TSエルフさんは無双できない

ゆき

第1話 初めまして異世界。昨夜未明、俺は♀エルフになりました。

 ここはどこだ?


 今や社畜やらニートが溢れている日本。目が覚めたら転生していたなんてのはよく(?)ある話。

 だけど俺はニートじゃないし社畜でもない。

 心臓発作起こしてもいないしトラックにひかれた覚えも無い。

 だからここは日本のはずだ。

 しかし、だ。

 遠くの眼下に広がる見慣れない町並みに見覚えは無い。

 大自然に溢れた北海道の田舎生まれの俺だが、こんな柔らかく鼻腔をくすぐる草花の香りや空気が旨いと感じたこともない。

 すなわち、今の俺は未体験の感覚に翻弄されているわけだ。


 ああ、日本人に生まれて十五年。

 どれほど待ちわびただろうかこの瞬間!

 俺にもついに異世界転生の順番(?)が訪れた!

 漫画やアニメが大好きな父さんが知ったらうらやましがることだろう。


 クックックッ……フ……フハハハハハッ!!


「ひゃっほい! いらっしゃいませ、チートな毎日!! ビバ無双三昧!!」


 何て叫びながら、思わず某回転寿司やの社長みたいなポーズまでやっちゃったけどさ……


 や、喜びたいんだよ、異世界ライフをさ。


 現状を説明しよう。

 空に青い地球が見える場合、これは何て言うんだろ?

 異世界転移じゃないのか?


 キャトルがミューティレーションされた?

 ノン――

 だって俺牛じゃねぇし。


 光の国の使者に体当たりされて、宇宙的な力を手に入れた?

 サラサラノン――

 だって、それなら地球で目覚めてるはずじゃん?


 と言うか、そもそもここはどこだ?

 月?

 またまたノン――

 それなら凸凹クレーターお肌な地面が広がっているはずだ。

 まさか大昔のSFじゃあるまいし、月の裏には巨大な宇宙都市が広がっているとかそんなネタみたいな話じゃあるまいし。

 ましてやハイヴなんてあった日にゃ、今頃はトラウマレベルでミンチにされてモグモグされているはずだ。


 なら火星や金星か?

 いやいや、記憶に偽りが無ければ、俺はどう考えたって日本で平凡に過ごしてきたただの高校生だ。

 NASAに勤めた記憶だって無い。

 宇宙何て逆立ちしたところで生きようがない。

 それとも俺が生きていたのが、実は民間宇宙旅行が当たり前になった2600年あたりの世界だったとか?

 その頃なら火星あたりがテラフォーミングされてる可能性はあるかもしれない。

 いないよな、マッチョゴキブリとか?


 なら、これは旅行中の悲しい事故だったとか?


 それこそありえない、まさか過ぎる。


 俺の記憶にある最後の年号は令和の6年だ。

 地方都市の中流サラリーマン家庭のうちは宇宙どころか海外旅行だって行ったことが無いんだ。

 宇宙何て夢のまた夢だ。

 ま、行けたとしても洒落抜きで宇宙なんか行きたくも無いけどな(本音)


 じゃあ、今置かれてる俺の現状は何だ?

 ANSWER――明晰夢。

 たぶん、これが正解だろうな。

 ちなみに明晰夢ってのは自分が夢と自覚しながら見る夢のことだ。

 詳しくはググってくれ。


 とりあえず俺が感じてる自分自身の違和感。

 まずは俺の手だ。まるで女性か手タレみたいに透き通るような綺麗な肌にほっそりとした指。

 あとはうなじをくすぐる髪の長さは、俺の記憶の中にある自分の髪よりもずっと長い。何せ腰まである。

 しかも尿色じゃない綺麗なブロンドと来ている。ヤンキーカラーじゃ無いのがせめてもの救いとはいえ、うちの高校の比較的緩い校則でも完全にアウトな感じに仕上がっている。


 ただ、そんな変化さえもヌルいと言わざるを得ない極上の違和感。


 それは、俺の胸だ!

 スイカサイズのOPPAIがあるんだよ!

 OPPAIとか、ピコ太郎もびっくりだよ!


 えっと……あ、あるぇ?

