第6話 未覚醒聖女とトマトとブラと七百万。

 唐突に何をおっしゃっているのか理解できないとは存じます。

 登校している途中でこんな事を申しますのはどうなのかとも存じます。

 全然問題はございません。全然問題はないのでございます。ただ何でございましょうか……どう申しましたらよろしいのか、端的に申しまして妹様に人気がありすぎますね。ありすぎます。前々から感じていた事にございますが、来る方来る方皆様妹様にご挨拶して参ります。笑顔です。皆さん素敵な笑顔をしていらっしゃいます。さやわかです。心が洗われるようですね。わかります。対してわたくしはどうなのかと申しませば置物です。あひゃひゃ。妹様のご迷惑にならぬように置物と化しております。うごごごご。


 違います。妹様が可愛いのはわたくしも認めております。認めておりますとも。

 それに対してわたくしはどうなのか……と申します話であり、動揺してお嬢様ムーブを演じずにはいられません。孤独ではありません。孤高です。せめて他人のふりをしてしまいます。違うのです。妹様にご迷惑をおかけしたくないだけなのです。

 例えばの話。

(えー。夏飴さんのお姉さんて、こんな人見知りする性格なんですねー。地味な性格なんですねー。全然正反対なんですねー。うけるっ)

 うごごごご。

 違います。この体が可愛くて最高なのは私もご存じです。馬鹿にされるわけはありません。しかしながら中身がですね。中身が。うごごごご。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

「お姉ちゃんとは……どなたでございましょうか」

「お姉ちゃん⁉ お姉ちゃん⁉」

 服を掴み揺さぶらないでください。お願いします。

 ふっふふーん。よろしくてよ。


 そのような眩しい登校風景をお楽しみ致しました。学校へと到着致します頃にはもうボロボロです。眩しさに身も心もボロボロです。

 ――そしてなぜでございましょうか。Fクラスは訓練室を使用できない暗黙の了解がございまはずなのに。ございますはずなのですが、朝から皆様お揃いで訓練室を使用し運動をしていらっしゃいます。

 どうやらクラスメイト兼プレイヤー。古午房さん、古村崎さん、パメラさん、姫結良さんが実力を発揮し、一波乱の末に訓練室の使用をもぎ取ったようにございます。びっくりするほど蚊帳の外ですね。わかります。実はわたくし、NPCなのかもしれません。Eクラスと共同であるならば使用許可を頂けるとの事。圧倒的な躍進力。さすがです。しかしながらわたくし、まだ負けを認めたわけではございません。えぇ、ございませんとも。何かと戦っている。何かと戦っているわたくしです。負けません。


 このゲーム。やり方さえご存じでしたら誰でも最強になれます。そんなゲームにございます。そんなゲームの中、別にクラスメイト等捨て置けばいいものを、わざわざ訓練室を提供し、あまつさえ鍛えて下さるプレイヤーの皆さまには頭が上がりません。眩しい。苦しいよー。

 さすがです。私とは雲泥の差。雲泥の差にございます。月とすっぽん。他人等どうでもよいと考えているわたくしが恥ずかしいです。はずかちい。

「じゃあ、好きな奴とペアになって訓練な」

 そしてたった今、姫結良さんより死刑宣告を受けたのが私です。

 ペアなんて作れるわけもありませんので帰りたくなって参りました。上げてから落とす。上げてから落とすのですね。さすがです。


 第一級隔離ボッチの私のメンタルからすれば、この程度は朝飯前にございます。大丈夫。大丈夫にございます。問題はございます。シャランと優雅なボッチ姿をご覧にいれましょう。えぇいれましょうとも。メンタルがガリガリと削れてゆきます。しかしながら問題はございません。この程度ですり減るほどの精神力ではございません。

 ふふーん。よろしくてよ。

 ……あっという間にペアが決まってゆき、案の定余ったのが私です。

 ふっふふーん。孤高なのです。わたくし。

 声をかけるとか無理です。三十八歳にもなりそれはどうかとおっしゃる厳しいお言葉、大変理解でき染み入るものにございます。しかしながら年齢は関係無いのです。無理です。断られたら私死にます。

