第12話 真なるスキュレー:お蕎麦と共に

 次の日、母の会社に母が今日は休む旨をお伝えし、学校へ今日は休む旨を伝えました。

「お姉ちゃん……ママに変な事しないでよね」

「大丈夫よ。気を付けていってらっしゃい」

「絶対だからね」

「何も致しませんよ」

「絶対だよ」

「はい」

「絶対だからね」

「わかっております」

 妹様は何度もこちらを眺め、なかなか玄関から進もうとしないご様子。心配なのですね。わかります。

 おっと、しかしながらこれはまさかのいってらっしゃいのキスチャレンジが行えるのではございませんか。

「ちょっと待っていてください」


 鏡の中から【死神のコート】を持ち出し妹様へと着せる私です。

「なにこれ」

 ふわふわのシースルーでありながら、確かな防御力を有し、切れ味33までの刃物を通しません。打撃にもほどほどにお強いです。

 妹様をコートで包み、頬へ唇を寄せます――チュッ。

「お勉強頑張って下さいね」

「んんんんんん‼ ちょっと‼ もう子供じゃらいんだから‼ やめってらめてよね‼ 変態‼ 馬鹿‼」

 お弁当を手渡し、玄関から外へと出て視界から外れるまで手を振り見送る私です。

 そして家に戻り――朝からソファーに寝そべる母に寄り添います。


 今日はずっとこのままなのだそうです。

 大沼さんといい中川さんといい、母はどうやら魔性の女性のようですね。わかります。

 バランスの良い体躯、頭と体の比率も良く、長い僅かな癖毛の黒髪に、肌はほの白く、唇は薄桃色。

 包み込めるほどに華奢。佳人薄命を体現したかのような母にございます。

「……寧々はお母さんの事なんて、どうでもいいんだわ」

「そんな事はございません」

「お母さんはこんなに心配してるのに、お母さんなんかどうでもいいんでしょ」

「心配させてごめんなさい」

「謝ればば済むと思ってっ」

 ソファーに横たわり母を胸に包みます。後頭部に手を這わせ、母を労わる私です。

「うー……」

 胸に強く顔を擦りつけてくるのを感じます。

 この美貌で三十二歳、三人の子持ちですからね。信じられません。


 ちなみになのですが、中川さんはかなりの優良物件です。

 身長、ルックスに加えて心根も大変すばらしいと設定がございます。

 しかしながら悲しい過去があり、一度目の結婚のおり、奥様に移り気を起こされて離婚した経験設定がございます。そして現在その元お嫁さんにストーカーされております。

 プレイヤーとは恋愛婚姻は可能です。可能ですが元お嫁さんのストーカーと壮絶なバトルを繰り広げなければいけません。ざまぁをしなければなりません。


 もし母が中川さんを好むとおっしゃるのなら、大沼さんには申し訳ないのですがやぶさかではない。やぶさかではございません。

「寧々‼ 聞いてるの⁉」

「聞いております」

「そうやって母を蔑ろにするんだわ。お母さんがっこんなに思っているのにっ」


 しかしながら母にその気が無い。無いのでは仕方がありませんね。

 身じろぎを行い母に強く体を密着させる私です。母は私に気を掛けて欲しいのです。昨日はお迎えにゆく時間をだいぶ過ぎてしまいましたから仕方がありません。

「蔑ろになど思っておりません。愛しております」

「そんなこと言ったって騙されないんだからねっ」

「愛しておりますよ」

「ううううううう。どれぐらい?」

 おっと――どれくらいか。これはなかなかに危うい台詞にございます。

「ずっと一緒にいたいぐらいです」

「そんな事言ってっ。すぐどこかへ行く癖に」


 何時の時代も求められたいと乙女心は複雑な模様です。その心、私にもわかります。こういうのをウザいとか重いとか切り捨てられるのは辛い場面もございます。

 良いでしょう。お母様が満たされるまで、グイグイ求めると致しましょう。

 春の陽気――会話を繰り返すうちにうとうとと眠気も勝って参りました。

 昨日母はあまり眠れていなかったご様子。普段の仕事もなかなかに厳しいものがございます。せっかく休みを頂いたのですから、今日はゆるりと体を労わって欲しい。そのような日があっても良い。そう考える私です。

 仕事は大切です。お金も大切です。ですが何より命が大切にございます。


 おかしな話なのですが、母の僅かな笑い声が耳に入りますと、その声を食べてしまいたいと、ふとそのような考えが脳裏を過ってしまうのでございます。

 その甘い吐息と一緒に咀嚼して食べてしまいたい。

 私は母親には愛されなかった身。母性を求めているのかもしれませんね。


 仄菓さんがこうなってしまったのも、少しではございますが、理解できてしまうのでございます。

 仄菓さんとサツキの母親であるヤヤ姫様は幼馴染で親友です。

 さらに仄菓さんにとってヤヤ姫様は初恋と憧れの人。

 なかなかに設定は複雑なのでございます。


 あの夏の日。本家であるヤヤ姫様のご子息サツキは誘拐されてしまいました。その誘拐にサツキの幼馴染の寧々さんも巻き込まれてしまいました。

 ちょっとした遊びだったのでございます。サツキは家の風習により着物を着ておりました。赤い見事な着物にございます。

 サツキはお家柄上、仕来りが強く、寧々は分家であるがゆえに仕来りがそこまで強くはございませんでした。寧々はサツキがお召しになっていた赤い綺麗な着物を着て見たかったのでございます。衣服を交換してしまったがために、誘拐犯はサツキと寧々を取り違えてしまった。