 俺の話し方で気が付いていると思うけど俺は男だ。

 今年偏差値そこそこの高校に合格したばかりの、ダンスィの心を忘れない厨二力をゴリッゴリに秘めた高一男子だ。


 どうなってんだよ畜生!


 何ぜだろぅ?

 俺に自己女性化性愛症オートガイネフィリアとか、そんな舌噛みそうな願望は無い。

 変身願望は無いとは言わないけど、あるのはこっち方面じゃ無くてヒーロー願望。

 俺は揉まれる側じゃ無く、揉む側でありたいんだよ!


 ふ……揉んだこと無いけどさ。


 ま、そんな感じで葛藤もしたけどさ……

 自他共に認めるダンスィの好奇心というか、男のサガは正直だ。

 俺は自らの胸を両手で揉みしだいていた。


 そして結論。

 それは分かりきったものだった。

 自分の手で揉んでも、だからどうしたって感じで何も嬉しくはなかった。

 不感症とかそんなんじゃない。

 俺はやっぱり揉まれる側より揉む側でありたかったんだ!

 俺の欲望に間違いは無かった。

 とりあえず俺の隠された性癖がこっち方面じゃ無かったと確認できただけでもよしとしよう。

 それに多少戸惑ったけども明晰夢なら俺の思い通りになるはずだ。

 まずは男に戻って、槍や剣の使い手になって、さらに魔法もぶっ放せる勇者キャラになるのもいいよな。

 いや、いっそのことだからSFチックにサイバーな存在とか、いっそぶっ飛んでDBのフリーザ様みたいな悪の帝王的な存在になってみるとか!


「よっしゃ! 何だか燃えてきた! どうせ覚める夢なら好き放題やてやるぜ!」


 ……

 …………

 ………………


 そんな風に思っていた頃が俺にもありました。

 あ~り~ま~し~たッ!!

 ちきしょー!!


 変わりません。

 何も変わらないんですよ!

 ええ、俺は相変わらず巨乳な美少女エルフのままだった。

 あ、エルフと分かったのは、たまたま見つけた川を覗き込んだら水面に俺の顔が映って判明した。

 この夢の世界の設定はよく分からんからエルフと断定するのは早計かもしれないが、安易と言われても金髪碧眼で耳が長いとくればエルフで当たりじゃね?

 これであんた本当はドワーフだよって言われも納得出来んでしょ。

 まぁ、エルフじゃ無かったとしても妖精系の何かか最悪は悪魔系と言ったところだろう。


 そして、何も変わらないシリーズパート2


 体力!

 俺の記憶するまんま!

 日本で高一やっていた頃のまんまと来ている。


 おいおいおい!

 明晰夢ならもう少し融通してくれや!

 仮に異世界転生や転移ならチートくれよ!

 ……そうね、チートが無い時点で異世界転生は消えたね。

 どんな思考回路してんだって言われそうだけど、そうでも自分に言い聞かせないと俺がどうにかなりそうなんだよ!


 すでに丸一日だぞ丸一日!

 眼下に町が見えるとか言ったけど、その町がメッチャ遠いしよっ!


「どうなっとんじゃい!!」


 たまらず絶叫した。

 ちゃうねん、思ってたのと全然ちゃうねん……

 思わずうさんくさい関西弁になるぐらいちゃうねん。

 面白くないねん、何にも。

 明晰夢なのにどうしてこうなった?


 もう一度、改めて考えてみよう。


 俺の名前は日野良ひのりょう

 日本のどこにでもいる普通の十五歳で高一男子

 だったとは言わんぞ! 俺は現在進行形で男だ!

 ちょっと何の因果かは分からないままエルフ娘になってるけど俺はあくまで男だ。


 どうしてこうなった……

 とりあえず俺が覚えている範囲で自分の行動を思い出してみる。

 昨日と言ってももう一昨日だけど、俺は夜更かしをした。


 以上。


 どうやら人間は夜更かしするとエルフ娘になるらしい。


「って、んな訳あるかい!」


 そんなことが日常で当たり前に起きていたら、今頃世界中の大都市はエルフで溢れてるっての!


 う~ん、なら何が原因だ?

 いつもなら割と早く寝ているのに、泣いてる姉貴を慰めて気が付いたら夜中になっていたのが原因か?

