第14話 中間試験とライブ、天使と悪魔の饗宴。

 次の日、早速午後から古村崎さん、姫結良さん、ウィヴィーさんと連れ立ち【迷宮ダヴィデ】に訪れております。下見にございます。

 迷宮ダヴィデは落差の激しい不毛の土地が続く迷宮にございます。モンスターの絶対数が少なく、代わりに強力で蛮行なる技を多数扱うモンスターが多数生息しております。

 強力ですがベース経験値もかなり美味しいモンスター達にございます。

 パワーレベリングには持ってこい。持ってこいの場所にございます。

 ただし強い方が守って下さらなければ致死率は高いです。モンスターも強いので人がほとんどおりません。アイテムも苦行なものが多いのです。

 素振り三千回にて能力解放や、走る距離が三十三キロメートルにて能力解放などの解放アイテムが多数存在致します。しかしそれに見合う性能かと問われれば首を傾げてしまいます。


 ただし経験値は圧倒的に美味しいです。そのような迷宮となっております。

 さらに現在参りましたここの五層には一本道がございまして、左右が崖になっております。そして崖の先にはモンスターが多数配置されており、わかる方なら眺めた瞬間ピンと参ります。利用しない手はございません。

 まさにパワーレベリングの場。パワーレベリングの場にございます。


 レベルだけ上げても経験がなければ意味はないともおっしゃいますが、そもそも亡くなってしまえばそれこそ本末転倒にございます。レベルを十分に上昇させ、下位の敵でじっくりと戦い方を研究する。これがベストかとわたくしも存じます。

 よって二人のやり方は間違ってはおりません。同意するわたくしです。


 この【迷宮ダヴィデ】に巣食うモンスターは【オーク】です。


 【オーク】

 レベル5~25。ふとった子豚ちゃんです。

 【グレートオーク】

 レベル30前後。やや筋肉質な子豚ちゃんです。

 【グレーターオーク】

 レベル40前後。筋肉質な子豚ちゃんです。

 【マッシヴオーク】

 レベル45前後。筋肉質な豚ちゃんです。

 【マキシマムオーク】

 レベル50前後。マッチョな豚ちゃんです。

 【カイザーオーク】

 レベル70前後。筋肉が動いている……。

 【カイザーオーク】

 レベル90前後。ボス前にいらっしゃる前座のような相手にございます。稀に【ゴリアテ】と呼ばれる特殊なボスも現れます。


 全十層と短い層にございますが、ボスである【ダヴィデ】は眉目秀麗な美男子にございます。人の身でありながら神が如き頂き近くへと上り詰めた男。さすがでございます。その肉体美に酔いしれる女性は多数にございました。わたくしはご覧になってはおりませんが【オーク】と【ダヴィデ】のプロレスごっこなる薄い本も存在したようにございます。

「おい。投石して釣ってみ?」

 姫結良さんにそう促されます。一本道、向かいの【オーク】。五層。あれは……【グレーターオーク】の群れにございましょうか。


 転がっていた石を拾い雑多に投げますと命中致しました。ダメージは通常ならば0か1ですが、わたくしには補正がございますので、被弾した箇所から血が滲んでおられます。

 怒った【オーク】さんがこちらを視認し、ノッシノッシとやって参ります。

 そして一本道からこちらへとやってくる途中で古村崎さんに膝を殴られて体勢を崩し、顔を蹴られて崖下へと落下してゆきました。

 【オーク落下式レベリング】。【オーク落下式レベリング】にございます。


 プレイヤーならば誰もが一度は通る道。誰もが一度は通る道にございます。

 同じパーティーではない場合。ゲームの仕様上最初に攻撃した者に全ての経験値とアイテム権利が生じます。これはマルチプレイ時における経験値とアイテムの所有権を明確にするためのものです。この方式でもなかなかにややこしく、だからこそややこしいのかもしれません。

「イイ感じじゃね? レベル上がった?」

「はい。あがりました」

「ここでは50ぐらいまでは楽にあげられるわよ。慣れればだけれど」

 マルチプレイには様々な恩恵がございます。

「覚えておきますね」

 例えば、マルチプレイでの最大の恩恵は死亡しない点です。これだけでマルチプレイをする利点がございます。

「おい。お前も投げてみろよ」

「お前じゃない。ウィヴィー」

「おう。ヴィヴィイ」

「ウィヴィー‼」

「わかったってヴィヴィイ」

「わかってない‼」

 マルチプレイ時はサーバー毎に最大99人まで入れますが、パーティーは3人が上限です。最大33パーティーまで登録でき、さらに3パーティーで3組まで組め11組ができます。ちなみになのですが一つの出来上がったパーティーをストレートと呼びます。二つのパーティー、その合同をフラッシュ。最後に三つのパーティーでの合同をロイヤルと呼びます。

 これがなかなかに面倒で、人数を増やせば増やすほどトラブルになるとこのような制度になったと聞き及んでおります。


 美味しい狩場は情報の伝達も早いです。この【迷宮ダヴィデ】も例外ではございません。人によっては苦々しい狩場ともなりましょう。争奪になすり付け奪い合い独占に嫌がらせ。自分が得をするためならば、ゲームだから何をしても良い等と荒らしや声の垂れ流し等もございました。

「レベル上がった‼ 5ぐらい上がった‼」

「お前ベースレベルいくだったんだよ」

「3‼」

 私も人が多い狩場は苦手にございましたので、レベル上げ等でのマルチプレイはあまりなさりませんでした。しかしながら数度参加した際にはショックを受けたのを覚えております。

「低いなぁ……」

「丁度いいから、二人だけでも30まで上げてしまいましょうか」

「いいの⁉」

 怪異に加えましてこのマルチプレイにてわたくしの精神力がガリガリと削られ、かなり鍛えられたと存じます。多少内容の尖った同人誌を眺めましても心を閉ざす術を覚えたのでございます。

 ゲームの内容的にマルチプレイの恩恵は大きいのですよ。恩恵は。

「いいぜ‼」


 こうして下見に来られたのも、この世界での狩場の様子を探りにいらしたのだと存じます。伺う所によりますと古村崎さんはベースレベル68。姫結良さんに至っては87と聞き及んでおります。皆さんの本気度が窺えますね。

「わーい」

 このゲーム、チートアイテムがございますので、ベースレベルはもちろん大事ですが、ベースレベルが低いからと弱いわけではございません。実際わたくしはチートアイテムによりレベル補正は100ぐらいございます。


