04 ローストデザートリザード
「じゃ、お次はパスタのソース作りだねぇ」
二枚目のふわふわ焼きを完食して、パスタの第二陣を茹であげたのち、咲弥はそのように宣言した。
カッティングボードとアルミホイルの上には、亜人族の兄妹が切り分けてくれた赤い果実とタマネギが山積みにされている。
その横合いに新たなアルミホイルを敷いてから、咲弥はニンニクを取り出した。
「あたし、ニンニクやらタマネギやらが好物でさぁ。毎回毎回、代わり映えしなくってごめんねぇ」
「否。謝罪の必要は、皆無である。とりわけニンニクというのはトシゾウが扱わなかった食材であるため、いまだ新鮮な心地が残されている」
ドラゴンのそんな言葉を聞きながら、咲弥はオリーブオイルとスライスしたニンニクを投入したコッヘルをバーナーの火にかけた。
弱火でじっくり熱を入れていくと、たちまち芳しい香りがたちのぼっていく。
「では次に、チコちゃんの力作を投入いたします」
薄切りとみじん切りにされた二個分のタマネギを投入すると、じゅわっと景気のいい音があがる。片方のタマネギをみじん切りに仕上げてもらったのは、香味野菜としての力を最大限に活かすためであった。
(何せこっちのこいつは、初チャレンジの食材だからなぁ)
食感はカボチャに似ていて、味はトマトとトウガラシ――生鮮の状態で味見をしてみると、確かにドラゴンの寸評の通りである。がりがりとした硬い食感で辛みと酸味が強く、その奥底に旨みが感じられる。食感だけが風変わりであったが、熱を入れることで食べやすくなるように祈るしかなかった。
(カボチャに似てるなら、水気が必要だよな)
タマネギにほどよく熱が通ったところで、咲弥はパスタの茹で汁と『ジャック・オーの憤激』なる赤い果実を投入した。
さらに顆粒のコンソメも投じれば、ひとまず第一段階は終了だ。
「あとは美味しく仕上がるように、それぞれの神仏に祈りましょう。……おっと、こっちの面倒も見てやらないとね」
咲弥は焚火台に移動して、薪を追加した。
ダッチオーブンの蓋の上では、炭が熾火を灯している。こちらもこちらで初の調理器具であるため、油断は許されなかった。
しかしまた、手間がかかればかかるほどに、咲弥の熱情の内圧は高まっていく。
初めての食材と初めての調理器具で、いったいどれだけの料理を作りあげることがかなうか。咲弥の内に生じた熱情は、ひそかに拍車を掛けられるいっぽうであった。
「目安としては、あと十五分ぐらいかなぁ。食材が倍増したから、様子を見ながら判断するしかないけどねぇ」
「うむ。期待はつのるばかりである」
ドラゴンも亜人族の兄妹も、期待に瞳を輝かせながらそわそわと身を揺すっている。咲弥が得られる和やかな心地も、すっかり三倍増であった。
「じゃ、火の面倒を見つつ、のんびりおしゃべりでも楽しみますかぁ。……アトルくんとチコちゃんは、砂漠のおうちからこの山に通ってるのかな?」
「はいっ! でも、りゅーおーさまのまほーでぴかぴかのぴゅーなのです!」
「なるほど、わからん。ドラゴンくん、解説よろです」
「コメコ族の集落からこの山までは徒歩で一日がかりであるので、転移の門を授けてやったのだ。この者たちは朝から昼までを集落で働き、昼から夜までをこちらの山で働いている。そうしてトシゾウがやってきた日に限り、こちらで夜を明かしていたのだ」
「ふむふむ。畑で働いてるのは、このお二人だけなのかな? 集落のみんなにもおすそわけしてるってことは、けっこうな規模の畑なんでしょ?」
「うむ。しかし、我もトシゾウもあまり大人数の相手を迎える気持ちになれなかったのでな。可能な限り人数を絞り、こちらの両名が選ばれることになったのだ」
「はいっ! りゅーおーさまからじゅーよーなおしごとをおまかせされて、こーえいのかぎりなのです!」
「それに、しゅーらくのみんなにまでやさいやおさけをわけていただき、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
