第25話 チベスナアル君

「ところでアル君、機関車ってことは公共の乗り物だよね?」

「そうだよ。それがどうかしたかい?」

「俺お金無いよ?」

「何だそんなことか。大丈夫だよ、預金口座にだけど贅沢しても一生遊んで暮らせるぐらいのお金はあるから」

「うわぉ、まぢですか?」


 そういやアル君は魔法をいっぱい復活させたって言ってたな、

 そう考えると、アル君ならそんぐらい稼いでいてもおかしくは無いのか。

 でも……


「凍結とかされてない、大丈夫?」

「凍結ってボクの口座が? アハハ、大丈夫。そんな勇気のある奴いないよ」

「で、ですよねぇ~」


 思わず敬語になってしまったが実際その通りだと思う。

 ただ、さわやかな笑みで伝えられたことと、真逆みたいな真実がそこにはあるんだろうけど。

 あと、列車を使うってことに俺も最初は反対したのだが(反対理由は、列車の中に帝国兵が居る可能性があると思ったからだが)、それも同じような理由で大丈夫と言われてしまった。

 そりゃそうだよな。アル君の戦力を知っていたら、逃げ場の無い空間で戦いを挑むようなマネはしないだろう。

 と言うか、そんなヤツは自殺願望の塊としか言いようが無い。


「まあ仮に凍結されたとしてもしばらく生活に困らないぐらいのお金はあるし、キミに出させるようなマネはしないから安心してよ」

「うん、ありがとう」


 持つべきモノはお金持ちの彼氏と言えば良いのか……

 でも、これじゃヒモ男と変わらんな。

 うむぅ……

 アル君のことだから気にするなって言いそうだけど、経済的には逆立ちしても追い付けないだろうけどせめて少しくらいは自分で稼げるようにならないと恥ずかしい。


「リョウって以外と良識的だよね」

「以外は余計じゃ。って、え? 俺、また何か口走ってた?」

「あはは、キミは考え込むと口に出す癖がたまに出るみたいだね」

「ぬ……そう言う時は聞かなかったことにしてよ」

「ごめんごめん、別に彼女の秘密を聞けて嬉しいとかそんな変態的な趣味は無いから大丈夫だよ」

「か、彼女……」


 ボンと、耳まで赤くなるのがわかる。

 ああ、もう!

 元男のくせにとか、アル君に今まで散々すごいことやって※大人は察して下さいるじゃんとか言われそうだけど、改めて彼女とか言われると嬉しいやら、恥ずかしいやら……


「今更赤くならないでよ。ボクまで照れるじゃん」

「うみゅぅ……」

「金銭ってのは確かに度が過ぎれば束縛や支配、疑惑を生む魔物だからリョウの不安は分かるよ」

「う、うん……」

「だけど、今はお金のことを気にしちゃダメだ。リョウがまず優先すべきはこの世界を知ること。違和感なく生きていけなくちゃボクも不安で仕方がないからね」

「それを言われるとぐうの音も出ませんな」

「ま、ボク個人としてはこんなお金モノでキミを束縛できる安心が買えるなら安いモノだけど、そういう付き合いは望んでない」

「俺だってそんなのは嫌だよ! それに……そんな拘束なんか無くても、俺はもうアル君のだけなんだし」

「あ、ありがとう」


 俺の素直な言葉にアル君が赤くなる。

 その反応が素直に嬉しい。


「キミならそう言ってくれると思ってたけど、改めて言われるとやっぱり照れるね」

「だって、本当だもん……」

「と、とりあえずさ。ボクとしては キミとの対等な立場を望むよ。だからまずは世界を見て、そのうち自分に合った仕事を探そう。料理人になるのも良いし、東国の探検家や開拓者なんてのはお勧めしないけど適正があるならそれも有りだ。もちろん、学びたいことがあるなら研究者になるのだって良いと思う」

「うん、俺絶対にこの世界の常識を身に付けてアル君に恥ずかしくない、か、か、」


 その先の言葉を口にしようとするだけで思考が停止するほどの熱を帯びるのがわかる。


「か、彼女に、なるからね」

「あ、う、うん。よろしく、お願いします」


 改めて自覚すると恥ずかしさが込み上げる。

 一瞬訪れた沈黙。

 そんな二人がどちらともなく差し出した手を握った頃、まるで二人の恥じらいを誤魔化すみたいに――


 遙かなる上空から汽笛の音が聞こえた。


 まるで空に浮かぶ真っ青な地球から飛び立って来たみたいに機関車が煙を上げて滑走していた。


「す、すげー!! 銀河鉄道の夜……じゃなくて、999みたいだ! メーテルどこー!?」

「アハハ、言ってる意味は全く分からないけど、喜んでくれて開発者としては嬉しい限りだよ」


 興奮する俺にアル君が微笑みかける。

 ……ん?

 今何と言った?


「今、開発者って言った?」

「言ったよ。アレの特許の9割9分はボクが持ってる」

「うおぉぉぉぉ……」


 あっさりと言ってくれちゃってるけど、このイケショタどこまで天才何だよ!?