 石を投げる簡単なお仕事でウィヴィーさんのレベルを様子見致します。

 わたくしもレベルが2上昇致しまして、ベースレベル37となりました。

 ポイントは精神に振ります。精神値は56です。


 数分でウィヴィーさんもレベル15へと到達致しました。

 さすがは筋肉の城。筋肉パワー。今日は豚しゃぶに致しましょうか。

 ウィヴィーさんのベースレベル上昇には通常より強い負荷がございます。それでもレベル15までこの速さ。さすがです。

「レベル15になった‼」

「おう。お前は?」

「レベル30へとなりました」

「意外と早かったわね」

「お二人が強すぎます」

「まぁやっぱ強力な負荷があるよなコイツは」

「まぁヴィヴィィさんは仕方ないわよ」

「ウィヴィーだってば‼ わざとやってるでしょ‼」

「ふふふっ。わかった? わーざーとっ」

「なんで意地悪するの⁉」

「コイツ怒ってやがるっ」

「ふふふっ。かーわーいーいー」

 当てるフリを致しまして、ほとんどのモンスターを御譲りは致しましたが、それでも結構な労力にございました。それを難なくこなすお二人の胆力には感服するものがございます。しっかりとタピオカミルクティーにて労わせて頂きましょう。

 残念ながら敵を落下させる方式ゆえにアイテム等のドロップは見込めません。全部谷底へと落下し消滅してしまいます。あくまでも経験値が目的にございます。


 サササッ――機関へと戻りましたら早速カフェへと赴きましてタピオカミルクティーを三つほど注文致しました。アセアセと動くわたくしです。そして受け取り振り返りますと三人が佇み冷ややかな視線をこちらへと向けておりました。わぁ、びっくりした。

「お前一人だけ速攻でカフェ行くとか正気かよ」

「ずるい‼」

「いえ、お礼にこちらを飲んで頂きたくて」

「え? マジ?」

「えっ? 私も?」

「もちろんです」

「よきにはからえ」

「お前が一番言っちゃダメな台詞だろそれ」

「古村崎さん、姫結良さん、お二人とも本日は本当にありがとうございました。そして下見お疲れ様にございます」

「おう。お疲れ」

「お疲れ様。この分だと他の人もなんとか大丈夫そうね」

「そうですね。ただ、こう申し上げるのは良くないとも存じますが、目標到達レベルは20前後に下げた方がよろしいかと存じます」

「あらそう?」

「さすがに25人近くになりますとお時間がかかります。25人全員で迷宮へ赴くわけには参りませんし、5グループ5回に分けて侵入するのがよろしいかと存じます」

「まぁそうね。他のクラスに目を付けられても困るしね」

「あっ。そういや、ゲーム時代も独占ウザかったな。ここはお前の家かっつーの」

「あー大手ギルドうざかったわね。さすがの私もキレそうだったわ。ボイチャマジでうざかった」

「女だとわかった時の対応の変化にマジキレしそうになるよな」

「冗談なら何言ってもいいって奴が特にね。おっぱい触らせてーとかね。馬鹿かと」

「何の話?」

 ふふふっ。ウィヴィーさんがお可愛らしいです。ナデナデ。

「いや、なんつか、まぁ、あれだな。まぁ、なんつうか。まぁそんな話だ」

「なにそれ」


 現実となりますとノンプレイヤーキャラだった人達との関係も異なって参りますしね。

 四大組織は今の所迷宮をまだ持て余しておりますし、モナドに関しましてもプレイヤーほど習熟しておりません。

 機関も渡された技術を持て余しているご様子です。

 設定上は神々から与えられたオーバーテクノロジーですからね。

 それを加味しても迷宮で得られる資源は全国において捨て置けません。なので皆さん躍起になっているわけにございます。

 なにせ鉱物に致しましても純度100%ですからね。純度100%の鉱物なんて作ろうとして作れるものではございません。

 それにこの街は出るのは容易でございますが、入るのは容易ではないそうです。

 学校の授業でやっておりました。

 あぶなかったー。そこのところ考えておりませんでした。


 ゲーム自体における一部のノンプレイヤーキャラを除いたノンプレイヤーキャラの最高平均レベルは40前後です。それを加味すれば学生でレベル30を越えるのが如何に高レベルなのかが窺えます。

 レベル30前後は高等学部三年生のAクラスが到達するかしないかの境界線だと存じます。プレイヤーの介入なしにレベル70以降はありえないのです。

 生徒会におけるマリアンヌ様、イヌビス様でさえ現在のレベルは50程度でしょう。


 レベルを上昇させるにしても安全マージンを取るのならばどうしても低レベル狩りとなってしまい、レベルが上昇致しませんからね。

「現実問題レベル20前後よねぇ。まぁそのくらいのレベルがあれば高校生活三年間では苦労しなさそうかしら」

 古村崎さんに同意を致します。

「んだな。それ以上は本人次第だべ」

「あんたの顔でその喋り方、違和感しかないんだけど」

「うるせぇな。別にいいだろ。今はオレが姫結良なんだよ」

 人付き合いはなかなかに難しい問題です。お二人がクラスの全てを背負う必要はございません。それは気にしなくともよろしい問題です。誰かは亡くなります。それを止める事はできません。それにお二人が心を痛める必要もございません。

