第17話 罪と涙はぱぅわーで解決!!
アルハンブラ――
その名が持つ意味は『赤い城塞』。
それは彼が訪れた
でも、俺は思う……
テロや無差別殺人が毎日のように起こる戦場で、その二つ名が与えられた意味を。
城塞――
人を守り続けたからこそ与えられた二つ名だろう。
だけど、それなら……
赤――
が意味するのは?
そんなの平和ボケした俺にだって分かる。
戦場で赤が意味することなんて、そう多いはずが無い。
その赤の正体が敵の物か自分の物かは分からないが、間違いなく『血』のことだろう……
アル君はこの小柄な中学生ぐらいしか無い小さな身体で、その不釣り合いなほど大きな二つ名を俺が居た世界の住人達から贈られた――
そして、彼は語った。
『ボクが名乗っているこの名前は、本当はボクが名乗っちゃいけないものなのに……それでもこの名にすがり付いている。これはボクのなけなしの人間性を繋ぎ止める鎖なんだ』と……
それが何を意味するのか……
静かに語り出した彼の過去。
それは俺の想像を遙かに超える悪夢のようなものだった。
アルハンブラ、彼の正体――
それは、かつて数え切れないほどの人を殺めた怪物、という信じがたい話であった。
その聞かされた真実に、
俺の呼吸は死んだ気がした。
嘘だと思った。
だけど、
彼のその年齢に不釣り合いな戦闘能力はそれを真実と受け止めさせるだけの力が合った。
アルハンブラ――
本名アルフレッド。
遙かなる古に失われた魔術の数々を僅か数年で復活させた生まれながらにして他に並ぶ者無き魔術の超天才児。
今から十年ほど前、かつては世界で最も弱い国だった人国を、瞬く間に世界最強の座に押し上げたのは他ならぬ彼が復活させた魔術の恩恵だった。
彼は数多の名声を手に入れ、そして莫大な富も転がり込んできた。
だが、彼の興味はあくまでも魔術への探求のみ。
古に失われた魔術を復活させては、その研究に飽きてまた次の研究へと取りかかる。
そんな彼が未知なる知識を求めて異界への迷宮に旅だったのは、ある意味必然であったのかも知れない。
だが、そこで彼が見たのはあまりに世界観の違う戦争という実態。
学問以外には灰色だった彼の感情が激しく揺すぶられた瞬間――
だったらしい。
見向きもしなかったはずの戦争という現実、そこで起こる悲劇……
アルフレッドは気が付けば無我夢中で傷付く人々を守っていた。
銃弾の雨の中でも傷付いた者達を担ぎ生還する少年。
大粒の雹のごとく爆弾が降り注ぎ続ける戦場で敵を追い払う少年。
傷付いた弱者を癒やす少年。
救いを求める数多の声はやがて賞賛を纏い一人の少年を英雄にした。
だが、そこでアルフレッドはふと気が付いた。
いや、聡明なこの少年が端から気が付かぬはずが無い。
ただ、気が付かぬふりをしていたことに気が付いた――
のかも知れない。
そして、気付きに震えながら帰れぬ日々を悶々と送る中、彼の名声はますます高まりやがて『アルハンブラ』の称号を手にした。
それからまたしばらく時が過ぎた。
アルフレッドはついに帰還の時を迎え故郷へと戻ると他には目もくれず資料庫の奥に引きこもり、そして――
愕然とした。
この数年で人国が起こした戦争の膨大さに。
アルハンブラは吐き気を覚えた。人国が起こした戦争の数々は、魔術という強大な武器を手に入れたからこそ起きたのは明白だった。
魔術の最大の被害者は二つあるエルフ国のうちの一つであった。
人国にとって最大の障壁となりうる精霊術国家を早々に打倒すること。
人国が生き残る最良の選択だと考えた時の権力者が真っ先に宣戦布告をしたのだ。
当初、世界各国は勝ち目の無い戦を仕掛けた人国に冷笑を浮かべた。
だが、その冷笑はすぐに自らを凍てつかせるものに変わり果てた。
僅か数ヶ月でエルフの国の一つが陥落。
そして、おそらくそれはただの実験だったのだろう――
王都はとある魔術の行使により一夜にして消滅する。
文字通り文明の痕跡一つ残さず、王族、貴族、戦士、民、全てを飲み込んで。
エルフの国の消滅からさらに一年後、獣人国の一つが陥落した。
人、獣人、双方に恨み消えぬ多数の犠牲者をだして……
そして、最初の戦争からわずか四年が過ぎた頃、大陸の半分を支配するに至った人国は再び帝国を名乗り現在に至ったのである……
空気は凍てついているくせに、粘つく湿り気を帯びたみたいに重たかった。
悔しいけれど、それは……
俺がアル君の過去を受け止めきれずにいる何よりの証拠な気がした。
下を向いたまま口を閉ざした少年に、俺は一体何を伝えられるのか?
大丈夫だよ――
そんな言葉が届くはずが無い。
いや、そんな言葉を彼が求めているはずは無いんだ。
求めていれば、この歳でこんな場所で……彼が一人で悔いて隠遁生活を送るはずが無い。
お前は間違っている――
たぶん、彼が求めているのは処罰だろう。
でも、それは俺が責めていいことじゃない。
それが出来るのは彼がもたらした力により家族や祖国を失った者達だけだ。
なら、森の奥深くで一人生きている彼はその責め苦から真逆に逃げているのか?