彼らはドラゴンに対しても恐れ入っている様子であるが、こういう言葉を述べる際には純真な思いがあふれかえっている。というよりも、おどおどするのも純真な人柄のあらわれであるのだろう。これが種族としての特性であるのならば、咲弥にとっても好ましい限りであった。
「にゃるほどねぇ。ちなみお二人は、いつぐらいからこちらのお山で働いてるのかな?」
「こちらの山の調和が保たれたのちのことなので、一年ていどではなかろうかな」
「そっか。うちのじっちゃんと仲良くしてくれて、ありがとね」
咲弥がそのように告げると、兄妹は「とんでもないのです!」と背筋をのばした。
「こちらこそ、トシゾウさまにはかんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
「はいっ! わたしもアトルも、こころからこーえいにおもっているのです!」
そのように語る兄妹は、やはり純真そのものである。
ただ、他界した祖父に対する哀惜の念というものは感じられない。咲弥がそれを不思議に思っていると、ドラゴンが耳もとに口を寄せてきた。
「コメコ族は、死を祝福と考えている。この世の生を全うした者は、天で永劫の安息を得られるという考えであるのだ。よって、トシゾウのように老いた者の死を悼む気持ちは持ち合わせていない」
「……そっか。あたしもその信仰だか何だかを、心から信じたいと思うよぉ」
咲弥が小声でそのように答えると、ドラゴンは優しげに目を細めた。
「ともあれ、この者たちの都合がつく日には、こうして食事に招いてやりたいのだが……サクヤにも承諾をもらえるだろうか?」
「うん、もちろんだよぉ。こうして食材を持ち込んでくれたら、こっちの懐も痛まないしねぇ」
「うむ。冬が明ければ、さらなる食材を準備することもできよう。ただ、面倒をかけることに違いはないので……それだけが心配であったのだ」
「そんなの、どうってことないさぁ。グルキャンの楽しさは、現時点でも実感できてるしねぇ」
咲弥がそのように答えると、亜人族の兄妹はこらえかねた様子で「わーい!」と両腕を振り上げた。その愛くるしさが、咲弥に来訪を承諾させたわけである。
(でも、ちょっとばっかり装備が足りないよなぁ。これはいよいよ、じっちゃんのキャンプギアを拝借するしかないかぁ)
彼らの喜びに水を差さないように、咲弥は内心でそのように取り決めた。
「さて。そろそろパスタソースのほうを確認しておこうかな」
咲弥がチェアに座ったまま手をのばしてコッヘルの蓋を開けると、たちまち濃厚な香りが広がって亜人族の兄妹に歓呼の声をあげさせた。
ニンニクとタマネギに、トマトやトウガラシに似た香りも入り混じって、実に食欲をそそる香りである。
それに、硬い果実もすっかり溶け崩れて、とろとろの液状に化している。
咲弥がスポークでそれを攪拌し、味を確認してみると――まさしく理想に近いトマトソースが完成されていた。
本来のトマトソースに比べるとやや食感がもったりしているものの、粉っぽさなどは感じない。ただ、コンソメだけでは味の深みが物足りなかったため、塩とブラックペッパーの他に中濃ソースとケチャップも追加することにした。
そうして再び味を確かめると、まさしく理想の味わいである。
咲弥は「よっしゃ」とガッツポーズを作った。
「お初でこれなら、上出来だねぇ。なんなら、水煮の鯖缶でも投入したいところだけど……メインディッシュががっつりしてるから、これで完成ってことにしておこう」
「ついに、完成であるか」
「うん。ローストチキンももうすぐ仕上がるだろうから、こいつは取り分けちゃうねぇ」
もう片方のコッヘルで出番を待っていたパスタをトングでほぐしつつ、それぞれの食器に取り分けていく。亜人族の兄妹は自前の深皿で、咲弥とドラゴンはコッヘルとメスティンの蓋だ。
そしてその上に真っ赤なソースをたっぷり注ぎかけて、キャメットのチーズをトッピングすると、亜人族の兄妹がまた歓声を響かせた。
