第4話 恐怖と麻婆茄子は飲み物。恋愛指南も致します。
朝四時に瞼を開きます。寝起きですが視界は澄みきっておりますね。チラリと視線を逸して向ければカーテンの隙間から光が漏れております。風がそよぎそうな清々しい朝ですね。そうではないかとお見受け致します。さて身支度です。忍者のように気配を殺して動きます。衣擦れ音一つありません。真っ先に御手洗いと洗面所。お花を摘みましたら、うーん水がちゅべたいですね。手を洗い顔を洗います。
さて体操着に着替えましたら軽く家の周りをランニング致します。
距離に応じて徐々に負荷が強くなって参りますね。限界まで走る必要はございません。息が荒くなってからが勝負です。足に負荷がかかっております。良きです。とても良き。うぉおおおおおおおお。息も絶え絶えですが今日も良いランニングでした。
ぜぇぜぇと家に戻りましたらシャワーを堪能致します。
冷えた体を温めて着替えましたら気持ちもさっぱり致します。
ふぅ……今日も整いましたね。
さぁ朝ご飯の準備と支度にございます。
炊けた白米を確認。炭と昆布を取り除きます。ペロリと一口。うーん。ハチミツが効いております。硬さの塩梅もよろしいですね。
お味噌汁はマストです。越後の赤味噌などが好みです。ご飯に使用した昆布をさっとお湯にくぐらせます。これだけで良いです。鋏でパチンパチンと切らせて頂きます。お豆腐ちょんちょん。お味噌ぱっぱ。切り分けました昆布を加えて出来上がりです。
冷蔵庫からきゅうりの辛子漬け、卵を取り出して並べて準備万端です。
ふっふっふっ。妹の部屋へと赴きます。枕元に腰かけて寝顔を眺め堪能し頬に手を当てて撫でゆきます。愛おしい寝顔ですね。わかります。
「起きて」
「……おねーちゃん?」
「朝よ」
「うー……何時?」
「六時半ですよ」
「うー……あかった。おきう」
上半身を起こした妹の頭を唇で撫でます。抱きとめてコメカミや額にリップ音を響かせます。手を握り体を支えます。寄りかかりくる妹様の体重が心地良いですね。わかります。
「もー……ぉねーちゃん」
「ふふふ。愛しておりますよ」
「きもい……」
きもくないです。ショックです。ぐぬぬぬ。傷付きました。きもくないです。きもくありませんんんん。
次いで母を起こします。母の部屋へと赴きます。
「お母さん。そろそろ起きて」
「……あんじ?」
「六時四十分」
「うー……起こして。抱っこ」
母を抱き起し抱きとめます。頬にリップ音を響かせ重さを受け止めます。
「へへっ」
「目は覚めましたか?」
さてプロレスの開始です。覆いかぶさって来る母と関節技の応酬ではなく、体重の入れ替えが幾度となく行われます。何をしているのかと問われれば、何をしているのか不明です。強いて申し上げるのなら大型犬とじゃれ合っている状態に近いと申しましょうか、それとも体温の温め合いと申しましょうか。朝から温かい気持ちになる私です。口以外に何度かリップ音を響かせますと、母も目を覚まし準備をはじめません。はじめません。
「抱っこ」
「はーい。抱っこ致しますよー」
「お母さん今日仕事行きたくない」
「なぜですか? お仕事はお嫌いですか?」
「寧々と離れたくない」
「わたくしもお母様とは離れたくありませんよ」
「ぎゅうして?」
「はい。ぎゅううううう」
「寧々……お母さん。寧々が大好きよ」
「はい。寧々もお母様が大好きですよ」
「愛してる?」
「はい。愛しておりますよ。お母様。愛しております」
何度も頬へと唇を添えさせて頂きます。指の間に指を通し握らせて頂きます。頬へとその手をあてがえば、何とも心地良い気持ちになりますね。お母様。愛おしいです。わかります。
「寧々……お母さん頑張るわ」
「頑張らくとも良いのです。お体を大切にしてご自分のペースで生活なさってください」
「寧々ぇ。もう寧々寧々。お母さん頑張る。頑張るわ」
洗面所へとお連れさせて頂きました。緩慢な動作ながら、顔を洗う母が愛おしいです。わかります。
