第2話 異世界に来て早数日。最早『俺』がピンチかも!?

 地球をバックに佇む少年のどこか呆れたような声音。

 そして、この目線の感じも知っている。

 俺が姉貴の奇行を咎める時の雰囲気に似ているのだ。

 そう、すなわちこのガキンチョは俺を猛毒の草を食おうとする残念系超絶美少女として認識したのだ。

 いや、そりゃまぁ俺だってさ腹減ったって言って電信柱に齧り付いてる人とか見たら困惑するけどさ。

 だけど……


「あ、あのさぁ聞こえてる?」

「う~、がるるるるるる~」


 ガキンチョの問いかけに思わず唸り声で返してしまう。


「えっと……人語通じる?」


 失礼な。人語ぐらい通じるわい!

 って、まぁ声をかけた相手にいきなり唸り声で威嚇されたら何事かと思うか。

 だけどな、こっちにだって理由があるんだ。

 今この現状は謎すぎるんだ。

 謎っていや、今更過ぎるくらいに全部が謎すぎるんだけどさ。

 そうじゃなくて何て言えば良いのか……

 ようは俺が言いたいのは今は夜中な訳だ。

 これでもし声をかけてきた相手が下卑た悪党風の男達なら俺は今頃全力で逃げていた。 何せ今の俺はエルフ美女だ。

 エルフ美女……ああ、何て甘美な響き。

 ま、自分じゃ無ければだけど。

 ようは俺が言いたいのは貞操は自分で守らないとどんな目に遭うかわかったもんじゃ無いって話。

 とにも、だ。それはそれとして声をかけてきたのがまだ年端もいかない子供ってのがやっぱり謎なのだ。

 こんな夜中(この世界の認識と常識はわからないが、俺的には間違いなく夜中だ)に子供が出歩いている。

 徘徊児童やストリートチルドレンでも無い限りこんな時間に出会うのは可笑しい。

 それともう一つが光源の存在だ。

 月明かりよりかは明るいが光源は相変わらず空に浮かぶ地球だけ。

 それなのにこの少年は俺が食おうとしている草を毒草と言った。

 ランタン一つ持ってないのにだよ?

 特に特徴も無いようなこの草を?


 ふ、名探偵リョウが導き出した結論は一つ。

 実はここら辺一帯が旨い山菜畑で、このガキンチョは俺にそれを盗られまいと嘘をついている可能性だ。

 ふっふっふっ……語るに落ちたなクソガキ!

 俺の推理力はあの毛利探偵に匹敵するのだ!


「ねぇ、大丈夫?」

「こっちとら腹減ってんだ! ガキンチョだからって山菜はやらんぞ!! ガルルルルル!」


 唸り声を上げて威嚇する俺にポカンとする少年。


「えっと……」

「俺は山菜を食うぞ、がきんちょー!!」


 反芻上等!

 俺はこれを食――


 ビシッ!


 大口を開けた途端に俺の頸椎辺りから聞こえた鈍い音。

 あ、これ知ってる……

 アニメとかで良くある「キミはココで待っているんだ」的な、時にやる……手刀って、ヤツだ……

 意識が薄れていく中で、


「だから毒草だって言ってるだろ。それよりも……まさか、ね。まぁとりあえず、お腹が空いているならそう言いなよ」


 そんな声が聞こえた気がした。



 パチン、パチ……


 乾いた小さな破裂音が耳朶を刺激し、俺の意識が僅かに覚醒する。

 ん、ん~枕柔らか~い。野宿してた地面と全然違~う♪

 ああ、やっと夢から覚めたのか。

 長かったなぁ、ほんと。


 んぁ?


 あれ? この枕凄く良い匂いするんですが。

 香水って感じじゃ無いけど……

 何だろ?

 う~ん……よくわからん。でも良い匂いだなぁ……

 部屋の中に溢れる木の匂いも優しいし……

 あ、そうだ。

 今度、俺の部屋に観葉植物でも……


「ッ!?」


 跳ね起きるみたい俺は布団を蹴飛ばした。


「次元! 今日は何日だ! あれから何日経った!? って、次元みたいな渋くて頼れる相棒、俺には居ないっての!」


 寝起き一発目のネタ的絶叫。

 そして何も無い空間に向かってビシッ! とセルフツッコミ。

 いかんいかん、父さんの英才教育のおかげでアホなネタばかりやってしまう。


 にしても、ここどこだ?