「二人の会話の意味がわからない。ねぇねぇ? 寧々はわかる?」


 ウィヴィーさんが寄りかかって参ります。何とおっしゃったら良いのか非常に柔らかいです。お水が口から零れそうになりました。

「さぁ……どうでしょうか。何やら難しいお話のようですね。十分の一でも理解できればいいのですけれど……」

「気にしなくていいって。まぁ最悪オレの所が全員雇えばいいしな」

「あーそれね」

 身も蓋もない話なのですが、それが現実的にございましょうか。

「それよりも古午房とパメラの野郎‼ むかつくぜ‼ とっとと昇級しやがってよ‼」

「マジ腹立つよね‼ あいつら‼ 俺達は選ばれたんだ‼ 特別なんだ‼ とかぬかしやがったのよ。ぶち〇すぞ‼」

 おっとそのような物騒な台詞を口にしてはいけません。

「脳みそかき回してやりたいぜ‼」

「運命の二人は結ばれるべきだよね? とか言ったのよ⁉ 信じられる⁉ 寒すぎるのよ‼ 誰のせいで……誰のせいで刀を失ったと思っているのよ……〇す古午房」


 うーん。その台詞はわたくしでもさすがに擁護できません。

「お二人共、声が大きいです」

「わりぃ。熱くなっちまったぜ」

「ごめんなさい。口が汚くなってしまったわ」

 古村崎さん。姫結良さん。古午房さん。パメラさん。他に何名かいらっしゃるはずですが、まだ全容が掴めておりません。

 Fクラスなのでしょうか。その可能性は高いのですが。

「そういやさ、思い出したんだけど。ガンナーどうしてっかな」

「なんでガンナー?」

「いや、いたべ。モナドも無いのに二丁拳銃で戦ってたヤべー奴」

「あーあー……あいつ。つかあいつFクラスよ」

 それは初耳です。

「いるのかよ‼ どいつ⁉」

「デニスよ。ほら、デニス・アレグラ」

「女じゃねーか‼ 縦ロールの女じゃねーか‼」

「そうよ。免許が取れる二十歳になるまで大人しくしてるんだってさ」

「へぇー……」

「つかデニスってアレだろ。お嬢様の恰好をしているのに実は貧乏で弟と妹が二人いるって言うあの設定だろ」

「そうね。だからバイトしているんですって。ケーキ屋さんで」

「亡命して来たって言う………マジヤバくね」

「そんな設定だったわね」

「マジやべーだろ」

「あんたからすればヤバいだろうけど本人は楽しそうだったわよ」

「マジかよ‼」


 意外です。彼とはマルチでご一緒になりました。お互い効率重視の方に散々暴言を吐かれた記憶がございます。あれはなかなか心にクルものがありました。二人でしょんぼりしておりました。わたくしも何度かお手合わせした記憶がございます。晩年は大変お強い方でした。

 カードが鳴ります。おっとそろそろ母を迎えにゆく時間ですね。

「お二人とも、わたくしはそろそろ」

「あーもうそんな時間か。きーつけてな」

「月見家、負の側面よね」

「何? 何の話? 月見家に負があるの?」

「あーまぁな」

「ねぇええええええええええええええええええ‼ ねぇええええええええええええええええええええ‼ わかんない‼ わかんないわかんないわかんない‼」

「私もわかんにゃい」

「オレもオレも。わかんにゃい」

「ねぇえええええええええええええええ‼ ねぇ‼」

「ウィヴィーさん。人にはそれぞれ語れない事情というものがございます。誰しもに存在するのです。そう、わたくしも例外ではございません」

「むううう」

「いい子ですね。ウィヴィーさん」

「……わかった。聞かない」

「今日はありがとう存じます。おかげで高校三年間はなんとかやっていけそうです」

「おう。まぁ気にするなよ」

「そうね。お互い様よね」

 母を迎えにゆく私です。明日はライブが開催されます。せっかく頂きましたし参加しないわけには参りません。


 次の日――午後から早速、5人5グループへと別れて【迷宮ダヴィデ】へと向かいます。ここで困った事がございました。どうやらわたくしに尾が付いているご様子です。尾行ですね。お可愛らしい事。わたくしが【迷宮ダヴィデ】に赴けば生徒会のお二人にパワーレベリングが露呈してしまうかもしれません。

 それにより他の組織におけるパワーバランスが崩れてしまいます。


 生徒会の尾が付いている旨をお二人に申し上げた所――。

「問題ねーべ」

「大丈夫よ。露呈しても。いずれ露呈すると思ってるし、古午房とかこういう情報結構売りまくってるのよね。ムカツクことに」

「そうなのですか?」

「まぁ分かったからって一朝一夕でできるレベリングじゃねーから大丈夫だべ」

「わたくしはレベルを十分上げて頂きましたし、せめて別行動致しますね」

「律儀だなおめぇ。まぁわかったよ」

 姫結良さんに頭をポンポンと撫でられます。

「ほんとにそんな気にしなくていいから。ある程度筋力が必要だし、魔術で吹き飛ばすにしてもある程度の知性と専用の魔術が必要だし、だから大丈夫よ。おいそれと真似できるものじゃないわ。プレイヤーなら話は別だけれど。でも……貴方も大変ね。マイナスコンビに目を付けられるなんて。何かあったら言いなさいよ。私が守ってあげる。友達でしょ」

「おめぇふざけんな。オレが守ってやるって。その……とっトモダチ、こっ、友達だろ?」

 お二人が男前すぎてキュンとしてしまいますね。さすがです。お友達ですか。青春が蘇るかのような感動を覚えます。残念ながらわたくし、友達が一人もおりませんでした。そのかいもございまして。やりたい事は勝手にやるようになったのでございます。

「お二人がそこまでわたくしにして下さるなんて……」

「まぁ……寧々は誰もが通る道よね」

「そうだな。寧々はな。なかなかに過酷だからな。色んな意味で」

「そうね」

 お二人は寧々の設定をご存じのようですね。

 対人ビルドや冒険ビルドを考えるにしても主人公は全員触りますよね。わかります。


 残念ながらわたくし、パーティーを組みましたら【リリスの瞳】が【激おこぷんぽこぷん】なのでパーティーは組めません。【リリスの瞳】にも開放段階が存在致します。軽度な【激おこぷんぽこぷん】でしたら問題はございませんが、【激おこマックスエンド†断罪†】まで参りますと本体が参ります。本体が参りますと一定時間、体の操作が一切できません。【リリス】が満足するまで愛でられます。ガチです。彼女の癇に障りますとまず手が出現致します。両手、両足、最後に頭が現れますともうほぼ完全にアウトにございます。ステータスが軒並み下がり、オート機能も無くなりますので戦闘所ではございません。幾らわたくしでも補助無しにてスリークォーター等さすがに投げられません。


