第10話
彼女のスマホを持って勢いよく飛び出てきたのはいいが彼女がどこに行ったのか、どこの道を曲がったのかが全くわからない。(無能)
そこまで遠くへはいけないことはわかっているけど、そもそも右か左かもわからない。
「すみません、なんか女子高生とか見なかったですか?」
「女子高生? ごめんなさい見てないですね」
聞き込みを行っても的を得ない返事ばかりで、少し暗くなったこの歓楽街では違う心配さえも出てくる。ライブ会場の周辺は多くの飲み屋やクラブ、バーなどが点々と並んでおり、言い方が悪くなるとガラの悪い人たちだって多くいる。
そんなところに女子高生が一人で、というのは僕が過保護なだけじゃなく危険なことだとわかる。
「どこに行ったんだ っ?!」
「ああ?」
視線を右往左往していたせいで目の前の人影をしっかり認識できずにぶつかってしまった。見れば先ほど危険視したガラの悪そうな人で、その顔を見ればいくらかカツアゲでもできるんじゃないかというほど強面だった。
「あああああ、すみません!」
すぐに頭を下げた。心配していることを自分で起こしてしまうことになるとは。
早く行かなければ。そう思っていたのにがっと肩を掴まれてしまった。
「まあ待てよ」
「え?」
まずい。僕は覚悟を決めて歯を食いしばったが、すぐに杞憂であると知る。
「あんた、さっき女子高生かなんかって言ってなかったか?」
「は、はい?」
一瞬呆気に取られたが、女子高生と言う単語にすぐに反応し頷いた。
「さっきあそこの路地に変な男と入っていくの見たぞ。風俗か薬の取引かなんかと思ったけど……」
「すみません、ありがとうございます!」
「お、おう。気いつけてな」
人は見かけによらないことを知った。
そんなことより知らない男と路地に入った? 路地と言う単語だけでも物騒なのにそれも男と入ったとなれば……
居場所はわかったが思っていたよりも最悪な事態に巻き込まれていそうな彼女に平常心すら失いそうだった。
起こりうる最悪な未来をを頭で振りほどくように無我夢中に走った。
急がないと、本当に彼女が危ない。
※※※
微かに声が出た。
本当に人が危険を感じた時、どんな思考もプライドも関係なくなりふり構わなくなるんだろう。今の私はそうだった。
この男に乱暴される。もしかしたら殺されるかもしれない。そんな危機感が今ままで出したこともない絶叫を引き起こす。
「うるせーんだよ!」
鈍い音と共に頬に衝撃と痛みが走った。いつも慣れているその痛みは、恐怖心からか本物の腕力だからかより痛く、強かった。
倒れこむ私を男は無理やり起こした。
「助けてぇぇぇーー!」
今までにないくらいに叫んだつもりなのに、この暗い路地裏からでは誰も助けには来ない。自業自得だとわかっていても怖いものは怖い。
どうしてこんな理不尽なことが私に降りかかるんだろう。
どうして私ばっかり……
誰も助けてくれない。誰も私の声を聞いてくれない。誰も私なんか見てくれないんだ。
ふっと記憶が蘇る。
愛理たんと最初に出会ったときのこと。
家にも学校にも居場所のなかった私は、毎日のように帰り道街をふらふらと歩いていた。それも夜遅くなる時間まで。仕方ない。家にも居場所がないんだから、こうして時間を潰している方が楽だと思っていたのだ。
そんな時、不意に声を掛けられた。
「こんにちわ」
キラキラと光る笑顔を見せるアイドルみたいな人だ、というのが最初の印象だった。こんな暗い夜道でもこの人一人いれば明るくなるような、星みたいな人だった。
「なんですか急に」
「ごめんね、一人で歩いてたから心配になって」
私は自分の服装を確認する。確かにこんな夜遅くに制服を着た女の子がネオン街を歩いていたら嫌でも目に付くだろう。もう少し身なりを考えた方がよさそうだ。
「結構です。では」
「ああ、待って待って」
「なんですか? 私に構わないでください」
握ってきた手を振りほどこうとしたけど、貧弱な私よりアイドルとして鍛えていた愛理たんの方が力が強く、ふりほどけなかった。
「まあまあ、こういうの見過ごせない性格なんだよね私。だから家まで送るよ」
「大丈夫です、着いてこないでください」
「まあまあ」
そんな強引な愛理たんを引き離すことはできずに、結局一緒に帰ることになった。
「どうして一人であんなとこいたの?」
「別に」
道中、愛理たんは色んな質問を私に投げかけてきたけど、基本はスルーするか、適当に答えていた。けど、この質問だけは真剣な目で、真剣な声で聞いてきた。適当な言葉では受け流せなかった。
「私は家にも、ううんこの場所に居場所がないから適当にふらついてた」
「どういうこと?」
「私にもわからない。でも、誰も私の話を聞いてくれないし、誰も見てくれない。クラスメイトも、先生も、ママとパパも」
「そんな……なんで?」
「そんなの私がわかるわけないじゃん。そうなってるんだから仕方ないでしょ」
