第11話 レバニラ炒め、魔王遅死神刻風金貨マラソン。

 ご飯を食べ終えたらドラマを眺めます。やはりお二人は恋愛ドラマがお好きなようですね。わかります。お〇さん同士がラブコメをしていらっしゃいます――私は何を眺めさせられていらっしゃるのでしょうか。わかります。わかりません。んんんんんん。膝の上の妹様の頭をよしよしと撫でさせて頂いております。お耳掃除でも致しましょうか。こしょこしょ致します。


 お風呂でしっかりと手入れさせて頂きましたその髪が、膝の上を撫で流れております。滑らかで指の通りがとても良いですね。わかります。基本的に半額のシャンプー、リンス、コンディショナーを使わせて頂いております。毎回種類が違いますがそこはご愛敬で。申し訳ないとは考えつつも、お店に甘えさせて頂いております。なにせお金がございません。

「はぁ……いいわねぇ」

 いいですか。そうでございますか。お母様はこのようなラブコメがお好みにございますか。

「愛があれば年の差なんて。同性でもいいのよね。愛があればいいのよ」

 愛があれば大抵の事は許されます。双方に愛があればのお話にございます。そして愛があろうと他人に迷惑をかけてはいけません。これは絶対です。


 寄りかかる母から良いコンディショナーの香りが漂って参ります。こうして三人密着しておりますとぽかぽかと温いのです。この温かさが人をダメにしてしまう。わかります。おっと、妹様のお耳はなかなかにお綺麗ですね。これはお掃除のし甲斐がありません。綿棒で耳の中を優しくクルクル回します。力は一切込めません。妹様の表情が気持ち良さそうに緩みます。ふふふっ。お可愛らしいですね。


 妹様の今後につきまして考えております。

 妹様が高等部へと進学致しました暁には授業料然り、授業で使うタブレット代然り、継続的な探索者用のカード代、その他諸々の経費が必要となって参ります。高等学部は義務教育の範疇ではございませんのでクラスがD以上となりますとそれなりに費用も嵩んで参ります。


 顎下を指で撫で、そのまま流れるように頬に指を這わせます。弾力のある柔らかい頬ですね。絹豆腐のように滑らかです。耳の縁へと手を伸ばし摘まんで挟み擦り揉みます。

「息を吸って。吐いて」

 呼吸も整えて参ります。


 これがなかなかの出費です。日々生活するだけでもお金はかかります。消費した分は賄わなければなりません。ぐぬぬぬぬぬ。

 来年入学した妹様がどのような道を進むのか……なるべくなら望むままに進ませてあげたい。そう願うわたくしです。

 個人的には【ヴァルキリー(フレイ型)】や【巫女(天照)】に携わり欲しい所。しかしながら無理強いはできません。

 加えまして二億近いアイテムの費用を捻出しなければなりません。あの二つのアイテムは絶対に逃したくありません。

 この一年でわたくしもビショップとして完成致しましょう。致しましょうとも。急ピッチですので後で補填をしなければいけないかもしれませんね。わかります。


 耳の縁から徐々に内側へと中指の表面でなぞって参ります。


 とは申しましても……【迷宮イザナギ】はまだ人が張っておりますし、他の金策を考えるとなりますと……。他の方法での効率と隠密性を考慮致しまして、わたくしのあまり好みではないやり方をしなければいけないかもしれませんね。背に腹は代えられぬもの。仕方がありません。仕方がございませんね。妹様のためならば多少己を曲げましょう。明日早速お目当ての迷宮へと赴こう等と考えているわたくしにございます。


 指が耳穴の周辺まで到達致しましたね――耳たぶをフニフニ。

「さぁ、反対を向いて下さいませ」

 そう告げますと妹様は若干の不快感をお示しになりました。動きたくないのですね。わかります。顔がこちらへと向きますと、お腹に顔を埋めて参ります。起こさないでの合図です。

 ふと隣をご覧になりますと、母が頬を膨らませてわたくしをご覧になられておりました。

「夏飴ちゃんばっかりずるいわ」

「終わりましたら次はお母様の番ですよ」

 甘えん坊さんですね。

 その後お母様の耳掻きを行い、その際に妹様が起きるのをかなり渋りましたがズレて頂きました。無事母の耳かきを終えましたら寝る前のマッサージにございます。


 マッサージを終えますとお二人共うつらうつらと船を漕いでおられました。

 寝る前には髪を結ます。結んで畳んで小さく致します。ストレートのままですと引っ掛かりますし、寝返りで絡まると大変お辛いです。妹様の髪をまとめ結い、お母様の髪をまとめ結います。ナイトキャップを被せて完成です。

