第9話 雑魚は滅びて姉と女体化論争

 瞬く間に二人の暴漢が撃沈した時点でやっと危機感を覚えたのか、手前の金髪が懐から電機シェーバーのような物体を取り出した。


「調子に乗りやがって!」


 金髪男の歯ぎしりとともに、バチチチと破裂音にも似た音が深夜の路地裏に響く。

 電気シェーバーと思った物体から聞こえた音だ。ついでに言うなら、青いスパークまで撒き散らかしている。


「スタンガン、ね……」


 まぁバタフライナイフをひけらかす連中だ持ってても不思議じゃ無い。不思議じゃ無いがそれは女性や弱者が護身用に持つ物だ。

 間違ってもお前らみたいなドクズが悪さをするために使って良い道具じゃ無い。


「今さらビビってもおせぇよ! 散々暴れてくれたお礼はさせてもらうぜ」


 怒気に紅潮させながら闇雲に突っ込んでくる。

 ナイフを持ったヤツを圧倒した時点で力量差は分かりそうなもんだが。

 あ、コイツには不意打ちをしたようにしか見えなかったか。まともにぶつかれば勝てると舐められたか?

 しゃあない、もうちょっとだけ暴れるとするか。

 俺の心が震えたのはそんな覚悟を決めた時だった。


「もうやめて! 貴女もすぐに逃げて!」


 それは奥で拘束されていた女が発した声だった。

 悲痛な己の身よりも他人を案じる声音。

 だけど俺が震えたのはそんな事よりも、まさかこの声、そんなはず……


 その時、一台のトラックが過ぎ去りヘッドライトが一瞬奥を照らした。

 そこに居たのは上着を引き裂かれた……


「ッ、姉貴!!」


 全身の血液が沸騰するかのような激情を覚えた刹那、


 俺は全力で駆け出していた。


「どこに行きやがる! お前の相手は俺――」

「どけっ!!」

「ゲバァッ!?」


 立ち塞がった金髪男を全力の裏拳で無造作に殴り飛ばす。

 がしゃっ!! と電信柱に叩き付けられた男は肩に足場ボルトが突き刺さり身動きも取れずに絶叫する。

 これで背後から襲われる心配も無いだろう。

 俺は奥に残った男に一気に接近すると有無を言わせず魔素を爆発させた回し蹴りを股間にぶち当てた。


「!!!!」


 悲鳴も絶叫も許さない問答無用の一撃。


「ひ、ひぃっ!!」


 肩にバタフライナイフが突き刺さっただけ・・の、ほぼ無傷の男が小汚い悲鳴を上げる。


「ゆ、ゆるっ」

「レイパー野郎の命乞いなんか聞くかよ!!」


 這いつくばった男にそのまま高速の踵落としを顔面にねじ込んだ。


 ゾリッ……


「あ、が、が……」

 

 俺の踵落としで顔の半分を削り取られた男がそのまま地面に頽れる。

 かなりグロい感じだが薄暗い路地裏なのが幸いした。

 夜目の利かない姉貴にこんな汚物を見せずにすむ。


「ありがとう、ございま……え、お母さん?」


 弱々しい声音。

 当たり前だこんな事態に慣れてるヤツ何て居るもんか。

 ましてや姉貴は俺に対してはベタベタだったが男は苦手でいつも一歩引いているような性格だった。

 それなのに、何でこんなとこに……


「何やってんだよ、姉貴!!」

「へ? お母さんじゃ……ない」

「誰が母さんだ! 訳の分かんないこと言ってんじゃねぇ!」

「あ、あの……」

「俺たちみたいな田舎者がこんな都会の夜中に出歩けばどんな目に遭うかぐらい分かるだろ!! いつも俺に言ってただろ! 夜出歩くような不良になるなって! それなのに、何でこんな何処ほっつき歩いてんだよ!」

「何で、そのこ、と……も、もしかして……え? 良ちゃ」


 ファンファンファン……


「まずいッ!」


 くそっ! 姉貴のことで失念していた。

 恐らくこの騒ぎで誰かが通報したんだろう。

 失敗だ父さんに警察の気配の察知方法は鍛えられていたのに……

 まさか、こんなに近づくまでパトカーてきの接近に気が付かなかったとは!

 正直、死んじゃいないと思いたいがオーバーキルレベルの破壊をやらかした。

 誰から見ても過剰防衛じゃすまないよな……


「姉貴!」

「ひゃいっ!!」

「掴まれ!!」

「ひゃわっ!?」


 俺は有無を言わせず姉貴を抱き寄せるとそのまま体内の魔素を解放する。


「舌噛むから口閉じてろよ!」

「ふぇ? ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 俺は強化の魔術で地面を蹴り、さらにビルとビルの壁面を何度も蹴って高層マンションの屋上へ飛び降りた。

 眼下に広がる地上の星空。赤い点滅が集まる辺りがさっきまで俺たちの居た場所だ。

 とりあえず、こんな短時間でここまで逃げた何て誰も思わないだろう。


「い、一瞬で、あわわわ……ここ、こんな……」


 ジェットコースターに乗る以上の恐怖体験をした姉貴が腰を抜かしたのかへたり込む。

 服は少し破られてるけど下着をちゃんと履いているあたりそれ以上の酷い目には遭わされてなさそうだ。

 勿論この時点での安堵が早計なのは分かっているけど、それでも無事で居てくれたとに安堵を覚えずにはいられない。


「怪我は無いか、他に酷い目に遭わされなかったか?」

「あ、は、はい……だ、だいじょうぶ、です……引きずり込まれてすぐに助けてくれたから」

「そうか、良かった……」


 まずは安心、かな?