 まあ何で泣いている姉を慰めていたのかって言うと……あ、勘違いするなよ。俺はシスコンじゃ無い。

 姉がブラコンなんだ。しかも重度で、極度の、出来ればサナトリウムで長期療養して頂きたいレベルの。


 羨ましい?

 本当にそう思う?

 風呂から出たら、弟の脱いだ下着を顔に乗せ深呼吸をしている姉を見てもそんなことが言える?

 目が合った瞬間に、


「良くん違うの! こ、これは、あれだよ! 未洗濯物かどうか匂いを嗅いで確かめてたの!」


 などと、まったく言い訳にもなっていないことを半泣きで言い訳する姉貴を見てもさ。

 俺はあの時どんな反応とツッコミをするのが正解だったのか未だに悩んでいる。

 ただ、おそらくは相当に冷たい目で姉貴を見ていたんだと思う。

 パニクって号泣する姉貴に、俺はまあ血縁の情にほだされて結局慰めてしまったのだ。

 そんな姉貴はと言えば、しっかりと俺の膝を占有したまま落ち着いたのが日付が変わる頃。

 俺も姉貴もおそらくは茶の間のソファーで寝落ちしたんだと思う。


 そうか、エルフ娘への転生のキーワードは茶の間のソファーで寝落ち+姉への膝枕か!!


「……アホか。毛利探偵だって、もうちょっとマシな推理するっての」


 まぁアニメやラノベじゃあるまいし非現実的なことが起こるはずも無い。

 結局のところ、俺は異世界転生じゃなく明晰夢を見ていると納得するしか無いわけだ。

 それが一番納得する答えだからね。

 まさか寝ていてなんか病気にでもなって覚めることの無い変な夢見ているとかはないよな?

 ない、よなぁ?


「んぁ♪」


 ぼんやりと考え事をしていたら、思わず俺の口から出たチョイとエロい熱を帯びた声。

 や、ちゃうねん。

 答えの出ない問答とちょっぴり不安に彩られた想像をし続けていると手持ち無沙汰になって、思わず自分の胸を撫で繰り回していただけなんだ!

 別に昨夜はお楽しみでしたねとかそんな想像の余地を挟む隙間も無く、ただただ俺は自分の胸を触っていたのだ。

 そして、気が付いてしまったのだ。この行為が意外と悪くなかったという事実に。

 何だろう、おっぱいを触りたいという純粋な衝動とおっぱいを触っているという汚れ無き欲望、そして、そんなおっぱいが感じる感度。

 それを一人で一遍に味わえるんだ!

 一粒で二度美味しいどころの騒ぎじゃ無い!

 自分の理解を超えた悦楽と背徳という名のあらゆる感性が濁流となって俺の感性をビンビンに刺激してくるんだよ!

 何を言っているのか分からないと思う。

 だが、もし分かりたいならノーマル男子諸君も是非に豊胸手術を受けてみてくれ!

 スゲぇって思うから!


 ……

 …………

 ………………


 ごめん、ただの現実逃避なんだ。

 本当だよ?

 俺こんな変態じゃ無いよ?


「……う~、うぉー!! ああぁあぁっ!! こんな異世界転移明晰夢ぅううぅうぁんまりだあぁあぁぁぁぁぁ!!」


 思わず絶叫。

 狂ったわけじゃ無い。

 ただ、何となくでも叫ばないとやってられなかったんだ。


「はぁ、はぁ……よし、叫んでスッとした!」


 あまり複雑な思考回路をしていないのが俺の良いところだ。

 気持ちを切り替えたなら後は前を向くだけだ。


 ……

 …………

 ………………


 前は向いたんですよ、これでも。

 でもね……

 切れました。

 気持ちが切れました!

 夢だってのに腹は減ったし、裸足だから足の裏も痛いし、体力は限界に近いし……

 夢の中だってのに眠気がくるとかマジで意味わかんねぇし!