 お布団へと誘導致します。お布団をかぶせ温めます。ゆっくりと休んで下さいませ。

 わたくしも横にならせて頂きます。母と妹が寄り添って参ります。程よい温かさに包まれて参ります。

 お二人と手を繋いでうとうとうとうと――何とも妙な気持ちです。ふわふわとして、さらさらとして、言葉では表現できないような、不思議な気持ちになるのでございます。


 息は深くなり、ため息のように漏れてしまいます。お母様と妹様とずっとこのまま一緒にいたいなどと……不束ではございますがそのような考えが過ってしまうのでございます。

「おかー様。お母様。おかあ様」

 身を寄せて母にうずもれます。頬擦りに腕擦り、体のラインを擦り合わせ。深い息がこぼれるほどに綻んで参ります。

「うーん? 寧々? ふふふっ。寧々の甘えんぼさん。ぎゅうううう。お母さんがぎゅうしてあげる。ぎゅううう」

「……お姉ちゃん、お母さん、私、それ以上は怒るから」

「まさか……妹様も抱きしめてほしいのですか?」

「……ぶつよ?」

 まさか妹様は不眠症……。

「はぁ……なんて思い違いを。ごめんなさい」

「え? なに? 怖いんだけど。本当にわかってくれた?」

「お姉ちゃん抱き枕等を……ご所望していらっしゃるのですね? わかります。はいどうぞ」

「全然わかってない‼」

「お母さんは欲しい‼」

「早く寝ろ‼」

 今この時が止まってしまえば良いのにと――そのような愚かな考えが脳裏を過ってしまうのでございます。


 次の日――午前中は授業にございました。ぽかぽか陽気に瞼が重くなりますね。わかります。姫結良さんもスヤスヤなご様子。大丈夫です。心配はございません。ホワイトボートに刻まれてゆきます文字はノートとペンにて完璧に書き写してございます。後でちゃんと姫結良さんにも書き写して頂きたい所存です。その任務、華麗にこなして御覧に入れましょう。ふふーん。


 午前の授業が終了しお昼にございます。

 眠そうに眼を擦ります姫結良さんにノートを差し出します。

「んぁ? なんだ?」

「午前中のノートです」

「マジか……いいのか? いやぁ、マジ眠くてさ。サンキュー。なんかいいニオイすんな。このノート」

 ウィヴィーさんが教室へとやって参りました。早いですね。こちらを窺っておられます。大丈夫です。ぬかりはございません。わかっております。

「古村崎さん」

 古村崎さんの名を呼び傍へと参ります。

「あぁん? なによ?」

 相変わらず顔色が優れませんね。これはいけません。昨日多めにご用意しておきましたレバニラ炒めのタッパーをそっと差し出す私です。

「……なによこれ」

「どうぞ、お召し上がりになってください」

「うわっ‼ え⁉ なに⁉ テロ⁉ すごいニオイなんだけど。えっなにこれ、えっ⁉ 兵器⁉」

「レバニラ炒めにございます」

「なんで⁉ え⁉ 私に⁉ なんで⁉ ちょっ‼ こっこんなの教室で食べられないわよ‼ 何考えてるのよ‼ テロなの⁉」

「ニンニクもふんだんに使用させて頂いております。たっぷりにございます」

「あほか⁉ カレー以上のテロなんですけど⁉」

 では仕方がございませんね。仕方がございません。


 「あのさ……先生の車の中が物凄いニオイになってるんだけど⁉」

「まぁまぁ先生。どうぞ先生もお召し上がりになられて下さい」

 先生の車にはレンジがあります。レンジにて温めさせて頂きました。チンッです。チンッ。

「あぁ、まぁ、頂くよ。一口だけ……。すげぇニオイだな。うぅ不安だ。……うっま。なにこれうっま。うまい。うまいよ。うまい。ほんとに。お婿に来い。しかしこれは学校に持って来る物じゃなくなくない⁉」

「……本当に美味しいんだけど。なんでレバニラ炒めなの?」

「古村崎さん。最近顔色が優れませんね? ですので少しでも足しになればと思い、持ち込みさせて頂きました」

「きっ気にしてくれたんだ。あっありがとう……。最近ちょっと寝不足で。将来の不安とか色々あってさ。なんでこんな事になってるのだろうとか。お家の事とかさ」

「そうなのですね」

「先生ビール欲しい」

「ぜんぜい‼」

 古村崎さんの大事なお話が台無しです。

「わかってるわよっ‼ 言ってみただけじゃん⁉ 仕方ないじゃない‼ 何深刻そうな話してんのよっ‼ 先生の方がよっぽど深刻よ‼ あんた若いんだからさ‼ それだけで何でもできるじゃない‼ 俺なんてもう‼ クソゥ‼」

「理解できるけどなんか腹立つ」

「先生だって結婚したいんだもん‼」

 相手がおりませんとね。こればかりは何ともできませんからね。誰でも良いわけでもございませんしね。こればかりは仕方がございません。わたくしにもどうにもできない問題です。さすがにお相手はご用意できません。


 ウィヴィーさんも無言でむしゃぶりついておられます。皆さんスタミナ料理に飢えていらしたご様子。わかります。姫結良さんも無言で口へと運んでおられます。お気に召して頂いたご様子、わたくしも感極まっております。また今度作って参りましょうか。

 この後週一でレバニラパーティーが開かれるようになる等と私はご存じありませんでした。


 午後からは迷宮で金策にございます。

 あまり気が進みませんが、そうもおっしゃっていられませんね。

 ゴエディア――と申すものをご存じでございましょうか。

 レメゲトン、所謂グリモワールのお話にございます。

 ゴエディアには72の悪魔が記載されております。

 日ノ本の方は悪魔が大好きにございます。誰もが通る道。誰もが通る道と存じます。右目と右腕が疼いてしまいますね。わかります。わたくしもその例には漏れませんでした。うっ……左脳が痛い。鎮まれ私の記憶。

