03 お宝拝見

「こちらには食器の類いも存在するはずだが、保管した場所を失念してしまった。アトルとチコはそれを探しつつ、他にも活用できそうな品があるかどうか見つくろうがよい」


 ドラゴンがそのように申しつけると、亜人族の兄妹は「わーい!」とはしゃぎながら宝の山に突撃していった。

 いっぽうケルベロスは、それぞれ感心しきった様子で宝の山を見回している。


「本当に、素晴らしき品ばかりです。竜王殿のお目の高さには感服するしかありません」

「へん! まがりなりにも王だったんなら、これぐらいは当然だろ!」

「うむ……それに、王として君臨していた時代には、これとも比較にならぬほどの財宝を手中にしていたのだろうな……」


 同じように感心していても、発言の内容はずいぶん異なる三つの首である。

 ただし、もっとも瞳を輝かせているのは、いつでもやんちゃな右側の首であった。


「おっ、なんだこれ! おかしな形だな!」


 と、右側の首に引っ張られるようにしてケルベロスが近づいていったのは、ヒマワリのごとき植物をモチーフにした巨大なオブジェである。

 人間ぐらいの背丈があって、花は顔、二枚の大きな葉は腕のような風情であり――そうしていきなりその身がわしゃわしゃと踊るように動き始めたため、ケルベロスに「わゃーっ!」という言語化しにくい雄叫びをあげさせた。


「それは、周囲の空気の振動に反応して身動きをする『花の騎士』なるからくり人形である」


「な、な、なんだそりゃ! そんなもんが、なんの役に立つってんだよ!」


「そもそもは、侵入者を驚かせるための細工であったようであるな。その珍奇な動作が好事家の琴線に触れて、装飾の品として発展を遂げたようである」


「まったく、人間族ってのは……」と不平がましい声をこぼしながら、ケルベロスは前足をちょちょいとかざしてまたからくり人形を踊らせる。

 それで楽しげに顔をゆるませるのは、やはり右側の首であった。なんだか、猫じゃらしではしゃぐ子猫のような風情だ。


 咲弥としても見ていて飽きない微笑ましさであるが、まずは当面の目的を果たさなければならない。そんな一抹の使命感を胸に、咲弥は「ねえねえ」とドラゴンに呼びかけた。


「確かに立派なお宝がどっさりだけど、キャンプギアに転用できそうな品があるのかなぁ?」


「うむ。屋根ならば、こちらの品は如何であろうか?」


 ドラゴンの尻尾がしゅるしゅるとのびて、岩盤にたてかけられていた品を取り寄せた。

 筒状に丸められた、巨大な織物だ。それを広げると、宝石のようなきらめきが鬼火の光を反射させた。


「こちらは『精霊王の羽衣』と名付けられた織物である。ただ美しいばかりでなく雨風や炎や雷をも退け、なおかつ羽毛のように軽い。屋根として使うにはうってつけではないだろうか?」


「おー、すっげー。でも、こんなゴージャスな織物をタープの代用にするのは、もったいなくない?」


「どれほど粗雑に扱っても、こちらの織物が傷む恐れはなかろう。それに、かつての所有者が壁に飾るために、要所に銀の環を取り付けたのだ。この細工もまた、設置の役に立つことであろう」


 そんな風に言ってから、ドラゴンは巨大な織物を咲弥の首から下にあてがった。


「まあ、こちらはそもそも装束を仕立てるための品であるのだが……屋根として扱うのが不相応であれば、本来の用途で活用してみてはどうであろうか?」


「いやいや、猫に小判の極みでしょ。そういうことなら、タープの代わりとして試してみよっかなぁ」


「左様か」といくぶん残念そうな目つきをしながら、ドラゴンは尻尾だけで器用に織物を丸めた。


「あ、ただ、タープとして使うには備品が必要になるんだよねぇ。ロープは余分にあるけど、ポールとペグは買い足すしかないかなぁ」


「なるほど。支えになる柱の棒に、ロープを地面に固定する杭であるな」


 ドラゴンは一考してから、また尻尾をのばした。

 それが二往復して、二種の品を咲弥の足もとに並べる。片方はセカンドバッグぐらいのサイズをした黒光りする革のケースで、もう片方は――全長三メートルはあろうかという立派な槍のセットであった。


「こちらは『聖騎士の槍』である。あくまで装飾の品であるが、伝説の宝槍グングニルを模したもので、柄も穂先もきわめて頑強に作られている」


 その穂先は白銀に照り輝き、咲弥には意味不明な紋様がそれは美しく彫刻されていた。


「なんか、ますます気が引けてきたなぁ。……そっちのケースは、何かしらん?」


 ドラゴンは無言のまま、革のケースの留め具に尻尾の先を這わせた。

 そのケースの表面にも奇怪な紋様が焼き印されており、留め具は明らかに宝石だ。そして、その内側に収納されていたのは、黒々と輝く金属の杭の束であった。


 長さは三十センチばかりもあり、太さは一センチ弱、先端は鋭く尖り、尻のほうには側面に小さな環が取り付けられている。


「おー、確かにペグっぽい。これは、どういうお宝なのかなぁ?」


「こちらは『昏き眠りの爪』といって、東方に住まう人間族が用いる暗殺用の武具であるな。玄鋼という希少な金属で作られており、幼子の力でも骨を貫けるのだと称されている」


