第4話 俺は異世界でも健気に生きているけど、号泣したいときもある。
沈黙してから何分が過ぎただろうか。
俺にとってはある意味死刑宣告を言い渡されるかも知れない沈黙の時間はただただ異様に長く感じた。
そんな居たたまれない沈黙を破ったのは、以外にも窓枠に留まった小鳥だった。
「また来たのかい? 怪我が治ったなら仲間の元に帰りなよ」
まるで少女のような優しい声音で小鳥に話しかけ、しばらくしてその鳥が飛び去ったのを見送ると改めて俺の前に座り直した。
「正直、ボクと一緒に行動するのは余り賢い選択とは思えませんが……」
小鳥に見せていたものとはまるで違う雰囲気。
何だろう、さっきも感じたアルハンブラのこの歳に似合わない表情というか雰囲気は。
どう考えても十二歳前後の少年が出来るような顔じゃ無い。
異世界物によくある見た目とは違う年齢なのか?
身体は大人、頭脳は子供、それってうちの父さんじゃん!
違った、逆だ。
う~ん、それとも見たくない物を見続けたような、俺が想像も出来ないような過酷な経験をしてきたとか?
……まさか、ね。
「貴女は記憶が欠落しているみたいですが」
「まぁ自分の名前と、それなりの知識ぐらいはあるとかなって感じかと……」
「名字はありましたか? いや、あったとして覚えていますか?」
不意に受けた質問。
それは俺がまるで予想だにしていない質問だった。
名字? 答えることにどんな意味があるのかはわからない。
だけど俺がとっさに答えたのは、
「いや、名字は無いと思う。自信は無いけど」
「そう、ですか……」
そんな咄嗟の嘘だった。
よく分からないけど、こっちの世界だと名字持ちは貴族とか上流階級だけかも知れない。そうなると身内捜しとか面倒臭い事態になる気がしたのだ。
それに種族間の仲が余り良く無さそうな現状を考えると、名字が後々厄介になる可能性も否定出来ない。
「わかりました。貴女の記憶が戻るまでここに住むことを許可します」
「ほんと? ありがとう! すっげー助かるよ!!」
「ただ、これだけは約束して下さい」
「ああ、もちろんだ! これからは無許可で頭の匂いは嗅いだりしないから!」
「当たり前です! そんなことしたら、今度こそ外に放り捨てますよ!」
やっべ、本気で怒られた。
でも、それなら一体何を約束させようと……
「あ! 一日一回えっちぃ事させろとかは駄目だからな! そんなのは俺にもアル君にもまだまだ早過ぎるし!」
「本気で摘まみ出しますよ」
「ごめんごめん冗談だってば。そんな青筋たてんでもええやねん。それで、俺は何を約束すれば良いのかな?」
「はぁ……」
アルハンブラは一拍おいて呼吸を整えるとその重たい口をやっと開き、
「もし、万が一にもここが誰かに襲われるようなことがあったら、何も考えずに全力で逃げて下さい」
そんなとてつもなく物騒なワードを放ったのであった。
ま、そんなやり取りからアルハンブラにお世話になって早二週間が過ぎました。
ええ、それはもうビックリするぐらい目まぐるしい日々でしたよ。
流石の俺もここまで目が覚めないから、夢という設定を諦めて異世界転移したと受け入れましたよ。
だってさ、もし夢じゃ無かったら現実世界の俺は植物状態って可能性もあるわけで……
転移じゃ無いならそれはそれでいろんなハードルが高くありそうでさ、それならいっそこっちの世界を受け入れた方が心情的にも前向きになれるって気がした。
それと寝床を確保しただけじゃ話にならないから、俺は生きる力を手に入れるべくアルハンブラに頼み込んで弟子入りした。
めっちゃ渋い顔されたけどな。
でもアルハンブラは強い。
その確信があったからこそ、どんなに渋られても俺は頼み込んだ。
え、どこで確信したって?
