第7話
会場に着くといつもの顔ぶれがそこには集まっていた。
アイドルといってもやはり地下アイドルというものはそこまで多くの人を呼び寄せることもない。僕のような友達に誘われた新規はたまに来ることはあっても、ほとんどがずっと推している根強いファンか地下アイドル好きなオタクの人たち。
だから、何度もライブに足を運ぶとそれなりに見知った顔の人が増えていく。まあ声を掛けることも掛けられることはないんだけど。
修二は別として。
「おお修二」
「久しぶり! 何でこないだのライブ来なかったんだよ」
修二は昔から推していることと見た目が人より目立つこともあって、地下アイドルのライブでは顔見知りが多い。それにあいつのコミュ力が合わさるとあいつを中心にどんどんと人が集まっていく。
僕と言えばそんな修二から少し離れたところで「今日もかー」と一人缶コーヒーを嗜むしかやることがなかった。さすがに陰キャが過ぎるぞ僕。
とそこで一人と目が合う。彼女と、いや彼女と言うには幼すぎるか、少女だな。
少女は高校生か中学生なのか、中間のような容姿をしていた。なによりこんなイベントには見慣れない制服を着ていて、学生だということは一目瞭然だった。
しかし、その顔の幼さでは中学生か高校生かの判別もつかない。それほど少女は幼かった。
「こんな子いたっけ?」
僕が周りを見ていないだけだろうか。それにしても制服を着た女の子がいればすぐに目立つものだろう。もちろん制服の露出を避けるために上からパーカーを羽織ってはいるが、そのチェック柄のスカートと胸元の大きなリボンはやはり目立つ。
少女は見たところ一人で、無心にスマホをいじっていた。
なんだろうこの結びつきのようなものは。スタンド使いが惹かれ合うように、僕と彼女も一人どうし惹かれ合ったんだろうか。いや、僕と彼女を一括りにするのは少し烏滸がましいか。もしかしたら彼女は一人ではないかもしれないし。
あまり見て警察を呼ばれても困るのでまた修二へと視線を移した。
「ねえ」
隣から声がして向くと彼女が僕の隣まで来ていた。
ぞっとした。
近くで見る顔は遠くで見るよりも幼かった。がそんなことはどうでもよかった。
彼女の顔や首筋には明らかに肌色とは違う色が混じっていた。痣や傷のような、痛々しい様子が想像できた。アトピーとか、肌荒れの影響なのか、それにしては他のところが綺麗すぎる。だったら何があったらこんなところに痣が。
「ねえ、あなた愛理のファンだよね」
そんあ痣に吸い込まれる意識を取り戻した僕はすぐに微笑んで「うん」と頷いた。
「君も愛理ちゃん好きなの?」
愛理ちゃんという言葉に安堵したのも束の間、少女の口からは予想外の言葉が出てきた。
「キッモ、お前みたいなのが愛理たんに近づくなよ」
「え?」
「それから見てくんなよ変態」
およそ目の前の少女から出ているとは思えないようなドスの効いた冷徹な声で彼女は確かにそう発した。
何がなんだかわからない僕を置いて、ゆっくりと彼女は僕に近づき、汚物でも見るかのような目で再度。
「じゃあね、変態なお兄さん。せいぜい勘違いしないように」
そしてそのまま通り過ぎていった。
一瞬のことで何も言い返せないどころか思考すらままならない。そんな言葉を初対面の人に向けられるとは思っていなかったし、なによりあの少女から出た言葉だということが今でも信じられない。
同時に僕は微かな既視感を感じていた。
『愛理たん』
それはつい先ほど修二が見せてきた投稿と同じ呼び方だった。
「もしかして、彼女が……」
後ろを振り返るとすでに会場への入場が始まっており、少女の存在もどこにも見当たらなかった。
※※※
今日もようやく解放の鐘が鳴った。担任教師の挨拶が終わった瞬間いの一番に教室を飛び出すはずだった、のに。
「瑠璃~、ちょっときて」
最悪だ。ライブ前には時間はある。けど、早く行けばプライベートな愛理たんを見れるかもしれない。だから急ぎたいのに。
仕方ない。今日も我慢しよう。
私はまた声のする方へと足を向けた。
相変わらず八つ当たりのような罵詈雑言と暴行の嵐だった。学校を出ることになったのは呼ばれてから30分ほど経とうかというところだった。すっかり陽も傾きかけ、夕焼けが痣に染みるようだった。
こんな姿、あんまり人に見せたくない。特に愛理たんには。
私は用意していたパーカーを着てフードを深くかぶる。大丈夫、きっと今日も愛理たんが忘れさせてくれる。この痛みも、辛さも、不幸さも。全部。彼女が笑って踊ってるだけで全部どうでもいい。
「西崎さん!」
いきなり名前を呼ばれてびっくりした。振り返ると一人の男子が立っていた。
男の子とは思えないようなか細く透き通るような声で、髪が長くて前がよく見えているのかもわからない。
確か私と同じクラスだった気がするが、名前は憶えていない。
「なに? 私忙しいんだけど」
早く解放してほしい、何か私に不満でも持ってるんだろうか。だとしたらさっさとしてほしい。別に殴るでも詰るでも、とにかくはやくライブに行きたい。
「ごめん。その、西崎さん困ってないかなって思って」
「はあ?」
「ほら、安藤とかに呼ばれてるでしょ、それで何かされてるのかなって思って。何かできることがあれば言ってね」
「うざ」
無意識にそう言葉が出た。
彼はまさか自分が言われてるとは思わなかったんだろう、驚いたように「え?」とだけ漏らした。
「勝手に同情して味方面してくんなよ! あんたにできることなんかどうせ何もないでしょ? それとも私の代わりに殴られてくれるの? 私の不幸を全部受け止めれるの? そんな責任もないくせに正義感で気持ちよくなるなよ!」
そう吐き捨てて私は駅へと走った。彼が最後どんな顔で聞いていたかは見れていない。ただ単純に腹が立つ。自分は安全圏にいる癖に可哀そうだねって憐れまれてるようでどんどん自分が惨めに思えてくる。
きっと彼はそんなつもりで言ったわけではないんだろうけど、それなら放っておいてほしい。もうっとくに手遅れで、私はこの日常に慣れてしまったのだから今更希望を見出さないでほしい、光を私に与えないでほしい。私には愛理たんがいれば全部、大丈夫だから。
そんな人の優しさにさえ甘えられない、正直に接することができない自分に一番腹が立った。
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