第16話 それでもやっぱり君が好き

 避妊具ってカタカナで書くとヒニング、字面に合わせて嘘くさい英語風に発音すると格好良く聞こえませんか?

 囓られリンゴの充電ケーブルみたいに聞こえると思うのは俺だけでしょうか?

 前置きが長くなりました、異世界でエロフ生活を送っている俺です。

 俺は今、絶賛アル君にお叱りを受けている最中です。

 どうしてだって?


 ふ……


 俺の貞操観念が低すぎるとかエロに走りすぎだとか……

 女の子なのに言葉遣いが悪すぎるとか……


 あれ?

 なんだか、アル君が年頃のだらしない娘を叱る父親みたいな感じになってます。


 でも、しょうがないと思いませんか?

 何度も言いますが俺の中身は十五歳高一の男子なんです。

 しかも十五年間一日たりとも怠ることなく男でした。

 そんな俺ですよ?

 そりゃえっちぃことに興味津々です。

 本音を言えば女の子相手にえっちぃことしたくて興味津々でしたが、今や俺の矛先はアル君なんです。

 アルハンブラ少年が愛おしくて仕方なくて、俺のメスリキが絶賛大爆発なんです。


 男の子が男の子に恋をする。


 変だと言われるかもしれませんが仕方がないんです。

 だって、それもこれもこの淫乱エロフボディが原因なんですから。

 俺のせいじゃないんだよ、ほんとうだよ?


 あはは……


 ごめんなさい、生きててごめんなさい。

 淫乱エロフボディだけが原因じゃないです。

 俺がアル君を好きになっちゃったんです。

 本当は秘めているつもりでした。

 出来れば何事もなかったみたいに元の世界に帰りたかったんです。

 でも、もう隠せないんです。

 アル君がどうしようもなく愛おしいんです、はい。


「突然どうして、避妊具とかそんな話になるのかな……」


 呆れています。

 もう、何度目か分からないため息までプラスして。

 でも、そろそろ俺も言い返そうと思うのですよ。


「あのね、アル君……男女でイチャ付くと言えばさ、あって困らないと思うんですよ。それに俺から用意するって言った方がアル君に重く聞こえないかなって」

「ボクはイチャ付くなんて一言も言ってないよ。それと重く聞こえるとか聞こえないとか言ってるけど、そういう話じゃない!」

「え、ええ~そんなぁ、アル君のイケズキング……」

「人をドSの鏡みたいな言い方するな。ボクが言ってるのはキミの貞操観念の話」

「それは何度も聞いてるというか、聞かされたというか……」

「なら、そろそろ反省とかしてもらえるとボクとしては嬉しいんだけど」

「でもでも、俺、もうアル君が好きだって気持ちは抑えられないって言うか……」

「だから……ああ、もう! そんな顔しない! それと少しは言葉遣いがマシになったけど、女の子が『俺』とか使わないの!」

「それは個性として受け止めてもらえれば……ってアル君、俺の気持ちに答えてくれてない!」

「え? えっと、それは……」

「答えてくれてない!」


 泣きそうだ、何だよこれ。

 俺、本当にどうしちゃったんだ……

 つか今時こんなに乙女な女子なんているか?

 俺の同級生の女子はみんな雄々しかったぞ。

 逆壁ドンしてくるような猛者ばかりだったし。


「ダメならダメで良いから教えてよ……」

「ボクだってキミを憎からず思ってるって言ったでしょ」

「言い方が遠回しすぎる」

「はぇ?」

「言い方が遠回しすぎるし語尾が投げやりだもん」

「なんですと?」

「だから、俺はもっと素直に言って欲しいの!」

「だから、憎からず思ってるって言ってるじゃん!」

「そうじゃなくて! 俺はアル君にもっと素直に好きだって言って欲しいの!!」


 言っちゃった! 言っちゃった!! 言っちゃったよ~!!

 やばい、脳みそが沸騰して心臓が今にも爆発しそうだ……


 俺は男だ。

 その事実は変わらない。

 でも、アル君への思いはもう隠せないんだよっ!