「あのっ……月見さん」

「はい、なんでしょう」

「一緒に組みませんか?」

 天使、天使です。きっと罰ゲームに違いありません。ですがよろしくってよ。

 ふふーん。その罰ゲーム、乗りこなして御覧に入れましょう。


 組んでくださったのはEクラスのウィヴィーさんですね。わかります。

 ウィヴィーレ・ヴィアンタさんです。

 褐色肌の可愛らしい女性の方です。好きです。


 そして……。

「たったぁ‼ やっ……やー‼」

「ウィヴィーさん素晴らしい攻撃です」

 ウィヴィーさんの素晴らしい攻撃に私は尻もちを頂いてしまいました。

 スッテンテンです。

 違うのです。言い訳をさせてください。

 わたくし、女の子です。女の子でした。戦えるわけはないのです。本来は。

 普通に考えて普通のOLが武器を持ち戦えるわけはないのです。戦えますか。そうですか。ほんとうですか。信じられません。

 ボタンポチポチとは違うのです。ふふーん。お尻が痛くってよ。口から涎が垂れそうです。わかります。


 モナドと【リリスの瞳】を制限すれば、私なんてスッテンテンです。他の方々が優雅な戦いを披露なさる中、田んぼで戦っているかのように泥臭いです。田んぼの悪口を申しているわけではございません。何もないところで田んぼの泥濘にはまっております。そんなわたくしです。

「やりますね。ウィヴィーさん。さすがです。今度はこちらから参ります」

「こっこーい‼」

 振り上げたエアースポーツソード。所謂スポンジで出来た剣を振り上げて打ち下ろします。当たっても安心です。

 無造作に振り下ろすとウィヴィーさんの頭を打ち据えてしまいました。

「たっ」

 スッテンテン。ウィヴィーさんも尻もちをついてしまい焦って駆け寄ります。

「大丈夫ですか? ウィヴィーさん」

「すごい斬撃です。月見さん……いたたた」

 さするお尻、その痛み、共感するものがございます。

「転ぶとお尻が痛いのですよねー」

「そうなのですよー。ふふふっ。ボク、月見さんとは仲良くなれる気がします」

 はぁー……好き。もうこれは友達と申しましても過言ではありませんね。結婚ですか。ふふふっ。構いません。構います。


 訓練室では疑似迷宮を展開して迷宮に巣食うモンスターと訓練できるはずなのですが、貴方達にはまだ早いと申されてしまいました。あひゃひゃ。

 ゴブリンにすら勝てそうにない。そんなわたくしにございます。


 唐突に大きな音と共に扉が開きます。

「これはどういうことだFクラス‼ 誰の許可を得てここを使っている‼」

「なんだてめぇ‼ てめぇ何しに来たんだよ‼」

「Fクラスが訓練室使ってんじゃねーよ‼」

「……すみません」

 ウィヴィーさんが頭を下げたので、わたくしも隣で頭を下げます。

「ウィヴィーさん。貴方はEクラスです。頭を下げるのは私ですよ」

 小声で話しかけます。

「はっ‼ そうでした。ボクはEクラスでした。でもせっかくなので頭を下げておきます」

「やっ、いや、君達はいいんだ。存分にスッテンテンと訓練するといい」

 すみませんね。練習になっていなくてごめんなさいね。ぐぬぬぬぬぬぬ。

「困ったことがあったら、何でも言ってくれ」

 むしろ優しくされるのはなぜなのでございましょうか。そんなダメですか。むしろダメですか。こういう時、もっと冷遇されると考えておりました。全然違いますね。わかりません。わかります。

「おいてめぇ‼ えーっと……無視してんじゃねーぞコラ‼ ぼてくりこかずぞ‼ えーっとてめぇ‼ なんだてめぇコラッ‼」

「おめぇ名前忘れただろ⁉ 田中だコラッ‼ Dクラスの田中だてめぇ‼ コラッ‼ いてまうぞ‼ お前ほんま‼ 自信あるんか⁉ おん⁉」

「お前こそ自信あんのか⁉ こらぁあ⁉」

 姫結良さんは今日も他のクラスの方々とコラコラ怒鳴りあっているご様子。さすがです。こんなお嬢様がいても良いと考えるわたくしにございます。


 なぜだか唐突にDクラスとE、Fクラスの決闘が勃発し、プレイヤーがいるFクラスは余裕でDクラスを撃破してしまいました。史実と異なります。どうあっても逆境には抗いたい、そうわたくし達は日ノ本人なのです。わかります。