「ちょっとママ‼」
「リップだけ塗らせて」
洗面所の取り合いは日常茶飯事です。もう少し早く起こした方がよろしいでしょうか。
「まだ⁉ トイレ‼」
「もうちょっと待ってよママ‼」
トイレの取り合いも日常茶飯事にございます。お手洗いが二つあると便利なのですが、借間ですからね。改築するわけにはまいりません。
「ちょっと‼ ママ‼ まだ入らないで‼」
「もう我慢できないの‼」
妹様。難しいお年頃ですね。わかります。
料理の並べられたテーブル。椅子へと腰を下ろし食事を致します。
白米、味噌汁、きゅうりの辛子漬け、生卵。
お金を節約するために質素なのは許してほしい所存です。
今日は卵がけご飯にございます。
「うーん。おいひいわ」
「悔しいけど文句のつけようがないわ……おねえじゃん」
辛子漬けがバリバリと白米の食感と相成りとても良き。卵のねっとりとした黄身に合わさって塩味がとても良き。美味しいです。
食べ終えたら片づけて、七時半にはお家を出ます。
「お母さんちょっと動かないで」
「んー」
出立前、玄関では母の身だしなみをチェック致します。服装を正し寝癖を手櫛で直し、露出しかけたポケットの裏返りをしっかりと仕舞い込み襟を正します。
「お姉ちゃん私も‼」
校則では一応化粧は禁止されております。妹ちゃんはうっすらと化粧しているようですね。この程度なら問題にはされないでしょう。コンシーラーやチーク等はまだ必要ありませんね。リップクリームを取り出して、唇に薄く塗って参ります。
「んぱんぱして」
「んぱんぱ」
唇を内側に巻き込みリップを馴染ませます。
「よし、ばっちりです。今日もお可愛らしいですね」
「お母さんもリップぬって‼」
「ちょっと甘い……お母さんはルージュ塗ってるでしょ」
そのリップはお姉ちゃんとお揃いです。
「えー……」
「はい。二人とも。今日のお弁当ですよ」
お弁当には味はともかく愛情だけはたっぷり込めてございます。
戸締り、ガス、電気、水道をチェック。三人そろってお家を後に致します。
玄関の鍵を閉め、ドアノブを捻り確認。路面電車まではご一緒。外へと参りますと音が押し寄せて参りますね。
町中を走行する路面電車は濃いブラウンの木製で扉も窓ガラスもございません。車両内も狭く、そんなに多くの人は乗れません。風が弱いので窓は必要無いのです。
現実世界ではデザイン性は高いけれど、安全面で注意を受けそうな構造だと申しますのが私の感想にございます。しかしながら小さなお子様の絶対数は多くありません。街自体が隔離されているからです。住んでいる方々も特殊な方々ばかりで一般の方はほとんどおりません。日ノ本でありながら日ノ本ではない。そんな印象をお受け致します。
幼馴染三人組とはここ最近よく遭遇致します。
どうやら葵君は夏飴さんの事が好みのようですね。わかります。わたくしからご覧になられても妹様は大変愛くるしい存在です。
葵君が気になるのも仕方ありません。と最近までは考えておりましたが、どうやら仄菓さんを意識しているように窺えます。我が母ながら魔性の女性ですね。
夏飴さんも普通に会話しておりますし、パーソナルスペースへの侵入も許しております。茜さんと千寿さんはそんな二人を近づけまいと間を取り仕切り、距離に割り込んでおいでです。乙女のエマージェンシーですからね。仕方がありません。微笑ましい光景です。わかります。
手を握られて視線を向けますと母でした。体重を預けて参ります。
「最近は家事をまかせっきりでごめんなさいね」
「お母さんは働いていらっしゃいます。家事は私に任せて構いません。仕事に集中できるよう家ではのんびり好きな事をなさって下さい」
「ありがとう寧々」
「でも、体を壊さないように無理だけはしないでくださいね。お母さん」
「ねねぇ……お母さんお仕事頑張るからね。寧々のために、頑張るからね」
