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 普段は殺風景な公民館が、カラフルな色紙で飾り付けられていた。寄贈元を見れば近所の小学校の生徒たちがお祭りのために作ったようである。簡単な折り紙や、紙を鎖状に繋げた飾りなどがそこかしこに張り付けられている。

 所々にあるメタリックな質感は、金と銀の折り紙だ。きっとあれは小学校では争奪戦だったんじゃないか。

 私は公民館の催事スペースでそれらを眺めていた。

 そう。催事。

 今日は地域の祭りが開催される日だった。町民祭である。公民館の一階と、その脇の駐車場を使い、それなりの規模の祭りがある。屋台が出て、町長が式典の挨拶をしたり、何か著名なパフォーマーを呼んだりしていて、私の住む町にしては大きめの催し物だった。

 もっとも、大きな祭りであったとしても私はあまり興味がなかった。せっかくの休日なので、本当は家にいたかった。学校のような衆目に晒される環境では読めない本がたくさん溜まっているのだ。休日くらい読書がしたい。

 しかし、インドア派の私を許さない存在もいるわけで。


『あんた、町民祭に行ってきなさい』

『なんで?』

『最近は休みの日でも一歩も外に出ないで……少しは外出して人と外の世界を見た方が良いわよ。お母さんはあんたの行く末が心配だ』

『行く末ねぇ。骨壺に入るよりは海洋散骨が良いかなぁ』

『1500円やる。祭りでなんか買って食べなさい。使い切るまで帰ってこないこと』

『はぁ~?』

『お金残して帰ってきたら、残金×一時間で働いてもらうからね』

『横暴』


 カスみたいな親子のやり取りがあって、私は町民祭に送り出されたのだった。鞄の中の財布が異質な重量を伴っているように感じる。現金とポイントカードくらいしか入っていないというのに。

 1500円かぁ。屋台の食事ってだいたい一商品につき500円くらいだろうか。とすると私は三品も食べなくてはならないことになる。私は胃が小さいのだ。そんなに食べられるだろうか。

 しかし二品で帰ったとすると、残金は500円だ。つまり私の労働時間は五百時間となる。二十四時間働いたとしても二十日間かかる。おしまいだ。

 何を食べるか考えなければならないが、そもそもお腹が減っていない。私は公民館の人気の無いフロアを選んでうろついた。歩きながら胃の中身を減らしていきたかった。公民館の二階では祭りは開催されておらず、静かだった。町民から寄贈された本が積まれた本棚があり、私は自然とそこに吸い寄せられる。背表紙から興味を持った本を抜き出し、近くにあったソファに腰掛けた。もう腹を空かせるという計算はどこかに消えてしまった。

手に取ったのは絵本だ。高校生にもなると絵本を読む機会などそうそうないものだ。

 貝の主人公が海を冒険する話だった。

 ふと、人通りのないフロアの遠くから何者かの足音が聞こえてきた。絵本を読み終わった私はその気配に神経を少し向けた。歩調が速い。足音が強い。男性か。焦っているのだろうか。少なくとも落ち着いた心持ではないかもしれない。

 向こうから足早にやってきたのはスーツ姿の男性だった。黒い肩掛け鞄を背負っている。私の方をチラと見たが、大して気にも留めずに歩き去ってしまう。私は男性の顔に見覚えがあり、誰だったかと悩んだ。

 足音が一度聞こえなくなって、フロアの端からまた男性が戻ってくる。そのとき丁度、私はその人が誰だったかを思い出した。

 絵本を本棚にしまって立ち上がる。こちらに気がついた男性が足を止めた。

「なんか探し物ですか? 野上のがみさん」

 私は野上に歩み寄った。

「あぁいや、大したものじゃないんだけどね……っていうか、誰だ君は」

 公民館をうろついていたのは野上という男だ。確か四十代くらいで、職業は町議会議員である。選挙のときに何度も見かけたしテレビ出演もあったので、顔を覚えていた。

穂向ほむき高の一年生です。神使かみつかっていいます」

 私は野上の、口の開いた鞄をチラっと見た。

「何を失くされたんですか? 探すの、手伝いましょうか」

「いや、良いよ。一人でなんとかするから。お祭り、楽しんでね」

 選挙スマイルを浮かべた野上はそれだけ言うと、足早に立ち去ってしまった。私はまた本棚の傍に一人になる。

 野上は困っていたようだ。

 困っている人がいるなら助けた方が良い。

 私は町民祭の本部へ向かうことにした。あそこには落とし物が届けられているはずである。

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