 視界に入ってきたのは暖炉とログハウスを思わせる壁材。

 装飾品なんて洒落た物は何も無く、質実剛健というよりは実に質素そのもの。


 何となく母方のじぃちゃんちみたいな感じで懐かしさを覚えるけど、まるで見覚えの無い部屋。

 暖炉はあるけど当然カールも居なけりゃ次元も居ない。


「んあ♪」


 ここ数日で半ば癖になっている自前のOPPAIを揉んだ感触に思わずエロい吐息が漏れる。


「何だよ、まだ巨乳のままかよ。目が覚めても目が覚めねえのかよ」


 最早何が何やらわかりゃしねぇ。

 俺はへたり込むみたいにベッドに頽れた。


「あ、目が覚めたんですね」


 ガチャリと開いたドアから聞こえて来た声。

 どこかで聞いた気がするんだが。

 あっ!

 思い出した!!


「山菜ドロボー!!」

「は?」


 ふん、意味がわからないみたいなとぼけた顔しやがって!

 ちょっと、いや、かなり可愛い顔しているからって誤魔化されないんだからな!!

 腹減りMAXな俺から山菜を奪った極悪人めっ!

 怒りのハリケーンデコピンお見舞いしちゃる! おみま……


 くぎゅ~きゅるるるる~……


 あかん、くぎゅ~とか鳴いてる俺の腹。

 飽食の日本で育った俺が数日に及ぶ過酷な断食生活何て耐えられるはずもなく、盛大に鳴った腹の音とともに力無く床に突っ伏したのだった。


「寝起き早々無茶するから」

「うるへ~、哀れむなら飯をくりぇ~……」


 ぼやきにもキレが無い。

 だけど、あれ?

 鼻孔だけは何故か突然目を覚ましたみたいにひくつく。


「こ、この匂いは……」

「しばらく何も食べていなかったみたいだからね。胃に重たいモノは食べない方が良いでしょ。トウモロコシの粉を茹でたお粥を作ってきたよ。美味しくは無いけどとりあえずこれでも食べなよ」

「ぼ、ぼっちゃん……」

「ぼっちゃんって、光速の手の平返しだね」


 少年が苦笑いを浮かべながら手渡してくれたお皿には、トウモロコシの甘い香りと、甘い、香り、と……

 まぁ、なんと言うことでしょう。

 お皿の中身はオートミールというよりも未消化物の混ざる嘔吐物オートブーツって感じだった。

 何てこった。

 俺はやっぱり反芻系女子として生きて行かなければならないのか?

 そんな感じで引き攣る俺の心情を察したのか少年が頬を膨らませる。


「見た目の悪さを気にしている状況じゃ無いだろ! いいよ、食べる気がないならもう下げるから!」

「あ、いや、ごめん! 大丈夫、覚悟は決めたから」

「覚悟は決めた?」

「あ、違う違う、言葉のあやです」


 俺の言葉に剣呑な視線を向けてくる少年。

 いや、うん、ごめん。失礼な態度だったのは自分でもわかっているし重々反省すべき発言だったということはわかってます。

 ただ、どう見てもオートブーツ……じゃなくて、このオートミールを食べるには勇気がいるというか……

 いや、うん、覚悟は決めたんだ!

 南無三!

 啜った一口。人生初のオートミールは……


 ゲロマズだった。


 いや、無償の厚意で(たぶん無償でやってくれていると思いたい)提供された食事を不味いというのは、失礼を通り越してこれまた非常識なのは重々承知している。

 でも、このお粥とも違う穀物とトウモロコシの甘い香りだけが残るペチャペチャとした食感と塩気も何も無い味は、間違っても美味しいと言えるような代物じゃ無いんだよ。

 何て言うかさ、空腹は最高の調味料とかって言葉あるけど嘘だと実体験したね。←失礼。

 正直口には合わないし、啜る度に背中にサブイボが出来そうな味だけど自分でも驚くべき早さでそれを平らげる。


「お姉さん美人なんだからもう少し上品にした方が良いと思うよ」

「…………ん? あ、お姉さんって俺のことか」

「ふむ……」


 ん? 何だろ、今一瞬だけ見せた大人びた反応は。


「あ、失礼、何でも無いです。ココにはお姉さん以外にお姉さんは居ないよ」


 何だか問答のような○○構文のような返しをされてしまったが、まぁ、そんな返しをされても仕方がないよな。

 だって、お姉さん何て言われたこと……あ、前に学祭の演劇で女装させられたときに一度言われたことあったっけ?