お母さんの心と体がお仕事やお金よりも大事だと言う事は忘れないでください。
そう告げた方がよろしいのか迷ってしまいました。お金が無ければ生活はできません。現実問題としてお金を稼いでいない私が口にできる言葉ではありません。これはどうしようもございません。
途中で母とは別れます。
「お昼に電話するから」
「はい。お待ちしております」
「お仕事終わったらメールするわ」
「はい。心待ちにしております」
「うー……離れたくない」
「もう少しで休日ですよ。そうすれば一日ご一緒できますから」
「頑張る……」
母と別れたら妹の夏飴さんに脇を肘で小突かれました。腕を絡めて身を寄せますと、夏飴さんは視線を逸らしてしまいます。大丈夫です。家族の中には貴女もちゃんと含まれております。
学園へ到着致しましたら四人とはお別れです。Fクラスへと向かいます。
最近一悶着あったらしいです。私はびっくりするぐらい関わりがありませんでした。ほんとびっくりするぐらい関わりがなくってよ。
何かクラスで争いが起きても。
「おっおぉ、なんだコイツ。ちょっと通してくれ」
はいどうぞ。と通すだけの存在。モブAにございます。
「何をしている‼ Fッ……なんだお前はっちょっちょっと通してくれ」
はいどうぞ。
「Fクラス‼ またお前達か‼ この問題児どもめ‼」
おっとわたくしもFクラスですぞ。でゅふふ。
びっくりするぐらいモブにございます。
「おい‼ Fクラッ……ん? ちょっとどいてくれ。おい‼ Fクラス‼ Cクラスに喧嘩を売るとはいい度胸だな‼」」
ふふーん。どいてあげてもよろしくってよ。
わたくしもFクラスです。Fクラスですのよ。
「あ⁉ てめぇCクラスの雑魚が粋がってんじゃねーよ‼ ぼけかすがよぉ‼」
姫結良さん。お口が悪いです。本来のお嬢様がヤンキーです。素敵ですね。わかります。
いいな。なんかいいな。なんかさ。みんなキラキラして、青春しててさ。私はさ。そりゃさ、実年齢三十八歳だけどさ。なんかさ。ねーもう。やんなっちゃうな。
これでさ、友達同士とか集まっちゃってさ、その内の男女が付き合ったり、くっついたりしちゃうんだ。大体余るのはわたくしなのですのよ。
ふふーん。もういいですわ。
そして昼食を食べる場所がございません。おっとお昼ご飯を食べる場所すらございません。そんな世知辛いわたくしです。やめてください。
午前の座学が終わり、お昼になっても昼食を食べる場所がありません。
席で食べれば良いとおっしゃりたいお気持ちわかります。しかしながらすでにわたくしが席を外す前提で仲の良い人達が集まっております。ここでわたくしが席でお食べになれば誰お前状態です。さすがに精神が持ちません。やめてください。
一人になれる場所がなくってよ。
今時のホットスポットは、良い意味でも悪い意味でも満員でございます。
日陰な場所もボッチがボッチ同士集まり、会話こそございませんがお互い大変だねオーラを出しながら昼食を堪能しておいでです。そんな方々のパーソナルスペースに侵入してのお食事はわたくしが無理です。
トイレ飯でも良いのですがトイレすら先客がおりましてよ。
わたくし、こうご覧になって男の子ですの。
だから女子トイレには入場できませんの。
先生達が使用する多目的トイレしか使用できるお手洗いがございませんの。
おっとお花を摘むことができませんの。
仕方がありません。職員室へと参ります。担任の佐奈田先生に会うためです。
弁当箱持参で職員室に押しかけます。佐奈田先生は神妙な顔をして禁煙タバコを唇に咥えておいででした。こっち見ろ。逸らさないで。こっち見ろ。にっこり。先生にはメンチ切っても大丈夫だと存じます。ザクザクです。
「……どうした? えーっと月見さん君さん」
「先生、お昼はこれからでしょうか? お昼をご一緒致しましょう?」
「俺が? お前と? なぜ? え? なぜ?」
「特に意味はございません。ダメですか? 察してください」