 尾がわたくしに付いて参りますので【裏イザナミ】はもちろんの事、【迷宮バアル】へも参れませんね。なかなかに歯がゆいです。

 真似するのは良いのですがお亡くなりになられても困ります。

「何処行くのー?」

 ウィヴィーさん。わたくしに付いて来られるようですね。

 ロッカーにてタクティカル装備一式に着替えます。覗き見は防止です……。

「ウィヴィーさん……」

「別にいいじゃん」

「ダメです」

「絶対?」

「絶対ダメです」

「ケチッ」

 ウィヴィーさんが頬を膨らませております。お可愛らしいですね。こうして改めて眺めますとウィヴィーさんの制服。かなりほつれがございます。

「ウィヴィーさん今度お洋服を買いに参りましょうか」

「そんなお金は無い」

「そうでしたか」


 着替えて合流致します。では参りましょうか。【迷宮コトアマツ】へ。

 受付にてカードを提示致します。立川さんがいらっしゃいました。最近はアイテムを持ち込んでおりませんけれど何でしょうか、それとなく立川さんより耳打ちを受けました。

「機関中にて情報を漏洩する方がございます。何か売りたい場合は必ず当方を指名なさってください」


 分厚く艶のある唇と良いニオイが致します。抜群のプロポーションにて視覚に良し、その声と吐息にて耳にも良しですね。さすがです。

「はい」

「カードにプロテクトをお掛けしました。今後カード情報が読み取られる事はございませんので安心して迷宮へとお挑み下さい」

 わお。至れり尽くせりですね。わかります。話し半分程度で聞いております。それがお互いのためだと存じております。


 ウィヴィーさんとお二人、列車に揺られます。

「どうですか? その後調子は」

「いいよー」

「中間試験はどうにかなりそうですか?」

「現代国語以外はなんとかなりそう」

「現国は難しいですか」

「日ノ本語が複雑すぎるよ。書くのと喋るのは違うしね」

「そうですね。難しいですね」

 さて【迷宮コトアマツ】へ到着致しました。赤鬼さんと戦います。

 ウィヴィーさんに棍棒を渡します。

「なにこれ?」

「棍棒です」

「見ればわかるよ。なにこれ?」

「さぁ、戦いますよ。ほらっウィヴィーさん。殴ってください」

 ウィヴィーさんに先に殴らせることで経験値とアイテムを取得させます。ウィヴィーさんは覚醒しなければ例えレベルが上昇致しましても弱いです。赤鬼さんでも苦労なさるでしょう。本日は尾を引いております。ブラフには丁度良いかもしれません。【迷宮コトアマツ】の【赤鬼】さんであれば戦闘経験が積めますし良い訓練となるでしょう。


 ウィヴィーさんが【赤鬼】に殴りかかります。パーティーを組めませんから仕方がございません。

 戦闘経験とは実際の戦闘を意味します。

 相手と向き合い攻撃し攻撃される。想像と実戦は異なります。

 通常であればこのような経験をしなくとも良いでしょう。

 しかしこの世界の基準ではそうも参りません。

「会心の一撃‼」

 あっ口でおっしゃっちゃうタイプですか。わかります。わたくしも口で効果音を足したり申したり致してしまうタイプにございます。

 では私も。

「痛恨の一撃‼」

 さすがに二人がかりで殴れば【赤鬼】さんは余裕ですね。

 【赤鬼】さんが消えてゆきます。

「次行きますよ‼ 勇者ウィヴィーさん‼」

「えー? 賢者がいいよー」

「ふふーん。賢者でもよろしくてよ」

 たっぷりと時間を消費し五匹を狩り、二時間ほど休憩して帰りました。

 休憩時には機関のカフェにて甘い物等をお一つ。

 一つの餡蜜を注文しシェアで頂きました。大変美味しゅうございました。

 ウィヴィーさんと楽しくお話ができたかと存じます。

 ウィヴィーさんは孤児なのだそうです。マドレーヌ教団へと拾われ、派遣されてこの国、日ノ本へとやって来られたようです。

 概ね設定通りですね。記憶との重なり合いを確認し、ついついウィヴィーさんを猫のように撫で慈しんでしまいました。


 夕方になりましたので母を迎えにゆきます。お家へと一度帰りまして妹様とも合流し準備を行います。本日の夜はライブがございます。

「ふふふっ。ライブなんて楽しみね」

「お姉ちゃん本当に大丈夫なの?」

 ライブ会場はなかなか入りにくい雰囲気がございます。学生服では少々戸惑ってしまうかもしれません――と考えていた時期がわたくしにもございました。

 入り口にはキラリさんが待機しておられました。軽く会釈をば。知り合いが入り口にいらっしゃる事で入場へのハードルが下がります。

「チケットありがとうございます」

 傍により頭を下げます。

「ん……待ってた」

「えっ? だれ?」

 キラリさんは女性人気が高い方です。周りのファンの方々の視線が痛いです。挨拶もそこそこに中へと参ります。

 そしてユニット名【ギャレットギャング】を存じてはおりましたが、ここまで人気のあるロックバンドとは考えておりませんでした。

 ギター、ベース、ドラム、ボーカルの四人ユニットなのですが、キラリさんのお声は女性らしさの中にも雄々しさがあり、勇ましい歌声が部屋中へと響き渡りますとお腹にグッと力が入ります。


 前の方は人だかりが多く、もみくちゃになったり揉めたりするのも嫌ですので、後ろの方で椅子に座り三人寄り添い耳を傾けておりました。

 初めての場所ですから緊張しておりますのか、妹様がわたくしの片手を掴んで離してくれません。初めてですものね。仕方ありませんねぇ。お可愛らしいのだから。しかしながらそれなりに楽しんで頂けているようですね。表情でわかります。

 妹様は大人しくお母様は少女のように楽しんでおられました。

 キラリさんの視線がこちらへと流れて参りましたので、軽く手を振り楽しんでおりますアピールを行います。

 後方彼女面。後方彼女面にございます。


 ライブが終わりましたら早々に御暇致します。グッズとして缶バッチ等をお一つ購入させて頂きました。

 帰り際にてファンに囲まれておりますキラリさんをご覧になりました。こちらをご覧になりましたので、缶バッチに唇を添えフリフリさせて頂きます。ご招待ありがとうございました。


 ライブが終了なさってもお二人が離れてくれません。そのままファミリーレストランにてお食事を致します。

「じゃあ、チョコレートパフェ‼」

「夏飴さん。まずはお食事から」

「後で頼んでもいい?」

「構いませんよ」

「お母さんはハンバーグ」

「はい。お母様」

 食事を終えてやっと人心地です。

「お二人共ライブは如何でしたか?」

「すごかったー。すごかったねー。お姉ちゃん。声が大きかった。キラリさんだっけ。雄々しいボイスだったね」

 雄々しいボイスの後に歌われました小雨のような歌声がまだ耳に残っております。優しくて波音に揺られるような音楽にございました。

「そうですね。お母様はどうでしょうか?」

「お母さんはちょっと苦手だったかな。あんまり大きい音がするのはね。でもいい経験になったと思うの。今日はありがとね」

「はい」

「一人で行っちゃダメよ?」

「存じております」

「ふふふっ。お母さんと一緒だからね」

 お母様に寄り添わせて頂きますと、妹様にお腹を摘ままれてしまいました。妹様のその手をぎゅっと握ります。


 お家へと帰りますと力が抜けて参ります。気が抜けると申しましょうか、息が抜けると申しましょうか。

「やはり、お家が一番良いですね」

「んんんんんん-‼ 帰って来たー」

「そうねぇ。やっぱりお家が一番いいわね」

「お風呂入りましょう」

 入浴を終えましたら湯冷めしないようお二人の水気をよく拭い、温かい寝間着へと着替えて頂きます。その後はリビングのソファーにて埋もれテレビを眺めます。のんびりです。先ほどまでのライブが夢だったかのようにふんわりです。胸が弾けるような、ふわふわするような、不思議な気持ちにございますね。なんとも形容し難いです。