「はい、どうぞ。重たいメインディッシュが控えてるから、あんまりがっつかないようにねぇ」
「はいっ! ごしょーばんにあずかるのです!」
そんな言葉も、祖父が教えたのであろうか。
本来の言語ではどのように語られているのか、咲弥にとっては永遠の謎であった。
ともあれ、食事の開始である。
パスタはすっかり冷めきっていたが、熱々のソースをかければ問題ない。その熱でいっそうとろけたチーズの味わいも素晴らしく、掛け値なしの美味しさであった。
「お、おいしーおいしーなのです! ジャック・オーのふんげきはおいしーおいしーですけど、これはいちばんおいしーおいしーなのです!」
「うむ。これは素晴らしい出来栄えであるな。以前に供されたパスタが、さらに豪奢に飾りたてられたかのようだ」
「あー、ニンニクとオリーブオイルとトウガラシ系の辛みってのは、確かに共通してるもんねぇ。でもやっぱ、トマト系の酸味と旨みにチーズまで加わると、比べ物にならないぐらいゴージャスだよねぇ」
咲弥は心からの笑顔とともに、そう答えることができた。
ぶっつけ本番の料理で満足のいく出来栄えであったため、達成感もひとしおだ。そして、未知なる食材にもっと使い慣れればさらに高みを目指せるのではないかという期待を抱くこともできた。
(キャンプ料理で気合が入るってのは、あたしの性分だけど……みんなにこれだけ喜んでもらえると、いっそう楽しくなっちゃうなぁ)
咲弥がそのように考えたとき、ついにキッチンタイマーが鳴り響いた。
「お、ようやく時間かぁ。みんなは食べててくださいな」
咲弥は革のグローブを装着しつつ、焚火台のほうに身を寄せた。
まずは火ばさみで蓋の上の炭を焚火台に戻し、それから重たい蓋を取り除くと、白い蒸気がもうもうとたちのぼる。それがおさまってから、ダッチオーブンの中身を覗き込むと――鶏のモモ肉とデザートリザードなる獣の肉は、ほんのり焼き目がつきつつ艶々に照り輝いていた。
肉には『ほりこし』とオリーブオイルをすりこんでいるので、香りも芳しい。
その香りを楽しみながら、咲弥が肉に爪楊枝を刺すと、透明の肉汁があふれかえった。鶏もデザートリザードも、問題なく熱が通っているようである。
「……完成であるか?」
と、いきなり耳もとでダンディな声が響きわたったので、咲弥は「うひゃあ」とおかしな声をあげてしまった。
「びっくりしたぁ。食べてていいって言ったでしょ?」
「うむ。しかし、ようやく我の出番ではないかと思ってな。そちらの鍋にそれだけの食材が詰め込まれていては、重かろう?」
確かにこちらはダッチオーブンだけで十一キロという重量であるし、火傷に気をつけながら運ぶとなると、いっそうの苦労がつのるはずであった。
「いや、だけど、ドラゴンくんって尻尾しか使えないんでしょ? こいつを運ぶのは、難しくない?」
「大事ない」と応じるなり、ドラゴンはダッチオーブンのハンドルに尻尾を巻きつけてしまう。そちらも金属製なので、鍋本体と変わらない熱を帯びているはずであた。
「ひゃー。そんなの触って、だいじょぶなのぉ?」
「うむ。火竜族は、熱に強いのでな」
ダッチオーブンを軽々と持ち上げたドラゴンは、いつも通りのしなやかな足取りでテーブルのほうに戻っていった。
その姿に、咲弥はひそかに胸を温かくする。ドラゴンは前々から、喜びばかりでなく苦労をも分かち合いたいという気配を漂わせていたのだ。出会って三度目で、ようやくその機会が巡ってきたということであった。
(やっぱあたしは、一人で何でも片付けちゃうクセがしみついてるんだろうなぁ。これからは、できるだけドラゴンくんも頼らせてもらおっと)
笑顔でパスタを頬張っていた兄妹は、ダッチオーブンを抱えたドラゴンの接近に歓声をほとばしらせる。そして、グリルスタンドの上に置かれたダッチオーブンの中身を覗き込むと、二対の紫色の瞳がいっそうの期待にきらめいた。
「すばらしいしあがりなのです! みるからにおいしそーなのです!」