 そしてびっくりするぐらいわたくしは蚊帳の外にございました。遠くからぼーっと眺めておりました。参戦すらしていません。あれ。あれれ。


 プレイヤーの皆さん、パメラさん以外は戦士のご様子。前衛は戦士御用達なのでございます。必須の前提スキルが幾つかございます。

 パメラさんは魔術師にございましょうか。悩ましい。ちょっと違うように感じますね。

 姫結良さんは……戦い方が後衛よりです。使用しているスキルより戦士とお見受けできるはずなのですが、あえて前衛をしていらっしゃる印象を受けます。戦士は前座なのかもしれません。

 古村崎さんは前衛ですね。

 古午房さんは他の方と仲悪そうです。

 どうやら姫結良さん、古村崎さんはクラスメイトも強くしたいと主張しているのに対して、古午房さんは自分のやりたいようしたいようでございます。パメラさんはそんな古午房さんと組んでいらっしゃるご様子。迷っておりますね。おろおろしております。全体的にそのような印象をお見受け致します。

 姫結良さんは実家がお金持ちですので金策は必要なさそうですし、他の方も効率の良い金策を知っているのかもしれません。


 他の方々も死なないで欲しいだなんて、姫結良さん、古村崎さんの考えはとても素晴らしいものです。尊敬致します。私がどれだけ努力しようとも対人関係はどうにもなりません。話しかけた所で何言ってんだコイツ。そんな顔をされます。そんな無理難題を、そのような難題をお二人はクリアしようとしていらっしゃるのです。痛み入ります。瞼を伏せ感慨にふけてしまいますね。何もできない無力さを感じております。

 そしてウィヴィーさんのお腹が鳴りました。

「ふへへっ」

 うーん。すべてがどうでもよくなりつつある。そんなわたくしです。


 良い汗をかきました。一仕事終えた気分です。

 Fクラスはシャワールームをご使用できませんので購買で汗拭きシートを買い、満遍なく体を拭っております。むわりとモモのニオイが致します。これが寧々の汗のニオイです。ちょっと良いニオイ過ぎませんか。汗をかくほどにモモのニオイが濃くなります。こんなのおかしいです。好きです。ダメです。


 そして隣にはウィヴィーさんがいらっしゃいます。こうして一緒にいてくださるなんて、わたくし感無量です。

「すっごいモモのニオイがする。なんで?」

「うーん。なぜでしょうか」

 それは私にも未知の領域。人体の不思議にございます。

 ウィヴィーさんは留学生ですので色々ご苦労なさっている様子が所々に窺えます。設定をご存じです。ウィヴィーさんは苦労人なのでございます。

「よろしければ汗拭きシート、如何でございましょうか?」

「いいんですかー? ありがとう。わー桃のニオイがしますぅ。顔を拭くのですかー?」

 それはシートのニオイではなく、わたくしの汗のニオイです。顔が赤くなりそうです。

「多少刺激がございます。脇や腕、首元などを拭うのが良いと存じます」

「変わりにお菓子食べる? 美味しいよ」

 スナック菓子、中身はチョコレートですか……大好物です。


 なぜだかウィヴィーさんは上手に汗を拭けていないご様子。ここは友人にステップアップすべく、手を貸すのもやぶさかではございません。やぶさかではございません。

「ウィヴィーさん。脇をお上げになってください」

「えー? これでいーい? 月見さんて、モモのニオイがしない?」

「大丈夫です。しませんよ」

 綺麗な脇にわたくしも感無量にございます。フキフキさせて頂きます。汗の良いニオイが致します。健全ですね。わかります。

「つめたーい。きもちいー」

「逆もお上げになってください。拭いた方はおさげになって構いませんよ」

 告げないとずっと万歳していそうなウィヴィーさんのご様子です。お可愛らしいですね。わかります。

「はーい」

 拭き終わりました紙をゴミ箱へと捨てウィヴィーさんの乱れた御髪や服装を正します。

「わーありがとう。お菓子どうぞぉ」

 ポリポリと食べるお菓子。悪くありません。悪くありませんね。


 ウィヴィーさんはどうやらお化粧をしていらっしゃらないようですね。きめの細かい美しい肌が露出しております。おぉっと唇が乾燥しておりますね。これはいけません。これはいけませんとも。

 ポケットからリップクリームを優雅に取り出すわたくしです。妹様に使用していたリップクリームとはもちろん別物です。常に五本のリップクリームをご用意してあります、ぬかりのないわたくしにございます。ございません。