 サツキを慮りサツキを逃がすために自らがサツキだと告げた寧々と、寧々を慮り自分がサツキだと犯人たちへと告げたサツキ。混乱と暴力と自体の急変と逃走、そして放置。


 発達した入道雲と、激しい夕立。

 増水した川の水と置き去りにされ巻き込まれた二人。

 水気を吸い重くなり山の神の元へと召されてしまった寧々と、軽い服を着ていたために浮いて助かったサツキ。

 寧々の服を着ていたサツキを我が子だと思い込み駆け寄った仄菓さんと、服装に関係なくすぐに我が子だと気付いて駆け寄ったヤヤ姫様。

 すぐに気づけなかった罪悪感と寧々を失った喪失感に悩まされ、心を壊してしまった仄菓さんに私は何も申せません。


 寧々の髪は、日差しへと翳せばと薄っすらと夕焼け色に。

 サツキの髪を、日差しへと翳せば薄っすらと紫色へと変わります。

 日と影なのでございます。


 設定として存じ上げてございますし実際にサツキの髪は濃紫色です。

 事件に関してわたくしが申せることなど無いのかもしれませんね。

 例え体がサツキのものだったとしても。


 錯乱し寧々の死を受け入れられず、サツキを寧々として誘拐してしまった仄菓さんと自らの境遇に巻き込んでしまった寧々を慮(おもんばか)り寧々となるのを拒否しなかったサツキ。

 背景はなかなかに圧(の)し掛かるものがございます。

「寧々。お願いよ。お母さんを心配させないで。ずっとずっとお母さんの傍にいて」

 軽く申しておりましても、その実はとても重い台詞なのかもしれませんね。

「ずっと一緒です。ずっと一緒におります。お母様」

「ずっと一緒よ」

 その気持ちが少しわかる気がするのでございます。


 父が亡くなった時、私は涙を流しは致しませんでした。

 父が亡くなった事よりも、父の死を看取れた安堵の方が大きかったのです。

 緩慢となり微睡みゆく父と、握りしめた温かい手。うとうとと眠りに落ちてゆくように瞬く瞼と徐々に力と温もりを失いゆく指先。

 ありがとう。ありがとうと、最後の力を振り絞るように父は何度もつぶやいておりました。脱力し失った体――なす術はなく静寂と時間ばかりが流れます。

 亡くなってそれで終わりでもございません。

 お葬式もございます。すべてが終わった後の部屋は、主を失ったかのように静かでございました。人の心は複雑なもの。そう簡単に計れるようなものではないのかもしれませんね。


 子供のようにグズり、身を寄せる母の体温はまるで温かな日差しのように微睡(まどろ)ましい。ソファーで向かい合い体温を確かめ合い、頬ずりや頬や手へのペッティングを繰り返します。

「お母さんは寧々がいないと生きていけないのよ」

「寧々もお母さんがいないと生きてはゆけません」


 何度かお手洗いやお昼ご飯を頂きはしたものの、その日は一日母とくっついておりました。

「うー……すぐ戻るからそこにいて、すぐ戻るから、動いちゃダメだから」

 お手洗いに立つとこのありさまで、戻ると続きを慣行致します。

「寧々……寧々。愛しているわ。寧々。お母さん貴方を愛しているわ」

「はい。お母様。私も愛しております。深く深くお慕い申し上げております」

「もう……寧々ったら。愛してる。愛してる。愛してる」

 背中へと手を這わせ、モモやお腹へと手を這わせ、温もりでぬくぬくと微睡み、目覚めてまた微睡み、夕方へと向かってゆきます。

 きっと仄菓さんも我が子の無い温もりに絶望してしまったのでしょう。

 その心が少しでも癒されれば良いと感じる私です。


 愛は与えるものとは申しますが、わたくしはそれだけとは考えておりません。

 例え愛は与えるものだとしても見返りは必要です。

 親が子供に愛情を注ぐのは、子供の笑顔や成長が見返りとなるからです。

 夫婦であっても同じもの。

 与えるだけでは疲弊してしまいます。愛は与えるものではなく、与え合うものと考えております。

 母(仄菓さん)が愛を与えて下さるとおっしゃるのなら、愛をお返しましょう。


 お金を稼いでくださるとおっしゃるのなら、家事や身の回りのお世話でお返しする私です。

「今度のお休み、温泉行きましょう」

「……温泉?」

「はい。三人で温泉行きましょう。お母様」

「一緒なら……いいけど」

「温泉と水族館に行きましょう。あと……観覧車にも」

 ナデナデと母を愛でる私です。

「お母さんね。記憶があんまりないの。でもね、今度は間違えないから。今度こそ間違えないから。寧々。貴方だけが大事よ。今度は間違えないからね。寧々」

 何とも申せませんね。

「だからね。寧々。今度こそお母さんを選らんで。今度こそお母さんを選んでね。嘘は付かないで。隠し事もなしよ。もう二度とあんな思いは嫌なの。お願いね。お母さんには寧々しかいないの。お願いよ。寧々」

 そう告げて胸に埋もれる母を、わたくしは撫でる事しかできませんでした。


 そして十六時と何時もより早く妹様が帰って参りました。どうやら気になさっていらっしゃったようですね。わかります。心配ですよね。大丈夫です。

「おねーちゃん‼ このコートのポケットに虫が入ってんだけど‼ 嫌がらせ⁉」

 おっとコカブトムシさんの存在を失念しておりました。申し訳ない所存です。着替える時に急ぐあまりタクティカルズボンよりコートのポケットへと入れたままにしてしまったようですね。


 その後、百円ショップにてプラスチックの容器とカブトムシ用の木屑、金魚用の半生アカムシさんをご用意してコカブトムシさんをおもてなし致しました。一日一回霧吹きで水を与え、半生アカムシさんをまぶします。コカブトムシさんはかなり丈夫な昆虫です。自然へと逃がしてあげたい所存にございますが、国内外来種である可能性や迷宮内変異体である可能性を加味してしばらく様子を窺います。こればかりは仕方がございませんね。大丈夫です。例え自然に返せないとしても精一杯愛でさせて頂く所存にございます。