 そのために日ノ本には【ゴエディア迷宮】があるのです。やりましたね。


 わたくしが今日訪れます迷宮はそんな【ゴエディア迷宮】の一つにございます。

 タクティカル装備一式に着替え、諸々の末に【迷宮バアル】へと駆け込み一気に十五層までやって参りました。尾を振り払うためには仕方がございません。途中何度もブラフとして幾つもの列車へと乗り込み乗り込まない。トイレ行く行かない等と繰り返しておりました。意味が不明です。わたくしもなぜそのような行動を行っていたのか、頭にハテナを浮かべております。うふーふっ。困りましたね。やーん。


 さて現在参りましたここ【迷宮バアル】は、悪魔【バアルちゃん】の支配下にあり構築された迷宮にございます。

 猫やカエル、蜘蛛型モンスターが徘徊する腐海のような場所にございます。

 このような場所ですので人気があまりございません。しかしここが良いのです。ここが良い。

 じめじめしており暗く蜘蛛の巣が張り叫び声が木霊します。ソロでのご入場は憚れる場所にございます。わかります。特に女性からは敬遠されております。

 わたくし、血やはらわたが飛び散り肉体的な死を彷彿とさせるホラーよりも、精神をこれでもかとぶっ壊しにくるホラーの方が好みにございます。

 あと虫は平気です。Gも平気です。カマドウマさんはやや平気となりました。

 苦手なものと問われましたらグリンピースにございましょうか。

 なぜかはわからないのです。塩豆をダイレクトで食べておりますと気持ちが悪くなってしまうのです。なぜでしょうか。あれだけは克服できません。悔しいですね。わかりません。

 A、塩分過多。


 さてここには人が一人入れるほどの洞窟が幾つもございます。

 実はこの洞窟の最深部には宝箱が存在致します。ただしそれを得るのは通常ならば容易ではございません。

 十五層へは普通に参れます。入るのは楽で帰るのが容易ではない。そんな迷宮にございます。なぜならば進むだけではモンスターがノンアクティブだからにございます。

 しかし戻ろうとすると全てのモンスターがアクティブとなる。そのような恐ろしい迷宮となっております。わかります。特殊な条件により、より凶悪に牙をむく。うーん。なんとも悪魔チックな迷宮ですね。わかります。


 さて洞窟の入り口へと参りました。中を少し拝見させて頂きます。入口から小型の蜘蛛型モンスターの生息が視認できます。上々です。この洞窟には人が入っていらっしゃらないですね。足跡もございません。それが確認できましたらやる事は簡単です――スキル【ショットガン:石切礫】を洞窟内へとぶっ放すだけにございます。間髪入れず、何度も繰り返します。進みながら繰り返します。


 【迷宮バアル】十五層の適正レベルは40程度。わたくしのレベルは21ですので当然足りません。しかしながらこの洞窟内モンスターのライフは150程度と低く設定がございます。一匹一匹は小さいですが、その代わりに数が多いです。

 スキル【ショットガン:石切礫】は通常20~40個数程度の礫をぶつけるスキルにございます。

 一礫辺りのダメージは1~5程度。しかしながら単純計算におきまして、【ショットガン】における一発毎のダメージは20~200程度の期待値がございます。二回壁に跳弾したとして60~600程度のダメージが期待できます。まぁ三発ぐらい放てば吹き飛ぶ計算となります。

 乱反射する礫に打たれて敵が亡くなります。どんどん行きましょう。

 敵の死骸と共にドロップアイテムが散乱して参りました。


 迷宮【バアル】は全31層で構成されているレメゲトンの一つです。

 敵の情報は――。

 1,モンスター【テレオーモルフ(スパイダー)】。

 キノコに寄生された蜘蛛型の魔物です。ジグモに似ており背中に紫色のキノコが複数生えております。使用固有スキルは【モルフネット】、【モルフポイズン】、【モルフバイト】です。

 2,モンスター【テレオーモルフ(マウス)】。一般的な大型のマウス。寄生されております。以下。【モルフバイト】、【モルフポイズン】、【モルフラッシュ】。

 3,モンスター【テレオーモルフ(リザード)】。寄生された蜥蜴。

 固有スキルは【モルフバイト】、【モルフポイズン】、【モルフラッシュ】。

 4,モンスター【テレオーモルフ(バグズ)】。寄生された虫。

 固有スキルは【モルフバイト】、【モルフポイズン】、【モルフチーリング】。

 5,モンスター【テレオーモルフ(バタフライ)】。寄生された蝶。

 固有スキルは【モルフパウダー】、【モルフラッシュ】、【モルフスラッシュ】。

 6,モンスター【テレオーモルフ(ドッグ)】。寄生された犬。

 固有スキルは【モルフポイズン】、【モルフラッシュ】、【モルフバイト】。

 7,モンスター【テレオーモルフ(キャット)】。寄生された猫。

 固有スキルは【モルフポイズン】、【モルフバイト、【モルフネイル】。

 8,モンスター【テレオーモルフ(スポア)】。寄生されたキノコ。

 固有スキルは【モルフラッシュ】、【モルフパウダー】、【モルフチーリング】。

 等となっております。


 ドロップ品はほぼ共通です。

 菌核スクローシア。白く丸い繭のような玉です。良く燃えます。売れます。

 菌類フィンギィ。紫、黄、黒、橙の白い繭のような玉です。この繭から糸が生成でき下着等の素材とする事が可能です。層が上がるごとにドロップ率が上昇致します。扱うには知識と開発が必要です。しかしながら現在はまだ開発が進んでおりません。ですのでほとんど品物が出回ってはおりません。姫結良重工業にでも持ち込みましたら開発が進むかもしれませんが、ですがそれは姫結良さんにお任せ致しましょう。