「のんびりねぇー」

「お姉ちゃん、中間テストの勉強ってしなくていいの?」

「うっ……」

 妹様に痛い所を貫かれ呻くわたくしです。


 中間試験の日はあっという間に訪れました。

 現国、数学、英語の三教科を午前中に、お昼を挟みまして実技試験がございます。

 こう窺えましてわたくし、勉強が得意ではございません。努力しております。努力しております。二度告げてしまいましたね。努力しております。

 午前中に行われました筆記試験――全教科六十点取れれば良い方でしょうか。頑張りました。


 お昼ご飯を挟みまして午後からは実技試験です。

 人工疑似迷宮へと案内され一人ずつ試験を受けます。十五分以内に用意されたモンスターの幻影を倒さなければいけません。十五分です。短すぎます。

 先に試験を終えたのか、ウィヴィーさんが鼻高々にやって参りました。

「ふふーん。らくしょーだった」

「ちょうしのりすけさん」

「いーっだ‼」

 わたくしに対して舌を出すなど良い度胸ではございませんか。


 Fクラスのボスは【ミノタウロス】です。Eクラスは【赤鬼(小)】だったでしょうか。先日予行演習しておきましたからね。予習は大事にございます。

 さてわたくしの番にございます。

「あくまでも幻影だから死ぬこたーないと思うけど、衝撃とかはあるから十分に気を付けろよ。くれぐれも無理はするな。武器は?」

「これです」

「正気か? お前」

「はい」

 Fクラスは【ミノタウロス】ですからね。

 巨体が鎮座しておりました。眼前に筋肉の塊がおります。【ミノタウロス】。【ミノタウロス】にございます。本来であればレベル45前後でございましょうか。通常のFクラスであれば到底通用致しません。

 これは――そうですね。実際試験を受けてご覧になりますと実情が良くわかりますね。質量のある幻影とはね……。ピキピキ参ります。【ミノタウロス】の幻影を纏いました【タウロス】さんですね。【タウロス】さんは【ミノタウロス】より一回り弱いレベル15前後のモンスターにございます。

 さすがに【ミノタウロス】の実物はご用意できませんよね。


 さて取り出したるは棍棒です。

「あちょっ‼ はぇ‼ やぁ‼」

 敵の攻撃を避けながらアクロバットに打ち込みます。実はわたくしは何もしておりません。全て【リリスの瞳】が勝手にやってくれております。くるりと回ってターン。

 顔、顔、顔を打ちました。

 シュタリ。【ミノタウロス】の頭に降り立ち手を広げます。わたくしはここですよ。

 振り上げられた武器、後ろへ降ります。自らの武器でその頭をお打ちになられました。

 着地と両手を上げてフィニッシュポーズ。左右へアピールは欠かしません。

「結構なお手前でした」

 ハンカチを取り出し特に意味はございませんがお口をフキフキ致します。


 疑似迷宮から抜け出しますと佐和田先生が拍手を与えて下さりました。

 優雅に一礼をするわたくしです。

「わたくしの華麗な演技どうでしたでしょうか?」

「痛快。爽快だよきみぃ。サーカスとしては一流だった。おひねりやろうか? ついでに俺も付けてやろう」

 あれれ。


 そして教室へと戻りますとウィヴィーさんがわたくしの席を占領しております。

「調子乗ってます」

 顔が近いです。ウィヴィーさん。お可愛らしい唇ですね。奪ってしまいたいです。リップを取り出してぬりぬり致します。先ほどの発言を気にしていらっしゃるようですね。意外と根に持っていらっしゃる。