 ふふーん。よろしくてよ。

「ウィヴィーさん。動かないでくださいね」

「うー?」

 クリーム越しでも理解できる唇の弾力。白クマさんのような長く白いまつ毛。支笏湖(しこつこ)のような美しいブルーアイズ。まるで宝石のようです。

「はい。ンパンパして馴染ませてください」

「ンパンパ」


 おぉっと視界に入りますは向こう側から迫り来る姫結良さん。怖い顔をしてこちらへと近づいて参ります。わたくしが横へずれてもこちらへとやって参ります。どうやらわたくしにお話があるようですね。わかります。わたくしが弱すぎるからでございましょうか。違うのです。言い訳させて下さい。お願いします。

 ふふーん。いいでしょう。受けて立ちましてよ。

「おい、寧々」


 いきなり呼び捨てとは無粋なお方。良いです。えぇ良いでしょうとも。後で訂正させて下さい。

「はい。なんでしょう」

「これからちょっと面かせや」

 おっとこれは、これはまさかの呼び出し。まさかの呼び出しにございます。カツアゲでしょうか。まさかのカツアゲ。よろしくてよ。色々と妄想がはかどりますね。わかります。

「わかりました。どちらへ向かいましょう?」


 姫結良さんが顎で指示を。後に続いて歩きますよう促して参ります。大人しく後に続いて参ります。そしてなぜだかウィヴィーさんもその後に続いて参ります。

 学校の屋上に鍵がかかっていないのも不思議ですが、普通に入れてしまうのも不思議にございます。屋上に菜園ですか。素敵過ぎませんか。

 トマト、ですか。赤く瑞々しい光沢に露が栄えます。わかります。食べてはいけませんでしょうか。これは……土壌に白い結晶。まさかペロっ。土壌に塩……。なんだと。まさかこのような所にトマト上級者の方いらっしゃるとは。ぐぬぬぬぬ。負けられません。これは負けられませんね。トマトにはうるさい女。わたくしはそのようなおのこにございます。


 屋上のベンチに腰かけて姫結良さんは足を組みました。姫結良さん。スカートが大変短いご様子。黒いレースの下着が顔を覗かせております。ここは一言注意した方がよろしいでしょうか。それとも見て見ぬふりをするのが正しい作法にございましょうか。迷うところです。

 いいえ、わたくしは紳士、紳士にございます。いえ、昔は淑女にございました。

 そっと近づき、足に手を添えて閉じさせて頂きます。

「おっおう。なんだ」

「広角すぎます」

「おっおう」

「パンツ見えてるよ?」

 さすがウィヴィー様。ストレートパンチも辞さないご様子。感服致します。

「はっはぁ⁉」

 おっと赤面です。姫結良さん。ギャップをお使いですか。グフッ致命傷です。辛うじて致命傷でした。危ない。とても危ないです。わたくしでなくては死んでいました。いけない子ですね。メッ。死人がでますよ。それはいけません。

 昨今は見せパンなるアイテムも存在するご様子。ファッションとは奥の深きものにございます。


 よくよくご覧になられますと姫結良さんの御髪(おぐし)は根元から黒のメッシュが入っておられますね。お洒落さんなのだと素直に感じてしまいます。

 妹様もメッシュをキメていらっしゃいました。流行りなのでございましょうか。

「実はよぉ……相談があんだけどよぉ……」


 どうやらカツアゲではないご様子。パンツのお代はお支払いしたほうがよろしいでしょうか。良い物を眺めさせて頂きました。

 否、お金に困っている相談なのかもしれません。おパンツ代ならば喜んでお支払い致しましょうとも。

 何度もこちらを眺めては逸らし、恥ずかしそうに頬を掻くご様子にございます。ゲームの中のイメージと真逆ですね。しかしながらそんな姫結良さんも嫌いではございません。

「何でしょうか?」

 隣ではウィヴィーさんがお菓子を口にしていらっしゃいます。さすがです。

「実はよぉ、その、言いにくいんだけどよぉ、そのさ、その、あのよぉー、そのさぁ、ブラッ、ブラジャ、ブラジャーを買いに行きたいんだけどよぉ、一緒に行ってくんねーか?」