 それはそうと、


「あ、あの……」


 少し怯えたみたいに震えている姉貴こいつだ。


「あの、ね……」


 姉貴が無事だった、それは当然嬉しいのだが……

 だけど、だ。

 無事だと安心すると、やっぱり、こう、何て言えば良いのか、ふつふつと湧き上がってくる怒りというものがあるわけで。

 さっきもちょっと腹立ったがこのポヤンとした何の警戒感も無い小動物みたいな姿を見ると、ちょっと痛いのかまさんと・・・・・・・・腹の虫が治まらない。

 俺は無言のまま姉貴の額にチョップを一発入れる。


「あいた!」


 さすがに魔術強化はしちゃいないが、無言のまま何度も俺は姉貴の額にビッシビシとチョップを入れる。

 姉貴がオイタした時には俺が冷たい目をするかもしくはこのチョップをするのが我が家の伝統芸である。


「酷いよ良ちゃん何度もお姉ちゃんの頭を叩いて、お馬鹿になったらどうするの?」

「うるさい! 今回の悪さは俺のパンツをかぶるのとは訳が違う、あとそれ以上お馬鹿になウボァッ!」


 説教する俺の喉元にまるでフライングクロスチョップのような勢いで姉貴が飛び付いた。


「何しやがっ!」

「良ちゃんだ! 良ちゃんが帰ってきたよ! お姉ちゃんの、お姉ちゃんだけの良ちゃんが帰ってきたよぉぉぉぉ」

「あ……」


 そうだった。

 何か今、微妙に自己主張の激しい言葉を聞いた気がするけどそうだった。

 頭に血が上って忘れていたけどあんなに会いたいと思っていた家族がここに居て、もう会えないと半分諦めかけていた温もりがここにあって……

 勝手に居なくなったのは俺で……

 そんな俺を心配して姉貴は探し歩いて、くれてたんだ……

 心配をかけたバカは、俺だ……


 姉貴の号泣。

 こんな涙を見たのは、昔、俺が木から落ちて大怪我して以来だった。

 考えてみたら姉貴が俺にベタベタになったのはあの怪我が原因かも知れない。

 いつも心配と迷惑を掛けていたのは俺だったんだ。

 まぁ、弟のパンツの匂い嗅ぐとか若干変態的になったのは俺の責任では無いと思いたいけど。


「ねぇ、良ちゃん……」

「ん、何?」


 泣きじゃくっていた姉貴の声音に少しだけ冷静さが戻ったのはずいぶん経ってからだった。


「お姉ちゃん、そんなに信用無い?」

「へ? な、何が?」

「良ちゃんが女の子になりたかったなら、一言相談して欲しかった……お姉ちゃん、良ちゃんが妹になっても大好きなのは変わらないよ? ううん、世間がもし冷たくしてもお姉ちゃんだけは良ちゃんの見方でいるよ?」

「えっと……や、ちゃいますけど!?」


 とんでもない爆弾をぶっ込んできやがった!

 ああ、でもそうね、突然居なくなった弟がしばらくぶりに再会して女になってればそう思うかもね!


「タイに行ってきたの? 体型とかYESな先生にお世話になった? 借金はしてない? あ、でも良ちゃん元々お母さんに似て可愛い顔だったから、顔にはお金あんまりかけずに済んだのかな? でも、ダメなんだよ女の子になったら身体を大切にしないと……ぐす……よ、世の中、わ、悪い人が一杯居るんだから……」


 何かえらく具体的な質問だなぁ、おい。

 それと、その悪い人にさっき酷い目に遭わされかけた当人が俺に忠告するとかどうよ。

 まぁ誤解されても仕方ないけど。

 それよりも姉貴、今見せた俺の身体能力ガン無視してません?

 そんな大手術を受けてたら、あんな動き出来ませんって。まあ、手術を受けても受けてなくてもあんな真似こっちの人間には出来無いけどさ。

 出来たら世界記録全て塗り替えてるよ。

 オー○ーニサーンもびっくりな世界記録生み出すぜ?


「あのな、姉貴……」

「いいの良ちゃんが無事なら。お姉ちゃんの夢は良ちゃんのお嫁さんだったけど。でも大丈夫! いま世界は同性婚を容認する流れだからWお嫁さんとかもありかなって!」

「同性婚を容認する流れでも血族婚を容認する流れは来ないと思うけど……って、そうじゃなくて俺の話を聞け!! 俺は別に女になりたかった訳じゃないし! 手術も受けて無いし、イエスな先生にもお世話になってない!!」

「え、だって……」


 むにゅん♪


「ひゃん♥」

「良ちゃんお姉ちゃんよりもおっぱいこんなに大きくなってそれに気持ちよさそうなえっちな声まで上げてるし……あとあと、良ちゃんお母さん似で元々可愛い顔だったけどこんなギャルみたいな金髪で青い瞳じゃ無かったし、耳だってとんがって……とんが……りょ、りょうちゃん、どうしたの!? ファンタジーなアニメみたいな見た目になってるんだけど!?」

「今更気付いたんかい!!」


 まるで三流漫才師みたいなボケをぶちかます姉貴。

 いや、これが姉貴の平常運転だったのを俺は今更ながらに思い出したのである。

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