「おっおう……まぁいいか。じゃあ、車行くか」
「はい」
実は設定上、佐奈田先生もボッチなのでございます。
三十四歳恋人なし結婚歴なし彼氏歴なし。
そしてなぜか黒くて大きなワゴン車をお持ちでいらっしゃいます。
駐車場の車に乗り込んで昼食です。やっと落ち着けましたね。
見た目通りの小部屋のようなワゴン車の中、テレビや冷蔵庫も完備しております。
「好きに座っていいぞ。寒くないか? クーラーつけるか?」
暖房……ではないのですね。意味は理解できますので何もおっしゃりません。
「大丈夫です。ありがとうございます。先生」
「まぁいいぞ」
佐奈田先生の黒髪が日陰へと溶け込んでゆきます。僅かなテールが跳ねておりますね。少し尖り鋭い目つき、少しの肌荒れ、口に咥えたタバコ型のビタミン補給器と、スラリとした体のライン。口から洩れる淡い息。甘い柑橘系のニオイ。
素敵な先生にございます。さすがです。
今日のお昼はフレンチトースト。
おフレンチソイミルクトーストでございます。
牛乳の代わりに豆乳を使ったフレンチトーストにございます。
共にカップを彩るは温野菜。添えさせて頂いております。
「旨そうだね」
「先生はお昼は何を召し上がりになるのでしょうか?」
先生は無言でサンドイッチを取り出しました。
「370円ですね。好きですよわたくしもそれ」
「前は値段が高くて遠慮していたんだけどな。最近はもう気にしなくなったわ」
お気持ちお察し致します。自分一人で食べるのならば料理の必要性をあまり感じませんからね。少なくともわたくしは……のお話ではございますけれど。
膝と座席の上にお弁当箱を広げます。
熱を失ってはおりますが、バターのように柔らかく、フレンチトーストの欠片を刺して口へと運びます。舌で受け止め咀嚼致します。
悪くありませんね。料理は試行錯誤、味覚の調整が必要です。素材の味を持ち寄り調味料で自分好みに調整致します。その過程がとても楽しいのです。
カードに着信。母と妹よりショートメール。写真が送付されております。バエですね。バエ。きゃーわかものっぽーい。
二人共美味しそうに食べてくれているようで安心致します。
個人でも味覚は異なりますので家族と申しましても共通ではございません。家族の味覚範囲を把握するのも大事です。
「先生も一口如何でしょうか?」
「おお、じゃあ頂こうかな。ん。うん。うん。旨いな。母親の手作りか?」
「私が作りました。わたくしが作りましてよ」
「……そうか。俺も家族がいるのなら作るんだがな。一人で作っても虚しくてな」
「自宅と職場の往復ですか」
「思った以上に激務でな」
「職場は身持ちガチガチで出会いもありませんしね」
「そうなんだよ。みんな既婚か職場恋愛はしないって輩だからな。大体……みんな学生時代に恋人がいて思ったよりも続いているものだ」
「先生は恋人がいらっしゃらなかったのですか?」
「……先生学生時代勉強と部活であっという間に過ぎたからな。みんな恋愛って隠すものだろう。卒業後に周りが付き合っていたと聞いて先生目を丸くしたもんだよ」
「あー……あれですよね。友達が付き合っているのを知らなくて告白して気まずくなる奴」
「あったなー。教えてなくてごめんねって。あれ地味に周りまで気まずいんだよな。いや、先生は実は好きな人すらいなかったんだけどな」
「声をかけて来るのは遊び人ばかりですしね」
「地味にそれな。結婚詐欺とかな……あれマジで腹立つよな。ところで、十八歳差ってどう思う?」
「いいじゃないですか。未成年でなければ。好き嫌いは個人の自由ですし」
「二年経ったら三十六歳かぁ……。お前って何処に住んでるんだっけ?」
「マンションですよ。暗夜東南区の」
「あーあのでかいとこ?」
「そうですね。マンモスマンションです」