「何だよ、日野なのにエルフって……詐称も良いとこじゃねぇか……」


 自分でもわかる空回りの悪態に苦笑いしか出てこない。


「疲れたよパトラッシュ……今夜も野宿決定みたいだよ」


 幸いにもネロみたいに真冬じゃ無いとはいえ、どこともわからない野っ原での野宿。

 グランピングさせろとまでは言わないけど、せめてテントと寝袋ぐらいは欲しい。

 自慢じゃ無いが、俺の人生で最初で最後のキャンプは中学の時の課外事業だ。

 しかも寝床は石がゴロゴロしていてマジであり得ねぇとか思った記憶しか無い。

 それ以来キャンプなんて二度とするもんじゃ無いって悟ったね。


「あー疲れた!! 眠たい!! 腹減った-!! ポテチ食いたい!! ガリガリ君食いたい!! 薄くても文句言わないからカルピスが飲みたい!! もういっそ、ただの麦茶でも良いから飲ませろ!!」


 空に向かって思わず欲望のままに叫んでいた。

 遙か空の彼方には青い地球が浮いている。

 手を伸ばせば届きそうなのに、すぐ目の前には地球があるって言うのに。


 自分が昨日まであそこで過ごしていたとは思えないほどに遠い。


「夢なら早く冷めてくれ、転移や転生なら俺にチートくれ。そしたら異世界受け入れてやるからさ」


 空腹と疲労を自覚すると心が折れるのは早い。

 涙が出ちゃう、だって女の子だもん(身体は)。


 や、余裕は無いんです。本当です。

 これもただの現実逃避なんです。


 そんなことを考えている間にも太陽は容赦なく沈み、エルフになって二度目の夜が訪れた。


「すげぇな。無情な事態に陥っているってのに、時間だけは規則正しく進んでるよ」


 ぼやいてもぼやいても何も変わらない。

 変わったことがあるとすれば、それは空腹を訴える俺の腹の音がとめどなく鳴り始めていることぐらいだ。

 俺の腹が何を訴えかけているのかと言えば、腹減ったギブ・ミー・ミート……そんなところだ。


「本気でやばい死ねる。夢の中で餓死したら死因は何て書かれるんだ? 『寝過ぎの寝ぼすけ、ソファーの上で餓死』とかヤフーニュースにでも書かれたら、クラスメイトどころか町ぐるみで笑われてお終いじゃね?」


 自分の行く末に思わず身震いする。

 慌てて辺りを見渡しても、月明かりならぬ地球明かりで見えるのは闇夜に映る木のシルエットとなんだかわからない雑草だけ。

 どうする?

 この際だから雑草でも食ってみるか?

 もしかしたらすでに常時発動スキルを持っているかもしれない。ちなみにスキル名は『牛の胃袋』……


「ああぁぁぁぁぁぁ…… 」


 自分で想像して悲しくなってきた。

 美少女エルフ(俺の顔だけど)が牛のように雑草を反芻している姿。

 何たる地獄絵図。

 もしかしたら、それが良いって言う特殊すぎる属性のヤツがいるかも知れないが、俺はノーマルだ。

 草食って吐いてる美少女を見て喜ぶ性癖は無い。


 とは言ってもなぁ……贅沢も言ってられない。

 何でも良いから食べないことにはこの空腹は収まりそうにも無いのだ。

 まあ、夢の中で何か食ったからって現実世界の俺の身体が満腹するのかは甚だ疑問だけどさ、たぶん大丈夫と信じたい。

 少年漫画には精神は肉体を凌駕するなんて言葉がよく出てくる。なら、ここでたらふく食えばきっと現実世界の俺も満腹しているはずだ!

 そう、人間気合いがあれば何でも出来る! ってアントニオさんも言ってたしな!

 あれ? 元気の間違いだったか?

 ま、そんなことはどうでもいいさ!

 よし、覚悟は決まった!

 俺、今から草食います!!


 と、その時だった。


「………………」


 何か、声が聞こえた。だが、知ったこっちゃない!

 俺の食事を邪魔するな!!


「頂きます!」


 地面からむしりとった雑草を口に含もうとしたその時だった。


「お姉さん、やめた方が良いよ。その草、魔牛でも無いかぎり一口で即死だよ」


 突然、暗闇から声をかけてきたのは、地球をバックにしてたたずむ少年だった。


 そう――

 

 これが、俺とアル君との初めての出会いさいかいだった。

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