……違う。
たぶん、寝ても覚めても消えない責め苦の中で、彼はあえて一人で生きる道を選んだはずだ。
今更何を選択しようと、
誰を救おうと、
決して消えるがない罪を理解したその時から――
彼は逃げたんじゃ無い。
逃げるのなら、彼ほどの力があれば、彼ほどの行動力があれば、もっと簡単に自死を選んだはずだ。
一瞬で死ぬ力くらい彼なら当たり前に持っているのだから。
世界の片隅で、世捨て人みたいに、
ただこれ以上の犠牲者を出さないよう――
人が必要以上の力を手に入れないよう――
見守るためだけに生きるという贖罪……
でも、それは本当にあっているのか?
正しいのか?
分からない。
何を選んだとて、どれほどの人を救ったとて、彼を恨む者は消えないだろう。
いや、どんな選択を選んだとてアルフレッド自身が自分を許しはしないだろう。
だったら、どうすればいい?
たぶん、答えは無くて……
俺がどんなに言葉を掛けても、それはきっと届かなくて……
だけど、
だけどさっ!!
ムカつくんだよ!!
クソッタレ!!
いい年した大人だって善悪の分別なんて間違いまくってるってのに、善悪もわからない子供が夢中になった
大人が足下にも及ばないような天才を、頭は良くても心が未成熟な子供を!
大人の思惑で利用して、そんで子供の純粋な楽しみを汚して戦争に利用したッ!!
腐ってんのはアル君じゃなくて、大人じゃねぇか!!
罰を受けるべきはその腐った大人達だろ!!
なんで、この子がこんなに傷付かなきゃダメなんだよ……
「ア……」
名前を呼ぼうとした。
だけど俺の声は、喉の奥で行き場を失ったみたいに彷徨い、そして霧散する。
アル君の頬を伝う涙の筋。
その涙の筋は、まるで俺の首を締め付ける鎖のようにさえ思えた。
あれほど強く、孤高にさえ思えた彼の姿が、今はただ年相応の少年にしか見えない。
だけど――
「この名前はさ、こんなボクでも誰かを守ったんだって……でも、分かっているんだよ……そんなのが自己満足に過ぎないってのは、誰よりも、ボクが嫌ってほど……」
そんな涙に濡れた少年の
「ふんがっ!!」
ゴンッ!!
俺の気合いとともに室内に響く鈍い音。
頭を押さえてうずくまるアル君。
視界に星がチカチカ瞬き、目眩がする俺。
「い……ッだあぁぁあぁぁぁぁぁっ!! 割れる割れる! 頭が割れる!! 何するんだよっ!!」
「頭突きかました!!」
「ず、ずつきぃ!? この頭突きにどんな意味があるのさ!!」
「意味なんか無い!!」
俺が豪快に言い放つとアル君が目を白黒させる。
ややの間とともに、アル君の瞳に怒りを思い出したみたいに光が宿る。
「一度キミにはしっかりと言っておきたいことがある!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーい!!」
「うるさいって、金切り声を上げて叫ぶキミに言われたくない!」
「やかましゃあっ!!」
どごっ!!
「ぐはっ!」
不意打ち気味にかましたレインメーカーも真っ青なドロップキックにアル君が悶絶する。
「理屈なんぞ知らん、世間が何を言おうと知ったことか! アル君は反省している!! だから俺が許す!! それが分かったら、この日野良に黙って愛されろ!!」
……あぁ…………うきゃあぁっ!!
ああ、もう何じゃそりゃー!!
自分で言っててもう訳分からん!!
ほら見ろ、アル君だって咳き込みながらポカンとするとか、かなり難易度の高い表情になってるじゃん!!
や、ホント違くてね。
本当はもっと、こう……何て言うか、優しい感じで慰める予定だったんですよ。
ただ、それが何故か気が付いたら暴力的になっていたというか……
でもでも、しゃあないじゃん!!
中学の頃の俺は『8bitの脳内演算で行動する男』と言われたアホだぞ!
姉貴を慰める時だってチョップとかそんな肉体言語に頼ることが多かったんだもん!
そんな俺にアル君が抱える問題を……と言うか、俺にはこの天才過ぎる少年を慰める手段も知恵も持ち合わせちゃいない!
小難しいことなんて知るもんか!
アル君が自分を許せないとかそんな高尚な罪意識も知らん!
知らん知らん知らん知らん!
全部知るもんかっ!!
ただ、アル君にそんな罪悪感を埋め込んだ権力者は許せないし、今の事態を受け入れてるアル君にも腹が立つ!!
「アルハンブラ! いや、アルフレッド! 結局俺にとってはどっちもアル君で、師匠で、大好きになった男の子だ!! それ以上でもそれ以下でも無い! 分かったらシャキっとしやがれ!! シャキっと……お願いだから、もうそんな弱った顔見せないでよ……俺の大好きな強気なアル君に戻ってよ……」
ああ、もう! 何だよ、この説得……
いや、そもそも説得ですらあるのか?
ただ勢い任せの告白なのか景気づけなのかもわからないアホな会話になっちゃったし……
何だか、喋ってるうちに自分が情けなくて泣けてきたし……
そんな、まともな説得さえ出来無いそんな俺を、アル君は呆然と見つめるのだった。
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