 そりゃ一生遊んで暮らせる金があるって言ってたけどさ、あんな空飛ぶ列車の特許まで持ってるなら遊んで暮らすどころかお金を燃やして靴探してもお釣りが来るくらい金が有るんじゃね?

 って、あぁあぁぁぁ……


「どうしたの? 突然、頭抱えて」

「いや、中学の時に教科書で見た札束燃やす「どうだ明るくなったろう」の成金おじさんを思い出してね。そんなゲスいことを考えている自分に自己嫌悪が……」

「お金を燃やすって、そんな勿体ないことしちゃダメだよ」

「ですよねぇ」


 おっしゃること、まさにその通りでございます。

 あんまりアホなこと考えないように気を付けないと。

 愛想尽かされたら寂しくて死んじゃう。


「さて、と……」


 そんなアホな想像をしている俺の横で、アル君がやおら袋の中から帽子を取りだした。


「日射病予防?」

「違うよ。まあ、大丈夫だとは思うけど、少しだけ顔を隠そうと思ってね」

「あ、簡易の変装か」

「そ。町に入ったら認識阻害の魔術を使う予定だけど、魔導列車の中は変装系の魔術は一切使えないんだ」

「そうなの?」

「そりゃ、犯罪者とかが高飛びとかの道具に使えないようにしとかないとね」

「にゃ、にゃるほど」


 侮ってた。

 意外と言っちゃ悪いけど、こっちの世界もそう言う方面の防犯意識は高いんだ。

 それともアル君の考え方がこの世界の意識より一歩も二歩も先を行ってるだけ何だろうか?

 って、今はそれを考えてる場合じゃ無い。


「ねね、アル君アル君」

「どうしたの?」

「あのさ、それなら俺たち二人の組み合わせも怪しまれないかな?」

「ん……確かに人間とエルフの組み合わせか。とりあえずリョウの耳は目立つから、髪の中に隠しておこう。パッと見はそれで誤魔化せるから。後は髪の色は……土系魔術を使えば、黒寄りになるけど、もう列車も来てるしそんな暇も無いか」

「そう言えば、そんな魔術の設定もありましたね」

「設定とか言わない。とりあえず、体格的に怪しまれないように両親が再婚して出来た姉弟ってことにでもしておこう。まあ他人がそこまで聞いてくることもないだろうけど」

「大阪のおばちゃんでも無い限り赤の他人のお家事情に踏み込むマネはしないよね」

「大阪のおばちゃん? 親戚か何か?」

「いや、種族と言うか民族と言うか、武闘派集団と言うか……察してくれ」

「あ、ああ、分かったよ。それと姉弟って感じなら話し方も少し変えておこう」

「話し方? あ、そうだね。敬語じゃ変だものね」

「リョウ、敬語使ってるつもりだったんだ……」

「何んだよその残念なモノを見る目は。失礼な」

「失礼って言うなら、キミはもう少し敬語を勉強した方が良い」

「むぅ~……とりあえず、お姉さん口調にしたほうが良いってのは了解したよ。えっとえっと……お姉さん口調……もう、アル君ったら帽子が曲がっていますよ」

「………………」

「……何さ、そのチベットスナギツネみたいな視線」


 アル君のどえらいクールな眼差しが俺を射貫く。

 いつもならご褒美な感じだけど、さすがにチベスナ顔をされると俺も反応に困る。


「何さ……って言うか、その似合わないな~って」

五月蠅いうーさい。俺だってかなり無理があるのは百も承知してるよ。すぐにボロ出しそうなのも……」

「ま、仕方ない。それならボクが弟を演じるよ」

「お願いしましゅ……」

「じゃあ、ん、ん……ねぇちゃん、もうすぐ汽車が来るね。汽車に乗るの初めてだから楽しみだよ♪」


 ぶしゅー!! だくだくだくだく……


「おわぁ!! リョウ、は、鼻血!! 出血死レベルの鼻血が!!」

「ぶるあぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぶ、ぶるあああぁ!? ぶるあって何!?」

「や、やばぁい……何だぁ、この可愛い生物は!? 頭脳は大人、心はヤンデレ、その名はアル君!?」

「リョ、リョウ……だ、大丈夫? キミ何かブツブツ言ってるけど、大量の鼻血で意識飛んでない!?」

「ヤッベェ……勃つわ~、勃つモノどっかにもげて逝っちゃったけどフルおっ勃しそうだよアル君!! ……って、何でまたそんなチベットスナギツネみたいな顔してるのさ?」

「や、鼻血まみれで興奮する変態って地獄絵図だなって」

「ちょ、自分の彼女に対してそれ酷くない!?」

「たまに本当にこれが自分の恋人で良いのか、って思わせられるボクの身にもなってくれ」

「ひどい!!」

「酷くない! 良いからほら早く鼻血拭いて。こんなどう見ても猟奇殺人の現場みたいな状況じゃ列車に何か乗せてもらえないよ」

「ぐぬぅ~……」


 何だよ何だよ……

 チョット興奮したぐらいでさ。

 最近、スキンシップがご無沙汰なんだから仕方ないじゃん。

 くそ……

 町に着いたら、俺無しじゃ居られなくなるくらい骨抜きご奉仕してやる。

 俺が心の中で決意したとほぼ同時に魔導列車は到着した。

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