第3話 これからの身の振りにを考える

 ベッドや~らか~い……

 認めたくないけど、アルハンブラ良い~匂~い♪


 俺はあれからドアを猫のように何度も掻き毟りながら懇願することで何とか家に入れてもらう事に成功した。

 アルハンブラはだいぶ渋々だったけどな。

 悪い奴じゃ無いがアルハンブラはちょっとだけ短気なようだ。

 まぁ俺が原因なのはわかっているけどね。

 ただ短気なところはあるかも知れないが、それはそれとして基本的には良いヤツなのは確かみたいだ。

 異性とは言え見知らぬ相手に自分のベッドを貸すなんて中々出来ることじゃない。

 まぁ昨日あれだけこの世界のことを聞いたんだから、記憶を失った哀れな美少女(自画自賛)とでも思ったのかも知れないが。

 ただ一つだけ彼にお願いしたいのは、恐らくは俺も姉貴にしていたと思われるあの残念なモノを見るような目だけは是非ともやめて頂きたいのだ。

 心が折れそうになるんだもん。

 それと一応言っておくけど、俺、残念な存在じゃないからね。

 本当、だよ?

 って、そんな自問自答はいいんだよ。

 問題はこれからどうするかってことなんだよ。

 今の俺は夢や転生どっちにしても無力なことに変わらない。

 とりあえず自分が男であるのを再認識するためにも若いお姉さん達の居るススキノTHEドリームシティみたいな歓楽街に……

 じゃなくて!

 そんな素敵なたまり場に行きたかった(リアルじゃ流石に行った事は無いからな、本当だぞ!)のだが、そもそも町に入るのにすらお金が必要らしい。

 どうやら俺の危惧していたとおり国家間の仲は非情に悪いらしく、そのため身分証が無い者は入国税としてかなりの額の身代金を預けないとダメとのことだ。

 俺の持ち物なんてここに来る前に着ていたワイシャツとジーンズのみ。

 しかもアルハンブラに拾われるまで着の身着のまま彷徨い歩いたせいですでにドロッドロ。


「いくら俺が美少女とはいえ、相手が泥シャツ好きというかなり特殊性癖でも持ち合わせて無い限り誰にも買ってもらえないだろう……って言うか、そんな特殊性癖のヤツに売るなんて捨てる物でもキモすぎて嫌だ」


 武器も金もチートも無い。

 確認する必要も無く今の俺は文無しの無能者。

 無い無い尽くしもここまでそろうといっそ清々しい。


 ただなぁ……

 いくら無一文でもアルハンブラにお金を貸してってお願いするのは、年上としてそれはどうよって気もする。

 ま、多くを望んでもろくな目に合わなさそうだし、とりあえず目下の目標は『男』であるのを忘れない事だ。

 あと生きる力を手に入れること。

 朝起きたら元の世界に戻ってるってのが理想だけど恐らくその願いは叶わない。

 何せこの夢しぶといんだもん。

 となると、だ。

 今の俺には少なくともこっちの世界で生き残れる力が必要だ。


 ぶっちゃけますがね、実は今の俺……

 相当に美少女です。

 これからする発言は女体化したうえにマザコンのナルシストかよって酷い誤解を受けそうで言いたかないんですがね、男の頃の面影はめちゃめちゃあるんですよ。

 ただ、元々が母親似の女顔だったから昔っから良く女子に間違われたりはしたけど、完全な女になった事でそれに益々磨きがかかったとでも言いましょうか……

 ハッキリ言って芸能界でもほとんど見ないレベルの美少女です。

 そんな美少女モードの俺ですよ。不当な暴力に抵抗出来なければ「いや~ん、あは~ん♪ るっぱ~ん♪」じゃすまない展開になるのは目に見えている。

 そんな目に遭わされた日にゃ、元の世界に戻ったとしてもまっとうな男として生きていけるのか甚だ疑問だ。

 いや、この考えさえ甘いだろうな。

 平和ボケした日本で生きてきた俺なんかじゃ分からないし、想像も出来ない凄惨な目に遭うかも知れない。


 それこそ特殊性癖の人が喜びそうなエロ同人みたいな感じでな!

 これは俺の夢なのにな!

 あ、夢と言っても、俺はドMじゃないから陵辱願望の夢があるって意味じゃ無いからな!

 この世界が夢って意味だぞ!

 本当だぞ!


 ヤバ、余計な事を考えていたら、救いの無い悪夢ばかりが俺の脳裏をよぎりだした。

 う~う~うぅ~……

 ダメだ!