 夕飯はザルお蕎麦に致しました。

 鰹節、シイタケの粉末等で出汁を作り、醤油を加えて味を調えます。

 薬味はネギとミョウガを刻んだ物をご用意、お好みでワサビも加えます。私はワサビをツユへと加える派にございます。

「何もしなかったでしょうね」

「何もございませんよ」

 天ぷらは市販のものをご用意致しました。申し訳ないのですが半額の商品となっております。レンジで温めて頂きます。ツルツルとあっと言う間に食べ終えてしまいました。

「ほんとに?」

「えぇ。お母様。今日のお蕎麦はどうですか?」

「んふふっ。おいひいわ」

「そうですか」

 笑顔が零れますね。

 お蕎麦はついついいっぱい食べてしまいます。

 ちなみにわたくし、伸びたお蕎麦は許せません。


 次の日――となればよろしかったのですが、どうやら【生贄の夜】四日目に召喚されてしまいました。今日は月が赤いです。あまり良い雰囲気とは申せませんね。

 ボスが現れたようです。

 今回のボスは……あーあー……あぁあ。どうやら……おっとこれはよろしくありません。よろしくありませんね。

 骸骨天使。骸骨天使です。無数の骸骨天使が羽ばたいております。これはよろしくありません。異様な光景です。人型の骨格。その背中に羽が生えております。

 救済と呼ぶには凄惨な死を与える天使様達です。


 数が多いです。対応レベルは60程度。一体一体のレベルが40ございます。

 これはよろしくありません。

「まずいよ‼」

 誰かが叫びます。理由は明確です。数が多いのです。対応している間に生贄を殺されかねません。女性の方はもう錯乱しております。

「どうして……どうして私がこんな目に。ねぇ? 私何か悪いことした?」

「知るか‼ ちょっとスカート掴むんじゃねーよ‼」

「いい加減にしてよ‼ もう嫌‼ もう嫌よ‼」

 限界のようですね。とは申しましても見捨てるには忍びがございません。


 そっと姿を現す私です。

「骸骨天使はわたくしが誘導致します。」

「味方⁉」

「生贄を守って下さい。ブローヴアクスが狙っております。魔術にも気をつけてください」

「わかってるっつーの‼」

「あんたは味方でいいのよね⁉」

「目の前で人が亡くなるのは忍びありません」

「そうよね⁉ そうわよね⁉ 普通はそうよね‼ 目の前で人が死ぬなんて許せないわよね‼ ブローヴアクスはあたしが潰す‼ 口の悪いあんたは生贄を守って‼」

「指図すんじゃねーよ‼」

 そうわよね。初めてお耳に入れる言葉でございます。


 古村崎さんと姫結良さんはお互いを気づいていらっしゃらないご様子。

 ブローヴアクスは古午房さんと認識しております。魔術はパメラさんでしょうか。パメラさんはどうやらアンダー側のようですね。それは責められません。

 ちなみにグッド、イノセンス、アンダーと線引きがございまして、グッドは正義感の強い方を差します。イノセンスは中間、アンダーはグッドの反対側にございます。


 カードを取り出しマップより地形を把握致します。

 地下歩道橋、地下駐車場――どちらでも構いません。おっと地下歩道橋が近くにございますね。これは利用可能です。しかしながら下手をしたらわたくしは今日死ぬかもしれません。

 スキル【ロングレンジ:石切礫】で骸骨天使を誘導致します。

「モンスターテイカー……Unビショップ⁉ まさか……あんた‼ Unビショップなの⁉」

「あぁ⁉ アンダーテイカーのUnビショップ⁉ ニャメ大一位がボコられたって言う。犯罪組織の親玉じゃねーか‼ ゴースト……コイツ‼ ホーリーゴーストか‼ てめぇあの時の事忘れてねーからな‼ てかビショップじゃねーのかよ‼」

「Unビショップよ‼ ビショップだけどモンスターテイカーの技も使ってたのよ‼」

 古村崎さんにスキルからモナドが察せられてしまいました。中々にやり込んでいらっしゃるご様子。さすがです。アンダーテイカーはゲーム上で猛威を振るった実体のない犯罪クランの名称にございます。Unビショップとはなんでしょうか。ホーリーゴーストもわかりかねます。ニャメ大一位はおそらくニャメリカ大陸一位だと存じます。

 有名なクランは他にもございました。一番有名だったのは武派でしょうか。強いスキルやモナドに頼らず、弱いスキルやモナドを極めて戦う武闘派集団の方々でした。

 リーダーだった春香さんとは何度かお手合わせ頂きました。【幻影師】と【道殉】を極めたお強いお方でした。あの芳しい戦いの香り。懐かしく甘酸っぱく、もう二度とお目通りができないのかと今更ながらに切なくもなります。


 二人共が何かを叫んでいらっしゃいますが遠くて微細には聞こえませんね。

 二人から離れて道路を走りながら【ロングレンジ】で骸骨天使を引きつれます。背後が恐ろしいですね。わかります。

 あれらに捕まりましたら身動きが取れなくなります。何体いらっしゃるので――体が反転しております。上空を斧が通り過ぎてゆきます。空気を切り裂く音が鈍いです。

「ちっ‼」

 ブローヴアクス――貴方に構っている暇はございません。


 地下歩道橋へ滑り込み――邪魔な人影を蹴り飛ばします。誰でしょうか。味方ではありませんね。

「フ〇ックっ‼」

 おっとそのような汚い言葉を使用してはいけません。

 手すりに飛び乗り滑りおります。

 さぁさぁ背後を振り返り、後ろダッシュを行いながら【ショットガン:石切礫】を繰り返します。骸骨天使のライフは450程度。おっと反対側からブローヴアクスがやって参りました。どうやら狙いは私のようです。構いません。振りかぶられた斧をかわす私です。

