第5話

「はぁぁ……」


 講義も中盤に差し掛かった頃、そんな講義をよそにまたしても行き詰まる物語に辟易していた。

 窓の外は僕の心を写したような曇り空で、窓についた水滴が状況の悪化を表してるようだった。

 何か気持ちを切り替えようにも考えれば考えるほど悪い方向へと切り替わっていくようで意味もなくSNSを確認するという現代の暇つぶしを実行するも、あるのは変らない退屈だけだった。何度も見たしばらくないライブの予定表。僕は一体何で元気を出せばいいのか。

 修二も今日はサークルで飲み会があるらしく、この気持ちを引き上げてくれるのは自分しかいないようだった。


 仕方ない。学校が終わったら買い物にでも行こうか。一人で行くことに抵抗もない僕だ、多少の息抜きにはなるだろう。

 そうだ新しい本でも買おうか。本を見れば創造力つくし、何よりリラックスできる。

 そんなことを考えていると講義に集中できず、結局寝るという一番無駄な時間の使い方をしてしまった。



 講義が終わってすぐに大学を出た。こんな時の足取りは軽い。

 別にこのままの最寄りでもいいんだけど、せっかくなら普段行かないような場所に行きたかった。

 確かライブの最寄り駅は少し栄えていたし、本屋さんもあったはずだとその駅に向かうことにした。

 ライブがないのにこの駅に降りるのは新鮮な感じがして、うっかりすればライブ会場へ足を運びそうなほどだった。普段通いなれているよ思い込んでいたこの土地もライブがなければそんなこともなく、スマホを見ながら本屋さんを探した。

 なんとか本屋に到着し、いつものように適当に物色していく。普段読まないようなジャンルのコーナー、漫画、小説、ビジネス本と、様々な本を物色していく。読めれば何でもいい訳では無いが、どの本を読んでも楽しめることは確かだった。

 小説のコーナーにはでかでかと【新人賞】を取った小説が並べられており、大々的に宣伝されていた。

 その小説たちは僕に静かな火をつけるようでもある。いつか僕も………


 その時、ふとひとりの女性が目に入った。

 新人賞をとった小説を一つ一つ手に取っては、納得いかない様子で戻してばかり。

 綺麗で艶のある長髪を振りながら、たまにため息混じりに息を吐いていた。

 深く帽子を被っており、口元は大きなマスクをかけ顔は確認出来ない。


 本、好きなのかな?


 でも一冊もそこにある小説を手に取ることはなく違うコーナーへと歩いていった。

 そして偶然にも僕も興味のあったコーナーで彼女とまた出会ってしまう。一方的にだが。

 彼女は僕なんか気にも留めない集中した様子で、本を物色していたが、いいものがないのか、またため息混じりの息を吐いては違うコーナーへと向かっていく。

 なぜだかその様子が妙に歯痒かった。


「(このコーナーいっぱいいい小説があるのに、それを見ないなんて勿体ない)」


 これは本好きの面倒臭い性で、こういった人には是非僕の好きな小説をおすすめしたかった。

 普段なら決して話しかけたりしないだろう、でもどうしてか彼女には僕の好きな小説を読んで欲しいと思った。

 もしかしたらこれが俗に言う下心と言うやつかもしれないが、そんなことはどうでもいい。ただ目の前で好きな小説たちが読まれもせずに落胆されるのだけは心苦しかった。

 帰ろうとする彼女に、僕は一冊の小説を手に取って呼び止めた。


「あ、あのすみません! 本好きなんですか?」


 彼女は僕を見て一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐにコクリと頷いた。


「その、厚かましいんですけどよければこの本読んで見ないですか? もちろんお金は僕が払いますし、そのなんて言うか、すごく(こんなにいい作品があるのに)勿体ないです」


 言って気づく。

 しまった。作品の良さを伝えようとしたのに先走りすぎて大事な語句が抜けてしまった。

 本を読まないことに足して言った勿体ないという言葉を言ったつもりだが、彼女に対して勿体ないって捉えられてしまったらどうしよう。 

 彼女は何も言わなかった。もしかしたら怒ったのかもしれない。こんな見知らない男に急に呼び止められ、厚かましく語ってこられた挙句、自信を否定しかねない言葉を吐いたのだから当選だが、これで本を嫌いになってしまったら、僕は二つの意味で後悔しそうだった。

 すぐに取り繕う言葉を考えるも、中々出てこない。


「(やってしまった……柄にもなく出しゃばったせいで。とりあえず謝罪を)」

「あの、すみませ」

「くすっ」


マスク越しだが確かに彼女が笑った。マスクが微妙に揺れ動き、その隙間からも声が漏れてくる。

 そしてひとしきり笑い終えてから、とうとう彼女の口が動いた。マスク越しにだが。


「本、好きなんですね」


 透き通るその声は誰かを連想させた。


「え、えぇ、はい! 好きです」

「とっても伝わります。私もよく読むんですけど、私には難しくて。良かったらそのおすすめの本、貰ってもいいですか?」

「え? いやこれは僕が」

「大丈夫です。私が買いたいんです」


そう言って彼女は僕の本を受け取ってくれた。不意に見えたその瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、気のせいかどこか見たことがあった。

思わず見惚れてしまいそうで、すぐに会話を繋いだ。


「こ、この本、僕が小説家を目指すきっかけになった本で、とっても文章も綺麗で、登場人物達も個性があって、その、本当に面白いんです」

「楽しみにしてます。それと、なれるといいですね、小説家。いやきっとなれると思います」

「は、はい。ありがとうございます」

「私も頑張らなくちゃ」

「あなたも何か夢が?」

「内緒! 」


悪戯なウインクを残して彼女はレジの方へと歩いていく。なぜだかその後ろ姿が愛理ちゃんと重なるようだった。

きっと気のせいだろうが。

僕もまた違うコーナーへと本を探す旅に出た。



※※※



私はレジに向かって本を購入したあと、すぐに御手洗へと逃げ込んだ。

ドキドキとなる心臓と荒くなる呼吸に思わずマスクを外して息をした。

フィルターのない新鮮な空気が肺に送り込まれいくらか緊張も落ち着いていく。上がった体温も下がっていき、何とか冷静を取り戻す。


 びっくりした〜、まさかこんなところで晃くんに会うなんて。本当に油断していた。バレたかとも思ったが、それは杞憂で、ただ彼のおせっかいが働いていただけだった。

 それにしてもすごい熱量だった。本当に本を愛してるんだろうって、そんな瞳だった。私は思わずそんな彼の瞳に見惚れてしまった。好きなものを追いかけるその目は等しく輝いていて、私もそれに憧れてアイドルをしていたからだった。

 きっとそんな人が紹介する作品は本当に面白いんだろう。帰ってから読むのが楽しみになってきた。

 でも、私の中で一番はやっぱりドーナツさんで、最近は早くなった更新頻度でもすぐに読み終えてしまうせいで手持ち無沙汰なきもちになっていた。だからこの本屋に新しい出会いを探しに来たのだ。

 新しい本はどれも新鮮で面白いものばかりだけど、心にぐさっと刺さる作品には中々出会えなかった。

 ドーナツさん、一日何回も更新してくれないかな~。

 その前に、私ももっと頑張らないと。


 しかし、晃くんもやっぱり小説家を目指してるんだ。叶うといいな、彼の夢。そしてそんな彼にやる気を貰った私は、今度は逆に彼に勇気を届けないといけない。

 届くかな、彼に。いやきっと届けたい。もっと、私を見てほしい。

 

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