「そうなのですか?」

「ダメなの? 調子乗ってもいいと思いました‼ こんな時ぐらい調子乗って良いと思いました‼ ダメなの⁉ 調子乗っていいんだもん‼」

「そうですね。お祝いに甘いクレープみ等を一つ買って二人で分けましょうか。そのような調子に乗った放課後等如何ございましょうか?」

「ケバブサンドがいい‼」

 おっと甘くない。シュガーよりミートですか。さすがです。

 試験が終われば今日は解放ですので学園を後に致します。クレープ屋さんがありますのはデパートか商店街です。駅近くの商店街へと参ります。

 早速クレープ屋さんでケバブサンドを頼んだのですが、取り扱いがございませんでした。おかしいですね。代わりにガレットを頂きます。

「お前ら二人で先に行くなよな。せめて待ってろよ」

「薄情なんだから」

 古村崎さんと姫結良さんもいらっしゃいましたので、四人で一つのクレープを頂きます。

「実技試験どうでございましたか?」

「あ? らくしょーよらくしょー」

「幻影に見せかけたタウロスだったわね。せっこい手よね。Fクラスだからって舐め腐ってるのよ」

「え? タウロスってなに? 赤鬼じゃないの?」

「お前はどうだったんだよ。寧々」

「なんとか先生に拍手を頂けました」

「良かったじゃねーか。思ったよりも落ちるかもな。まぁしゃーねーけど」

「やれる事はやったわ。これ以上は本人の資質次第でしょ」

「デニスの奴、どうだったんだろうな」

「楽勝だったみたいよ。あんな苦行やってる奴が弱いわけないでしょ」

「さすがは武派だな」

 武派……にございますか。


 「今更だけど、学生時代ってよく考えずにお金使ってたわ」

 失礼ながら現在も学生ですよ。

「親の金だからなぁ」

「貧乏は世知辛いのよね」

「あーまぁな。大人になったらなったで思ったよりも面倒みたいな」

「それね。早く大人になりたかったけれど、大人になったらなったで年をとるのが億劫になる的なね」

「そうそう。かと言って学生に戻りかと言われたら別に戻りたくねーっつな」

「自由が無いからねー」

「……お二人共まだ学生ですよ? ほら、ウィヴィーさん。頬にマヨネーズとタレが付いております」

「はははっ。そりゃそうだ」

「とってー」

「機嫌は治りましたか?」

「怒ってないよ」

「それは良かった」


 しかしながら、一つのクレープを四人で分ける行為は。

「悪くないわね」

「悪くねーな」

「一人当たり、百三十円で済みますからね」

 笑みを浮かべるわたくし達です。

「ところでパワーレベリングは上手に行きましたか?」

「どうだろな。やれることはやったよ。ぶっちゃけオレは半数がいなくなると考えてるし」

「そうねぇ。二年F組六人しかいないのよ? 信じられる? まぁ知ってたけど、現実として感じるともうね」

「三年F組は何人だっけ?」

「二人よ」

「わぁ。そりゃすげーぜ」

 昇級できずに落ちる学生も多いです。それがこのゲームの特徴にございます。そこを主人公補正で補ってゆくのが腕の見せ所にございます。

 クラスメイトを引っ張りクラス全員で卒業は目指す。それも良いものです。わたくしは致しませんでしたが。

 ゲームとは申しましても甘くはありません。反発ポイントが幾つもございます。誰かが指示を受け入れますと誰かが指示に反発致します。ゲーム上の仕様にございます。

 そこへと少しでも介入しようと試みるお二人には頭が上がりませんね。

「結局……レベリングは全員お受けになられましたか?」

「なんと……全員受けた」

「滞りなく進んだようですね。良かったです」

「現実になると反発ポイントは無くなるのかしらね」

「どうだろな。ただ、やっぱ半数はいなくなると思うわ」

「反発ポイントってなに? なんで半数いなくなるの?」

「だってあいつら探索者になれればいいとか考えてて勉強してねーんだもん。恩着せがましいのはオレも嫌だけどよぉ。礼の一つもねーんだぜ。感謝ぐれーして欲しいもんだ」

「難しいものですね」

 お礼まで無いのはさすがに……。

「でもわかんだよな。学生の頃って親が何でもしてくれっからよー」

「あーそれね。してもらうのが当たり前的なね」

「基本的に舐めくさってたのを思い出したわ。オレの話だぜ」

「反発ポイントってなに⁉ なんなの⁉」

 レベル20前後ともなれば姫結良財閥に所属するには十分ですからね。


 個人で探索を行う方もいらっしゃいます。わたくしも将来は個人的に探索者を行いたいと考えております。組織はしがらみが多いですので避けたいわたくしです。姫結良財閥様にはぜひ隠れ蓑になって頂きたい。にんまり。

「お前はどうなんだよ。筆記うまくいってんのか?」

「どうでしょうか。全教科六十点取れればいい方かなと存じます」

「はははっ。んなもんだよな。それにしてもよぉ。女子高生が四人も雁首揃えて、何とも色気のねー話だ」

「あははっ。そうね。なんかおかしくなってきちゃった。でもまぁいいじゃない。アホみたいに恋愛の話ばっかりするよりはマシだわ」

「オレは別に恋愛の話でもいーぜ」

「あんたマジ⁉」

 このような時間が大切なのかもしれませんね。

「……女子高生が四人?」

 ウィヴィーさんが首を傾げております。わたくしをご覧になれても困ります。


 試験を終えて人心地――とは参りませんでした。

 夜になり【生贄の夜】第五夜がやって参ります。

 本日は音楽が流れております。心地良いゆったりとした音楽にございます。何処からともなく楽し気なジャズが響いているのでございます。

 しかしながら見回せども誰もおりません。まったく誰もおりません。明かりが灯り、カフェではコーヒーより湯気が立ち昇っております。しかしながら誰もおりません。テーブルの上のトースト。バターが蕩けております。不安を煽って参りますね。さすがです。

 サクリと一口――甘くありません。良いバターです。親指で唇を拭います。

 おそらくは【生贄の夜】テーマ【人形の遊戯。音の狂宴】でしょうか。


 これは敵味方問わず不安になりますね。

「あーやだやだ」

 テーブルと椅子を引っ掴んで兎さんがやって参りました。随分とササくれた兎さんにございます。

「こんばんは」

 カフェの椅子を隣から拝借して席へと着かせて頂きます。

「おめぇ、気配断ちレベル高すぎだろっきっしょいなー。なぁホーリーゴースト‼ おめぇ‼ だよ‼ おめぇ‼」

 きしょいは誉め言葉にございます。ホーリーゴーストはわたくしではございません……。

「やれやれよねぇ」

 猫ちゃんもいらっしゃいましたね。さしずめわたくしは犬でしょうか。

「兎と猫……わたくしはさしずめ犬でしょうか」

「サルだよ」

 サルでした。

「おめぇら今日は覚悟しとけよな」

 おっとワンコさんもいらっしゃいましたね。

「……よろしくお願います」

「うぃー‼」

 タヌキさん。マントヒヒさんにキリンさん。ライオンさん。カバさん。今日は最初から人が多いですね。プレイヤーは結局何人いらっしゃいますのでしょうか。

「なんか多くね」

 わかります――さて椅子取りゲームの始まりです。

「コーヒーでも淹れましょうか?」

 席を立つ余裕ぐらいはあるでしょう。無人のカフェよりコーヒーと紅茶を入れさせて頂きます。

「紅茶がいいぜ」

「私はコーヒーで」

「てめぇサル。ざまぁーねーな。俺から【聖者の行進】を奪ったつもりだろうが、はははっ、マジで笑えるぜ。元に戻ってみりゃーよぉ、手元にあるってもんだ。傑作だぜ‼ まったくよ‼」