 夜中に悶々と考え事をしていると破滅的な思考ばかりが浮かんでは消える

 解決策なんか欠片も思いつかないけど、とりあえず明日はアルハンブラに頭下げてこの世界で生きる力を付けてもらおう。

 これは俺の勝手な見立てだが、アイツは何か特別な力を隠し持っている。

 別に厨二病的な展開を期待しているとかそんなんじゃ無い。

 そう俺には確信があった。


 アイツが強いって、言う……確信、が……ね……


「く~す~……すぴゃぴゃ~……」


 ……

 …………

 ………………


 チュンチュン、チチチ……


「ん……ふぁああぁぁぁぁ……ん、小鳥の鳴き声? あ、そうか、異世界で生活中だった……」


 どうやらいつの間にか寝落ちしていたらしい。

 ん~……寝る間際まで何か考えてた気もするけど……

 何だっけ?


「ふあぁぁあぁ……ダメだ、あんま寝た気がしない……」


 えっと、今日は……

 アルハンブラの手刀で何日も寝てなければ、俺が女エルフになって三日目の朝なんだよな。

 それはこの世界に来た日数と同じだ。


 この世界の時間という概念がどんなものかは分からないが、太陽がすでに高く昇っている辺り見事に寝坊した気がする。

 異世界に来ただけじゃなく見知らぬ異世界人の家に居候したってのに爆睡までするんだから、夢の中とは言え我ながら自分の神経の図太さにシビれるぜ。

 って、そんな余裕ぶってる状況じゃ無いよな。


「まずはアルハンブラに礼を言わないとな……あれ?」


 部屋を出るとすぐに俺の鼻孔をくすぐった……くすぐ……微妙な香りが俺を出迎える。

 恐らくは料理だとは思うけど……

 この紙でも焦がしたみたいな、甘いと言うか焦げた臭いと言えば良いのか……ハッキリ言って微妙としか表現出来ない匂いが辺りに漂うというよりかは充満していた。


「起きたんですね。ご飯……口に合うかわかりませんが、作りましたから」

「あ、ありがと。それとごめんな、何だか寝過ぎたみたいで」

「気にしないで下さい。相当疲れていたみたいですから、寝過ぎるのも無理は無いです。ただ、夜中にステータスとか何か叫んでたようですがあれはもうやめてくださいね。ここら辺に隣家はありませんが不気味です」

「う、ごめんなさい……」


 そう、実は悶々と夜中に悩む前に俺は何か能力に目覚めてないかと思って「ステータス」を連呼しまくったのだ。

 まさか聞こえていたとは……


「まぁ記憶も無いみたいですし、何か記憶に残る儀式だったのかもしれませんので全ては否定しませんが」

「あ、ありがとう。その、本当にゴメン。もうやらない」

「ええ、もう気にしてませんからそんなにかしこまらないで下さい。あ、取り敢えずそこに座ってください。食事にしましょう」


 アルハンブラに促されるままに俺は席に着く。

 うん、やっぱりこいつ良いヤツだな。

 安眠妨害されたのに、笑顔で面倒を見てくれるとかなかなか出来るこっちゃない。

まぁ昨日は被ってなかった帽子を家の中でも被っている辺り、頭皮を散々嗅ぎまくられたのを警戒しているみたいだけど。


 そんな事を考えているうちにテーブルに並べられた朝……食?

 うわぁ……こ、こりは……

 俺の予感に間違いは無かった。

 アルハンブラ君、やはりと言うべきか昨日のオートミールで薄々勘付いてはいたけどキミに料理の才能は無い。

 匂いが変とか皿の中に奇妙な生物が入っているとか、そんな漫画的なわかりやすい不味さじゃ無い。

 皿の上にはどう見ても半生なのに焦げ焦げなやたらでっけぇ豆と、見るからに喉つまりしそうなパッサパサ感満載な粉吹き……粉吹き芋というよりも砂吹き芋だな、うん。

 そして、「やっちまったな、お前!」と思わずツッコミを入れたくなる、真っ黒になった鈍器みたいなパン……

 恐らくはあの焦げたような甘いような匂いの正体はこれだろう。

 うん、アルハンブラ君の料理下手は天性のまず飯作成能力というよりも教えて貰っていない経験不足から来るものだろう。

 何て、思わず冷静に分析してしまったが、文無しにタダで食事を提供してくれるだけでも感謝しないとな。


 バリボリバギリボリリゴギゴリメゴリ……


 氷でも囓っているみたいなエグい音が俺の口内から鳴り響き頭蓋骨に反響する。

 良かったよエルフの歯が丈夫でさ。


「ゴメン、言わなくても気が付いてると思うけどボクは料理が得意じゃ無い。その、嫌がらせじゃ無い事だけはどうか信じて欲しい」


 アルハンブラ君が隠せない事実に直面し素直に謝ってくる。

 人間自分の弱さを認めるのはなかなか出来ることじゃない。

 うん、基本的にやっぱり良い子だと思う。


「疑ってなんかいないよ。アル君には感謝している。ほら、このパンだって外側は真っ黒だけど内側を毟って食べる料理だって言い張れば、東南アジア辺りの料理みたいに見えるじゃん」