「火尖鎗‼」

 おっと……このような空間でそのような危ないスキルを使うなんて正気の沙汰ではございません。地面に伏せてやり過ごす私です。


 炎が上に向かう性質で良かったですね。背中が熱いです。

 迫りくる骸骨天使をかわして【ショットガン】をぶっ放す私です。

「聞こえたぜ‼ Unビショップ‼ てめぇにやられた傷がうずくぜ‼ こんな所で会えるなんてよぉ‼ 俺のクランを潰した野郎によ‼ こんな所で会えるなんてよぉ‼ 笑いが止まんねーぜ‼」

 誰かと勘違いしておられませんかね。

 ひたすら【ショットガン】連打です。それしか行いようがございません。

「しゃらくせぇ‼ 風化二輪‼」

 おやめになってください。迫りくる炎の車輪、飛び天井へ張り付きます。

 まったくもってよろしくない。よろしくないですね。通り過ぎて下さったので降りて背を向け駆けます。振り向きざまにバックステップを踏みながら【ショットガン】を連打します。

「くそ‼」

 夜が明けるまで身が持ちますでしょうか。悩ましい私です。


 反転し一度外へ向かいます。マップを開いて次の封鎖空間を探します。

「待て‼」

 待てと言われて待つ人はおりません。

 スキル【ショットガン】を併用しつつ階段を昇り外へと這い出します。

「ヘイ‼ ジャジャーン‼ ディスロードイズアデッドエーンド‼」」

 フ〇ックの彼が階段を封鎖しております。

 残念ながらカバディをやっている暇はございません。左、上、下、右、左、右とフェイントを重ね掛けして背面飛びで上から抜けます。

「オー‼ マイゴット‼ ジャパニーズニンジャ⁉」


 外が赤い。外が赤いです、赤いどころじゃないほどに赤い。ブラッディです。あーああああああーもう。あー……これは一度合流と考えておりましたら向こうから三人がやって参ります。

「追いついたぞ‼」

「邪魔だクソ野郎‼」

「ぐぁっ」

「ヘイ‼」

「なんだコイツは‼」

「アウチ‼」

 おっとブローヴアクスの彼と英語の彼がお悪い口の彼女の飛び蹴りで吹き飛びます。

「やべーぞ‼ そろそろ来る‼ 青か赤かベーゼちゃんだ‼」

「うっわっ。懐かしいその呼び方‼」

 この方達、姫結良さんと古村崎さんですね。確信致しました。わかります。生贄の方はもう顔面蒼白ですね。蚊帳の外のご様子。そのお心、お察し致します。


 ……ベーゼちゃんはよろしくありませんね。

「来た‼」

 空に歪が生じます。おっと……おっとあれは、あれはベーゼちゃんです。終わりました。地獄の鬼ごっこ確定にございます。

 地・獄・鬼・ごっ・こ・確定☆。

「くっ……くくっ……このクソゲー‼ ほんとクソゲーだぜ‼ クソがよぉ‼」

「あっはははっ。もうね。何て言ったらいいのか。もうね。あっははは‼ 上等わよ‼ いいわよ‼ やってやるわよ‼ かかってきなさいよ‼」


 ちなみに敵の情報はこのような形です。

 骸骨天使。レベル38~48。

 固有スキル。

 1,【ボーンクラッシュ】、体が砕けるのも構わない体当たり。

 2,【リヴァイバル】、一定確率で蘇る。

 3,【破滅の光】、精神力44以下の対象を操る効果を持つ光を放つ。

 ドロップアイテム。

 【腕の鈍器】、骸骨天使の腕。打撃コード27。

 【敗れた聖なる羽織】。白く所々が破れた羽織。金の帯列だけが鮮やかさを放っている。切れ味コード27までの刃物ダメージを20%防ぎ、35までの刃物ダメージを7%軽減する。又金の帯に刻まれた神聖文字は聖なる効果を持ち、魔法ダメージを5%軽減する。