 んんんんんん。なんでございましょうか。時が止まってしまいました。わたくしはどのような表情をすればよろしいのでございましょうか。

 んんんんん。人選ミスにございませんか。頭の中に宇宙が広がりゆくわたくしです。しかしここは答えなければいけませんね。参りません。

「大変申し上げにくいのですが、姫結良さん。わたくしは男です」

「えー?」

 ウィヴィーさんの視線が刺さって痛いです。ガンミはよくありません。近づいてこられるのはなぜでしょうか。パーソナルスペースを大幅に超えております。

「知ってるつーの‼ んなもんはよぉ‼ でもよ‼ いいだろ‼ 別によ‼ ブラ買いに行くのに付き合ってくれてもよ‼」

 そんな拗ねた様子でご覧にならないで下さい。わたくしをどうしたいのですか。

 ウィヴィーさんから伸びて来た手、手首を掴み止めます。


 まさか、ウィヴィーさん今、わたくしの胸を掴もうとしておりませんでしたか。おちちを触ろうとしておられませんでしたか。おちちを触ろうとしていらっしゃる。それはいけません。

「どうして、わたくしなのでございましょうか?」

「あのっさぁ、俺って今までブラジャーってした事がなくてよぉ。さらし巻いてたから、その、ブラジャーとかよくわかんなくてよぉ。お前だって、その……わかんねーだろ? ブラジャーとかよぉ」

 わかります。ごめんなさい。わかります。さらしって何ですか。食べ物ですか。

「そうですね」


 ウィヴィーさんがお菓子を地面において、もう片方の手をわたくしに伸ばして参ります。止めます。止めました。力を込めるのをおやめなさい。許しませんよ。

「だっだからよぉ。この際だから一緒によぉ、勉強しないかと思ってよぉ。ブラジャーについてよぉ」


 んんんんんん。その発言ではわたくしも将来ブラジャーを着用してしまいます。

 考えも追いつかぬ奇襲にわたくしも動揺を隠さずにはおられません。ふふーん。ですがその勝負、受けてもよろしくてよ。えぇ、大丈夫です。

 いいでしょう。えぇよろしくてよ。昨今は男性用ブラもございます。やぶさかではない。やぶさかではございません。ございます。

「ウィヴィーさん。どうして手に力を込めるのですか?」

「だって、おっぱい、触ってみれば、わかるかなって思って」

「思ったからと言って、触ってはいけませんよ?」

「でも、ちょっとだけなら、いいかなって」

「ちょっとも何もダメですよ? これは同性にも言えることですが」

「でも、ちょっとだけなら、大丈夫かなって」

 だから大丈夫ではないのです。触れられたくはないのです。ウィヴィーさんと申しましても許しませんよ。


 なかなかに押しが強いご様子。ですが触らせるわけには参りません。わたくしは決まった姫君にしか体の大事な所を触らせたくない所存にございます。

「いいですよ。姫結良さん。ブラジャー買いにゆきましょう。ゆきましょうとも。死活問題ですからね」

「ねぇええええ。ねぇえええええ。ダメ? ダメなの?」

「おっおぉ、今日いいか? これから早速行こうぜ。何処がいい? やっぱショッピングモールか? 何処に買いにいきゃーいいんだよ」

 ふふーん。すべて……すべてをわたくしに任せて頂いて問題ありません。なにせっわたくしっは全てをっソロでっこなした女。ウィヴィーさん力がなかなかにお強い。全てをソロでこなした女にございます。覚悟と年期が違います。ふふーん。

「ダメです」

「ダメなのか⁉ なんでだよ‼」

 違います。


 わたくしが中身であることが残念でなりませんが、精いっぱいエスコートさせて頂く所存にございます。えぇ、致しましょうとも。

「ウィヴィーさん。諦めてください」

「でもぉ、ちょっとだけならぁ。あっあっああああ」

「ショッピングモールダメじゃダメなのかよ⁉ クソゥ。難易度たけーじゃねーか‼」

「違います」

 なんとかご説明させて頂き、姫結良さんがウィヴィーさんを押さえて下さりました。やっと力の抜けたわたくしです。

 押さえられてもなかなか諦めませんね。ですがわたくしも諦めませんよ。

「そうですね。いくつかお店を回りましょう」

「ねぇえええええええええええええ」

 ウィヴィーさん。わたくし、絶対に負けません。負けませんわよ。折れませんし譲りません。

「おめぇしつけーぞ‼」


 過去Hカップだったわたくしです。

 ブラジャーに関しまして、わたくしも苦労した所存にございます。

 ふふーん。自慢です。


 お店を探す前に、教室でお昼を頂く事となりました。

 今日のお昼はクレープにございます。クレープ生地に野菜やソーセージ、マヨネーズ等を包んでおります。一口サイズで十個。姫結良さんもお昼をご一緒にして下さるご様子。素敵です。ボッチではございませんので、堂々と教室でお食事ができます。ふふふ。


