第26話 彼氏の闇に触れる

 皆さんは『世界の車窓』からという番組をご存じですか?

 俺こと日野良は、今その番組を思い出しています。


 魔導列車の中というのは、俺が住んでいた世界の新幹線や特急の車内とはまるで違う物だった。

 床張りはつや消しのシックな木製、座席もアルカンターラに似た手触りのすごく上質な素材を使われている。

 どこかノスタルジックで、ネットで見た御召列車の一室を思わせるような空気感。

 その車内の豪華さに、入った瞬間思わず足がすくむほど恐縮してしまったぐらいだ。


「アル君、これって王様とか偉い貴族ぐらいしか乗れないんじゃ無いの?」

「恥ずかしい話だよね」

「え、恥ずかしい?」

「そうさ。庶民の利便性何かよりも、どうにも見栄を張りたい連中が世の中には沢山居るみたいでさ……ね、お姉ちゃん」

「おお、お姉ちゃん……落ち着け、落ち着け、俺。ここで鼻血噴いたら、どえらいことに!」


 呪文の如く落ち着けを繰り返す俺。

 二度目で良かった。取って付けたみたいな『お姉ちゃん』のはずなのに、この破壊力よ!

 もし列車に乗る前に初『お姉ちゃん』を喰らっていたら、ここは今頃血の海だっただろう。


「ねぇねぇ~、いつまでも通路で立ってないで、早く椅子に座ろ~、ボク疲れたよ」

「おおぅ、アル君の子供言葉……萌える……悶える……」


 ヤバい!

 とっさに鼻を指でつまむ。

 油断すると今にも色んな物が吹き出しそうだ。


「ここに座ろうよ」

「そ、そうね。そこに座りましょ」


 席について目を閉じ深呼吸を一つ、二つ……

 少し落ち着いてきたから、目を開けると、そこには邪悪な笑みを浮かべたアル君が。

 ヤバい、こやつ自分の見た目が年齢よりも幼いのを熟知したうえで最大限の利用方法をわかってやがる。

 しかも面白いおもちゃを見付けた猫みたいな顔しやがって。


「アル君、大惨事になるからお願いだからやめてね」

「大惨事は決定なんだね」

「うん。間違いなくここが殺人現場みたいになるね」

「まぁ、ここで悪目立ちはボクもしたくないからね控えるよ」


 そう言う割には悪い笑みを浮かべたままのアル君。

 ふ……

 どうして俺はこんな扱いにくい子を好きになっちゃんたんだろう?

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 ま、結局は惚れた弱みってヤツだろうけどさ。

 俺は誤魔化すみたいに外の景色を見た。


 窓から見える世界――

 それは、とても不思議な光景だった。


 空を飛ぶ、それぐらいは向こうの世界でも飛行機に乗ったことがあるから多少は慣れている。

 だが、この列車が起こす奇跡は俺の常識を遙かに越えていた。

 線路も無い木々が生い茂る森の中を駆け抜けているのだが、纏わり付くように生い茂る木々が、まるで意志でもあるみたいに車両を避けていくのだ。

 俺の常識何かまるで及ばない存在。

 それなのに突然思い出したみたいに汽笛の音が鳴る。

 ああ、これは機関車何だと改めて思い知らされる。

 俺の居た世界の常識何かはまるで通じない、だけど映画か何かで見覚えのある空気感。

 それが俺に困惑にも似た居心地の良さを与えるのだ。


「どうしたの? リョウ姉ちゃん、難しそうな顔してるよ?」

「コナン君、じゃなくてアル君。不意打ちでリョウ姉ちゃんとか言わない……って、何、どうしたの? 突然、怖い顔して?」

「コナンって誰?」

「え、え?」

「コナンって誰だよ?」

「えっと、漫画とかアニメのキャラだよ」

「漫画、アニメ?」

「あ、こっちの世界で分かりやすく言うなら、童話とか舞台みたいな感じかな。コナンってのは子供も大人も楽しめる創作の世界に出てくる主人公だよ」

「あ、そう……」


 アル君はそれだけを言うと、まるで照れ隠しみたいにぶっきらぼうにそっぽを向いた。

 え、え?

 何ですかぁ?

 アル君ってば、俺の口から男の名前を聞いただけで嫉妬したんですかぁ?