 そんな俺の緊張が伝わったのか、アル君が真っ赤になって俯いた。

 うぅ~、赤くなりたいのは俺の方だ!!

 アル君の照れてる姿は可愛いんだけど、そうじゃなくて……えっと、たぶんアル君自身もこういうのには慣れてないんだろうなってのは分かる。

 人間関係もメチャクチャ不器用そうだし。

 ただ、それはそれとして愛の告白はどうしてもしてくれないんだろうか?

 そっちがその気なら……


「アル君。俺は……良は、アル君が好きだ。この気持ちにもう嘘はつけないよ」


 自分に出来る精一杯の気持ちを素直に言葉に乗せる。

 正直、心が今にも張り裂けて泣きだしそうだ。

 いや、頬に感じるこの冷たいとも熱いとも感じるこれ。

 俺はきっと泣いているんだと思う。


 心臓が、またバクバクし始める。


「リョ、あ……ボクは……」


 そんな言葉を耳にした瞬間、俺は……

 俺は思わずアル君の口を両手で塞いでいた。


「もがぁ!?」

「だ、だめ! やっぱり言わないで!!」

「ん、んが!?」

「ちょ、ちょっと待った!」


 今更聞くのが怖くなったんじゃ無い……

 バカだよ俺、アル君に求めすぎて忘れていた。

 俺が元の世界で男だったこと、アル君にちゃんと言ってなかった。


 可愛いってアル君はそう言ってくれた。

 でも、それは今の俺であって、向こうに居た時の俺に言ってくれた言葉じゃ無い。

 いや、それ以前にこんなポッと出の女もどきを好きになってくれなんて、正体隠したまま言うのは卑怯すぎる。

 俺は男だ。

 その意識は変わらないけど、本音を言えばこの姿のままでアル君と一緒に過ごしたいとも思い始めてる。

 だけど、俺はまだ心のどこかでは向こうの世界に戻って、何事も無かったみたいに元の姿に戻って生活したいとも思っている。

 向こうの世界に帰りたい、元に戻りたい、でもアル君が好き。でもこの姿のままで愛されたいとも思ってて……

 ちぐはぐな感情が浮かんでは消えて……

 だけど、こっちに残ったとしても、もしかしたら俺は元の世界に居た頃の姿に戻るかも知れない。

 仮に好きだと言ってもらえても、このかりそめの姿が壊れたら、俺はアル君に何て言えば良いんだ?


 最低だ。

 俺はずるい……


 さっさと、『俺』なんて捨てて、『私』にでもなって、この姿をもっと早く受け入れていれば良かったんだ。

 でも、もうそれは遅い。

 自分の手で見切り発車して賽を投げて、船を出航させたんだ。


 ちゃんと、俺から正直に伝えよう。


 ちゃんと『全て』を伝えてからアル君に判断してもらわないと、絶対に後悔するし、きっと後悔させてしまう……


 よくよく考えてみたら、元々あの試練を乗り越えたら、俺の全てをアル君に伝えるつもりだったんだ。

 そうだよ。今更、何を怯えてるんだ!

 勇気を出せよ、日野良!!


「ね……ねぇ、アル君。覚えてる? 俺が試練に行く前に……って、アル君!! 顔が土色になってるよ!?」


 俺の腕の中でグッタリとしているアル君に思わず慌てて声が裏返る。

 俺はいつの間にかアル君の口を手で押さえるだけじゃ飽き足らず、チョークスリーパーを頸動脈にビシッ! と決めていたようだ……


 ごめん、本当にごめんねアル君。

 こんなバカな俺が好きになって、ごめんなさい……


 そんなドタバタな感じでアル君を絞め落とし、すでに四半刻。

 ベッドでは未だにアル君が目を覚ますことなく横になっていた。


「やっちゃったよ、よりによってこんな時にやらかすなんて……」

 

 込み上げてくる申し訳なさと情けなさ。

 ハァ……

 自分の情けなさに止めどなく込み上げるため息。


「アル君……」


 好きになった少年の名前を呼んでも反応はない。

 自分でやらかしたくせに途端に込み上げてくる寂しさ。


「バカだなぁ、俺」


 何を期待していたんだろう。


「アル君に拾ってもらえただけでも十分すぎるほど幸運だったのに、何でそれ以上を望んじゃったんだろ」


 この世界で寂しかったから?