「アハハ、何さそれ。東南アジアってのはよく分からないけど、面白いフォローをしてくれているってのは理解出来るよ、ありがとう」


 アルハンブラが少し大人びた表情で自嘲気味に笑った。

 子供らしいとは言えない笑みだけどこの子らしい笑みだと思う。

 そんなことを思いながら、俺が硬質なパンと格闘すること十数分。

 食べ終わる頃にアルハンブラが聞いてきた。


「で、お姉さんはこれからどうするの?」


 実に単刀直入な質問だ。

 まぁ、遠回しに聞くような質問でも無いか。

 う~ん……俺としてはどうにかアルハンブラを説得してここに置いて貰いたいんだけど……

 問題はどうやって説得するかだ。

 正直、記憶を失っている女の相手なんか面倒臭いだけだ。

 うちの父さんみたいな地雷原をスキップで駆け抜けてくような性格でも無い限り自ら進んで関わろうとはしないだろう。

 ましてや俺が昨日やらかしたことを考えれば、部屋を貸してくれて飯まで食わせてくれたのにそれ以上を望むのは贅沢すぎる気もする。

 

 だけど、俺の運命は間違いなくこの子にかかっている。


 俺の命運なんてハッキリ言って風前の灯火みたいなもんだ。

 今放り出されれば数日を待たずにあの世行きになる可能性が高い。

 なら、どうやって説得するかだ?

 アルハンブラは優しいのは確かだと思う。

 優しいとは思うけど……

 ぶっきらぼうなところがあるというか、説得や行動に物理を用いる辺りどう考えてもコミュニケーション能力が高いとは思えないんだよなぁ。

 まともにお願いしたとしても、「嫌だ」の一言で拒否されそうと言うか……


「お姉さん?」

「えっと、俺の事はお姉さんじゃなくてりょうって呼んでくれないかな?」

「え、リョウ……?」

「ん? 何?」

「あ、いや、何でも無いよ。リョウ、さん……ね。それがお姉さんの名前なんだ、覚えたよ」

「うん、頼むよ」


 今の間は何だったんだろ?

 困ったような顔? いや、違うなぁどちらかと言えば一瞬見せた表情は今にも泣き出しそうな顔だった気がする。

 気がするのは確かだけど、一瞬過ぎて俺の気のせいだと言われたらそれまでだ。

 う~ん……よくわからん。

 まぁさっきの表情はちょっと気になるけど、とりあえずそのことは保留にしておこう。下手に突っついてやぶ蛇になっても厄介だ。

 あと、呼び方を変えてもらったのは個人的な話だけど、お姉さんと呼ばれ続けるのは正直抵抗感しかない。だって数日前まで俺は普通の男子高校生だったんだもん。


「それで、えっと……リョ、キミはこれからどうするの?」

「あ、うん、その……さ」


 単刀直入に頼んでも拒否されるよなぁ。

 どうする?

 こっちの世界の常識が無い俺にはどんな説得方法が良いのか皆目見当も付かない。

 う~ん……おっぱい触らせてあげるからここに置いてくれ!

 って、これじゃただの痴女だな。

 万が一にそれで色気付かれでもしてお猿さんにでもなられたら外に放り出される前から俺の身がピンチになる。


「何か変なこと考えてない? 嫌な寒気がしたんだけど」

「気のせい気のせい」


 チッ! 勘の鋭いヤツだ。

 しかも、胡散臭い物でも見るみたいな目で警戒しやがって。

 どうする?

 俺の想像を警戒するってことは色仕掛けが通じない可能性が高いぞ。

 って、何考えてんだか俺も。


 テンパって奇策ばかり考えてないでここは素直にお願いしよう。

 それで断られたら裾掴んで泣きじゃくって上目遣いで説得すれば良いだけだ。


「あの、さ。アル君、俺、正直この世界のことが何も分からないんだ。それも、忘れたと言うよりもまるで身に覚えが無いというか、違和感ばかりとでも言えば良いのか……」

「そう言う物かも知れませんね。分からないと言うことは、それだけで大きな負担であり恐怖と言えるでしょう」


 うん、何だ? 今また一瞬だけ見せた表情は。

 この位の歳の子がするような表情じゃない。

 もしかして、この世界は子供にも厳しい環境なんだろうか?

 この子は俺よりも年下だと思うけど親の気配もしないし……

 う~ん……

 気にはなるけど両親の話を聞くのは地雷な気がする。

 ま、根掘り葉掘り他人が不躾で聞かない方が良いこともある。

 それに、まず何よりも優先しないとダメなのはまず自分だ。

 自分勝手で我が儘だとは思うが、現状を考えると自分自身を優先にしないとにっちもさっちも行かない。


「えっと、そ、それで、さ。すでに迷惑をかけているのは十分に理解しているんだけどさ、その、えっと……」

「ここに置いて欲しいって事ですか?」

「あ、ああ、そうなんだけど……ダメ、かな?」

「………………」


 俺の申し入れに、アルハンブラはただ無言のままコップの中の冷めかけのお茶を眺めるのだった。

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