「おおう……そんなものをハンマーでがしがし叩いたら、祟られないかしらん?」


「大事ない。我が解析したところ、未使用品であるようだ。玄鋼というのは銀に匹敵するほど希少であるため、昨今では装飾品として取り扱われているのであろう」


 よくよく見てみると、その杭の表面にもびっしりと紋様が刻まれている。

 咲弥の思い込みであるのか、実に禍々しい雰囲気であった。


「タープなる屋根に関しては、これにて完了であるな。あとは……調理の場となる、作業台であるか」


 奥のほうにのばされたドラゴンの尻尾がひょいっと持ち上げたのは、人間が寝そべることもできそうなぐらい巨大な、石造りの台座であった。

 こちらは白大理石のような材質で、側面にはやはり渦巻きのような紋様が彫刻されている。


「……ドラゴンくんは、力持ちだねぇ」


「うむ。身を圧縮させても、力が弱まるわけではないのでな」


 細長い尻尾ひとつで台座を引き寄せたドラゴンは、それを地面にそっと下ろした。


「こちらは、『祝福の閨』である」


「ほうほう。ようやく縁起のよさそうな品だねぇ」


「うむ。古き神に生贄を捧げるための台座であるな。この上で生贄の身を切り開き、心臓を取り出すのだ」


「……もしかして、わざとやってる?」


「あくまで、模造の品である。我とて、死の臭いを帯びた品を身近に置く趣味はないのでな」


 ドラゴンが愉快そうに目を細めたので、咲弥は「もー」とその首の付け根を拳でぐりぐりと圧迫した。


「ともあれ、これだけの大きさであれば作業にも不自由はあるまい。アトルやチコの背丈でも、支障はなかろう」


「うん、まあ、それは認めよう。あー、だけど……欲を言ったら、カッティングボードも欲しいかなぁ。じっちゃんのも拝借してきたから、あと一枚で人数分そろうんだよねぇ」


「カッティングボード……いわゆる、まな板であるな」


 ドラゴンはまたしばし思案してから、尻尾をのばした。

 それが運んできたのは、A4サイズの漆黒の石板である。四方の縁には唐草模様のごとき彫刻が施されていたが、その内側は顔が映りそうなぐらいぴかぴかに磨かれていた。


「こちらは『プロフェーテースの黒碑』である。魔力を込めて祈ると預言の言葉が浮かびあがる、希少な魔法具であるな」


「うんうん。いちいちつっこむのも疲れたから、ありがたく使わせてもらおうかな」


 そうして咲弥が悟りの境地に至った頃、可愛らしく頬を紅潮させた兄妹が腕いっぱいに財宝を抱えて駆け戻ってきた。


「りゅーおーさま! おさらをはっけんしたのです!」


「ほかにもおやくにたちそうなものをみつくろったので、ごかくにんをおねがいしますのです!」


『祝福の閨』なる石の台座に、それらの宝物が並べられていく。

 ドラゴンの尻尾が、その内のひとつをつまみあげた。


「ほう。こちらは『サラマンダーの寓居』であるな。これは確かに、有用であろう」


「はいっ! トシゾウさまのつかっていた、らんたんというどうぐにそっくりなのです!」


 確かにそちらは、ランタンによく似た形状をしていた。台座の上に透明のホヤが設置されて、その上に笠がかぶせられているのだ。ただ、ホヤの内部に収納されているのは赤く輝く宝石であった。


「これは魔力の結晶石であり、火の精霊を招くことがかなうのだ」


 ドラゴンの尻尾が上部の笠を操作すると、傘のように大きく開いた。

 とたんに、オレンジ色の輝きが鬼火の輝きを圧倒する。


「この笠の開き具合で、明かりの強さを調節することができる。こちらの世界でも、灯籠として扱われている魔法具であるな。ただしこちらの品はいにしえの大魔道士ヘルメスの作であるとされており、長らく火の神殿に祀られていたのだ」