 【闇の瞳のルーン】。黒い宝石。対象を3分間支配するコントロールスティグマを一回だけ使用できる。ただし精神の値が44を超える人間を支配することはできない。

 そしてこの骸骨天使さんを一定以上倒しますとボスが出現致します。


 ボスは三種類。

 1,【ブルースキュラ(青スキュラ)】。レベル70~89程度。

 固有スキル。

 1,【破壊の光】、口から400℃の光線を放つ。

 2,【だだっこ】、転がり周り暴れ回る。

 3,【超高水圧】、口から高圧の水を放つ。切れ味コード24。

 ドロップアイテム。

 1,【栄光の青(杖)】魔力コスト-5。魔術:【ブルークラーケン】を使用可能。水のイカを作りだし攻撃する。一匹につきエーテル23消費。

 2,【破滅の青(杖)】。魔力コスト-7.魔術:【ブルーライン】を使用可能。200℃の光線を放つ。最初にエーテルを50消費、継続で秒間2ずつ消費する。

 3,【栄光の冠】。頭装備:知恵+12。スキル【目覚めの光】を任意に発動できる。

 スキル【目覚めの光】。眠っている対象を強制的に起こすが、目立ちヘイト+10。

 4,【青スキュラの皮】。青スキュラの皮。加工でき、武器防具を作成できる。

 5,【青スキュラの骨】。青スキュラの骨。加工でき、武器防具が制作できる。

 6,【青スキュラの頭蓋】。青スキュラの頭蓋。杖に加工できる。


 2,【レッドスキュラ(赤スキュラ)】。レベル130~150程度。

 固有スキル。

 1,【滅びの雷火】、空より雷が飛来する。最小5から最大15の稲妻が落ち、落下地点に継続ダメージを伴う炎が発生する。

 2,【打ち鳴らしの鐘】、拳で地面を打ち鳴らす。衝撃+衝撃波発生ダメージあり。

 3,【全てに終わりを】。叫び声が木霊し、恐慌及び麻痺、全てのステータス10%ダウン。ダメージあり。

 ドロップアイテム。

 1,【叡智を掴む者の冠】。知能+40。その他のステータス-50。

 2,【スキュラの星(槍)】。水属性の骨槍。スキュラの骨がそのまま使用されている。貫きコード35。魔術【彗星槍】が任意に発動可能。

 3,【魔術書:彗星槍】。複数の水の槍が出現し対象を攻撃する魔術彗星槍を習得できる魔術書。出現数は知能による。

 4,【恐れよ我を(指輪)】。装備するだけで半径5m似内に恐慌オーラを発する。魅力がゼロになる。

 5,【赤スキュラの皮】。赤スキュラの皮。武器武具に加工できる。

 6,【赤スキュラの骨】。赤スキュラの骨。武器防具に加工できる。

 7,【赤スキュラの吸盤】。赤スキュラの吸盤。短刀、杖に加工できる。


 3,【スキュラ(ファーストブラッド)】。レベル???

 完全なるスキュレー(通称ベーゼちゃん)。上半身は魅力手な女性、下半身は無数の犬。

 固有スキル。

 1,【誘惑の君】。魅了攻撃。対象は必ず魅了される。精神力100以上にてステータス半減のデバフは受けるが自由に動ける。120にて魅了はされるが自由には動ける。魅力100以上にて魅了を解除可能。魅了を解除できても動けるかどうかは精神力判定。

 魅了後動けなくなり緩慢に近づいてくるスキュレーが一定距離内に入ると暗転し即死。

 2,【貴方は私の物】。魅了攻撃。対象は必ず魅了される。対象に近づく事を強要され、近づくと【ハウンドバイト】を受ける。精神力100、魅力100以上にて抗える。【ハウンドバイト】を受けると即死。

 3,【愛ある抱擁】。魅了攻撃。対象は必ず魅了される。対象に近づく事を強要され、ヤツザキにされる。即死。精神力100以上にて魅了はされるが、近づくのを拒否できる。魅力100以上にて魅了を解除できる。

 追記:倒せない。無敵。出会ったら死ぬか逃げるかを強要される。

 なお魅力200以上にて対象に気に入られる。


 契り。【スキュレーの寵愛】。

 スキル【テンタクルバイト】を召喚できる。

 対象は【スキュレー】に対してエーテルを支払う。

 神が如き獣【スキュレー】の気分により奪われたエーテルの量に伴った数の変動する無数の犬が出現し対象を噛み砕く非常に強力なスキル。ダメージ固定で犬の数により1000~3000ダメージが期待できる。

 魔術。【エレミナルクリティカ】、【ヴォーテクスマキナ】、【アイアンハザード】、【エレメンタルバルマス】を授かれる可能性がある。

 一日一回スキュラに召喚され抱擁を強要される。拒むと即死。

 なお寵愛を受けたものが男子だった場合は抱擁後、暗転しライフが1になる。

 何かを奪われたようだと表示されます。


 共通使用魔術は以下の通り。

 1,【ウォーターランス】。

 水で構築された無数の槍で敵を穿つ。熟練度により槍の威力、精度、数が増える。

 2,【ウォーターソード】

 高水圧のブレードを展開する。横か縦に振られる。

 3,【ウォーターボール】。

 水圧球を飛ばす。コンクリート並みの強度を誇る水の球を弾丸並みの速度で射出する。

 4,【ウェーブ】

 漣が押し寄せ、足場を揺らす。海フィールド形成。水魔術のコストが下がる。


 神が如き獣【スキュレー】専用魔術。

 1,【エレミナルクリティカ】。

 雷を纏う50㎝級の水球をレールガンとして射出する。爆破はしない。

 2,【アイアンハザード】。

 地面より分厚い(40㎝前後)鋼鉄の板を複数召喚する。召喚場所は任意に決められる。

 3、【ヴォーテクスマキナ】

 大気の鼓動。竜巻舞い風雨荒れる。

 4,【エレメンタルバルマス】

 出現した岩石を投擲する。


(あーっああーあーもう。あああー)

 寄り目の逆を行い、口が半開きで涎が垂れますね。全部の攻撃が即死でございます。

 わたくしは逃げます。生贄の女性を抱えての【気配断ち】。即去り案件でございます。

「わたくしは逃げます」

「あっ‼ ずりーぞ‼ てめぇ‼」


 力40を超える私です。女性一人ぐらいなら抱えられます。残念ではございますが、【リリスの瞳】はソロ限定。ソロ限定でございます。

 おっと。体が横に傾いたので何かと考えましたが、背中をお見せしたわたくしの隣を何かが通り抜けてゆきました。衝撃波だけで体が吹き飛びます。反転し、壁に足を――衝撃を殺し降り立ちます。生贄の方は……大丈夫ですね。

 魔術【エレミナルクリティカ】にございます。肝が冷えますね。ベーゼちゃん。さすがです。ベーゼちゃんは匂い探知、視覚探知、聴覚探知にございます。

 視覚で探られれば【気配断ち】の意味がございません。


「お前っ馬鹿‼」

 姫結良さんと古村崎さんに建物奥に引き込まれます。

 古午房さんと英語の彼は速攻でお逃げになったご様子。さすがです。情報判断が的確ですね。後三人ほどプレイヤーがいらっしゃるはずですが姿をご覧になさりませんね。わかります。

