第18話 別離2 紫水晶の宝玉眼

  

怖いだろ?

俺もだ。 

 




  

キリスの過去。



  



わかりってる。






デコイじゃない。





皇国神殿に居ながらにして、

本物の生贄にされかけたんだ。

おぞましいが、

何かしらの恐ろしい代償を得るためだろう。



 




過去に、

皇国姫巫女がいなくなるなんて、

聞いたことはない。

運悪く見つかったんだ。


むしろ巫女になるほうが、

安全だと思って、

送り込んだ気がする。

 


とんだ見当外れだったわけだ。



宝玉瞳をもつ乙女。



たぶん遺伝だろうな。

シリウスのとこに現れるんだろう。


あいつの目も普通じゃない。

ブラックダイヤモンドか何かかもしれない。






シリウスが、

巨万の富を必要とした理由もそれだろう。

本人ならどうとでも切り抜けられるが、

人質をとられたらあっけないのは、

俺だって身を以て経験してる。


急いで助ける必要があったんだろう。

どれだけ強大な相手なんだ。

おぞましい。







俺はもう、

 





今すぐ、転生を選択するべきだと思った。






俺は、

物を知らなすぎる。 

勉強はしている、

知識も入る。


だが、時間がかかりすぎる。

はっきりとわかるんだ。


◆◆◆



だめだ。この身体じゃ追いつかない。



◆◆◆



キリスの、

居所が知られてしまうかもしれない。


シリウスだって、

七十七か?

もう力も底を尽きるだろう。



今のカーアイ島には、

アトラスや、ポーラがいる。

金竜ビルや赤竜フタバ、

闇の竜ドーラやその夫のゴンゾーがいる。

邸宅には、

ミルダの両親がいる。

老巫女さんに、エルザもだ。


ここまでの、

高条件が、

この先整うだろうか?



再び彼女が、

狙われたとしたら?



俺が、

ぶちのめすしかないだろう。



生まれてまだ、

たった七年、いや八年。



島にやってきた、

レンやサヤナ、

ナギサやチワ、

彼らの吸収力を見ていたら、



とても敵わない。

恐ろしくなった。


だって、

彼らはまだやってきて、

二泊三日も経っていないんだ。


それなのに、

あっという間に、

呪いの恐ろしさを知り、

ササッカーのルールを見抜き、

呪詛を本能的に感じ取り、

積極的にお道化を仕掛けそれを解呪し、

ローブだって仲間にかけてみせるのだ。


すごいよな。

すごいよ。


だから、

俺は、

またここを抜け出して、

入江の洞窟でアトラスを呼んだんだ。


魔法封書も送った。

指笛も吹いた。









文様壊しのド厄災。

背負える男。

親友にぶちまけたんだ。




話せる範囲で、

経緯(あれやこれや)をだ。

まあ、もう気づいてたよ。


さすがだよな。

シリウスに出された、俺の転生の話もした。





そして、

情けない本音だってぶちまけた。



あああああーーーー、

嫌だーーー。



彼女は二十二歳だ。



俺が成長するまで、

他の男に取られるとか、




本当に、本当に嫌だあああーーー。 


 







と。




そしたら、



あいつは、








キョトーーーーーンとして、





肩をぽんぽんして、

カバンの中から、

年齢設定のグミをよこしてきた。 


転生経験者なら上限は二十四歳まで。

効果は二泊三日だ。



 

…。

すごく嫌な気分にもなったが、




そうして、迷いはふっきれたのだ。





ただし、

コイツは、

めちゃくちゃ高価だ!!!


ノーザンクロスのバイト代を、

カジノにぶちこんで、定期的に金策に行くことにした。



不正(チート)じゃない、

勝負(ギャンブル)だ!!




そもそも、

アトラスだって、

さっさと人化の呪いを手に入れたいのだ。

自分の分を先行して、

ポーラに使ってしまったからな。

俺は、その手助けをする。

間違ってない、はずだ。


そして、

俺は底抜けのお道化だ。


またおかしなことをしないか、

ポーラのためにならないことは、

止めてほしいと頼んだ。


キリスはわからないが、

ポーラはこいつの、特別な存在のはずだ。



そしたら。



シマシマエナガンみたいな顔をされた。

腹立つ!!



久し振りにガッツリ噛みついてやったぞ!

血がピューピューした。

嘲笑(ざまあみろ)だ!!


これも、

シリウス劇場だろうか?

ぞっとするが、

考えるのはやめだ。




 



俺は改めて両手を見た。


◆◆◆

 

さらば、

俺(シオン)の身体。


◆◆◆


裁縫は、

一から練習しなきゃなあ。


「殴りたいなら、

今のうちに殴っておくか?」


「ふん。」

アトラスはノールックで、鼻で笑った。

精悍な横顔。

今日は人型なんだ。

懐かしくないはずがなかった。


俺は、

こんなときでも、

文様のことを考えてる。


お前は、

紫陽花と金星。

明星だ。


彗星の俺は、

憎かったのか、

憐れんだのか。


お前が女だったら、

なんかいろいろ違ったかもな。


穏やかな海。

オリオリポンポスの山は、

穏やかにその細い煙を、潮風に靡かせている。


燃やさなきゃいけないものは、

入り江で燃やした。



感謝の気持で、

神殿のスパには入ってきた。

一番風呂だぜ。ふふ。



一、風呂に入れ、歯を磨け。

大事なことだ。


そして、

幽閉室じみた、

プライベートルームへ戻った。




彼女(キリス)を起こそうか?