それは初めて会ったときにぶちかまされた手刀だよ。
漫画やアニメとかじゃよくある技だけど実際にやってみたら手刀なんかじゃ気絶させることはまず無理なんだよ。
小一の頃にクラスメイトと当時流行っていた特撮の真似をして手刀を打ち合ったことがあるんだけど一度とて気絶させることは出来なかった。
そういや後半は手刀が水平チョップになって地獄突きに進化して最終的には猪木もビックリな延髄蹴りにまで発展したせいで、校則で首への攻撃禁止が決まったのは今じゃ懐かしい思い出だ。
ま、そんな戯れ言はともかく延髄蹴りでも気絶するなんてことはなかった。すげぇ痛かったけど。
あ、延髄蹴りやったのは俺じゃ無いぞ。
すげぇ痛かったって言っただろ。
確か……暴れてたのは鎧ってヤツでさソイツがろくでもないヤツだったんだよ。
俺もかなり反撃してたから人のこと言えないけど。
とにも余談はそれぐらいにしといて、手刀で意識を奪うってのは素人じゃほぼ不可能な高難度な技だ。
じゃあ力が強ければ出来るのかっと言えば然に非ず
と言うかそもそも非力な俺に力で押し倒されると言うか羽交い締めにされて脱出出来ないあたり、アルハンブラの筋力は見た目そのままぐらいな気がする。
たぶんだけど。
だけど、だ。であるからこそ、その技術力の高さにこそ驚愕すべきだ。
そして立ち合ってみたら案の定だった。
まるで何十年も前に流行った香港映画のような異次元のワイヤーアクションを目の前で見せ付けられている気分だった。
だけど体術もさることながら、俺がこの世界で生きていくのに最大のネックになっている物がもう一つあった。
それは魔法だ。いや、こっちの世界だと魔術と言うらしい。
これに関してはもうハッキリ言って語りたくないレベル。
何て言うか、『それは余のメラでは無い、メラゾーマだ』って感じ。
逆バーンさま、すなわちクソ雑魚です。
しかもこの世界の魔術の厄介なところは使い手の得意な属性が髪の毛に反映されやすいって事。
わかりやすく言えば炎の魔法が得意だと赤髪に、土系の魔法が得意だと茶褐色になるらしい。
それは金髪や銀髪みたいな色素の薄い人ほど顕著で、ほとんど影響が無いのは生まれつきの黒髪だけって話だ。
その日の気分感覚で髪の毛を染められるのはオシャレとしては最高かもだけど、自分の得意属性と弱点属性が相手にモロバレになるのは頂けない。
全属性が均衡すれば元の髪色は維持もしくはさらに極めていけば黒髪になるらしく、結局「死にたくなければ満遍なく強くなれ」との事だった。
そんなアルハンブラの髪の色は黒。
よもやアジア人カラーがチートだったとはなぁ。
「なんか全てのチート要素を地球にかなぐり捨ててきた気がする……」
俺に残されているのは望まぬこの異性の身体だけ。
ちなみに今の俺の髪の色はうっすいピンク色。ブロンドにクソ雑魚な炎属性の赤が混じったせいだろう。
ピンク髪の巨乳エルフ……
「アナスタ……エウシュ……」
なんか自分の身に起きちゃイケナイ展開を提供してくれる素敵メーカーの名前が思わず俺の口をついて出る。
ま、そんな展開にならない事を心の底から祈りつつ今の俺が何をやっているかと言えば――
ええ、弟子で居候とくればやる事は一つしか無い。
家事手伝いである。
家事と言ってもアルハンブラの家には今までどうやって生きてきたのか疑いたくなるレベルで家具らしき物がほとんど無く、適当な掃き掃除と拭き掃除で済むほどメチャクチャ楽だった。
一部屋だけ研究部屋だから入っちゃ駄目とか言われたけど子供が何を研究しているのやら……
ふ、だがな俺も年頃の男だから分かるぜアル君。母さんに部屋とか掃除されて背筋が凍った恐怖を知っているってもんよ。
そんな野暮なことはしませんよ(ニヤリ)
まあそれは良いとして、手がかかると言えば川で手洗いする洗濯ぐらいか。
ただ最大のネックは俺もアルハンブラほどじゃ無いが料理が苦手なことだ。
ハッキリ言って俺は母さんや姉貴が飯を作ってくれない日は冷食かカプメンで済ませていた。
ふ……コンビニ万歳!
が、当然というかやはりと言うべきか、こっちにはコンビニもスーパーも無い。
どこにでも出店して地方を灰燼に帰すんだから、異世界にも出店しろよイオン!