 やばめのキノコ。赤いヤバめのキノコです。正式名称は確かアカウラウラタケにございます。このキノコは特殊な解毒剤の材料となります。高値で買い取りして頂けると踏んでおります。実は生理痛を和らげる薬にもなると調べてございます。


 【魔王バアルちゃん】の触媒は菌なのでございます。

 よってこの迷宮の生物はもれなく【バアルちゃん】に感染しております。

 生き物を迷宮へ攫い感染させ従わせるのでございます。それが【魔王バアルちゃん】のやり方なのです。

 その触媒の菌を【テレオーモルフ】と呼びます。

 ブラッドストーンは共通で【モルフポイズン】です。

 プレイヤーが使用する際の【モルフポイズン】の効果は、鈍痛と頭痛を与え体力を徐々に奪うとそのような効果となっております。

 この迷宮に挑むにあたり特に注意しなければならないのがこの毒にございます。肺炎に似た症状を発症し、それなりに苦しくなる設定にございました。


 アッと申すまもなく行き止まりです。宝箱がございますね。では早速拝見させて頂きます。ベースレベルが25となりました。全てのポイントを精神へと割り振りさせて頂きます。

 精神力39+4で43です。

 正直に申し上げてベースレベルが高くなってしまうのでこの狩場はあまり好きではございません。


 こしょこしょガシャンと錠を外します。では失礼して。ぱかり――んんんん。おっと金貨と銀貨が大量に混在しておりますね。一気に大金持ちにございます――とはなりません。ぬか喜びにございます。これらほとんどのアイテムが【愚者の金貨】、【愚者の銀貨】と呼ばれる品物です。所謂フェイク品ですね。呪われております。一つ一つに微々たる呪いが付与されており効果は集敵です。お嫌らしい呪いですね。所持する枚数が多ければ多くなるほど呪いが強くなる仕組みとなっております。なかなかに悪魔チックなアイテムですね。わかります。

 しかしながらこの呪いの硬貨の中に稀に一枚か二枚、本物の金貨と銀貨が混じっている可能性がございます。一つ一つ丁寧に確認する私です。

 重要なのは重さにございます。なんとこの【愚者の金貨】と【銀貨】は全て同じ重量にございます。

 素材が鉛や黄鉄鉱、真鍮、スズ等の合金で金とは比重が異なります。

 つまり本物の金貨は愚者の金貨より重い――となるのでございます。


 この宝箱で気を付けなければいけないのはグリモワールの紙片にございます。これが集まるとグリモールが完成し、強制的に【バアルちゃん】と契約させられます。【バアルちゃん】と契約するとメリットもございますが、デメリットもございます。


 この迷宮はかなりの癖がございます。人を喜ばせて落とす設計が所々にございます。

 さすがは悪魔さんとおっしゃるところ。さすがです。

 おっと――生きている生物がいらっしゃいますね。指で掴み眺めるにこの形状。まさか、まさかのコカブトムシさんではございませんか。このような場所で出会うとは奇遇ですね。まだ感染していらっしゃらないご様子。ご一緒致しましょう。チャック付きのポケットに仕舞い込む私です。