「大魔道士ヘルメス……?」と反応したのは、陰気な目つきをした左側の首であった。


「それはこの世に魔術の文明をもたらした、伝説の大魔道士ヘルメスのことであろうか……? そのように希少な魔法具を、本当に使ってしまうので……?」


「道具なんて、使ってなんぼだろ! こんな場所に仕舞い込んでおいたって、なんにもならねーじゃねーか!」


 右側の首が威勢よくまくしたてると、ドラゴンも穏やかに目を細めつつ「まったくであるな」と応じた。


「火の神殿から我のもとに移されただけで、けっきょくこの品は眠り続けることになった。どうかサクヤのもとで、正しく使ってもらいたい」


「はーい。こっちの食器はすいぶん立派だけど、汚しちゃって大丈夫なのかなぁ?」


「うむ。そちらは聖王国ヴェイロムから献上された食器であるな。そちらも長らく、道具として正しく使われる日を待ちわびていたことであろう」


 それは、美しい木彫りの箱に何枚もの皿やスプーンやフォークなどが詰め込まれた食器のセットであった。食器はすべて白銀に輝いており、精緻な彫刻も見事な限りである。


「あと、こちらのかたなはすごいきれあじなのです!」


 紫色の瞳をアメシストのように輝かせたアトルが、いかにも立派な鞘に収められた短剣を取り上げた。


「うむ。そちらは聖剣と称される、『竜殺し』であるな。大剣とひとそろいで保管されていたはずであるが……まあ、大剣はキャンプの役に立つまいな」


「えー? だけどちょっと、不穏なネーミングじゃない?」


「大事ない。たわむれに試してみたところ、我の鱗に傷ひとつつけることはかなわなかった。おそらくは、竜族をも討ち倒せるようにという願いを込めてつけられた名称であるのだろう」


「そんなの、たわむれでも試しちゃ駄目だってばぁ」


 咲弥が口をとがらせると、ドラゴンは居住まいを正して「左様であるな」と首肯した。


「今後は、控えることとしよう。……そちらの短剣は、活用することがかなおうか?」


「ぼくにはわからないですけれど、すごいきれあじなのです!」


 アトルは鞘から短剣を引き抜くと、その場に屈み込んだ。

 そして恐ろしいことに、足もとに転がっていた岩塊をすぱすぱと輪切りにしてしまう。


「わー、そんなの使ったら、カッティングボードもテーブルも真っ二つじゃない? 切れすぎる刃物ってのは、ちょっと危ないよぉ」


「左様か。アトルよ、そちらはもとの場所に戻してくるがよい」


「りょーかいなのです!」と、アトルは残念がる様子もなくぴゅーっと駆け去っていく。

 すると今度は妹のチコがもじもじしながら、美しい小ぶりの壺を持ち上げた。


「こ、こちらのつぼは、すくってもすくってもおみずがわいてくるのです。とてもふしぎでべんりなのです」


「そちらは『ウンディーネの恩寵』であるな。水の精霊の加護によって、常に清らかな水で満たされているのだ」


「おおー、あたしのウォータージャグはソロキャン用のサイズだし、じっちゃんの分まで詰め込むスペースがなかったから、そいつがあれば心強いなぁ」


「サ、サクヤさまのおめがねにかなえば、きょーえつしごくなのです!」


 チコはいっそうもじもじとしながら、嬉しそうに口もとをほころばせた。

 すると、ドラゴンが「ふむ」と思案する。


「壺か……であれば、こちらも有用であるやもしれんな」


 ドラゴンの尻尾が、新たな壺を引き寄せる。

 いかにも美しい『ウンディーネの恩寵』とは異なり、真っ黒で禍々しいデザインをした壺だ。ただしサイズは、いっそう小ぶりであった。


「こちらは、『貪欲なる虚無のあぎと』である」


「うんうん。いかにも不吉なお名前だねぇ。いったいどんな不思議アイテムなのかなぁ?」


「この壺は、呑み込んだものをすべて虚無に返すのだ。存在そのものが消滅し、後には塵も残らない。こちらの魔法具を活用すれば、サクヤも屑物を持ち帰る苦労から解放されよう?」


「えー? でもそれも、取り扱いが難しくないかなぁ? うっかり手でも突っ込んじゃったら、大惨事じゃん」


「大事ない。この小さな壺の内に収まりきるものでなければ、魔法は発動されないのだ。であれば、危険はなかろう?」


 その壺は、口の直径も全長もそれぞれ十五センチていどとなる。

 であれば、危険にさらされるのは虫や小動物ぐらいであるようであった。


「それにサクヤは、山中における排泄物の処理にも小さからぬ苦労を――」


 咲弥は「ストップ」と宣言しながらドラゴンの口もとに人差し指を押し当てて、にっこり微笑んだ。


「ドラゴンくん。年頃の女性を相手に、そういう話題は差し控えることを推奨いたします」


「……サクヤの気分を害してしまったのなら、心よりの謝罪を申し述べよう」


「いえいえ。こちらのアイテムはとても便利そうなので、つつしんでお預かりいたします」


 そんな感じで、キャンプギアの補充は完了した。


 タープの代用である『精霊王の羽衣』。

 ポールの代用である『聖騎士の槍』。

 ペグの代用である『昏き眠りの爪』。

 作業台の代用である『祝福の閨』。

 カッティングボードの代用である『プロフェーテースの黒碑』。

 ランタンの代用である『サラマンダーの寓居』。

 聖王国ヴェイロムから献上された、銀の食器類。

 ウォータージャグの代用である『ウンディーネの恩寵』。

 そして、廃棄物処理の『貪欲なる虚無の顎』。


 咲弥が想像していた以上の大収穫である。

 これならば、ケルベロスが増員されたこのメンバーでも思うさまキャンプを楽しめるはずであった。

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