 妹様はきちんとお昼を食べていらっしゃいますでしょうか。お姉ちゃんは心配でなりません。

 姫結良さんが目の前で大サイズのおにぎりを頬張っております。おにぎり……ですか。塩おにぎりですか。さすがにございます。なんて美味しそうなのでございましょうか。

 しかしながら申し上げます。少し無防備が過ぎます。ショーツが視界の端にとらえられ、クラスメイトの男子も落ち着かないご様子。わかります。無防備が過ぎます。これで素なのですから困ってしまいます。

「ひゃっなっなんだよ」

 手を伸ばして内股へと誘導致します。男性達のため息が聞こえました。聞こえました。許しませんよ。今のため息は許しません。


 それにしても姫結良さんはスカートがお短い。おみ足が嫌でも視界に入り、視線を向けぬように努力しなければなりません。焦点を合わせるのが厄介です。視点を合わせて良いのはお腹でしょうか、それとも腕でございましょうか、顔ですか。男性方の気持ちがよくわかります。よくわかりますね。まったく困ったものです。しかしながらわたくし、可憐にこなして御覧にいれましてよ。


 そしてウィヴィーさんがおられます。

「ウィヴィーさん。貴方は隣のクラスです」

「はっ‼ そうだった……でも、授業じゃないから、いいかなって」

「そうですね。ですがFクラスと仲良くするとクラスメイトの方々が良い顔をしないと存じます」

「考えすぎじゃね?」


 姫結良さんの台詞に私も考えます。しかしながら可能性がある以上、配慮すべきだと存じます。

「それに、おっぱいを、触っても、いいと思う」

「わたくしのはダメですよ」

「ねぇええええええええ。ねぇえええええええええ?」

「駄々をこねてもダメです」

 貴方だって胸を触られたくはないでしょうなんて台詞は口にしません。フラグは立てません。

「うー……」

「唸ってもダメですよ」

 カードに着信音。妹と母からの着信にございます。ちゃんとお食事を口にして頂けたようですね。嫌いなニンジンでもグラッセや蒸し焼きにしたならば、きっとお口に合いますでしょう。

 お返事を致します。クレープは気に入って貰えたようですね。微笑んでしまうわたくしです。

 落札値が視界に入り瞳孔が開くのを感じました。動揺を悟られぬように平静を装います。落札値には上限を設定しておりました。七百万、七百万で即決です。七百万円で落札されておりました。


 そして約七百万円の入金が確認できました。どうやら即決で落札されてしまったようにございます。落札額の三%を手数料と税金に納める仕組みです。

 それを差し引きましても学生が手にして良い金額を遥かに越えていると存じます。


 何に使おうか考えてしまいますね。

 このお金が人生を狂わせるようなお金になってはいけません。私は貧乏でも、親子三人仲良く暮らせるほうが良いと存じます。七百万円は学生として人生を壊すに足る金額です。

「それ、なんだ? クレープみたいだけど」

「クレープですよ」


 ホットサンドメーカーやら買いたい物一覧が脳裏を過り困ってしまいます。ふふふっ。新しいフライパンも欲しいです。ホットサンドメーカーとフライパンの二刀流。悪くありません。最強です。悪くありませんね。想像するだけで料理の幅が広がってしまいます。そしてそれを頂くお二人の笑顔。なんて素敵なのでございましょうか。瞼が細まってしまいます。にんまりです。

「一つお味見等如何でございましょうか? おにぎだけでは足りないでしょう」

「……いいのかよ」

 お箸で摘まみ、左手を添えて落ちないように差し出すと、かかる髪を押さえながら姫結良さんはクレープを口に致しました。優雅な動作、満天、エレガントにございます。

「変わった味だが、悪くない。悪ないな」

 そして満面の笑顔。ブリリアントですわ。

「あのさ、どうして、ボクに、意地悪するの?」

 ウィヴィーさんが唐突にそうおっしゃいました。意地悪とは。はっ。まかさわたくし、実は悪役令嬢なのかもしれません。ふふふ。よろしくてよ。

「イジワルとは?」

「ボクには?」


 仕方がありませんね。仕方がありません。カロリー的にはバットですが、よろしいです。えぇ良いでしょうとも。

「あーん、してください」

「あー」

 左手を添えてウィヴィーさんのお口へとクレープを放り込みます。

 ウィヴィーさんのお昼は菓子パンだけのご様子でしたからね。悪くはございませんが、やはりお弁当を作ってくださる相手がおらず、心もお腹もお寂しいようです。わかります。お察致します。いけません。笑顔はお食事からですよ。