 コカブトムシさんは肉食のカナブンぽい生き物で、光を嫌う性質を持った珍しい生き物です。数は多いらしいのですが滅多に出会えません。レアですね。わかります


 では次の洞窟へ――やることは同じにございます。

 うろ覚え宝箱の中身は以下の通りにございます。記憶している限りにございますが。

 1,アイテム【グリモワールの紙片】。揃うと【ゴエディア:バアルの書】となり強制契約が成されます。

 2,スキル習得アイテム。【スキル紙片:闘争心】。

 強敵と相対した場合、精神を高揚させる。又敵の恐慌スキルを無効化します。

 3,スキル習得アイテム。【スキル紙片:指力】。

 より強い指の使い方を学び、握力等に影響を及ぼします。

 4,ステータス増加アイテム【アロマ:ブルーハイドレンジア+1~3】。

 十分間知恵+10~30上昇させるはずです。

 5、アイテム【愚者の金貨】。99%が金ではない金貨です。

 6、アイテム【金貨】。100%の金貨。稀に獲得できます。

 7、アイテム【愚者の銀貨】。99%が鉄か鉛、スズの銀貨です。

 8,アイテム【銀貨】。100%銀貨。稀に獲得できます。

 愚者シリーズは呪いがかかっており敵を引き寄せる効果があります。

 9、雑貨。【鉄の燭台】。【金属スプーン】。【金属フォーク】。

 10,宝石各種。【アメジスト】。稀に【サファイヤ】。


 装備品。

 1,【薄手の衣】。

 効果は……。獲得しない事には何とも申せませんね。

 2,【繊細なる掴み手の手袋】。

 効果はなんでしょうか。覚えておりませんね。

 3、【薄手のスカーフ】。

 スカーフです。スカーフだったはずです。スカーフって、なんですか。

 4,【薄手のスカート】。

 下着が透けそうな人気のスカートでした。白いです。あんまり良いアイテムだった記憶がございません。

 5、武器。【モルフダガー】。

 低確率でモルフ毒を付与するナイフです。ただし【バアルちゃん】と契約した際には高確率でモルフ毒を付与できるものにございました。魅力-20だった気がします。

 6,リング。【モルフリング】。知恵+3。魅力-3。

 ただし【バアル】ちゃんと契約時には知恵+20。魅力-40だったはずです。

 懐かしいですね。試行錯誤の残り香にございます。

 この辺りで獲得できますアイテムはこれくらいにございましょうか。

 狙いは【金貨】一択です。一枚は出現して欲しい所存にございます。約8~31グラム辺りの金貨が獲得できます。金のグラム単価はカードで参照できます。現在換算致しますとグラム単価一万三千円程度でしょうか。最低の八グラムであっても約十万円で売れます。


 魔王【バアルちゃん】との契約に関してなのですが、魔王【バアルちゃん】と契約致しますと力と知恵に対して強力な補正を受けられます。それと共に特有のスキルと魔術を使用できるようになります。しなしながらデメリットとして魅力がゼロになります。何をおっしゃっているのやらと考えていらっしゃるかもしれません。魅力がゼロになります。魅力がゼロになります。魅力はNPCとの婚姻キー。0になりますと好感度が非常に上昇致しません。マイナスになりやすくなります。冷たくされます。


 悪魔さんとの契約は強力なメリットと共に何か一つに対して強力なデメリットを受けます。物理最強になれますが魔術ダメージが倍増する等々ピンキーな契約となっております。

 残念ではございますが、わたくしは悪魔さんとは契約致しません。

 最終的には神様の一柱様と契約させて頂きます。ビショップですからね。仕方がありません。ビショップは神様に仕えるモナドです。英語表記でもビショップとなります。


 十五層となりますと敵も相当にお強いです。洞窟の外には【モルフクレイフィッシュ】と呼ばれるザリガニモンスターがうようよしておられます。大きいですね。鋏だけで私と同じ大きさです。殻も硬いです。

 【テレオーモルフ】は基本的にお強いのですが、しかしながらこの【テレオーモルフ】には致命的な弱点がございます。

 視覚による索敵が一切行えません。気配遮断が上位であるわたくしを感知するのは彼らには難しいのです。【モルフクレイフィッシュ】にいたっては振動感知ですからね。仕方がありません。ちなみにですが洞窟の中のモンスターより【モルフクレイフィッシュ】の方がお強いです。強敵と設定されております。


 【迷宮バアル】は攻略させる気が無いのかと考えさせられるほどに、敵の強さに対して経験値効率が悪いです。アイテムも【バアルちゃん】分体を除いて大した物がございません。

 しかしながらこの金貨を得るバアルート金貨マラソンは中高レベルモナド【盗賊】にとっては非常に有用です。【気配断ち】のレベルが9以上あれば、このように楽に侵入できてしまうからです。

 

 わたくしは【リリスの瞳】を所持し【ショットガン:石切礫】を使用できますので低レベルにおいてここで狩りを行えますが、通常ここに来るレベルでの効率は非常に悪いのです。ちなみになのですがアイテム【リリスの瞳】の効果はランデブーでなければ発動致しません。二人っきりのアバンチュールでのみ能力が発動可能となっております。

 つまるところ、効果は絶大ですがソロ専用です。わかります。


 次の洞窟も問題ありません。体は軽く、少しばかり軽くなった丹田も現在はずっしりと重く感じらるようになりました。攻略してゆきます。やる事は一緒ですので問題ございません。さてさて。次の宝箱の中身は――んんんんん。早速【グリモワールの紙片】がございます。そっと宝箱を閉じる私です。

 レベル27となりました。

 さて次に参りましょう。

 この十五層には四十三個の洞窟がございます。そして午前0時にリセットされます。宝箱はリセット時点で中身が決定致します。敵のリポップもリセット時となりますので入口に敵が存在致しますと洞窟は未攻略となります。敵はリセットされなければリポップ致しません。


 次の宝箱――んんんんんんん。また【グリモワールの紙片】ですか。悪くはありませんがそっと閉じる私――んんんんんんんんん。次の宝箱も【グリモワールの紙片】ですか。そんなに契約して欲しいのですか。本国にはバアル教団なるものが存在するご様子。本国で契約すればよろしいではありませんか。

 レベル29となりました。

 んんんんんんんん――次の宝箱には【グリモワール】一冊がまるごと入っておりました。これはもう嫌がらせに違いありません。そっと閉じる私です。

 レベル30となりました。

 もう30です。これがあまり好みではございません。そうは申していられないのも理解はできるのです。ですが何とおっしゃれば良いでしょうか。モヤモヤしてしまいます。


 ちなみになのでございますが、【バアルちゃん】本体は非常に可愛らしい幼女な容姿をしております。三十層で戦うのは概念体となりますので、こちらは非常に醜悪な容姿となっております。ギャップが大きいですね。わかります。悪魔さんにも威厳と申しますものがございます。

