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 野上は嘘を吐いていた。

 私には落とし物が見つかったと言い、落とし物の受付にも報告すると言っておきながら、実際には落とし物の受付には何の連絡も入れていない。まさか私が本当に落とし物の受付にウラを取るとは思っていなかったのだろう。甘い。

 十中八九、彼はまだ落とし物を見つけていない。

 突っかかってくる高校生を適当にあしらっただけかもしれないが、人間はそんな軽い理由で嘘を吐いたりはしない。嘘を吐くという行為は心理的なハードルがとても高い。不要な嘘は吐くべきではないのだ。

 ではなぜ野上は嘘を吐いたか?

 私は駐車場の祭り会場のうち、本部のテントを眺められる位置のベンチに座って考えていた。あれからずっと眺めているが、本部に電話が掛かってきたり、再び野上が訪れたりといったことはない。

 野上は本当に原稿を見つけていないのだ。

 人間が嘘を吐くときというのは、概して二つのパターンがある。即ち、

(法に反することをしたときと、倫理に反することをしたとき……)

 ………………

 前者ではないと信じたい。野上は有権者の票を集めた信頼された大人なのだ。遵法精神くらいは備えていてほしい。

 後者の場合は、やはり、野上は何を隠しているのかという問いにぶち当たる。何が後ろめたくてあのような行動をとったのだろう?

 私は500円で買ったトロピカルジュースを飲みながら考える。残り700円。

 私の考えは野上が紛失した原稿がどこへ行ったのかということよりは、野上が何を隠しているのかという点にシフトしていた。

 落とし物の窓口に問い合わせるほど困っているのに、私が野上に落とし物のことを問うても何も教えてくれなかったのは、不自然ではなかったか?

 高校生の手など借りたくないということだろうか。

 私に話しかけたときがたまたま不機嫌で、仔細を話したくないと思ったのかもしれない。

 ではなぜ、落とし物の窓口にすら詳細を報告しない?

 普通に考えて、大切なものを落としてしまったのなら、落とし物を担当する窓口に詳細を伝えるのではないか? 落としたのが発表原稿だとして、それが何色の紙なのか、印刷サイズはどれくらいなのか、厚みはどれだけか、名前は書いてあるか、表紙には何と書いてあるのか、どこで失くしたのか。伝えるべき情報はもっとあるはずである。

「………………」

 ここまで考えて私は、問題の根本をもっと疑ってみることにした。

 この状況において、何より気になることがあるだろう。

 それは、野上は町議会議員だということだ。あの家は父親が個人経営の文房具店を営んでおり、野上はそこに勤めていたのだ。そして数年前に出馬した。まだ四十代で議員としては若いが、経験豊富な大人であると思う。

 町議会の様子はネットでも配信されていて何度か見たことがあり、野上の答弁の様子も見たことがある。

 あの議員は原稿になど頼らなくても勢いよく喋れるタイプの人だ。というか議員ってそういう人が多い。選挙時の街頭演説のときも、野上はマイクを両手で握って雄弁に話していたのを覚えている。

 そんな野上が、原稿?

 こんな、町民祭の企画ごときで?

 前日の夜に原稿を読み込んでおけば、本番は心配しなくても良いのではないか。議会答弁だってそういう形式だろう。少なくとも、原稿がなければ発表がまったく立ち行かなくなってしまうというのはおかしい。

 しかし野上のあの、必死の探しよう。

 やはり疑うべき点はここにあるような気がした。

 トロピカルジュースの空き容器を近くのゴミ箱に捨て、また同じベンチに戻ってくる。

 ベンチの近くにも当然屋台が何店もあり、そこからの喧騒が左右から聞こえてきていた。左隣の屋台は輪投げであり、小学生やそれ以下のような子供たちが遊んでいた。色水を詰めたペットボトルを的とした簡単なゲームであるが、子供たちは大盛り上がりだった。

 懐かしい。私も昔、祭りで輪投げをしたことがあったような気がする。小学校低学年のときのように思う。あのときの私は今よりずっと快活だった。

 あのときは確か、景品のおもちゃを欲しがって挑戦したのだ。五回までリングを投げられるけど全然うまくいかなくて、最後の一回は同伴していた母にやってもらったはずだ。母はその一発で見事成功し、私たちは景品を手に入れることができた。

(………………?)

 母が……代わりに……?

 成程。思わぬところに手がかりがあったものである。

 これが真相かどうかは分からない。しかし、確かめてみる価値はある。確認するだけならタダなのだから。

 私は立ち上がった。

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