 実はウィヴィーさんはこのゲームにおける聖女にございます。

 聖女適正があり、最後まで攻略できないキャラクターでもございます。

 仲間にできなくはございませんが、恋愛フラグは一切立ちません。

 そして放っておくと誰にも聖女だと悟られず、能力も発揮されず、最後は何時の間にかいなくなってしまいます。そんな寂しいキャラクターにございます。


 数ある猛者の方々が何とか彼女を活躍させようと躍起になるも、能力値が異様に低く設定されており、所謂足手まといキャラとどうしようもございません。無理をさせてしまえば取り返しのつかない事態となってしまいます。

 彼女を活躍させるには聖女として覚醒して頂かなければなりません。

 しかしながら条件がとても厳しく、信頼度を一定以上獲得したキャラクターが、彼女のために自らを犠牲にするとそのような経験を得なければいけません。


 しかし彼女は他のNPCとは一切仲良くなりません。

 つまりプレイヤーが仲良くなり死ななければ活躍しないキャラなのでございます。

 加えてプレイヤーが死ぬ事はゲームオーバーを意味しており、彼女はプレイヤーの死後、覚醒し世界を救うキャラクターとなっているのです。

 残念ながら彼女が活躍するのをプレイヤーはご覧になれません。

 プレイヤーの死により完成するのがこの聖女ウィヴィー様なのですから。


 聖女の奇跡は死者すら蘇生させます。しかしながらプレイヤーが死を得なければ聖女として覚醒できず、死者が蘇生する条件が成った時にはプレイーヤがゲームオーバーとなっております。なんとも形容のし難いキャラクター。それがウィヴィーレ・ヴィアンタ様なのでございます。


 ちなみに私もデーターをぶっこ抜いた時に確認は致しました。

 死者を蘇生するだけならばビショップでも十分可能ですから。

 一般プレイヤーはどう足掻いてもウィヴィーさんが活躍するのをご覧になれません。データーを改ざんしなければいけません。エミュレーターであれば再現は可能です。しかしながら本鯖では不可能です。ブラックボックスですのでアクセス権限が必要です。


 なぜこのゲームの作者がこのようなキャラクターを製造したのかは不明ですけれど、一人ぐらい不遇なキャラクターが存在しても良いと考えたのかもしれません。

 聖女を生むには無償の献身が必要です。その代わり、ウィヴィーさんの潜在能力はとても高いですし聖女と申しますモナドは性能も破格です。たった一人で世界を救えます。

 覚醒させるのは通常不可能ですので、恋愛できない友人を、ペットを大事にするつもりで一生養うと、そのような覚悟が必要にございます。それがウィヴィーさんなのです。恋愛フラグが立ちませんので恋愛も結婚もできません。

 ウィヴィーさんには誰よりも強い意思がございます。それは信念と申しましても過言ではございません。何人たりとも彼女を穢すことはできません。


 そしてプレイヤーも聖女にはなれます。

 しかしその条件は例に漏れず破格で難しいです。

 まず素行が良くなくてはいけません。このゲームにおける裏パラメーターにおいて、プラスとマイナス値が存在し、善行、プラス値を一定以上保持しなければなりません。

 そしてその後、婚姻するほど親しいキャラクターに死んで頂かなければなりません。

 ゲームでもなかなかにお辛く、現実となった現在において、そんなものは死んでもごめんこうむりたい。そう考えるわたくしです。母と妹はわたくしの命をBetしてでも護ります。

「ではそろそろ参りましょうか。戦へ」

「そうだな、いくか、戦へ」

「ふんすふんす」

 ウィヴィーさん鼻息が荒いです。

 どうやらウィヴィーさんもご一緒なさるご様子。よろしくてよ。だから触らせませんてば。

「なああああああああんんんんんんんでえええええええええええ‼」

 絶対ダメです。絶対ダメ。わたくしの意地もウィヴィーさんに引けを取りません。ふんすふんす。

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