「あれは無理よ‼ 逃げるしかないわ‼」

「逃げるっつったってニオイ探知だろ‼ 見つかった時点で辿られるはずだ‼」

「そんな事言ったって逃げるしかないでしょ‼」

「貴方魅力いくつよ‼」

「72だ‼」

「精神力は⁉」

「あげてねーよ‼」

「貴方魔法職でしょ‼ 【魔法少女】目指してるんじゃないの⁉」

「うるせぇ‼ 知恵が先だろうが‼ お前こそどうなんだよ‼」

「馬鹿にしないで‼ 脳筋よ‼」

「馬鹿じゃねーか‼ お前はどうなんだ‼」

 おっとお二人に詰められておりますが、足を止めるわけには参りませんね――あああああああ。【エレミナルクリティカ】が目の前を通り過ぎてゆきます。建物など紙切れ同然ですね。当たらなかったのは運の賜物。運の賜物にございます。

「ひぇっ」


 これには姫結良さんも顔が真っ青ですね。わかります。わたくしも膝が震えております。倒れる瓦礫を【ショットガン】で吹き飛ばす私です。

「やばい……緊張しすぎて吐きそう‼」

 古村崎さんもなかなかに参っているご様子。わかります。

 魅力初期値72。これは姫結良さん。姫結良さん確定ですね。


 姫結良さんは実は武士の家系にございます。姫結良重工業のご令嬢。姫結良財閥のご令嬢様にございます。本物のお嬢様。古き良きお嬢様です。わたくしとは違いますね。わかります。

 実は姫結良さんのパラメーターは脳筋よりです。それでもなぜ【エレメンタルスター】なのか考えておりましたが、先ほどの発言より最終目標は【魔法少女】と察せられました。さすがです。モナド【魔法少女】はチートモナド、チートモナドです。

 エーテルによる肉体強化、エーテルによる特殊防具、エーテルによる特殊魔法。

 エーテルさえあれば何でもできます。逆を語ればエーテルが無ければ何もおできになりません。

 よって知性と精神の二極となります。

 特に知性より。


 姫結良さんは財閥ご出身でありながら、病弱だった過去がございます。そしてさらに、財閥としての教示により、本来はAクラスの所をFクラスに配属されました。

 四大企業であり派閥であるイヴ・コーポレーション、イヌビス財団、マドレーヌ教団、姫結良重工業はこの街の縮図です。

 AからCクラスに置きましては、この四つの財閥が仕切っております。

 それ以外、平の方がD、Eと、無関係の方、つまり一般の方がFとなります。


 学校はエスカレーター式ですので一般の方はどうしてもご入学がほぼ高等部からとなります。初等部中等部等、一般の方の編入や入学は敷居がとてもお高いです。

 Fクラスと語れども、一般の方からは十分にエリートなのです。


 姫結良重工業は他の企業とは異なり、落ちこぼれのFクラスでも将来的には所属させて頂けます。さすが我が国、日ノ本(ひのもと)の企業にございます。

「この方をお願いします」

「はぁ⁉」

「どうやらベーゼちゃんの狙いはわたくしのご様子。わかります。わたくしが引き寄せますのでお二人は彼女を守ってください」

「ざけんな‼ 俺は四回まで死ねる‼」

 フォーチェンオブクローバーですか。

「そう言う問題ではございません」

「私、スワロウテイル持ってるわ」

 おっとこれは……素晴らしいです。

「ではなおさらお願いしますね。ヴォーテクスマキナに巻き込まれないようご注意ください。どちらのアイテムも万能ではございません」


 古村崎さんがスワロウテイルを持っていらしたとは考えておりませんでした。

「だーら‼ 大丈夫だって言ってんだろてめぇ‼ 人の話聞いてんのか‼」

「生贄優先です。この方がお亡くなりになりましたらわたくし達は何のために頑張っているのかわかりません。不条理は許せません。そうではございませんか? わたくしはそうです」

