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その原稿はA4サイズだが、文字がとても大きく印刷されていたため、数枚が綴じられた形となっていた。
間違いなく野上が探していた原稿だろう。そうでなければ、バリアフリートイレなどにこんなものが放置されているはずがないのだ。
原稿をパラパラと捲る。原稿にはこの後の郷土史についての企画で語られるであろう、この町の歴史や人口の推移などが記されていた。やはり大きな文字で、だ。
トイレを出る。トイレは公民館の裏口のすぐそばに位置していた。そのまま公民館を出ると、目と鼻の先にあるテントがある。
テントに入ると、町長は未だ眠っていた。私は物音を立てないようにそっと町長に近づき、原稿を机に置いてからテントを出た。落とし物のおじさんも未だ数独をやっていた。私から野上の原稿を見つけたと報告する必要もないだろう。
事の顛末はこんな感じなのではないだろうか。
一言でいえば、野上は町長のゴーストライターだったのだ。此度の祭り、町長が町民の前で町の歴史について話す機会があるが、最近は町長の能力が疑問視されていた。滑舌は悪いし話す内容は間違っていることもあるし、目も悪いのでメモ書きを読みながら話すこともままならない。要するに人前で話すのが覚束なくなっていたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが野上だ。議会で一番若輩の野上が、町長の発表原稿を用意するように言われたのだろう。あの原稿は野上が使うものではないのだ。
でなければあんなに大きな字で印刷しない。紙がもったいないからだ。目が悪い町長に配慮した作りとなっていたのだろう。
ゴーストライターを行ったということは、できれば他人にバレたくない事案である。野上はきっと、朝一番に祭りに到着して町長に原稿を渡した。さっさと不安材料を手放して安心したと思った矢先、今度は町長が原稿を失くしてしまったときたものだ。その原稿探しも野上の仕事となったのだろう。
そこまで思い至って私は、町長が赴きそうな場所で、かつ野上が未だ探索していなさそうな場所について考えを巡らせた。
まず思いついたのがバリアフリートイレだった。落とし物担当のおじさんは町長が立ち歩いていないと言っていたが、流石に何時間も座りっぱなしというのは不自然だ。人間たるもの、少しは立ち上がる用事がありそうなものである。それがトイレだ。落とし物おじさんも、町長が何回そこに行ったのかまではカウントしていないのだろう。だから座りっぱなしという表現をした。
バリアフリートイレに放置されていた原稿が他の人に見つからなかったのは幸運と言える。バリアフリートイレは公民館の裏口の他に表側にもあるのだし、わざわざ裏口近くのトイレを使う者はいなかったのだろう。裏口近くの本部で眠っていた町長以外は。
謎が解けた。あぁすっきりした。これでもうこの祭り会場に用はない。帰ろう。
「………………」
そう思った矢先、鞄の中の財布の重量を思い出した。あと700円をどうしようか。
今回の謎を解く手がかりになったのは、数年前の母の活躍だ。その貢献に免じて、何かお土産を買って帰ろう。私はそれを選ぶために屋台のある区画をうろついた。
私は700円で買えるだけのカステラを買った。甘い物ばかりとなってしまったが、持ち運べて、冷めても美味しいものが他に少なかったのだ。
350円分を母にあげようと思う。
帰路に就こうと歩いていると、また焦って歩き回る野上が目に入った。
彼はトイレの中など探さなかったのだろう。若い男である彼には、バリアフリー用のトイレに入るという発想がなかったのである。甘い。私が彼の立場だったら男子トイレだけでなく女子トイレの中まで探すと思う。
先ほど私に嘘を吐いた罰だ。原稿の在処に気づくまでもう少し祭り会場を徘徊していろ……とも一瞬考えたが、
(………………)
しかし……
私は野上の今日一日の行動を推測する。いや、もっとずっと前からだ。
彼は祭りの前に、町長のために発表原稿を用意しろと言われた。そしてあれこれこの町の歴史について調べ、データなども漁り、老眼の町長でも見やすいような原稿を作り上げた。
そして祭り当日、彼は町長に約束の原稿を渡した。しかしあろうことかボケ塩梅の町長はその原稿を失くしてしまった。用を足した弾みで忘れてしまったのだろう。
町長は原稿がないと覚束ない。原稿はどうしても必要なものだ。ここで再び野上に白羽の矢が立つ。町長が失くした原稿を探してこいと言われる。
野上はゴーストライターであるので、誰が作って誰が読む予定の原稿かを他人に明かせない。町長がそのようなことをしていると皆が知れば、信用に関わるからだ。だから野上は一人でそれを探すしかない。祭りの中、大慌てで。
彼は相当慌てていたのだろう。秘密の原稿をこさえたことを、落とし物のおじさんに口走ってしまっているのだから。まぁその情報があったからこそ私が原稿を見つけられたので、悪い事ばかりというわけでもないのだが。
そう思うと彼は不憫だ。若さゆえにいろいろと押し付けられ、奔走している。助けも求められない。町長は眠っているのにね。
「野上さぁん」
私は野上の傍に忍び寄っていた。
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