 うにゃ~、えへへ♪

 もうもう、アル君ってば俺のこと好き過ぎじゃん♥


 それにしても、さすがはヤンデレ属性持ち。

 アル君は束縛系男子スキルまで持ち合わせたているのですな。

 ヤバい、束縛されてるはずなのにアル君が愛おしくて仕方ないよ~。


「アル君、アル君♪」

「何?」

「町に着いたら、アル君の不安いっぱい消してあげるからね♥」


 俺の素直な言葉にアル君はただ真っ赤になってうつむくだけだった。


 ………………

 …………

 ……


「魔導……列車、か」

「どうしたの、この列車に興味でもあるの?」

「え? あ、ごめん。なんかさ、ぼーっと外を眺めていたら独り言を言ってたみたい」


 なるほど、と頷くアル君。

 列車に乗り込んですでに六時間。

 正直暇なのだ。

 車内でイチャイチャの一つでも出来れば良いのだがさすがに公共の乗り物だしなぁ。

 わいわい賑やかに話すような空間とも言えないし。

 最初のうちは景色にも感動して見ていたが、そんなことに感動していたのも最初の一時間ぐらいだ。

 スマホも携帯ゲーム機も無いこの隔離状況。

 現代っ子の俺はさすがにこの緩い時間を持て余していた。


 アル君はと言えば寝ている訳ではなさそうだったが、目を閉じたまま時折左まぶたを小さく痙攣させていた。


「ねぇねぇ、アル君アル君」

「ん、何? どうかした?」


 小声で話しかける俺にアル君が薄目を開ける。


「寝てないみたいだけど何か考え事してたの?」


 俺の問いかけにややの間。


「一応、警戒するのに探索魔術を維持していたのと……」

「のと?」

「この魔導列車を作った頃のことを思い出していたよ」

「作った、ころ……」


 それは、きっと帝国を出奔する前の話だ。

 

「ねえアル君。その頃の話、嫌じゃ無ければ聞かせてくれないかな?」

「その頃の話? つまらないよ」

「それでも嫌じゃ無ければ聞かせてほしいな」


 俺のおねだりに、アル君はしばし目を閉じたあとゆっくりと語り出してくれた。


「もう、ずいぶん前の話だよ。ボクが迷宮に入って異界に旅立つよりも前の話」

「うん」

「一人研究室に籠もっていたとき、ふと何を思ったんだろうね……世界の果てを見たいと思ったんだ」

「世界の果て?」

「うん、果て。だからね、旅をするのにこの列車を作った。それだけさ」

「……アル君、ずいぶんザックリとした説明で終わったね」


 ぷぅ、とちょっと頬を膨らませてしまる俺にアル君が苦笑いする。


「だって、本当につまらない話だもん」

「聞かせて欲しいなアル君のこと」


 アル君が気恥ずかしそうに後頭部を掻く。


「……外のことを何も知らなかった子供が、ふと外の世界に興味を持ったんだ。自分が居るのがどこなのか、世界の果てを見たら自分ってのが何なのかが分かる気がしてさ。そんなことすら知らないくせに、研究者としてもてはやされいつの間にか何でも知っているつもりになっていた」

「うん、うん……」

「あれも知りたいこれも知りたい、知識欲だけが乾いた自分を慰めてくれる……そんな欲求と自惚れを履き違えていた時でもあったんだろうね。魔導研究の合間に何度も研鑽を重ね車体を浮かせる方法を考えて……」


 ややしばらくの沈黙。


「そんな時だったよ。異界への迷宮の研究許可が下りたのは」

「え、アル君は研究者だったから自由に研究出来たんじゃ無かったの?」

「まさか。帝国は自国の有利になる研究は許してくれたけど、それ以外は何だかんだと理由を付けてさせてくれなかったよ」

「そう、なんだ」

「うん。異界への探索許可が出た頃には帝国もかなり肥大化していたし、ボクみたいな危険因子をいつまでも懐で飼い慣らすより異界へ追放した方が良いと判断したんだろうね」

「そんな……」


 俺を見て、アル君が自嘲気味に笑った。


「そんな泣きそうな顔しないでよ。よくあることなんだから」

「よくあるって」

「牧羊犬だってずる賢いキツネや狼がいるうちは大事にされるけど、退治すべきキツネや狼が居なくなったら処分される……飼い犬なんてそんなもんさ」


 淡々と告げられる事実。

 確かにその通りなんだとは思う。

 その通りだと思うけどやっぱり悲しすぎる。

 こんな年端のいかない少年をただ当たり前にこき使って、邪魔になれば処分しようとする帝国……

 そして、それを淡々と話すアル君。


 そこにある見えない壁は、俺の知る常識との差があまりにもデカすぎた。


「そして異界に飛ばされて世界を何も知らないくせに知ったつもりになっていたクソガキは、自分の知る世界がいかに狭くほんの一部に過ぎず、戦争というモノがどんなに愚かで最もくだらない文化の副産物なのかを思い知らされましたとさ……おしまい」

「……うん」

「本当はさ、魔導列車も戦争で利用されるだけだから廃棄するつもりだった」

「じゃあ何で完成させちゃったの?」

「残念ながら、その頃には魔導列車のプロジェクトは今さら引き返せない所まで進んでいたんだ。小さな国なら簡単に破綻してもおかしくはないレベルで莫大な資金も動いていたから、今さら出来ませんでした……じゃ、すまなかったんだ」

「そこまで……」

「そして気が付けばプロジェクトの研究員全員が帝国の人質になっていたよ」

「勝手にアル君の夢に便乗して、人質って……」

「何も考えていなかった馬鹿なガキのただの自業自得だよ」


 聞いてはいけない過去だった気がした。

 だけどこの過去は、俺がアル君と寄り添って生きて行こうと思うなら決して避けては通れない――


 過去の一つなんだ。

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