すごく悩んだけど。









やめておいた。









さようなら。

眠る彼女の耳元へ伝えて、俺のローブをかけた。









フッと息を吹きかけると、

赤黒い炎がブワッと広がった。

呪いと呪詛の、

古いものと新しいものと、

持てる宝玉すべてを使って、作り変えた、

君のための赤いローブだ。








紅玉の瞳を晒した意味。

それは、仲間のために戦う君の決意だ。


ドラゴンゾンビ狩りの紅い巫女(シスター)


俺は、

再び君の鍵束に加わる日を、

身震いするほど願っている。











そして、

俺はシリウスに魔法封書を飛ばし、

シリウスやつは来た。



だろうな。

すべて手配済み。


そして俺は、

またたくまに、

過去に巡った、

すべての文様との結びつきを用意された、

白いメタモルフォーゼの回廊を、

くぐったのだった。


 



― 




    


そして。





魔法封書が島中を飛び交った。




竜医院どころか、

島中どころか、

よその回廊からやってきたキッズまで巻き込んで、


卵から孵った俺。

やっぱり目立ちたがりなんだろうな!


 



結局、丘の邸宅へ来たんだ。

竜預かり所だ。

シッターさんや、サンバトラー三兄弟たちが、

あちこちを急いで組み替えて、

俺とキリスが、

並んで寝られるようにしてくれていた。 

もちろん、アトラスやポーラも来た。


そして、

目覚めたキリスと、バチッと目があった。

翌朝だ。




 

ただいま、だ。





俺は、枕元においておいた、

2つのカップのうち、

個性的な似顔絵の書いてある方の、

1つの豆茶に、鼻を突っ込んだ。 

冷めてるつもりだったが、

熱々になってて、

俺はひっくりかえった。



みんなが、どっと笑った。

  


そして、

俺は今、

銀ピカ頭の、

ドラゴンゾンビ(人型)として、

ぬくぬくと彼女の膝にいる。


まあ、

可能性はあると思っていたんだ。



俺が、最も強く結びついたのは、

キリスなんだ。





俺が宝玉瞳を引いた。 

アメジストだ。



恩寵に、竜撃無効化に、宝石眼。 

やばすぎるだろ。

盛りだくさんの身体だ。 





しかも、

文様を壊したことがないせいだろうか??

記憶だってほぼ引き継いだ、と思う。 

苦労はするが、

意外と動けるもんだ。 


あと半年もすれば、

グミくらい食えるだろう。


今は、

頼むから巨悪なんて来るなよ?!

と思いながら。


彼女に永遠の忠誠を誓い、


数々の【恩寵】と、

文様を引き継ぎ、


すらすらと読めるようになった本を読み、

美しい彼女の元で、

竜医になる日を志すのだ。




◆◆◆


便利な身分だ。



早晩、

シリウスの下、

白い風船の諜報活動にも、

参加することになるだろう。




ほらな。




大きくなった南十字星のポスト。

真っ黒な封書に白い魔法封緘。

シリウスの文様だった。

おぞましい。



捨ててしまおうかと思ったが、 

抱っこしていたキリスが先に開けてしまった。


やめろー!

俺のわずかな、

スローライフがっ!!



 

二人で覗き込んだ封書。


それは、

回廊の向こう側での、

おむつのCM出演依頼だった。


あいつ意外と、子煩悩なのか。

親ばか?




二泊三日の島旅行。

ラストは、

皇国神殿のスパで遊んでいってもらったのだ。


ポーラの楽しそうな声が聞こえる。

輪になって、

背中を洗ってるんだろう。


お風呂でお背中流しっこ♪

ふかふかふとんでにらめっこ♪


あいつの、

仲直りの歌だ。

   


あれ?!

竜が一匹、、、多いよな?!


明らかに、

見慣れない赤い竜がしれっと混じっていた。

子どもたちはすぐに見抜いた。


盗まれた呪い紙を取り返し、

名前を確認させ、

トンボのブローチ跡の有無を確認し、

それがないことを知ると、

速やかにサンバード兄弟へと届け出たのだ。

森の皇国神殿の売店の兄貴分と太っちょ、

巫女さんにも伝えてほしいと申し送りまでしていた。


いやあ、

頼もしい。


俺は、

神殿の休憩室で、

キリスに抱っこされながら、

そんな風景を眺めていた。


トランクに荷物をまとめ、

まもなく、

回廊に帰る彼ら。

レンと、エルザは固い握手をした。

みんなお土産のシャツやドレスだった。


サンバードたちの竜車に乗って、

レンは何度も何度も、

窓から身を乗り出して、

エルザとの別れを惜しんだ。

エルザは例の大きな帽子をかぶったまま、

空の回廊に帰る彼らを、

長く見つめていた。



みんなの背中は、

それぞれ一回り大きく、眩しく輝いていた。


さようなら。

また来いよ。




ありがとう。





俺は、

やっぱり、

彼女の瞳を見られないでいる。

最初の契約のときだけだ。



 


泣いていても、

笑っていても、

どちらでも、

彼女の僅かな手の震えは、

変わらないのを知っている。


今は、

この爪が食い込まないように、

強くしがみつくだけだ。


俺は無力だ。


だが、

すぐに追いつく。





君の瞳を、

まっすぐ見据えられる、

俺になるのだ。






空は晴れ、

新芽を大きく伸ばした森の木々は、

美しく強く、その香りをあたり一面に漂わせていた。




(終)




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