第4話
今日のライブもやっぱりすごかった。
さっきまで悩んでいたことが全て吹き飛び、一気にその世界観に引き込まれた!
悩みや不安はこのライブには必要ないくらいに全力になれる。今だけは現実を見ずに本気になれる。僕はこの雰囲気が大好きだった。
いつものように、いやいつも以上に輝く愛理ちゃんを見て僕は、描きたい小説のアイデアがどんどんと湧いてくるようだった。
いつも思う。来てよかったと。
彼女の歌うパートにももちろん僕は手を突き上げる。今だぎこちないそのノリ方でも、前より恥ずかしげなく挙げれるようになった手を、彼女は見てくれるだろうか。
ふと目が合った気がした。にっこりと微笑んだ後、指でハートを象った。気のせいでもいい。今のは僕に向けてくれたレスだとそう勘違いでもしておこう。それに、僕はまだマシな方だと思うし。
「あれは絶対に俺にだわ。ごめんな〜、お前に恥ずかしい思いをさせるだけじゃなくて、推しのレス奪って」
ほらね、隣には酷い勘違い野郎もいるんだから。多少の勘違いくらい許してほしい。
それから隣のやつを殴る権利をもらいたかった。
ライブ後にはすぐにチェキ会が行われる。
ライブ後の余熱を残したままのフロアはまだ熱気がすごい。
一度はけたアイドル達がようやく顔を出すと、周囲は一気にざわつき始める。そして
「それでは今からチェキ券の販売を開始しまーす!」
スタッフの掛け声に応じて、皆が券を購入するために列をなす。当然僕もその列に並んだ。
「何枚購入しますか?」
「5枚で」
チェキ券は一枚1000円。それほど高いとは思わない値段だが、塵も積もれば何とかで、何枚も撮ってしまうせいで大学生である僕の財布はいつも寂しい。
だからルールを定め、一回のライブにつきチェキ券は5枚までと決めている。それでもライブ代やドリンク代を合わせれば……考えるのはやめておこう。
今は彼女との時間に全神経を注ぐべきだ。一分一秒も、一呼吸でさえも無駄にできない。
彼女に並んだ列も気づけば僕が先頭に立っており、いよいよ僕の番まできた。
何を話そうか、表情は取り繕えるだろうか、そんなことを考える間もなく、彼女の顔を見た瞬間に今朝のことを思い出してしまう。
「(まてまてまて、ライブが楽しすぎて忘れていたが、僕相当恥ずかしい姿を彼女に見られてるよな)」
頭が真っ白になった。
「次は……あー! 晃くん!」
彼女は何事もないように僕を手招きで呼んだ。
僕は破顔しそうになりながらも、何とか表情を保つ。
「今日も来てくれてありがとね! どうだった? 今日のライブ」
いつものような眩しい笑顔。それだけで僕は幸せで元気を貰える気がした。
「最高でした! おかげでまた明日から頑張れそうです」
「よかった! いつも褒めて貰えて私も嬉しいし、頑張れるよ!」
どれだけ彼女は出来すぎているんだ。
もし僕が完璧なロボットを作るとしたら、きっと彼女のようなロボットが出来上がるだろう。
「でも、私は怒っています」
ぷくっと頬を膨らますその仕草も計算されてのものか、とても可愛らしかった。
「だって、前に言わなかった? チェキ券5枚だけって?」
「それは………」
気づけば10枚に増えたチェキ券を握る僕。
ほんとに気づいたら10枚買ってて自分が怖い。
「修二くんから聞いたよ! ライブとチェキ券のせいであんまりお金溜まってないって! 確かに私は嬉しいけど、君には君の生活があるんだからね」
くそ、修二め要らぬことを。
でも彼女に言われるなら仕方ない。これからは気を付ける、多分。
「わかりましたこれから気をつけます」
「約束だよ! 絶対ね! じゃなきゃ私もう撮らないから」
「それは守らないとですね」
なんて二人して笑った。
この時間が今の僕には一番幸せな時間で、この時間にお金を払うことを後悔する自分もいない。
「時間でーす」
と無機質な声で彼女と一旦は離れる。
でもまだあと10枚もある。そう思えたのも束の間で、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。そこそこ話し込み、気づけばラスト1枚でまたしても無機質な声が響いた。
「それじゃあまたね!」
「はい、また来ます」
「ほどほどにね」
もう終わりか。呆気ない最期に感じる寂しさはいつも同じだった。しかし、手を振る彼女に背を向けようとした時、「待って」と呼び止められる。
訳も尋ねる前に言葉が止まる。そこにはアイドルの笑みではなく、本当に一人の人間のような、素の笑みが見えた気がした。