「ふぁふぁふぁ、我が名はイオン。全ての商店街を消し去り、そして我も消えよう……」
俺はフライパンの中で目玉焼きになるはずだったスクランブルエッグを眺めながら、ただ呆然と何の意味も無い事を呟くことしか出来なかった。
いっつもおいしいご飯作ってくれた母さんと姉貴にもっと感謝しとくんだったな。
あと、見た目最悪だけど謎にうまい食材不明なジャンク飯を作ってくれた父さんにも。
そんな、にっちもさっちもいかない日々からさらに十日が経過した。
ふ……
わかっていたさ、アニメみたいにそんなすぐに強くなれるはず無いのはさ。
俺はガクガクと震える足で修行中に叩き付けられへし折れた木の根元ににへたり込む。
力なく見上げた空は悲しいほどに真っ青で綺麗だった。
「あのね……」
困り顔で覗き込んでくる我が師アルハンブラ。
アルハンブラに弟子入りすると決めた日から俺の事は呼び捨てで呼んでもらうようにお願いしたのだ。
正直、年上だからとさん付けされたりするのは俺自身の甘えに繋がる気がしたからだ。
だけど現実は……
「ハッキリ言うけどさ、キミは『こっちの世界』の外で生きて行くには弱すぎる」
小さな覚悟程度じゃ何も埋まらない力量差を見せつけられる毎日だった。
いや、確かに俺は強さにゃ全く自信は無いけどさ、カプコン辺りの格ゲーに居そうな動きするヤツに凡人がどうやって太刀打ちしろと?
立ち合ってすぐにわからせられたのはアルハンブラは少年漫画で主人公をやれるぐらいに強いって事だった。
あ、あるぇ~……?
本当ならその立ち位置って異世界移転者の俺が居るべき場所じゃね?
なんでこの世界は俺にこんな厳しいかなぁ。
「悪い事は言わない。近くまでなら送ってあげるから南のエルフ族の支配するアルトリア王国に戻って静かに暮らした方が良いよ。強くなるばかりが生きる術じゃ無い、町で住人として平穏に生きるのも選択肢としては賢い生き方なんじゃ無いかな?」
諭された。
やめてくれ泣きそうになる。
「ねぇ、キミが強くなりたい理由はなに? 理由なんかは無くて、ただ漠然と強くなりたいだけ?」
だから、やめてくれ……
強くなりたい理由なんて死にたくないからだ。
男としてバカやっていたいからだ。
そんな当たり前の事さえ今の俺には出来無いんだ……
アルハンブラ、キミにわかるかい?
目が覚めたら女になっていてさ、まったく訳がわからない場所に居てさ……
頭は悪いけど仲良かった
残念なところばっかりだったけど優しい父さんや母さんと姉貴が居て、じぃちゃんやばぁちゃんが居て……
それなりに楽しい毎日を送っていた俺がこんなどこかもわからない場所で惨めな思いしているのがどんなに辛いか。
コンビニもスマホもPCもゲームも漫画も何も無い……
嗚呼、もしこの世界で死んだら俺はどうなるんだ?
元の世界に帰れるだろうか?
それとも、やっぱりこの世界で土に帰るだけなんだろうか。
勢いだけでテンション維持し続けるなんて、正直、もう、限界なんだ……
「怖いんだよ……強くならないと。覚めない悪夢の中にずっと居るみたいで、どうしたら良いのかすらも分からなくて……もがいていないと、『俺』が中から壊れていくのがわかるんだ……」
口に出したら自覚せざるを得ない惨めさが怒濤のごとく溢れ出て、それが嗚咽に変わるのに時間はかからなかった。
気が付いたら年下のしかも男の子にしがみついて号泣していた。
そんな自分の姿に気が付いて、情けなくてまた泣いた。
「ごめん……記憶が無い人にキツい言い方だったかも知れない。そうだねキミと約束したもんね、時間がかかってももう一度……って、なにするの!?」
「クンカクンカハァハァ、アル君の匂い落ち着くぅ~」
「って、キミさっきの嘘泣き?!」
「いや、神に誓って本気号泣だよ? でも、なんか、今日のアル君の匂い、いつもより良い匂いで落ち着いて、ハァハァ……正直たまらん!」
「落ち着け! ボクはキミの師匠だぞ!」
「師匠だなんて、大人ぶって背伸びするのも可愛い ❤」
鼻息荒く押し倒す俺、青ざめるアルハンブラ。
あれ?
何だ、俺いま何やってる?
ダメだ、よくわからんがアルハンブラが可愛くて仕方ない。
……あれれ?
よく考えてみたら、アルハンブラって初めて会った頃から可愛かったような……
はぁ……なんだか、頭が、ぐるぐる……す、る……
気が付けば、そこはいつものベッドの上だった。
「最悪だ……」
思い出したくない事を盛大にやらかしてそのまま気を失ったみたいだ。
そして俺が目を覚ましたときに知ったのは、自分の身体に女性だけにある
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