 討伐し三十一層ミラージュパレスへと到達致しますと【バアルちゃん】本体とお目通りが叶います。非常に愛らしい姿をしていらっしゃり、そのお姿をじっくりと眺めさせて頂けます。


 悪魔さん達は皆さん非常に可愛らしいビジュアルで描かれており、大変人気がございます。イベントも開催され、アイドルユニットとしてオンステージもございました。だからこそ契約する方も非常に多かったです。お手軽最強になれます。可愛い、お手軽、最強。です。

 落ちこぼれがイジメを受けてからの悪魔契約最強サクセスストーリーが行えます。

 一番人気が高いのは【アスモデウスちゃん】で二番目が【アスタロトちゃん】です。三番目が【バアルちゃん】です。

 魔王【バアルちゃん】は正直――個人的にはある意味世界一可愛いです。モフモフです。猫や犬等の動物とは異なりますがモフモフです。何に似ているかと問われれば蚕の成虫でしょうか。


 ネクスト――わたくしも金貨を諦めるわけには参りません。しかしながらこの迷宮、欲をかき過ぎますと大変な事態に陥ります。

 アイテムをため込むほどに欲望ゲージが上昇し出口が遠のきます。

 十五層はNPCが大勢訪れるレベル帯ではございませんので人型モルフはお見掛け致しませんでしたが、五層辺りは割とお見掛け致しました。

 カードで侵入人数を確認致しますと十五人程度はいらっしゃるようですね。


 次――ぱかり。【モルフダガー】と【モルフリング】。【アロマハイドレンジア】と【スキル紙片:指力】でございますか。当たりですね。全てを――と申したいところですがスキル紙片だけを頂いてそっと閉じましょう。

 レベルは上昇しておりません。

 習得アイテムである【スキル紙片:指力】はその場で使用してしまいます。競売の履歴をご覧になりますと手が震えてしまい使用できなくなってしまいますからね。仕方がございません。

 これで【ショットガン】と【ロングレンジ】の威力が上昇致しました。


 ネクスト――んんんんんん。【モルフダガー】と【モルフリング】と【グリモワール】本体ですか。完品ですか。わかります。わかりません。なんでしょうか。何者かの意図を感じずにはいられません。

 そんなに契約が必要なのですか。

 そんな私です。そっと宝箱を閉じます。

 レベル31です。


 おっと――洞窟から顔を覗かせますと【死神騎士】さんが歩いていらっしゃるのが見受けられました。そっと様子を窺うわたくしです。【死神騎士】さんは首無し馬に乗った死神さんです。レベルは45相当。現在の私でも勝てますが、リスクは高いです。

 モンスター【死神騎士】さんは十三体存在し、悪魔さん達の迷宮を巡回し彷徨っておられます。


 ドロップする【死神騎士のコート】は中盤としてはかなり優秀な装備――ここでゲットしない手は無いのですが、現在のスキル構成では不安が残ります。

 周りの【クレイフィッシュ】もお掃除しておりません。なかなかに悩む私です。

 モンスター【死神騎士】さんですか。

 使用する固有スキルは【両断暗剣】、【ダークライトニングソード】、【ビーストアイズ】の三つです。


 否――ここでやらずに何時やるのか。

 仕掛けます――【ロングレンジ:石切礫】を使用し、弾道を曲げて投擲致します。投擲しましたらすかさず移動。【気配断ち】を使用し、【クレイフィッシュ】に接敵しないように心がけます。

 窺いますとモンスター【死神騎士】さんのスキル【ビーストアイズ】が発動しております。

 固有スキル【ビーストアイズ】は見つめた相手を逃走不可状態に、そして恐慌状態にする強力なスキルです。

 恐慌状態に陥りますと体が上手に動かせなくなるようです。かなりのストレスですね。わかります。

 また軌道を変えて【ロングレンジ:石切礫】をぶつけます――ふひひっ。【気配断ち】からの逃走です。


 軌道を変化させておりますので、なかなかこちらへ気づけませんね。【死神騎士】さんはまともにやり合えば強敵ですが、こうして広いフィールドで他のプレイヤーの方がいらっしゃらない場合はこのように絡め手が使用できます。

 しかしながら心臓の鼓動が早い。

 焦りのような喉の渇きを覚えます。


 下手をしたら死にます。ここで死ねばゲームオーバー。息が深く漏れます。

 実は何度も繰り返した経験がございます――おっと鼻血が見受けられます。興奮しすぎてしまったようですね。わかります。タラリと垂れて参りました。

 本来なら相手のライフがどれぐらいなのか確かめるものですが、現在におきましてはその術がございません。

 繰り返す事数十回――特殊状態【テラーオーラ】が発動しております。恐ろしいですね。効果範囲は半径十メートル程度とおっしゃいます所でしょうか。

 索敵範囲が非常に広くなります。これ以上は【ロングレンジ】でも気づかれます。

 攻略済みの洞窟を確認し、最後の【ロングレンジ】を連続して投げつけます。

 五発を投げましたら最初の一発が命中――【死神騎士】さんがこちらを視認致しました。エンカウント。ヘイトを確認致しました。ヘイト先は私ですね。当然と申しませば当然なのですが。