「でもよ‼」

「あんた大丈夫なのよね⁉」

「わたくしにも秘蔵はございます。【リリスの瞳】を所持しております。どちらか、【聖者の行進】などは所持しておられませんか?」

「魅力150‼ それは古午房が持ってるわ……」


 古午房さんですか。ここでわたくしが古午房さんに反応してしまえば、素性が知れるので反応は致しません。【聖者の行進】あれは良いものです。良いもの。

「古午房さん? その方はどなたでございましょうか。どうにもなりませんでしょうか」

「いや‼ そうでもないわ‼ 古午房は今このエリアにいるはず‼」

「あのブローヴアクス持った奴だろ‼ ぜってーそうだろ‼」

「ではお二人のどちらかにお願いがございます。そうですね。どちらかのアイテムを【聖者の行進】と交換して来て頂けませんか?」

「はぁ⁉」

「……【フォーチェンクローバー】なら交換に応じるはずよ」

「ふざけんな‼ じゃあ、てめぇの【スワロウテイル】とまず交換しろ‼」

「対価は? 貴方が私達に寄越す対価はなに?」

「……無明菊一文字等如何でございましょうか」

「……ホンとに? ほんとなの? 嘘でしょ? 現物を見せなさい‼」


 物陰に隠れ、生贄を下ろし、悟られぬように鏡より【無明菊一文字】を取り出します。

 鯉口を切り――光を帯びる刀身をお見せ致します。本当は手放したくないのですが背に腹は代えられません。

 手を出し触れようとする古村崎さん。刀身を閉じて交わします。

「交換です」

「うぅぅ……これは本物だわ。夢にまで見た刀が目の前に。本当に⁉ 本当に交換してくれるのね⁉ 絶対よ‼ 絶対だから‼ 姫結良‼ 交換して‼」

「てててててっめぇ‼ 俺は姫結良じゃねーぞ‼」

 刀を仕舞い、生贄を抱えて走ります。


 車が宙に浮きます。ここが世界の終わりかもしれません。

 魔術【ヴィーテクスマキナ】、【ヴォーテクスマキナ】にございます。トルネードと風雨で世界が壊れます。

 ベーゼちゃんは逃げると魔術を使います。大規模魔術であるために逃げるほうが被害が甚大にございます。よろしくない。よろしくないですね。わかります。

 近接では即死、遠隔では破壊。ベーゼちゃん。さすがです。しかも不死です。

「おらっ‼」

「ちょっと‼ 投げないでよ‼ それじゃあ行ってくるわ‼」

「てめぇ‼ 一応貸しだかんな‼」

「対等な取引でしょ‼」

 古午房さんが純粋に取引に応じて頂ければよいですが、その可能性は低いと存じます。

 ……わたくしは敵対するものには容赦致しません。

「姫結良さん。この方をお願いします。絶対に逃げ切ってくださいね。わたくしが囮になります」

「おい‼ おおおおおオレは姫結良じゃねーぞ‼」


 ベーゼちゃんの攻略法は非常にシビアです。

 一定範囲。一定範囲が大事です。ベーゼちゃんの気分次第ですね。

 おそらく古午房さんは交換に応じてはくれないでしょう。わたくしなら応じません。

 アドバンテージがあるからです。


 駆けだしてベーゼちゃんと向き合います――瓦礫が宙に舞っております。

 なんでしょうか。この何とも言葉にし難い心情は。

 ベーゼちゃんが優雅に歩いております。そこだけが台風の目であるかのように穏やかです。水すら止まっているかのように感じます。月光で彩られた天使の梯子が降り立つその場所で、穏やかな表情で、ベーゼちゃんがわたくしをご覧になっておりました。


 力を持ちすぎますと、世界のあらゆる事象が手足のように扱えてしまう。神様とはそのような存在なのかもしれませんね。

 上半身の穏やかな女性に反して、下半身の犬は気性がとても激しそうにございました。

 緩慢ながら進み歩――一定距離に入りますとその瞳が光ります。

 三つの固定スキルの内のどれか――後ろへと一歩下がり、範囲外へと退避致します。

 範囲外へと外れたことで魔術詠唱が始まります。範囲内へと侵入し、ベーゼちゃんが反応したのを確認後、【ロングレンジ】にて魔術の妨害を試み――【ウォーターボール】です。無数の水球が宙を漂っております。


 幻想的ではございますが、受ければ即死、即死でございます。

 幸いにして【ウォーターボール】は【エレミナルクリティカ】よりも速度が遅い。

 鏡より棍棒を取り出します――わたくし、野球はお好きです。

 遊ばれております。遊ばれておりますね。わかります。飛翔してくる【ウォーターボール】を棍棒で撃ち落としております。棍棒が弾け飛びました。安心してください。まだ44本ございます。


 演奏でもするようにベーゼちゃんが音楽を奏でております。奏でられているのはわたくしの筋肉、その悲鳴でしょうか。わたくしの体が楽器にされております。

 圧倒的な力の差。こればかりは覆りません。


 全てを叩き落とすも息も絶え絶えにございます。赤い光が発せられたので範囲外へとバックステップ致します――【エレミナルクリティカ】。気づいた時にはわたくしの体は宙を舞っておりました。ソニックブームにより体が吹き飛ばされてしまったご様子。

 痛みはございませんが、恐る恐る状況を確認するにビル何階分か空を舞っております。


 それでも【リリスの瞳】がございますので猫のように反転し位置を直してしまいます。【リリスの瞳】には感謝の念が絶えませんね。なければわたくしはすでに生きてはおられなかったかもしれません。

 地面に降り立つと体に重力が圧し掛かり、膝のクッションと体を回転し地面を転がり、勢いを殺します。赤い波動に戦々恐々とし、範囲外へ逃れている事実を確認致します。

 冷静に語ってはおりますが、何もできません。わたくしは何もできておりません。頭では理解しているのです。理解しているのですが体が意識へと追いつきません。

 全て【リリスの瞳】が勝手に行っております。

 愛が溢れますね。わかります。これほどこのアイテムを愛した事がございましょうか。


 漣の音が聞こえます――【ウェーブ】。正式名称は【ロケーションウェーブ】でしたね。失念しておりました。足元を漣が通り過ぎてゆきます。

 冷たく清々しい磯の香りに包まれます。瓦礫舞い、滴り流れ、この世の終わりを彷彿とさせる。それなのにその光景はあまりにも美しい。

 今日、死ぬかもしれません。だけれど、このような光景で迎えられるのであるならば、死すら構わないと。


 それに反して体は勝手に動きます。頭は妙に冴えておりますのに、体は熱を帯びてわたくしに語るのです。生きたいと。まだ、まだ生きたい。この血潮。滾る血潮はなんでございましょうか。顔が歪みますね。この逆境。

 生き残れと――本能が内側からわたくしを高ぶらせるのでございます。

「うぁあああああああああああああああ‼」


 魔術【ウォーターブレード】が横凪を――伏せて交わします。

 赤い光を退き流し、【ロングレンジ】で反撃を試みます。抗い生きろと内側から溢れて堪らない。


 範囲外へと抜けましたので魔術がきます。【エレメンタルバルマス】です。地面より岩礁が出現致します。飛来する岩礁の大きさ、歪さ、潮の香に戦慄します。圧倒的な質量、あれはわたくしの力ではどうにもなりません。迫りくる岩礁に足を付けてわざと吹き飛ばされます。