「それに、かおりもすばらしーのです! こんなかおりは、はじめてなのです!」
「そうか。其方たちは、いまだ『ほりこし』の味を知らぬのだったな」
なんだかちょっと自慢げなドラゴンが、咲弥にとっては愛くるしくてならなかった。
「それじゃあ、お肉を切り分けちゃうねぇ」
「うむ。其方たちは、酒の準備をするがいい」
「りょーかいなのです!」と勢いよく立ち上がったアトルが、きらきらと光る目をサクヤに向けてきた。
「サクヤさまは、おさけにおみずをいれるのです?」
「うーん? よくわかんないから、アトルくんとおんなじでお願いするよぉ」
「りょーかいなのです! おさけとおなじりょうのおみずをいれるのです!」
嬉々として酒の支度をする兄妹を横目に、咲弥はトングでデザートリザードの肉塊の片方をカッティングボードに移した。
それをナイフで両断してみると、肉の内側もしっかり象牙色に熱が通っている。
咲弥は「よしよし」と満足の声をあげつつ、さらにその肉を二センチていどの厚みに切り分けて、空いていた平皿に移動させた。
そして、他なる具材――長時間の蒸し焼きで水分の抜けたタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ニンニクをカッティングボードの上に並べて、ニンニク以外はナイフで切り分けていく。ハクサイに似た味わいであるという『黄昏の花弁』なる紫色の葉菜も、しっかり原型を留めていた。
「ひとまず、こんなところかなぁ。みんな、お熱い内にどうぞぉ」
「はいなのです! おさけのしたくもかんりょーなのです!」
チコが恭しげな手つきで、咲弥とドラゴンのマグカップをテーブルに置いた。
そこに注がれていたのは、実に美しい黄金色の液体である。
「そちらは、イブのゆーわくのおさけなのです! ぼくたちは、イブしゅとよんでいるのです!」
「なんだかハブ酒みたいだねぇ。でも、見るからに美味しそうだなぁ」
自分たちのコップを手にした兄妹がちょこんと座るのを待ってから、咲弥はマグカップを取り上げた。
「それでは、初のグルキャンを祝しまして、かんぱーい」
「か、かんぱいなのです!」と、兄妹は両手で木彫りのコップを頭上に掲げた。
ドラゴンは無言だが、誰よりも満足そうな眼差しをしている。それらの光景を確認してから、咲弥はマグカップを口に運んだ。
甘やかな香りと味わいが、じんわりと口内に広がっていく。
それはリンゴに似た風味をしていて、なおかつワインにも負けない刺激を咲弥にもたらした。
「おー、水で半分で割って、この濃ゆさかぁ。これってけっこう、アルコールも強いんじゃない?」
「うむ。我が解析したところ、酒精の成分は三割といったところであったな」
そのように語るドラゴンは、長い舌をのばしてマグカップの中身をなめ取っていた。咲弥にとっては、初めて目にする所作である。
「ふむふむ。さすがのドラゴンくんも、ひと息で飲み干すのはためらうアルコール濃度なのかな?」
「うむ。我は、水で割っていないのでな」
「にゃるほど。納得であります。ではでは、ローストチキン……いや、まずはローストデザートリザードをいただきますかぁ」
そのように宣言しながら、咲弥はまず未知なる葉菜たる『黄昏の花弁』からいただいてみたが――確かに食感は、ハクサイと似ている。しかしハクサイよりもいっそう肉厚であるため、蒸し焼きにされても多少はしゃくしゃくとした食感が残されており、そしてハクサイよりも豊かな甘みと花のような風味が感じられた。
「おお、こいつは美味しいねぇ。ほんとにちょっと、花びらを食べてるような感覚だよぉ」
「うむ。実際には、甘い花びらなどは存在しないのであろうがな」
そのように語るドラゴンも、ご満悦の眼差しである。
そして、デザートリザードの肉を口にした兄妹たちは「きゃーっ!」と悲鳴めいた歓声をあげた。
「こ、これはとんでもなく、おいしーおいしーなのです! デザートリザードのおにくが、しんじられないぐらいやわらかなのです!」