現在わたくしが住んでいるマンションは所謂大規模マンションと呼ばれる類のもので、一から三階までが中間層、庶民が格安で住める区画となっております。三階と四階の間には広場があり上下を隔てるように花壇や公園がございます。それより上、四階から格が上昇し、所謂上流階級が住む高級マンションへと変わってゆきます。ちなみに九階まで存在し、屋上にはナイトプールが、五階や六階にはカフェやジム等もございます。格安と申しましても上の階に比べたら安いだけで買うとしたらそれこそ数千万円はお金がかかりますし、現在は月十三万円で借りている状態にございます。
年会費をお支払いできれば、喫茶店やジム等も利用できるようですが、家にはそのような余裕はございませんし、四階以上に住む方限定となっておりますので条件に沿いません。
これでも周りのお部屋と比べたらある理由により家はだいぶ家賃が格安にございます。母は何より安全面を考慮し、対策がしっかりと施されているマンションをお選びになられました。
「そうかぁ。あそこか。いいなぁー。俺もそこに住むか」
先生。その人寂しいお気持ちお察しします。
「最近さ。高校生のカップルを見つけるとすごい気まずいんだ……。全然別に先生には何も関係ないんだけどね……。電車とかさー。街へ出かけるとさー。みんなキラキラしててさー。もう街にはいけないなって思っちゃうんだ」
今日の夕飯は麻婆茄子にしようかしら。
あまりの共感具合にわたくしの心も破壊されかねませんので料理に逃げるわたくしです。今日の御夕飯に麻婆茄子は如何でしょうかとお二人にメールを送付させて頂きます。他に食べたいものがありましたらおっしゃってくださいね、ともリクエストを要求しておきます。
今日は午後からミラージュパレスへいよいよ入る予定にございます。
でも戦い等は致しません。急がば回れ。急が回れにございます。
先生と別れて学園を後に致します。機関へ赴いて受付にてチェックを入れ。
ミラージュパレスに関しましては学校でも教えて頂けますけれども、それだけではなく受付でも教えて頂けます。国からの手厚い保護があり、保険にも加入できます。わたくしも保険には入っておりますので何時何時(いつなんどき)何がございましても最低限の保証が受けられるようになっております。
説明等必要ございません。そんな方はカードでモナドコードを表示し、改札を通過するだけでも挑むことができます。駅の改札によく似ております。暗夜町には無数のパレスが存在し、入る道により分岐しております。
自分の行きたいミラージュパレスへと通じる地下鉄道ホームに赴きまして、参りました電車へと乗り込み目的のミラージュパレスへと参ります。
私が今日参りますミラージュパレスは【産土ノ道造(さんどのみちづくり)】。
簡単におっしゃいますと【迷宮イザナギ】にございます。
通常初動にて侵入するダンジョンは、【迷宮コトアマツ】、【タカムスビ】、【カミムスビ】の三つとなっております。この三つの迷宮は最難関迷宮でもございますが、初心者用の迷宮でもございます。
階層が深くなっておりますが、深く潜りすぎなければ物凄く優しい迷宮にございます。
そんな名立たる迷宮とは異なり【迷宮イザナギ】は迷宮の中でも異彩を放っている場所にございます。正直に申し上げて人気がございません。
なぜかと問われれば――やって参りました地下列車へと乗り込み目的地まで向かいます。当然のことながら他の方はほとんどおりません。観光にはよろしいのですが、観光以外には少し……そのような場所にございます。
目的地に到着致しましたので電車を降ります――懐かしい。最初は何時もここからにございました。
モナドコードを翳して改札を抜けます。外へと参りますとそこはすでに迷宮の中にございます。
強い日差しと左右に別れた木々、無骨な石の道とそびえ立つ建物が視界へ現れます。
隔絶された場所。日が登り続ける場所。何とも言葉には表し難い絶妙な季節がそこにございます。冬ではない。とだけは申せますでしょうか。森を抜けますと日は傾き、夕日へと移ろい変わってしまう不可思議な場所にございます。景色だけでもご覧になる価値は十分にございます。しかしながら入れる人間が限られる上に、敵が一切現れませんのでほとんど訪れる方がおりません。