「ぐぅううう……」

 奥歯を強く噛んでしまいます。足にかかる負荷、圧力、伸ばすのは不可能。風圧に任せて吹き飛ばされます。

 距離が離れてしまいましたが仕方ありません。次いで放たれた【ヴォーテクスマキナ】が世界を崩壊させます。笑いがこみ上げて参りますね。


 おっとあれは……古午房さんと小村崎さんですか。シルエットなので判断は不可能ですが、おそらく、おそらくそうではないかと感じる私です。

 このまま吹き飛ばされておりますと【ヴォーテクスマキナ】のトルネードに突っ込みます。

 パメラさんは逃げましたか。姫結良さんはちゃんと女性を匿っているようですね。

 迫りくる【ヴォーテクスマキナ】。死ぬかもしれません。慣性で逃げられません。

 スキル【ショットガン】を撃ち悪あがきです。竜巻の渦巻く方向へ体を反らします。

「うぐっ」

 トルネードの表面に体が触れると弾き飛ばされました。やりました。巻き込まれるのを防ぎましたが左腕がもう……。


 スキル【ショットガン】を右手でひたすら連打。落下の勢いをやわらげます。

 【リリスの瞳】のおかげで体勢を立て直せますね。駆けます。上空から見初めておりました。古午房さんの手にありましたのはまさしくダーリン。

「それだけじゃダメだな。もう一つアイテムを追加しろ‼ もしくは……お前の貞操でも構わねーぞ」

「このドクズ野郎が‼」

「交渉権は俺にあるのを忘れるなよ‼」

 スキル【気配断ち】からの――ぐぬ。掴めなかった。

「おっと‼ あぶねーな‼ なっ‼」

 スキル【ガンズ:石切礫】で弾いてからの手を蹴り上げます。さすがに弾いても手を離しませんね。蹴るしかありませんでした。握力が相当な証拠です。


 杖が中空を回転します。

「行きますよ‼」

「ナイスキック‼」

「ふざけんな‼ この泥棒‼」

 そうもおっしゃっておられません。ごめんなさい古午房さん。ただ弱みに付け込み貞操を求めるのはさすがに頂けません。訂正し悔い改めて下さい。


 えっ――視界の中にベーゼちゃんがおられます。おかしいです。距離を取ったはずなのに今は目と鼻の先におります。赤いオーラ。魅力は無効ですが体が……。

 即死――。

「刀を出して‼ 交換よ‼」

 鏡より刀を現わします――回転しながら飛翔する杖の陰影。手に取る刹那――斬撃が走ります。

 菊一文字抜刀【殺撃七連】――。

「まだまだああああああああ‼」

 切り返しからの【無明一刀】ですか。さすがです。古村崎さん。

 ベーゼちゃんの犬と手が飛び離れます。


 発動される魔術。

「きゃあっ‼」

 吹き飛ばされる古村崎さん――【フローズンマチネー】。この魔術を忘れておりました。現れた氷塊に古村崎さんが打ちのめされます。即死は免れたようですがあれはかなりのダメージです。血が舞っておられます。


 伸びて来る手――柔らかそうでしなやかな指の陰影と色の良い鋭い爪。

 お久しぶりですね。ダーリン。【聖者の行進】。【聖者の行進】です。地面を打ち付けます。その勢いで体を逆立たせ触れるのを回避致します。

 赤いオーラ。燃えるような瞳。固定スキル。左手が言う事を聞きません。右手だけでどれだけ凌げるか。

「ひひひっ」

 現在わたくしの精神力は54+72にて126です。動けます。魅力も250です。

 光を発する【聖者の行進】が赤いオーラを打ち消します。


 バックステップ――古村崎さんの傍へ。古村崎さんの体を支え距離を取り反転致します。右手だけだとなかなにバランスが。そこを【リリスの瞳】が補ってくれます。

「ぐっぐっぐっ。きぃいいいいいいええええええええええええええええ‼」

 スキュレーの顔が歪んでおります。

 ひえー……。全力で逃げる私です。

「やったわね……」

「刀を離さないでくださいませ。わたくし現在左手が死んでおります」

「死んでも離さないから大丈夫よ……見て、朝日よ」

 生きております。生きておりますとも。怪異【生贄の夜】その四日目を生き残ったわたくし達でございました。お後がよろしいようでございます。

 ――唐突ですが体が硬直します。動きません。【リリスの瞳】が何かに対応しようとしております。

「かえせえええええええええ‼」

「しゃらくせーぞ‼」


 怒号と飛び蹴りです。怒号と飛び蹴りが通り過ぎてゆきました。

 古村崎さんと視線を合わせてキョトンとしてしまいます。

「へっへー。てめぇら油断してんじゃねーよ」

「てめぇらぜってーゆるさねぇ‼ ぜってーゆるさねーからな‼」

 後姿を見送ります。

 古午房さんが襲い掛かっていらっしゃった所を、姫結良さんが飛び蹴りで助けて下さったようですね。

 何かが通り過ぎ、体がふわりと浮き上がります。【エレミナルクリティカ】、【エレミナルクリティカ】です。当たったら即死ですのになぜだか笑みが零れてしまいます。

「簡易回復アロマだ‼ ねーよりマシだろ‼ ちょっと見せてみろ……傷はひでーが骨に影響はねーな」

「そうですか。曲げると少し痛いですね」

「お前の方は……内蔵にちょっとダメージが入っているかもな」

「すげーしんどいわ」

「生き残ってるだけ奇跡だろ‼」

「それもそうだわ‼ 最低ね‼」

「最高だろうが‼」

 死ななきゃ安い。死ななきゃ安いのがこのゲームにございます。

 視界に入るは生贄の女性です。姫結良さんは守り切ったようですね。さすがです。

 痛む左手で【聖者の行進】を握ります。若干の握力の低下を感じます。

「お手をどうぞ」

 最後までしっかりとエスコートしなくては。わたくしとしたことが、まだまだ未熟でございますね。佇むその手を握り駆けだす私です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る