「あの、会場の外での言葉、とってもかっこよかった! 晃くんはとても誠実で、かっこいいね!これはアイドルとしても私個人としての言葉だよ。じゃあ、バイバイ!」
そう手を振る彼女に僕は背を向けて逃げるように会場の外に出た。
やっぱり聞かれてたんだ。むちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。きっとやばいオタクだと思われてる。
それでも自分の正直な気持ちだ。やっぱりそこに一線はあるし、それを踏み越えればアイドルとしてもう彼女を見れなくなってしまうから。
だから、このままでいたい。ずっと元気を貰っていたい。そう思うと不思議と悪い気はしない。
何かアイドルが主体の小説でも書いてみようかな。
※※※
ライブ後のチェキ会でいつものように列に並ぶ彼を見ると嬉しくも少し心配なる。
私たちのライブに来るようになったのは最近だが、私のために買うチェキの量がすごく、修二くんもそれには呆れていた。
それでも彼が何か興味を示したことが嬉しいとも言っていた。
もちろん私とのチェキを望んでくれることは嬉しいし、励みになる。だけど、決して高くはなく、むしろ大学生の彼には尚更だった。
だからきつく言うおうとしたのだけど、彼の顔を見るとやっぱり私も嬉しく、この時間が永遠に続いて欲しいなど、素で思っていた。
きっとさっきの発言も影響しているが、彼の真っ直ぐさに惹かれつつもあるのかも知らない。
それでも私はアイドルなので、何とか取り繕って接することしか出来ない。そんな時間がとってももどかしい。
「あ、修二くん」
「どうも」
彼は私をそこまで推してはいないが、晃くんの話をするために都度話す。
「晃くん、ほんとに大丈夫? 私が言うのもなんだけどあんまり使わせ過ぎないでね」
「それは愛理ちゃんが言ってくれないと。でも、あいつも楽しんでるんで大丈夫だと思います。むしろ今日も悩みが吹っ飛んだー、とか言ってましたし」
「それは嬉しいけど……」
こんな仕事をして何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、私たちは無理にお金を使ってもらいたいわけじゃない。だから、少し心配だった。
修二くんはお酒が入っているのか、いきなり晃くんの身の上話を始めてしまった。それは承諾なしには話してはいけないんじゃない、なんてツッコめるほど軽いものではなく
「あいつ友達もあんまりいないし、母親も前に亡くなっちゃってね、何度も遊びに誘っても来ないし、来てもずっと面白くなさそうで困ってたんですよ」
少し重い話に私は相槌しか返せなかった。
「でも、ライブ見てる時は本当に楽しそうで、俺も嬉しいんすよね、だからお金は確かに心配ですけど、無理してるわけじゃないんで、気使わないでください。特にあいつには……ってちょっと喋りすぎました、さーせん」
酔っているから勢いもあるんだろうけど、修二くんは本気で晃くんのことを気遣っているんだ。顔も赤いし、呂律も回りきらないからきっと相当飲んでるんだろうけど。
こんなこと晃くんが知れば、なんて思うんだろうか。
そんな2人の友情に感心していると、聞き捨てならないことを修二くんは話し始める。
「あ、でもあいつ小説書いてる時は楽しそうかも」
「小説?」
「はい。別に本とか出してるわけじゃないんですけど、ネットとかたまに投稿してるくらいで、結構面白いんすよね〜、今は行き詰まってるみたいですけど……あ、これ言っちゃダメなやつでした。すみません忘れてください」
「そ、そうなんだ………あ、わかった。忘れた、えっとなんだっけ?」
とわざとらしく首を傾げて見せたが、まさか、という真実が頭をぐるぐる回る。
いや、きっと気にしすぎだ。あの投稿サイトにはいくつもの作品があるし、それが晃くんの作品である可能性なんて、ドーナツさんが晃くんだなんて確率的に有り得ない話だ。
でも、無いわけではないし、もし本当に彼だとするなら………
気になり始めた彼のことが、もしドーナツさんだとわかったなら、私は私で――――アイドルでいられるだろうか。
「あ、上がってる! でも、これ……新しいやつ?!」
たまにしてしまう夜更かしで、ドーナツさんが珍しくハイペースな投稿をしていることに気がついた。
しかも今回の作品はアイドルが主体の小説で
「こんなの絶対面白いに決まってんじゃん!」
一話読んだら手が止まらず、最新話まで読み終わる頃にはとっくに日が昇っていた。
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