 この世界で初めて出会ったから?

 この世界で俺が出会ったはじめての人間だから?

 この世界でただ一人、いつも俺を助けてくれる人だから?

 それとも……


 女になって、心が追いつかなかったから? etc・・・


 きっと、そのどれもが正解で、だけど、たぶん……そのどれもが答えにはほど遠くて……


 でも、これ以上ないくらいに一番近い答えは、ただ一つだなんだ。

 実にシンプルな答え。

 それは――

 俺が、日野良はどうしようもないくらいにアル君のことを好きなんだ。


 でも……


 元男だったのを隠したまま好きになって、あまつさえ答えを求めた……


「ダメだろ、常識的に……」


 うなだれたところで現状が変わるわけじゃない。

 そんなのは分かっているのに……

 未だに言うべきかどうかで迷ってる。

 試練直前あの時決意した勇気が今の俺には欠片も湧いてこない。


「俺、アル君に迷惑しかかけてない……」


 込み上げてくるこの感情は自分自身に対する怒りかそれとも情けなさなのか。

 告白したけど、男だと伝える勇気もそれでも好きになって良いのか聞く勇気もない。


「そうだ、もう消えよう」


 思わずJR京都のキャッチコピーみたいな言い方をしてしまった。

 でも、冗談じゃなくきっとそれが一番だ。

 未来あるアル君の道をこれ以上踏み外させちゃダメだ。


 今までありがとう、アル君。

 君に会えて、君に拾ってもらえて、俺はどんなに感謝の言葉で着飾っても足りないくらい幸せだったよ。


「じゃね、バイバイ……」


 ただ、逃げるだけ。

 でも、今の俺にはこれ以上は……いっ!


「いたたたたたたたっ!」

「キミは師匠を絞め落としておいて、どこに行こうってんだい?」

「いや、俺、颯爽とここを立ち去ろうと……って言うか、こういう時は髪じゃなくて裾とか手を掴まない? って、痛い痛い痛い痛いッ!」


 そうなのだ、アル君はこともあろうに振り返って去ろうとした俺の髪を鷲掴みにしたのだ。


「仕方ないだろ。ボクはベッドに寝てて、君をすぐに掴めそうな場所はその腰まである髪ぐらいだったんだから」

「分かった、分かったから! もう掴んだんだから離してよ!」

「離したらこのまま全力ダッシュで逃げる気だろ?」

「うぐ、にゃぜそれを……」

「ほら見ろ。ま、全力で逃げたところで、たぶんボクは追い付けるけどね」


 出たよ……

 精神的にチクチクしておいて退路を断つこのドS力。


「キミがあれだけ答えを聞きたがったのに、何で突然逃げだそうとしたのか……理由は分からないけど」

「え? いつもみたいに色んな可能性を考えて退路を絶つ追い詰め方しないの?」

「このやろう、毎度毎度人をなんだと……ボクだって、好意を寄せてくれている相手に、その感情を押しつぶすみたいな無粋な勘ぐりはしないよ」

「う、うん……そう、だよね……」

「ただ、君が寄せてくれる好意に素直にボクが答える前に、先に聞いて欲しい話があるんだ」

「え、俺に聞きたいんじゃなくて、アル君が俺に伝えたいことがあるの?」

「うん、そう。まずはボクの話。たぶん、キミが伝えたいのは試練をはじめる直前に言ってたヤツだよね? さっきの告白の件じゃなく」

「告白の件はいったん保留でお願いします! えっと、その……うん、向こうに居た時の話とか、色々と伝えたかったんだ……」

「そうか。君の話の前にボクは師として、いや、キミに好意を寄せられる一人の男として先に伝えなければいけないことがあるんだ。その話を聞いても、それでもキミがボクという男に好意を寄せることが出来るのか聞かせてほしい……」


 それは実にアル君らしくない、不安さえ覚えるような持って回った歯切れの悪い言葉だった。

 そして、俺は今日……


 全く予想だにしない話をアル君の口から聞かされるのだった。

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