 ま、当たり前だけどそれくらい呼ばれ慣れしてないのだから仕方あるまい。

 とりあえず腹が多少なりとも満たされれば思考能力は復活する。

 まず理解出来たのは、口に合う合わないかは別としても食べられる物があることだ。これは何よりの朗報だ。そして俺は相変わらずエルフ娘のまま。あと、少年の口調はどこかたどたどしいところもあるが何故だか言葉は通じる。

 さすがは俺の夢。最高にご都合主義ときている。

 ……どうせこのぐらいご都合主義なら、ついでにチートも寄こせよ。

 と、またぼやいてしまいそうな感情は横に置いといて、


「で、少年よ! 君に聞きたいことがあるんだけど」

「ガキンチョ、ぼっちゃんと来て次は少年か。ボクには……ボクにはアルハンブラって名前があるんだ。ちゃんと固有名詞で呼んでよ」


 何故か難しい顔で名乗られた。

 うん、俺もさすがに失礼な態度を取り過ぎたかも知れない。


「あ、ごめん。えっとさ……聞きたいことは沢山ありすぎてアレなんだけど、まずは一番に聞きたいのはここがどこか教えて欲しいんだよ」


 俺の要領を得ない質問にアルハンブラはただポカンとする。


 や、ポカンとされても困るんだよな。

 だって、俺が今把握していることは自分が女エルフになったこと以外はほぼほぼ無いに等しい。

 何をどうすれば良いのか、どうすれば夢から覚めるのか……

 まぁ、そもそも聞いたところで何か変わるのかもわからんけど、それでも少しでも良いから情報を集めるしか無いのだ。


 ……

 …………

 ………………


 深いため息しか出てこない。

 アルハンブラに訝しがられながらも説明をしてもらったのだが、現状を考察するにこれはやはり異世界転生、いや異世界転移なのかもしれない。

 俺はまだ夢であることに比重を置いているんだけど、この比重がどこで崩れるのかわからない。

 と言うか、本音を言えばもう半分以上崩れている。

 そして、とりあえず受け入れなければならない事実がいくつか判明した。


 一つ目――

 ここは俺にとって全く聞き覚えの無い地名であることがわかった。

 ちなみに世界の名がアルナミューズだと言うことも判明した。

 アルナミューズなんて地名は聞いたことも無いのでこの時点で外国説は完全に消滅。

 もしかしたらそんな地名があって、俺が知らないだけという可能性も全く否定できなくもないが、その可能性はとりあえず保留。


 二つ目――

 この世界には厨二が小躍りしそうな魔法があるという事実!

 そして魔法がある時点で時間移動説も消滅。

 何せ地球には過去も現在も魔法は存在していない。


 三つ目――

 文明の程度は地球で言うところの産業革命が起きた頃あたりで、蒸気機関のような乗り物もあるらしい。


 ただ、その他は聞いてもほとんど理解出来ないことだらけだったので割愛するが、似て非なる世界であると言うことは確かなようだ。

最も魔法がある時点でお察しであるけどさ。


 あ、あと人間に類似した他の種族が居て、それぞれが国家を形成しているという事実も知った。


 正直、この最後のそれぞれの種族が国家を形成しているって情報は今後の俺の身の振り方にかなり関わってくるからメチャクチャ重要だ。

 種族間の仲が良いとは限らないしね。

 まして国家があると言うことはそこには宗教が存在する可能性が高い。

 そうなると他種族間の仲はますます複雑化してそうだし。

 価値観とか礼儀とか一歩間違うと地雷を踏み抜きかねない。

 後もう一つ俺にとっての最悪の事実……


 それは空に昼夜問わず浮いている地球のことだった。


 アルハンブラ達にとって、地球はただ空に浮く星程度の認識に過ぎないという事実だ。

 どうやら地球に住む俺たちが月を月としか認識していないのと同じレベルみたいで、そこに文明があるとか童話の世界の物語でしか無いらしい。

 ま、産業革命程度の文明レベルの時点でどう足掻いても地球に行く術は無いんだけどさ。


 俺はここ数日の疲れと足掻きようのない事実に打ちのめされ、枕に突っ伏していた。


 スーハースーハー、それにしてもこの枕は何でこんなに良い匂いがするんだろ?