「弱い犬ほど良く吠えると申します」

「てめぇ‼ Unビショップ‼ 調子乗ってんじゃねーぞ‼ 俺はお前の事忘れてねーからな‼ 俺のクランを潰したことをよぉ‼ このアンダーテイカーが‼」

「別人ではないでしょうか」

「てめぇこそ調子乗ってんじゃねーぞ‼ 犬っころがよぉ。イヌに失礼だろうがよ‼」

 おっとウサギさんが身を乗り出して参ります。

「あぁ⁉ てめぇには話しかけてねーよ。ビッチが」

「びっ……てめぇ……。純粋なあたしに向かって……ドタマきたぜ‼ 口しか吠えるところがねーもんな‼ おめぇーわよぉ‼ 奥歯ガタガタ言わせたろかい‼」

「やれやれだわ古午房。あんたそんなんだから私にフラれんのよ」

「はぁ⁉ フラれてねーし‼ てってめぇ‼ まさか古村崎‼」


 注いだコーヒーカップを並べます。良い香りが致しますね。クンクン。ペロッ。これはキリマンジャロ。わかります。

 カップへと口を付け淡い吐息を一口。温かい湯気が灯ります。

「いい香りね。さすがはエチオピアのコーヒーだわ」

 猫さんの言葉に動揺が隠せません。ふっふふーん。実はエチオピアのコーヒーだって考えていました。本当です。


 震える指で備え付けのシガレットから取り出すはチョコレート。カフェに陳列されてございました。ペリペリと剥いて咥えて噛んで舌でしっかりと舐め取ります。

 口から離して吐き出すわ……甘ーい吐息を一口。

 苦くて甘くていい香り。

「一本如何?」

 隣へと差し出しますと猫さんが一本受け取りました。

「Unビショップ。今度話し合いましょうか? 無明一文字についてじっくりと……」

「おい。Un《アン》ビショップ。オレもお前に話があるわ」

「そうですね。じっくりと……時間をかけて、二人っきりでお話したいものですね。ベッドの上で」

「ぶっ‼ あんたそう言うキャラなわけ⁉」

「おい猫‼ きたねぇっ‼」

 ふっとテーブルの上へと生贄が現れました。質量を持ちテーブルの上へと横たわります。

「しゃああ‼」

 やると考えておりました。三人は考えが一緒のようですね。ワンコが机を蹴り上げようと――猫さん兎さんと一緒に踵で机を押さえます。振り上げられた曲刀。マントヒヒさんはまったく優雅ではございません。フォークを顔へと放ります。

「あちちちちっうがああああ‼」

 おっとこちらへ曲刀を振り下ろして参りましたね。椅子の足を三つ浮かせて一つを軸に回転させ避けます。レッツパーティータイムにございます。

「お猿‼ 刀寄越して‼」

「あらあら」

「どうせ夢から覚めたら手元に戻るでしょ‼」

 仕方ありませんね。それよりもマントヒヒさんは人間ではございませんね。振り下ろされた曲刀を回転しながらすり抜けます。この椅子。なかなかによろしい椅子ですね。わたくしにはわかります。嘘ではございません。わたくし、椅子にはめっぽう目がございません。回転しながら体で隠した鏡より刀を取り出します。ついでに椅子を掴んでヒヒさんのお顔を殴らせて頂きます。うーん。頑丈で良い椅子です。わかります。嘘ではございません。嘘ではございませんんん。


 おっと生贄の羊さんがナマスになってしまいそうです。

 刀を少しだけ抜いて背中にて受け止めさせて頂きます。

 なかなかに重い一撃にございます。マントヒヒ。狒々、なるほど、狒々さんですか。これはなかなかのレディキラーにございます。

「貰ってくわよ」

 手を離して刀を猫さんへと御譲り致します。

「狒々さんですよ」

「あら素敵。狒々狩りなんて滾るじゃない」


 ライオンさんが羊さんに覆いかぶさって参ります。パクリと一口で丸呑みにしてしまいそうですね。テーブルをひっくり返して羊さんを受け止めます。ライオンさんの大きなお口にはテーブルを差し上げますわ。

 踵で軸を反らし勢いで跳ね上げ足の裏にて押し込みます。


 今度はキリンさんですか。視界の端にて捉えます。この構え……。

 キリンさんが足を地面へと振り下ろし踏み込みますと道路が割れ隆起致します。

 モナド【道殉】ですか。えっ。符を用いております。【陰陽師】か【道士】……【天道士】や【太極輪士】の可能性もございます。キリンさん……プレイヤーですか。今まで隠れていなさった方ですね。この型はやはり――武派の方ですか。武派はゲーム内でも異端です。

 道場のようなものと申しませばわかり易いでしょうか。

「ウィンドスワロー‼」

 風のツバメさんが体をすり抜け通り過ぎてゆきます。そよ風を追い風のように感じますね。それでもこの魔術を受けたらわたくしも無事ではすみません。

 キリンさんの符と風のツバメさんが絡まりバラバラと解けてゆきます。

 ついでに椅子を蹴っておきます。

 なんとキリンさん。蹴った椅子を蹴り返して参りました。


 これはなかなかに気合のお入りになった相手にございます。では椅子の数を増やします。椅子二つでサッカーをしております。おっとこれも返しますか。ではもう一つ増やします。あらあら、椅子三つではお付き合い頂けない。では椅子四つでは如何でしょうか。お逃げにならないでください。

「お逃げにならないで」

 頭に椅子を振り下ろします。椅子五つのサッカーはお気に召しませんか。では椅子六つでは如何でしょうか。


 椅子マスターであるわたくしにかかれば、椅子を六つ扱うのも苦ではありません。

 ライオンさんが羊さんに迫っております。必殺椅子独楽アタック。

 自らに回転を加えて解き放つ椅子投げアタックにございます。一つ。二つ。三つ。四つ。規則正しく高速回転した椅子が歩みます。

「兎‼ サル‼ 鳴り弓よ‼」

 弓術系のモナドですか。残りの一人はカバさんです。それとももしかして呪われた弓武器【蜘蛛丸】かもしれません。タヌキさんはおそらくパメラさんです。兎さんが対応しておられます。パメラさん……かなりの高レベルプレイヤーですね。わかります。だいぶ手加減していらっしゃる。あの方……もしかして。


 駆けます。横たわる羊さんの体へ腕を通し一回転。なんとか支えて――衝撃が通り過ぎます。鳴り弓とは剛弓から放たれる衝撃持ちの矢の名称にございます。

 ブラの紐が切れてしまったかもしれません――ブラしておりませんでした。

 ふわりと体が浮いております。空中における他人を抱えたままの姿勢制御はなんとふわふわとした難題にございましょうか。


 地に足が付き踏み込みますと重力が押し寄せて参ります。

 勢いを逃すために慣性を利用致します。羊さんの重さを利用してワン回転――靴底がすり減りますね。制服を着ていると意識しているのがミソにございます。スカートが優雅に翻ります。


 ふと――少女が視界の端に映ります。幼女です。幼女がおります。小さな指揮棒を巧みに振っておられます。現れましたね。【アムドゥスキアちゃん】です。悪魔【アムドゥスキアちゃん】。可愛い。可愛いです。ゴスロリです。金髪碧眼の艶めかしい幼女にございます。閉じた瞼。音楽だけを楽しみその姿勢。音楽の悪魔。音楽の悪魔にございます。

