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(そんなこともあったわ)

 店の奥から現れた野上を見ると、あの原稿事件を思い出す。事件というほどのことでもないが、猫背の中では印象深い一件だった。

「親父、寝るなら部屋で寝ろよ。店番は俺がやるから」

「ん、そうか……悪いな」

 野上は自分の父親である野上老爺を起こすと、店奥の部屋へと追いやった。まぁ防犯上正しい。店番が一人だけでその一人が眠りこけているとなると、平和なこの町でも何かが起きてしまうかもしれない。

 野上が店番をしている。彼は今はこの店の店員として働いているのだ。確か店長はまだ野上老爺だったはず。野上がこの店を継ぐつもりなのかは分からない。

 猫背はコピー機に手を触れる。生き物みたいに微妙な熱を持つそれからは、絶えず振動が伝わってくる。本当に生きているみたいだ。

 あの字がデカい原稿もこのコピー機で刷ったのだろうか。

 そんなことはどうでも良いけど。

 猫背は紙コーナーから原稿用紙を一袋取り出し、レジへと向かった。

「いらっしゃいませー……げ、君か」

 客が猫背であると見とめ、野上は眉間に皺を寄せる。あの一件を通して私は、捜索中に何度も突っかかってきた高校生のクソガキだと覚えられているようだ。

「客の顔を見て「げ」はないんじゃないですかね」

「大きくなったな……大学生か。帰ってきていたのか」

「遠路はるばる、帰ってまいりました」

 バス二十分は遠路。

 猫背はカウンターに商品を乗せる。原稿用紙の束を見た野上の顔はますます険しくなった。

「君なぁ……」

「別に他意はないですよ。ちょっと久々に、アナログで小説でも書こうと思いまして……あれ、何と勘違いされたんですか?」

「140円。さっさと払いたまえ」

 しっかり警戒されている。猫背は財布を取り出した。


〈了〉

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神使猫背と消えた原稿 黒田忽奈 @KKgrandine

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