クラスメイトにはいじめられ、先生はまともに取り扱ってくれない。両親はギャンブルとかで私の面倒は最低限しか見ない。というより私に興味がないようだった。
そんな私の身の上を普通じゃないと知ったのは最近で、もう慣れてしまった子の身体は誰に足しても何を求めることもなかった。求めても無駄だと知っていたから。
「そんなの悲しいよ。そんな生き方、悲しいよ」
「変に同情しないで。別に同情を誘って言ったわけじゃないし、そんな安っぽい哀れみを向けられるほうがうざい」
言い過ぎたかな。
でも、本音だった。可愛そう、って言葉がどれだけ私を卑屈にするか、惨めにするか。きっと良心で言ってくれていても、私には皮肉で言っているようにしか聞こえない。
それから気まずい沈黙が二人の空気を呑み込んでいった。
「お、お姉さんはなにしてるんですか?」
耐えきれなくなりつい口を開いた。
「あんな場所に一人でいるのもおかしいですよね」
「確かにね。まあ私は帰りなんだけど」
「何のですか?」
「当ててみて?」
だるい。しかも、なんだその笑顔は。さっきの暗い表情はどこえいった。
見事な表情の変化に不可解さを覚えながら、さっきから思っていたことをお姉さんに告げた。
「もしかして、地下アイドルとかですか?」
「へ?」
図星だったのだろう。絵にかいたように驚いた顔をしていた。まさか当てられるとは思ってなかったのだろう。
「なんでわかったの?」
「なんとなく。なんか、そんな感じがしたのと、今日ライブハウスが賑わってたので言ってみただけです」
眩しい笑顔とそれを操る表情管理。それはアイドル特有の胡散臭さがあって、あの辺りはライブハウスが多いことから地下アイドルがよく歩いてることも知っていた。
まあだからと言って本当にアイドルだとは思わなかった。
「そう、私アイドルやってるんだ」
「ふ~ん」
気になる。どうしてこんな可愛いのにメジャーではなく地下を選んだんだろう。
それに地下アイドルというには余りある華やかさと熱意がその瞳から感じた。
「私はさ、大きな舞台で歌うのが夢なの」
「地下でですか?」
「ううん。今は地下でやってるけど、いつかは本当に色んな人に注目されるようなアイドルになりたいの。キラキラ輝いていて、夜だって照らしてくれる星みたいな、そんなアイドルに、私はなりたい!」
素直にバカだなと思った。地下アイドルがそんな豪勢な目標を掲げていることにだ。でも、それは一瞬だった。バカなのは私だった。
真っすぐに私を見るその視線を見て思った。
あ、この人は本気だ。本気で夢を叶えようとしている。それだけじゃない、本当に実現するかもしれないという期待が、彼女から感じられた。
それが何なのかはわからない。彼女が持つ雰囲気なのか、熱意なのか、それとも単なる勘違いなのか。
でもそれはアイドルにとっては必要不可欠な要素で、彼女をアイドルたらしめるポテンシャルだった。
この人はアイドルになるために生まれてきたんだ。夢なんかじゃない、これは遠くない未来の話だ。きっと彼女は大きな舞台に立つ。なぜだかそう直感した。
「よかったら見に来てよ、退屈で暇なら私がそこから連れ出してあげる。誰も見てくれないなら私がレスを返すし、誰も声を聞いてくれないなら何でも聞いて受け止める。悩みも辛さも不条理も理不尽だって……喜びだって、全て分けて、私に話してよ」
綺麗ごとだ。何を言ってるんだこの人は。結局営業のためのセリフにしか聞こえない。全部お金のためで、私を良いカモだと思ってるんだろう。
なのに。
「絶対、後悔させないから!」
堂々としたその優しい笑顔は、とても慈愛と自身に満ち溢れていて、ぐっと握りこまれた手からは熱意が伝線したように私の心も温めてくれた。
この表情に嘘偽りはなく、胡散臭さもない。ただ純粋な、本物の笑顔。
なんだか、天使みたい。本気でそう思った。
そんな眩しい笑顔に照らされて私は……
「う、う、うっうわああああああああ~~!」
なぜだか大量に涙が溢れた。
静かに抱き寄せてくれる彼女に縋り付いて、涙を流した。
暖かくて、優しくて、包み込まれる心地よい感覚。今まで味わったことのない温もりで彼女は包んでくれた。
「頑張ったね」「偉いね」って、初対面の彼女に私は初めて感情を表したのだ。ずっとこんな時間が続いてほしい。ずっと彼女と一緒にいたい。
今思えばそれが私の初めての願いだったのかもしれない。
これが、走馬灯ってやつなのかな。
思えば私の人生は空っぽで無意味なものだったけど、それを意味のあるものに、灯りを灯してくれたのが愛理たんだ。
だから、最後に愛理たんを思い出せてよかった。愛理たんと出会えて本当によかった。
「西崎さん!」
意識が朦朧としてきた頃、聞こえてきたのは愛理たんの声ではない。
「なんだお前?!」
目の前にいた男は横から全速力で来た何かに飛ばされ私も解放される。
「西崎さん逃げて!」
それは今日話しかけてきた彼だった。
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