観光には良いのですが……観光には。
訪れるべき人々がそもそも街へとご入場頂けませんし、隔離都市自体が大変危険な街となっております。一般の方には大変住みにくいのです。仕方がありません。
カードにモナドを表示致します。
熟練度が一定に達して、気配断ちスキルがレベル伍(5)、ピッキングスキルがレベル玖(9)となりました。
盗賊のレベルが上昇しレベル二十三に。
盗賊で戦闘をするつもりはございません。武器類も一切所持しておりません。
盗賊のモナドステータス、加算値は決まっており、盗賊の場合は器用と速度が優先的に加算されてゆきます。力などは低いですが運も高いです。
「うっ……うぅ」
背伸びをします。眠ってしまえば幸せになれるかもしれない温かさ、陽気にございます。思わずゴロンと横になりたいですね。それほどに穏やかな場所となっております。
歩きながらカードにて景色を写真として収めさせて頂きます。
苔むした巨木に日差しがバエますね。わかります。
自然石を積み上げて作り上げられた鳥居ならざる鳥居。
木造造りの本殿は、まるで高床式倉庫のように質素で、階段だけが妙に長くございます。
日差しと風と時間と風景だけが残る場所。一言で申し上げれば、そのような場所でございましょうか。
この道を外れ森に参るのは推奨されてはおりません。ですがたまに自暴自棄になった人達が森に入って行くと都市伝説が存在致します。
建物の前へと参りました。長く続く階段が聳えております。
足を乗せ――木造の簡素な階段。手すりはございません。現代の技術でもどうしてこのような簡素な階段が、崩れずに存在できるのかは解明できていないらしいと佐奈田先生が授業でおっしゃっておりました。
まるで空の上に向かっているようにございます。長い階段にございます。
昇りきると今度は眼前に稲田が広がります。
空の上のはずなのに、稲田が何処までも広がり金色の穂が波のように揺れております。
風にたわめく稲穂の波、金色の野、光たわめて広がり、青と茜のコントラスト。時間を忘れて見惚れるほどの景色なのに、何処か物悲しく寂しい気持ちにございます。
沢山の人達がおり幸せで、争い等無くて、駆け回り遊び、全てを許して、全てを受け入れて、母と父として、子を見守るような。遥か温かな眼差しで愛でられているかのような。
それだけで満たされるのに。そんな日々の暮らしが想像できますのに。そこには何もなく、ただ残滓だけが残り、ただ金色の穂並みだけが揺れております。
重く頭を垂れた穂。実りは大きくたわわでございますのに。それを刈り取り奉ずる人がおりません。
さてここからにございます。ここからにございます。
辺りに誰もいらっしゃらないのをしっかりと視認し、カードにて現在の入場者を確認致します。現在は三名の方がこの迷宮にいらっしゃるようですね。
一人はわたくしです。
しかしながらこの迷宮には何時参りましても、二名以上にて表示される設定がございます。他の二人は宮司とかそういう人達だと考えられておりますが不明です。
ゲーム時からそうでございました。不可思議ですね。
宮に頭を下げて裏手へと回ります。木の板の上。稲田が広がる光景と日差しでクラリとよろめきそうにございます。足を踏み外せば真っ逆さま。落下致しましたら怪我どころではすみません。
裏手の日陰へと入り宮を背にしてぴったりと寄り添いスキル【気配断ち】を発動します。レベル5の【気配断ち】であればギリギリ十分にございます。
カードで時間を表示。
一歩を外へと踏み出させて頂きます。
瞳孔が強く開くのを感じます。
真っ逆さまに落ちる風景。まるで飛び降りるための一歩のよう。心臓が波打ち、世界が反転致します。落下していない事に安堵して息が荒くなりますね。さすがの私も恐怖を感じました。