 接敵です――洞窟の中へ素早く非難し最奥まで逃げ込みます。

 突き当りに到着致しましたら、【ショットガン:石切礫】をひたすら入口方向へ向けて連打にございます。ひたすら連打です。連打。連打。連打。連打。連打。

 奥に到達されましたら私も無事ではすみません。まさに背水の陣の覚悟にございます。

 鼻血が鬱陶しいですね。


 どれくらい経過致しましたでしょうか――数十秒とも数十分とも数時間とも時間の経過を感じます。【鏡】から【菊一文字】を取り出し備える私です。だいぶお腹が軽いですね。徐々に重くなって参ります。

 最後の手段は【殺撃七連】に委ねます。

 おそるおそる洞窟の出口へ向かう私です。

「ひひひっ」

 おっと変な笑いが漏れてしまいましたね。失礼致しました。

「ふひひひっ」

 モンスター【死神騎士】さん討伐です。

 カードを開きますとレベルが35になっておりました。オーバーエネミーだったようですね。所謂格上の敵、ジャイアントキリングは貰える経験値が上昇致します。

 取得した全てのポイントを精神力へ振り分けます。

 これで43+10で53ですね。まだまだです。わかります。


 しかしながらベースレベルが14も上がった事に対しまして【モンスターテイカー】としてのレベルは2と対して上昇しておりません。これが一番の忌諱ポイントです。わたくし、モンスターの情報に穴抜けがありますと気になってしまうタイプの人間です。敵のスキルを全てご覧になっておりませんので、【モンスターブック】の情報が埋まっておりません。気になりますね。


 ドロップは【死神騎士のコート】ですか。

 これだけですか。入念に辺りを確認してしまう私です。何度もキョロキョロしてしまいます。これだけのようですね。

 モンスター【死神騎士】さんのドロップアイテムは覚えている限り以下の通りです。

 ドロップアイテム。

 1、武器【死神騎士の剣】。切れ味コード33。スキル【ダークライトニングソード】を使用できるようになる剣です。壊れます。

 2、防具【死神騎士の外装】。【死神騎士の外装】は打撃コード30、切れ味コード33までの耐打防刃性能を持つ黒い薄手のコートです。まるで何も纏っていないかのように軽く羽のようです。コード以上の武器からの攻撃は破損確率が上昇致します。つまるところ壊れます。

 宝石【獣の瞳】。大雑把に申しませばキャッツアイです。高値です。

 スキル紙片【恐慌】――アクティブスキルです。敵に恐慌状態を付与するオーラを発します。プレイヤーが使いますとそこまで脅威ではありませんので嫌がらせスキルとなっております。

 スキル紙片【コールドサイン】――体表から周りの温度を-3℃下げるオーラを発します。夏場に最適です。冬だと怒られるかもしれません。


 なんだかんだと申しましても【無明菊一文字】が心の支えとなっておりますようですね。

 これがあるだけでどれほど心強いか深く息が漏れてしまいます。

 早速コートを羽織ります。


 早く安置へ帰りたい――そう願ってしまいます。

 略して【菊一文字】を所持しつつ洞窟から顔を覗かせますと――おっと、あれは……なぜこのような場所に【バアルちゃん】が。


 身を隠す私です。キョロキョロと辺りを見回す白く儚げ、朧気ともとれる可憐な少女がおられます。【バアルちゃん】、【バアルちゃん】です。エッチです。エッチすぎますね。なんでしょうかあのモフモフは。個人的な意見にございますが魅力的過ぎますね。わかります。さすが悪魔さんです。わかります。抗いがたいリビドーの疼き。さすがです。

 今の私では絶対に万が一にも接敵すれば敵いませんので絶対に接敵は致しません。


 それにしてもなぜ【バアルちゃん】がこのような場所にいらっしゃるのか。

 おっとお帰りになるご様子。安堵の息を吐く私です。今日はもう帰りましょうか。ポケットからカードを取り出し時間を視認、顔色が青くなって参りました。

 何時の間にか十七時を回っております――んんんんんん。

 スキル【気配断ち】を敢行し、急いで出口へと向かうわたくしです。


 息を切らせながら迷宮入り口を抜け、メトロへとやって参りました列車へと乗り込みます。

 母に遅れる旨を送信し、今日はお迎えに参れませんとお伝えした所、かなりご立腹のご様子。迎えに来るまでは帰らない堅牢の構え。

 妹様にも遅くなる旨をお伝えた所、お腹ペコペコマークでアプローチされております。


 列車の座席にて急かす心臓と呼吸を整えます。機関最寄りの駅へと参りましたら出入口が開くと同時に駆け参ります。カードを改札にて表示し駆け抜けます。機関を抜け路面電車へ滑り込みカードをご覧になりながら息を整えます。

 最寄り駅にて降り母の会社前へ到着――十九時です。すっかり遅くなってしまいました。

 母に迎えに参りました旨をお伝え致しますと――会社の扉、向こう側にて母の視線が窺えました。隣に男性がいらっしゃり、大沼さんではないご様子。あの方は……あの方は母が務めるこの会社にて、この支社にて部長を任されていらっしゃる中川支部長さんにございますね。わかります。