綿毛の代わりに香草でも使っているのか?


「スーハー……スーハー……」

「あの、お姉さん?」

「くんかくんかす~は~しゅ~は~」

「お姉さん!!」

「くんふぁッ!? なんだよ! 突然大きな声出すなよ!」

「人の枕に顔を埋めて匂いを嗅がれたら誰だって大声出すでしょ!」

「あ、えっと……ごめん、なんかすごく良い匂いするもんだから、つい」

「ついって……それ、ただの籾殻の枕だから、そんな良い匂いなんてしないはずですよ」

「そうなのか? だってすごく安心する匂いって言うか……」


 俺はそこまで言いかけ、言葉を詰まらせた。

 姉貴の変態的なふだんの言動を思い出したのだ。姉貴もよく俺の部屋に侵入しては『良くんの匂い、ほわほわして大好き~』とかクレイジーなこと言ってたけど……

 ま、まさかこのジョンブルを自称する紳士な俺までもが同じ真似を!?

 お、恐ろしい……

 こ、これが呪われた血脈というモノなのか?

 いや、そんなことよりも……


 血の気が引くのを覚えた俺は――


「アル君!」

「は、はい?!」


 思わず絶叫に近い感じで少年の名を呼んでいた。

 突然名前を叫ばれたアルハンブラ少年も驚いて声を裏返していた。


「頭の臭い嗅がせてくれ!」

「ハイ!? って、はぁ!? 嫌だよ!」

「今ハイって言った! 人助けだと思って一嗅ぎさせて!」

「嫌だよ! しかも何だよ人助けのための一嗅ぎって!? 聞いたことも無い。って、こら……人を押し倒すなってば、おい! アンタ本当に具合悪かったのか!? ちょ、だからやめて、下さい、ちょ、あ、やめろっ!! わぁー!!」


 静まりかえった室内。

 部屋の片隅でアルハンブラ少年が怯えたような今にも泣き出しそうな感じで丸まっていた。

 泣きたいのはこっちだチキショー!!

 まったくもって気が付きたくなかった事実を俺は一つ掴んでしまったのだ。

 姉貴が俺のパンツを何で嗅いでいたのか何となく理解出来てしまったのだ。

 誰だって一度や二度は経験があるだろう。

 異性が隣を過ぎた瞬間に感じる何とも言えない良い匂いというか惹かれような香りを感じるときが。

 俺は今このアルハンブラ少年の匂いにとてつもない癒やしを覚えてしまったのだ。

 そう、俺の意思とは別に俺の脳は、このエルフの肉体が求める快楽を受け入れ始めている。

 わかりやすく言えば性の癖が変わりつつあるのだ。

 思考は男なのに感性は女になりつつある。

 いや、チョット待て!

 十五年も男として生きてきたのにたった数日で女の状態を受け入れるってのか?

 俺の男人生、どんだけちんけだったんだよ!

 これは、あれだ……まぼろしー!! ってヤツだ……

 って、だからIKKO風に否定してちゃダメだろ俺!!

 ダメだ。生来の芸人気質が、男としての危機的状況ですら笑いに変えようと藻搔いてしまう。

 とにかく、忘れるな!

 俺は男だ! 男だ! 男だ!!


「アルハンブラ少年!!」

「ひゃ、ひゃいっ!? なんですか?」

「俺を町に連れて行ってくれ!」

「いやです!」

「そこで間髪入れず拒否するなよ!」

「お姉さん怖いです! 今日初めて会ったのに、いきなり頭鷲掴みにされて何分も頭の臭いかがれるとかそんな変な人とこれ以上関わりたくないです!」

「アルハンブラ君! これだけは言いたい!

「な、何ですか?」

「君の頭は臭いじゃなく、匂いだ! フローラルだ!!」


 がしっ! ぺいっ! ガチャン!


 ホー……ホー……ホー……


 「あ、あるぇ~……」


 何故か俺は、鬼の形相をしたアルハンブラ君に家からつまみ出されたのであった。


 「へい! ミスターアルハンブラー!! ベッドプリーズ!!」

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