第6話 呪(まじな)い

俺は途中から参加だったけど、

お楽しみ会は、すっごく楽しかったんだ。


俺はオーダーメードの自分用の衣装で、

テンションが上りすぎたのかもしれないな。

鞄(トランク)には、

パジャマまで、ついてたんんだぜ。


それは、

みんなも同じだったと思う。

男も女の子も、

あとで、おしゃべりしたいなあ、

って、きっと、

どきどきした。


それでさ、

教室みたいな大きな部屋で、

絵本を読んでくれるっていうから、

俺たち、

みんなで聞いてたんだよ。


巫女さんが読んでくれた。

犬の本だった。


買ってた犬がさ。

天国からやってくる本なんだ。


ご、ごめ!!


俺は焦った。

ぽろぽろ涙が出てしまった。

ちょっと、

昔を思い出したんだ。

みんなが心配してくれた。


「うちも、

犬飼ってたからさ、

おれっ、

ココが、

ココがさあっ!

学校で、

嫌なことがあってさ、」


「酷いこと、

言ってさ

八つ当たりしてさ、

関係ないのに、」


「いつもと、

ぜんぜん違う時間に、

家を飛び出したんだ、」


「そしたら、

家を、車が、

飛び出した俺を、

かばったココは、、、」



…。 


涙が、

止まらなくなってしまった。




ごめんね、と巫女さんは悲しそうだった。

でも、

何も言わずに、

俺に奥の部屋を、貸してくれたんだ。

みんなもだ。そっとしてくれた。


ありがたかった。

俺だってさ。

こんな顔、みんなに見せたくないもの。


部屋を出て、

少し離れてさ。

扉の向こうから、

みんなのパーティの楽しげな声が戻ってきて、

心底ほっとしたよ。


◆ 



そしたら、

紫音さんが、

俺のところに来たんだ。


扉をあけて、

ソファで泣く、

俺の目をじーっと見て、



彼の濃紫の瞳の中の、

プラチナの箔が、

燃えるように輝いたんだ。



伏せる睫毛。



その先の、

彼の左手から、

砂粒のような、

キラキラしたものが。



俺に差し出された。


 


えっ。




そこには、




俺の、

全く知らない景色があった。

キラキラした砂粒は、

映像に変わったんだ。


俺の手が、

まだ赤ん坊の頃?

小さな小さな、

両手の五本の指の隙間から、

ココの背中が見えていた。


ココ、

まだ若いんだ。

小さかった。


得意げに、

俺の隣を陣取って、

居間の両親(おや)に笑われていた。

しっぽをぶんぶんとふっていた。

両親だってとびきり若かった。


それから、

俺に近づいて、

俺の鼻を舐めに来たんだ。

あいつのお気に入り。

バナナのぬいぐるみ。


咥えてきたんだ。

なんでバナナなんだろうな?

へえー、そんなに、

きれいな黄色だったんだ!?

ずたずたの、それ。


俺にだけは、

貸してくれるんだ。

汚いんだよ。要らないんだよなあ。

はは。


ココは、俺を見る。

俺も、ココを見る。

バチッ、と来たんだ。

はっとした。


ココがこれを、

貸してくれたのは、


いつも、

俺が、

泣いているときだった。

…。


それから、

紫音さんは、青白い左手をぶわっと、

空へ向けたんだ。


すると、

天球の中いっぱいに、


俺の、

覚えていることも、

そうでないことも、


音や、

風や、

香りまでもが、


砂粒の光とともに、

次第に鮮やかになって、

まるで、

世界の全部が、

それになったみたいに、

映し出されたんだ!!


芝生をかけるときも、

海を走るときも、

その後、疲れてリビングの床に、

タオルを敷いて、ぐうぐう寝てるときも!!


おれんちの窓も、

車の窓も、

玄関のドアもあった。

古いのも、新しいのもあった。


紫音さんの姿はない。

俺のソファも、ない。


俺の存在すら、

輪郭線が薄くなって。


見渡す限り、

天球いっぱいに、

たくさんの光景が映し出されたんだ!!



そして、

ばんっと、

光が細くあちこちへ散って、

部屋いーっぱいに広がったあとに、

ぱらぱらと消えていって。

紫音さんは、片膝をついていた。


俺の左手には、

あのバナナのぬいぐるみが、

来てたんだ…。


ぬいぐるみは、

ココの匂いがして。


まだ、

あたたかかった。



紫音さんは、

片膝をついたまま、

こちらを見て、

がうがうーと、言った。


??


よくわからなかった。


回廊の向こうから、

これを持ってきた、

ということだろうか??


口には出てないが、

俺の顔に出てたのだろう。

にこっとして、

こくこくと頷いた。


そして、

ひざまづいて、

俺の両手をぎゅっと握って、

下を向き、

それを胸に当てた。

祈ってくれているようだった。

長い睫毛…。

顎の先から汗がぽたぽたと垂れていた。


…、

…、


それから、

ぬいぐるみは、





―音もなく消えてしまった。






彼は立ち上がって、

はるか上空を見ていたから、

元の回廊に、

戻した、

という意味だろうか?


後ろに、

よろよろっとしたあとに、

立ち上がろうとする俺を、

片手で制して、

部屋を出ていった。

ぱたん。


扉の閉まる音がした。




テーブルの上には、

あったかい、バナナミルク。


ああ、

そっかあ。



おれ、

これが好きだったんだよ。

ほんとにほんとに、小さい頃だ。



隣に白い風船のクッキーが、

置いてあった。

彼がくれたのだろう。



―ぬいぐるみは消えてしまった。



でも、

俺の手のひらには、

ココの、

炎のような、

燃えるような煌めきの砂粒が、

灼けつくように、

残っていた。



ひりひりして、

痛い。


その痛みが、

嬉しい。


だから、

俺は、

手のひらをぎゅうっと握った。


強く、

強く。






ココ。






またな。






俺は、




俺自身の、

身体に残る、

灼けるような砂粒を、

ぎゅっうっと強く、

抱きしめた。



扉の前では、

アトラスがいた。

すごく動揺して見えた。

例の、への字口だ。何故泣きそうなんだ。


「いいか。

呪いだ。ずっと頑張ってきたのはお前たちだ。」

震える声で、俺と目を合わさず、

きっぱりと言った。

精悍な横顔。


「ごめんなさい。

紫音は、あなたに元気を出してもらいたかったの。」

しょんぼりして、ポーラも言った。


それで、

はっとした。


彼らの、

恐れていたものが、

まざまざと見えて震えた。









 
















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