汗)
でもこのままアル君とお付き合いしていれば、いずれは俺も母親になるかも知れない訳で……
う~ん……
よし、決めた。
とりあえずこの件は保留にしよう。
その時はその時だ!
俺は
※注 人はそれを刹那的と言う。
「ん? アル君、今何か言った?」
「いや? 何も言ってないよ。長旅で疲れてうたた寝でもしたんじゃないの?」
「え、そうかなぁ? 何か今どこかからキートン山田さん的な突っ込みを受けた気がしたんだけど……」
「リョウ……」
「え、え、何?」
「キートン山田って誰さ」
それまで外を眺めていたアル君が突然俺に詰め寄って訪ねてきた。
はは~ん、コ〇ンに続いてヤキモチだな。
くぁわいいなぁ、アル君ってば。
ヤバいヤバい、思わず頬がニヤけそうになるがアル君がむすけるから我慢我慢。
「うんとね、えっと、こっちの世界でも分かりやすく言うと……舞台みたいなヤツのナレーター業の人。アル君がヤキモチ焼くような人じゃ無いよ」
「べ、別に、ボクはヤキモチなんか焼いてないよ」
「うん、分かってるよ♪」
「嬉しそうにするな」
「えへへぇ~」
「本当に分かってるのかなぁ……とりあえず、あと四時間ほどで帝国から一番遠い獣人国に着くから、少し寝てたら良いよ」
「うへぇ~、まだ四時間もあるのか」
「列車の旅は忍耐だよ。それも楽しまないと」
「そうかもだけどぉ~」
うぅ、時短時短の現代社会に慣れすぎた俺にはこのマッタリ感は長すぎる。
「ねね、アル君アル君」
「ダメだよ」
「俺まだ何も言ってない!」
「イチャイチャしたいとか言うつもりだろ」
「うん、イチャイチャしたいです」
「ここじゃダメ」
「あぁ!! 早く着かないかなー、獣人国!!」
「騒がないの、目を閉じてればそのうち着くからさ」
「ちぇ……」
「拗ねない拗ねない。そしてワザと顎をしゃくれさせない」
「ぶぅ……」
「もうちょっともうちょっと」
「ふぁ~い……」
そんな、やりとりをしながら……
俺は次に目を覚ました時には町に着いていることを願いながら眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます