第9話
僕はそこまで目立つ人間ではないことは明らかだろう。
元来一人でいることが性に合っている性格で人と絡まず、絡まれても目を見て話すこともできないほどコミュニケーションが苦手だった。
それだけならまだよかったと思うのだが、その癖僕は人の目を気にする性格によって人に言葉を話すことが怖かった。これを言ったらどう思われるんだろうとか、変に話過ぎて悪口を言われたらどうしようとか、そんなありもしない妄想が肥大する結果。
「お前ってなんか話しにくいな」
「なんで何も言わないんだよ」
「人にばっか合わせんなよ」
なんてて至極真っ当に嫌われ、いじめと言うほどではないが自業自得に孤立していった。そしてそんなこともたまらなく寂しかった。
言葉を吐かないと嫌われることを学んだのに、その言葉を吐くことすら怖がってばかり。もう友達何てできやしないし、できたところで嫌われるのを怖がるくらいなら作らないほうがましだ。そう自分に言い聞かせて生きてきた。
そう思っていた矢先に修二に出会った。修二は誰とでも仲良くなるような自分とは間反対の人間で、最初は苦手な部類の人間だと思った。いきなり土足で上がり込むみたいにずけずけと話しかけてくる。何を話さなくても、少しきつい言葉を言っても、全てその明るさで呑み込んでくれるような、そしてそんな明るさで僕まで照らしてくれる存在になった。眩しくなく、暖かい光。それは母のようでもあって、次第に僕は修二とつるむようになり、今の仲になった。
修二を指さして、「ほら、あそこで踊ってるやつね」と指をさす。
「知ってる。あの人、この界隈じゃ結構有名だから」
「なんだ。知ってたんだ」
「そんあことより、今の話の中に愛理たんが出てきてないんだけど? その修二って人がいたからこの業界にはまったのはわかったけど、話しはそれだけ」
「あれ、僕は独り言って言ったんだけど」
そう不敵に笑って見せると少女は顔を真っ赤にして悔しそうな顔をした。
「じゃあ話しかけてくんな」
「うそだって」
じゃあ続きね、とまた話し始める。
そう修二との出会いは一度目の奇跡だ。今の僕があるのは紛れもなく修二のおかげ。しかし、そんな順調に見えた僕をどん底に落とす出来事があった。
それ母が亡くなったことだ。
小学生の頃に父と離婚しそれまで一人で僕を育ててくれた母。
しかし、少し前。しょうど愛理ちゃんと会う前に亡くなった。
それからはまた灰色の世界に戻ったみたいだった。何をしても楽しめない、何に対しても希望を持てない。
今まで暇つぶしのように書いていた小説は現実への逃げ道になり、またこの世界に対して悲観的になった。
修二からの誘いも何度も断ったし、慰めも突き放した。本当に今考えたら修二も失っていたかもって不思議じゃないくらいに。
そんな時、そこそこ精神も安定して修二とも上手く話せるまでに戻ってきたときに誘われたんだ。ライブに。
そこで彼女と出会ったんだ。愛理ちゃんに。
衝撃だった。初めて一目惚れしたし、初めて人を好きになったと思う。
好き、という単語に少女がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
でも構わず続けた。
恋愛感情がないと言えば嘘になるかも。でも、僕が好きなのはその瞳なんだ。
真っすぐに夢を追うその真剣な眼差しに心を打たれた。
同い年くらいなのに、僕よりも小さいのに、僕よりも難しい道で頑張ってるのに、とても芯のある強い瞳に僕は吸い込まれ、気づけば彼女のファンになっていたんだ。
今の僕があるのは、大げさでもなく彼女のおかげだ。
小説家になりたいって夢をもてたのも、こうして充実した楽しい人生を送れているのも、そしてもう一度世界に彩をくれたのも、彼女のおかげなんだ。
「だから僕は彼女を推すことを辞めないし、ずっとファンでいたいと思ってる。君がどれだけ僕を嫌っても、批判しても絶対にライブに行くし彼女とチェキをとる。それが彼女に対する最大の恩返しで、僕の人生だから」
彼女は何も言わずに僕を見ていた。
間もなくライブが終わって、それぞれ終わりの挨拶を行っていた。もちろん愛理ちゃんも。今日のライブは良く楽しめなかったけど、それでもこの少女と話すことはきっと価値のあるものだと直感的に思った。
「でも、もし不満があるなら言ってほしい。可能な限り応えるし、ファンでの争いは愛理ちゃんのためにもしたくないし、同じ愛理ちゃんのファンとして僕は君と仲良くしたいんだ」
すでに口の中が渇くほど話した。こんなに熱弁できたのはきっと愛理ちゃんが好きだからだという理由だけじゃない。
あとで、ドリンク貰わないと。
少女は僕のハンカチを返してくれる。
「あなたが愛理たんを真剣に推してるのはわかったし、純粋に誠実な対応をしていることも知ってる」
「だったら」
「でも同情心で声を掛けたのならやめて! そんな同情いらない!」
少女はそう叫ぶと走って出ていった。なりふり構わないようにスマホも落として。
周囲は少しざわついていたが特に関心を持つものは幸いいなかった。
修二だけが僕のところに来る。
「どうした?」
「ごめん。ちょっと、女の子泣かせちゃって」
「わざとか?」
「違う。僕はちゃんと話そうと思って」
「なら大丈夫だろう。お前の言葉ならきっと届いてる。心配すんな」
「そうかな……」
修二は僕の財布を取ってきた。
「ちょっと何してんだよ」
「そんな心配なら行ってこい! 愛理ちゃんのチェキなら俺が撮っといてやる。単品なのは我慢しろよ」
「修二」
「何枚?」
「今日は5枚で!」
「おっけー! 行ってこい!」
僕はすぐに飛び出してく。少し時間が経ったし足に自信はない。でも、きっと近くにはいるはずだ。
少女の悩みが何かはわからないし、安易な同情をかけることもない。
僕はただ、少女と友達になりたいと純粋に思ってしまった。
※※※
そんなこと知っていた。愛理たんを真剣に推していることも、誠実にアイドルに向き合っていることも。
だって、私もあの場で、プライベートの愛理たんに声を掛けようとしていたから。
あの時に言われた言葉に衝撃を受けたし、自分を醜く思った。
私はアイドルとしての愛理たんを推しているはずだったのに、愛理たんのことを考えていたつもりだったのに、いつしかその感情が自分本位のものになってしまっていた。
だから大嫌いだった。
あの人を見ていると自分が惨めに思えてくる。自分が一番のファンだという気持ちが揺れ動いてしまう。
それに自分が一番不幸で頑張っているという気持ちも、今日のあの人の話を聞いて私が同情してしまった。
私はどうすればいいの? どうやったら報われるの? 今まで私は何のために生きてきたの?
答えなんか決まっているのに今なお不幸面する自分が許せないし、もうそんな自分を変えられないとすら思っている。
あの人に、いや今までつらく当たった人に謝りたい。
もっと愛理たんについて語りたい。
愛理たんを色んな人に知ってもらいたい。
もっと人とちゃんと接するようになりたい……
自分に正直に生きたい!
でも過去が引きずって素直になれない。今まで自分のしたことが間違っていたとしても否定できない。
苦しい……
誰か、助けてほしい。
「痛い」
前も見ずに走っていたせいで誰かと肩をぶつけてしまう。
「あ?!」
見るからに怖そうなその男の人は私の存在を確認するとすごく不機嫌になった。
逃げなきゃ、そう思ったときにはもう遅かった。
男は大きな腕で握りつぶすように私の腕を掴んだ。
「機嫌悪いときにぶつかってくんなよ、なあ? ちゃんと前向いて歩けよ」
振りほどこうとしても私の力じゃどうにもできない。
「誰か助け」
声を出そうとしたら男が私の口を起きな手で押さえた。
「今大声出したらまじで殺す」
そのまま男は私を引きずって狭い路地裏に連れ込んでいく。
スマホで通報しようとしたけど、どうしてかスマホがポケットに入っていない。走ってくるとき落としてしまったのか。
そのまま誰に干渉されることなく、私は路地裏に連れていかれた。
誰も助けてくれない。そんなのわかってるし、いつものことだ。
それに私が誰かに助けを求めるなんてできない。全て自業自得で、自ら招いた種だった。
でも、
「怖い……」
恐怖がせり上がってくる。体が凍ったように動かない。呼吸も苦しい。
「誰か……助けて」
無意識に出たか細い声は、一体誰に届くのだろうか。
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