「アムたそだ‼」

「わかってるわ‼」

「はははっ‼ 楽しくなってきたじゃねーか‼ ビッチがよぉ‼」

 不協和音は致しません。音楽に合わせて現れたマネキン達が踊り出します。よろしくないですね。乱れた椅子を正して座り始めます。削れた体には楽器が付随しております。

 オーケストラです。始まってしまいます。


 反対側に表れましたのは同じく幼女の方。天使【イスラフィールちゃん】です。小さな指揮棒を持ち柔らかく振っておられます。慈愛と無垢に満ち、覗きかける白いフトモモはまるで純白の象徴のようにございます。音楽の天使。こちらは音楽の天使です。

 天使さん達が整列して参ります。奏でるは歌と申します。喉を奏でます。天使と悪魔、二つの音楽が不協和音を奏でます。

 一つずつは最高ですのに二つがそろうと途端に不協和音にございます。

 破壊と再生が巻き起こります――鼓膜が破れたかもしれません。痛みに顔が歪みます。耳の中がドロリとした感触に覆われて参ります。それなのに音が聞こえて参ります。音が無くなり触覚だけがドロリとナゾリ始めます。と思いきや、痛みがなくなりまた痛みがやって参ります。


 誰か一人がヴァイオリンでも嗜まなくてはいけませんね。

 その大役、わたくしが引き受けさせて頂きます。

 必殺椅子蹴り転がし――自分で説明致します。椅子の端っこを蹴る事により回転を加えて繰り出す必殺の椅子回しアタックにございます。

 加えて倒れた椅子を蹴り上げて位置を正し抱えております羊さんを座らせます。羊さん。良い髪質ですね。


 怪異【生贄の夜】、裏の話にございます。

 ここで生贄を捧げますと一年間の怪異免除がございます。さらに土地の運気が上昇致します。経験値の上昇やステータス加算、アイテムドロップ率も上昇致します。

 ゲームであるならば捧げても構わないのかもしれません。しかしながら選ばれる生贄は必ず善人となります。まさに生贄にございます。現実となってそれを許せるのかと申します話。わたくしは例えそれが沢山の人の幸せになるのだとしても許容できません。

 この方にも家族がございます。友達がおり、もしかしたら恋人等も存在するのかもしれません。幸せに生きて幸せに死ぬのです。それなのに人知れず犠牲になるなど許せましょうか。

 死ぬな。生きるのは戦いです。辛い時もございます。でも死んではいけません。誰かのために犠牲になるなど馬鹿らしい。……等とわたくしが申し上げる事ではございませんね。おこがましい。


 立て掛けてあるヴァイオリンへと手を伸ばします。失礼ながら命を吹き込ませて頂きます。

 奏でるは三全音――天使と悪魔と人の音楽にございます。音を誘導致します。さぁ、わたくしの音に耳を傾けて下さいませ。

「コイツ、ヴァイオリン弾けるのかよ‼」

 実は弾けませんが【リリスの瞳】さんは弾けます。そのためのチートアイテムが【リリスの瞳】なのですから。


 僅かな間に流れる魂と音楽の饗宴。

 これには【アムドゥスキアちゃん】も【イスラフィールちゃん】もにっこりです。視線と微笑みが流れて参ります。

 失礼とは存じますが【イスラフィールちゃん】の純白のおパンツがご覧になられております。いけません。後で忠言したい所存にございます。

 悪魔と天使が音楽を奏で始めました。

 ヴァイオリンの音色を添えさせて頂きます。

 ハンドネオンも加わります。視界が赤く歪みますね。音が耳に入らなくなって参りました。皆さん苦しんでいるご様子。わかります。

 全ての時間がお止まりになられたかのように苦痛です。

 楽しみだけではありません。音の苦しみがございます。苦悩です。音楽には苦悩が満ちているのです。その苦悩の数だけ音は素晴らしいのです。

 指が赤く染まります。しかしながら演奏をやめるわけには参りません。

 皆さん手をお上げになり、やめるように促して参ります。しかしながらやめませんしやめられません。赤い弦が滴って参りました。なんと心地良い演奏でしょうか。

 最後まで演奏しなくては……あぁ、もうすぐ終わってしまいます。わたくしのお耳がこうも脆いのが悔しくてなりません。


 走馬灯が参ります。

 モウセンゴケ、手折れた花、クジラ、ひまわり、いちじく、玄関の先、靴のニオイ、雨が乾いてゆく、帳の前、捲られる絵本、アスファルト、温かい貴女、滴る果実、振り落ちる、無音の雪。

 おり曲がる腕、形を成す腕、折れ曲がる指、捻じれる筋。

 呼吸すら鬱陶しい。


 天使と悪魔の音楽は、人間には聞き取れないものなのですから。壊れて治り壊れて直り、自分が壊れているのか、それとも治っているのか、壊れているのか治っているのか。

 ぶちぶちと指の筋肉が切れ紡がれる音が響きます。足がへたり込みます。弦が弾け飛び、鈍い痛みが参ります。最後の一音を奏でます。

 そう――天使と悪魔が奏でていた楽器はわたくしなのですから。

 【生贄の夜】第五夜。協奏曲十三番【人形の遊戯、音の狂宴】はこれにて終了にございます。ソリストを務めさせて頂きました。わたくしにございます。

 悪魔と天使が近づいて参ります。その表情は、何とも満ち足りておりました。今この時だけはこの場の全てが報われてもいい。

 羊さんは無事ですね。特等席です。あぁ……私が壊れてゆきます。


 瞼が開きます。失ってしまいましたね。失ってしまいました。音楽の時間を失ってしまいました。何とも、何とも形容のし難い時間にございました――それから数日、わたくしは体調を崩して伏してしまいました。

 古村崎さんには申し訳ないのですが【無明菊一文字】は鏡の中へとお戻りになられておりました。愛おしい刀ですね。わかります。


 さて悪戯好きの悪魔が地上に残したものが三つあると申します。

 【イスラフィールちゃん】がいらっしゃらなければ、おそらくわたくしは亡くなっていたでしょう。感謝の念が絶えません。さすがです。

 気が狂ったように母が寄り添います。お仕事はどうしたのでしょうか。お仕事は……。無断欠勤はいけません。いけませんよ。ご心配をおかけして申し訳ない限りです。なんて素敵な添い寝なのでしょうか。

 妹様のご飯が。妹様のご飯が荒れております。お粥の作り方を間違えておられますううううううう。そんなお粥はらめぇえええ。味付けが違うのおおおお。それ砂糖らのおおお。お酒じゃなくてそれリンゴ酢らのぉおおおお。

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