「はいっ! やいたおにくなのに、にこんだおにくぐらいやわらかなのです!」
「うんうん。それこそが蒸し焼きの恩恵だろうねぇ。たっぷり時間をかけた甲斐があったかなぁ」
咲弥も異界の獣たるデザートリザードの肉を頬張ってみると、外見通りの鶏肉に似た味わいだ。
脂は少ないが肉汁は豊かで、ほどよい弾力がとても心地好い。臭みなどはまったくなかったし、調理の直前にすりこんだ『ほりこし』とオリーブオイルの下味もしっかりきいていた。
「ああ、これはいいお肉だねぇ。高級な地鶏だって言われても信じちゃいそうだなぁ」
「うむ。デザートリザードの肉はいくらでも手に入るので、今後も大いに活用してもらいたい」
ドラゴンの声音は相変わらず沈着で渋みがかっているが、その黄金色の瞳は星のようにきらめいている。その明度は、牛ステーキのアヒージョを食していた際にも負けていなかった。
「それじゃあ、本物の鶏肉とも食べ比べしてみよっかぁ」
咲弥はカッティングボードにスペースを作り、鶏モモ肉の片方を切り分けた。
骨つきの立派なモモ肉であるが、四名がかりならささやかな量だ。それを口にした兄妹は、再び「きゃーっ!」と歓喜の雄叫びをほとばしらせた。
「こ、こちらはデザートリザードよりも、もっとやわらかなのです! こんなにやわらかなおにくは、うまれてはじめてかもしれないのです!」
「ほ、ほんとーなのです! トシゾウさまからいただいたぶたやうしのおにくより、もっともっとやわらかなのです!」
咲弥も「ほうほう」と食してみると、確かにデザートリザードの肉よりもさらにやわらかい。あとは、部位の問題もあるのだろうか。デザートリザードの肉は鶏の胸肉に似た食感でそれも好ましい限りであったが、鶏のモモ肉はいっそう肉汁も豊富で、きわめてジューシーな仕上がりであった。
それにやっぱり、『ほりこし』とオリーブオイルの下味がきいている。こちらは家を出る前に漬け込んでおいたので、いっそう味がしみこんでいるのだ。『ほりこし』の有するニンニクやペッパーや各種のスパイスの風味が肉の風味と溶け合って、またとない味わいを完成させていた。
「素晴らしい……これほどに美味なる料理を口にしたのは、この世に生を受けて初めてのことやもしれん」
ドラゴンなどはまぶたを閉ざして、感動に打ち震えんばかりであった。
「気に入ってもらえて、何よりだよぉ。牛ステーキのアヒージョよりもお気に召したのかなぁ?」
「それは――」と、まぶたを開いたドラゴンは、実に切なげな眼差しを咲弥に送ってきた。
「そのように難解な質問に答えることはできん。どうか、容赦を願いたい」
「あはは。そんなマジにならないでよぉ。好きなもんに順番をつける必要なんてないさぁ」
咲弥がついそのしなやかな背中をぺしぺしと叩くと、ドラゴンはむしろ嬉しそうに目を細める。であれば、咲弥もますます楽しい心地になるのが自然の摂理というものであった。
アトルとチコはきゃあきゃあとはしゃぎながら、残された肉や野菜を頬張っていく。こんなに小さな体であるのに、食欲のほどはドラゴンにも負けていないようだ。
しかしダッチオーブンの中には、まだデザートリザードの肉塊と鶏のモモ肉が半分ずつ残されている。豪華な夕食はまだ折り返し地点であるのだから、最後には彼らの心と胃袋も満ち足りることだろう。
そして咲弥の心に関しては、もうキャパオーバーを起こしそうなぐらい温かな気持ちで満たされていたのだった。
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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回からは、しばらく隔日で更新いたします。
次回の更新は、11月10日の17時となります。
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