第6話
『最近愛理たんと距離が近いヤツがいてムカつく』
『なんなのあいつ、陰キャみたいな顔してずっと並んでるし、金出せば付き合えるって勘違いしてるの?』
『ほんとにウザイ。愛理たんを昔から推してたのは私なのに……私だけの愛理たんなのに。本当に邪魔しないで欲しい』
※※※
「ふぅー………」
何とか四限のテストを受け終わり無意識に息が漏れた。それほど張り詰めてはいないものの、単位のかかるテストでは集中力を多分に使うため、一気に疲れが押し寄せてくる。それに今日は週末で、それまでの疲れも重なってか、その場で倒れ込んで寝てしまいたくなった。
事実隣でテストを受けていた修二は口と頭から煙が出ているような顔でショートしていた。
しかし返却が終わるとすぐに立ち直り。
「よっしゃー乗り切ったー!」
「いや全然無理だから」
あの様子じゃまともにテストも解けていないし、提出物はおろか出席日数だって危うい修二がもはやこの単位をとることなど天地がひっくり返ってもない状況だった。
というか留年間近で単位を落としたくせに平然としているメンタルが理解できない………いやできなくもないか。なぜなら待ちに待ったライブが今日行われるのだから。
それも今日は単独ではなく、他のアイドルとの対バンイベント。ライブのない無気力な僕は空腹なライオンのように飢えていた。
そして隣にも、と思ったのだがスマホを睨んだ修二はさっきまでの顔とはうってかわって苦虫でも噛んだような顔をしていた。
「どうしたんだよ浮かない顔して、今頃になって単位落としたこと後悔してんのか?」
「そんなんで俺が落ち込むかっての」
いや落ち込めよ、留年がかかってるんだぞ。
内心そう思いながら、修二の向けてきたスマホに目を通す。
「これ見てみろよ」
「なにこれ」
SNSのある投稿。そこに書かれているのは特定の人物への悪口であり、そんなものはSNSの中なら腐るほどある。だから問題はそこではなく投稿の下、ハッシュタグが表示されている欄にはっきりと、愛理たん、と書かれていた。
人違い、同名かとも思ったが、その人の投稿がはっきりと愛理ちゃんたちのグループを推していることから愛理ちゃんであることに間違いはなかった。
しかし別に愛理ちゃんの悪口や文句などは一切書かれていない。むしろその逆で、異常なまでに愛理ちゃんに対する執着や愛情が投稿から見てもわかった。
その投稿の相手は愛理ちゃんでは無い。となればここに書かれている標的は………
「これ、僕の事じゃないか?」
なんの躊躇いも、迷いもなく修二は当たり前のように首を縦に振った。
「お前しかいないな」
こんな言い方はしたくないが、こういうファンの人が一定数いるというのはやはりあるんだろうか。特に地下アイドルともなればその距離の近さや、推しやすさなどから度々やばいファンは確かに存在すると修二からは聞いていた。
でもその矛先を僕に向けられるなんて、思いもしなかった。
目立った行動も、過激な発言も、僕は一切愛理ちゃんに対してしていないはずで、できるだけ誠実に推そうと心に決めていた。
だからこの投稿には多少の怒りを覚えたが、逆に外から見る人によっては僕の行動が咎められるかもしれないというのも事実だった。
「まあこういうやつには関わらないことだな。別にお前は何もやってないし、少なからずこういうやつもいるから気にすんな」
「そうだね。一応気をつけとくよ」
と気丈に笑いかけてみたが心の内は不安でいっぱいでもあった。
僕が迷惑をかけられる分には大丈夫……だとは思うが、その愛が暴走して愛理ちゃんにも火の粉が降りかかる可能性だって否定出来なかった。
今日のライブ、何も無ければいいけど。
※※※
ただ時間が経つのを待っていた。
退屈で窮屈なこの世界で、彼女の投稿とライブだけが私の生きがいだった。
彼女さえいてくれれば何もいらない。
クラスメイトに罵られても、殴られても、誰も助けてくれなくても彼女のライブを見るだけで私は幸せに満ちる気分だった。
今日も今日とてその暴力の嵐に晒される学校で、放課後のチャイムをひたすらに待っていた。
待ちに待ったライブ。今日は何枚チェキを撮ろうか。何を話そうか。きっと今日の愛理たんも可愛い顔で私にその笑顔を向けてくれるだろう。
待ちきれない衝動は自然とSNSへと指を向かわせる。
見るのは愛理たんの投稿。
『今日もよろしくお願いします!』
そんな投稿と一緒に載せられた一枚の自撮り写真。
ああ、今日も愛理たんは変わらず可愛い。
「ん?」
『楽しみにしてます』
「こいつか……」
眼鏡をかけた冴えないヤツ。
最近になって愛理たんを推し出したくせに、馴れ馴れ馴れしいし、いちいち照れてるのが気に入らない。
もしかしたら付き合えるかも、と思ってるんだろうか。だとしたらもっとムカつく!
私の方が愛理たんを愛してるし、知らない奴が出しゃばるなよ、と思ったし書き込みたかった。
でも一応これは愛理たんの投稿で、私がそんなことを書いてしまったら愛理たんにまで迷惑がかかってしまう。これは自分の投稿にだけ留めておこう。
そう決めた時、遠くから声がした。
「瑠璃〜、ちょっと来て〜!」
嘲笑と悪意の入り交じったような悪魔の呼びかけ。一瞬で体が硬直しすぐにスマホを切る。
「ねぇ、早く!」
「うん」
はぁぁぁ………
私は否定することも、抵抗することも無くただ糸を巻かれるように彼女たちの方へと足を進めていく。
大丈夫。今日は愛理たんのライブがあるし、別に痛みになら慣れたはず。
そんな嵐に足は赴くままだった。
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