 身長百八十三センチメートル。やせ型。金髪。スーツの良く似合う男らしい方です。

 自動ドアを開いてお二人が傍へと参ります。中川さんは母を好いている設定がございます。どうやらその設定は生きているようですね。


 私を睨む母。傍に参りますと伸ばされた手。背中へと回りただただ抱きしめられてしまいました。

「遅い……」

「ごめんなさい。遅くなりました」

「許さない」

 母を抱きしめ身を寄せる私です。

「すっかり遅くなってしまったね。送るよ」

 中川さんにそう申し出て頂き、大変ありがたいのですが、建物内にてこちらを窺っていらっしゃる女性社員の方や、ストーカーの女性が電柱の影にございます。単純に恐怖を感じますので丁寧にお断りさせて頂きます。

「申し訳ございません。ありがとうございます。もう大丈夫ですので……えーっと」

「ここの支部長をやっております中川です。よろしくね。寧々ちゃんで、あってるかな? お母さんからお話は良く聞いてるよ。お母さんには良くして貰っているからね。ぜひ送らせて欲しいんだ。二人の事が、心配だから。あっ誤解しないで欲しいんだけど、仕事を良くこなして貰ってるからね。だから、頑張って貰っているからね。その労いをね。させて欲しいんだ」


 おっとこれは断りにくい雰囲気を作り出して参りましたね。

「母を気遣って頂きありがとうございます。ですがそこまでして頂くのは申し訳なく存じます」

「大丈夫だよ。全然平気だから。送ってくよ」

 母が中川さんに手を掴まれますが、涙を浮かべた瞳で眺められ中川さんはそれ以上何も申せないご様子でした。

「中川支部長。ありがとうございます。もう二人で、大丈夫ですから……ご迷惑をおかけしました」

「でも、だけど……」

「こんな時間まで付き添って頂いて、ありがとうございます。ですが本当に、見送りは大丈夫ですので」


 未練がましそうな視線を向ける中川さんには申し訳ないのですがお辞儀をしてお別れです。

 母と寄り添い帰路へと向かいます。母は無言で傍を離れませんでした。

「寧々? どうして遅くなったの? お母さん心配するってわかってるよね?」

「ごめんなさい」

「理由を聞いてるの」

「迷宮から帰るのに手間取ってしまいまして」

「そうやってお母さんを蔑ろにするんだわ」

「そんな事はありません。お母様が大事です」

「……そんな言葉には騙されません。どうでもいいんでしょ」

「お母様が大事です」

「ほんとに?」

「はい」

「絶対?」

「はい」

 母に向き合い抱きしめます。貴方が大事ですと態度でお伝え致します。

「愛しております。お母様が大事です」

 言葉でもお伝え致します。

「……いいわ。一先ずは……いいわ」

「そう言えば、あの中川さんはお母様の上司の方にございますね。もう少し気の利いた台詞をお伝えできれば良かったのですが」

「ふふふっ。えぇそうなのよ。かっこいいでしょ。でも奥さんに浮気されて離婚して以来、恋愛には奥手なんですって。会社でもとっても人気があるんだから」

「そうなのですね」

「うふふっ。どうしたの? あっ……もうっ。寧々ったら。心配しなくても大丈夫よ。お母さんは別に何とも思ってないわ。中川さんはいい人だけどね。お母さんは寧々だけが大事だから。寧々だけよ。寧々だけ。貴方だけが大事なの」

 ため息を押し殺します。仄菓さんを大事には考えておりますが、夏飴さんの気持ちを考えますと手放しには喜べません。

 今は一先ず機嫌を直して頂けましたけれど、お家へと帰りましたらきっとお母様によるお説教が始まります。

 夕ご飯が遅くなってしまいますので腹ペコ大魔王である夏飴さんが別の意味でも涙を流してしまいます。

「ちょっとだけですが、コンビニへ寄ってもよろしいでしょうか?」

 せめてちょっとしたものだけでも。

「ううううううう。お母さんの話聞いてるの⁉」

「お手洗いです」

 そっとコンビニへ寄り、肉まんを三つ買って帰る私です。


 そしてお家へと帰りますとリビングの床にて正座をさせられました。

 正座させられる前に、そっと腹ペコ大魔王妹様に何事もないかのように肉まんをさっと差し出し渡します。

 そして正座です。フローリングで正座は地味に痛いです。

「寧々‼ お母さんは怒っています‼ どうしてこんなに遅くなったのですか‼」

「ごめんなさい……」

「お母さんはすごく傷付きました‼ すっごく傷付きました‼」

「ごめんなさい」

 それから言い訳を繰り出す間も無く、肉まんを頬張る夏飴さんに見守られながら、こってりと絞られてしまいました。

「お母さんは明日お仕事をさぼります‼ 寧々のせいですからね‼」

「はい……あれれ?」

「寧々も明日学校をさぼります‼ 寧々のせいですからね‼」

「あれれ?」

「あれれ? じゃありません‼ お母さんは怒っています‼」

 あれれ。あれれれれ。

「お母さんは傷付きました‼ 怒っています‼」

「はい……」

 うひー。

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