目当ての【裏迷宮イザナミ】へとご入場出来たようにございます。
真っ暗です。真っ暗な中ですのに、自分の姿だけが妙に鮮明で光ではない光を帯びているようにございます。瞼を閉じているのに姿がはっきりと窺える。例えるならばそのような感じにございましょうか。
急激に地鳴りのような音が響きます。それが地鳴りではなく、何か生き物の呻き声であることに気付きます。ゲームの中と同じにございますね。あらゆる音が恐慌を煽る攻撃として押し寄せて参ります。恐怖を揺さぶり駆けて参ります。産毛が逆立つ感覚に襲われます。恐ろしい――と。
ぺたりと地面にとんび座りをしてしまいました。
嫌な汗が噴き出している事実に気が付いて、胸が張り裂けそうな痛みに襲われて呻いてしまいます。
突如眼前に突き出た骨だけの巨大な手と腕。何かを探すように蠢きます。
横切るように現れた枯れ枝のような女性が金切り声を響かせます。
呼吸すら気取られそうで心臓を押さえるかのように胸元を掴みます。
突起しておりました。
死ぬ。死ぬのだ。ここで死ぬ。
最難関ミラージュパレスの一つ、【裏イザナミ】にございます。
気配断ちは五分しか持ちません。切れたら確実に亡くなります。その条件が脳裏を過りカードで時間を確認致します。
四十秒が経過しておりました。
ふぅ、ふぅと息を大きく吐いて呼吸を促します。口元に手を当てて、足腰に力を入れて立ち上がります。まるで小鹿みたいだと少し笑ってしまいました。力が入っている感覚が致しませんね。わかります。それを理解するのが大事にございます。
道は一本です。歩み出します。
暗闇の中から響く異音と、蠢く異形の民。発見されたら即死は免れません。
目算五百メートル。残り四分。残り二百四十秒。
間に合わない。百メートル約二十四秒のペースで進まなければ帰れません。
もたつく足を奮い立たせてそっと駆け出します。
朝走っておりまして良かったですね。
【リリスの瞳】があって良かったと存じます。
襟足の目が、ギョロリと動いているのを理解致します。
私が避けなくともリリスが避けてくれます。リリスに身を任せます。わたくしでは恐怖に囚われて上手に動けません。
落ち着いて。落ち着いてと自らに言い聞かせます。いい子ですね。いい子です。
目算残り二百メートル。残り百八十秒。もう時間なんて冷静に考えられません。恐怖で一刻も早くここから逃げ出したいのですが、ここまで参りまして逃げるのはと葛藤が生じます。損失回避バイアスが働いているのかもしれません。よろしくありませんね。
体がのけ反っております。制服が切り裂かれます。地面から突き出すタイプの槍のトラップに引っかかりました。わたくしでは避けられませんでしたね。【リリスの瞳】が無ければ亡くなっておりました。楽しくなって参りましたね。最高に素敵です。
「はぁはぁはぁはぁ」
止まっちゃダメです。
カードで時間を視認。残り百秒。
目の前の宝箱へと到着致します。
残り九十秒――ピッキングを開始致します。鏡より針金を取り出して鍵穴に挿入致します。木製の簡易な閂。すぐ開錠できます。開錠まで三秒もかかりませんでした。相分からずここは緩いですね。
そろりと箱を開け、アイテムを眺めます。
石の小刀。綺麗な石が幾つか、稲穂。
石の小刀を掴んで箱を閉め鍵をかけます。背を向け参りました道へと踵を返します。残り八十秒ちょっと。
何も考えられません。自分の指が、小刀で傷ついているのにも気づいておりませんでした。活性化するように化け物の轟が強大となってゆきます。
残り十秒ちょいで入り口までもど……。
「ほほほほほっ」
声を聴いて戦慄致します。
巴御前にございますか。よろしくございません。強敵です。現在の状態では絶対に勝てません。逆立ちしても勝てません。薙刀を持った女性の影が入り口に佇んでおられます。
影です。黒い……黒いシルエットの影です。それなのにそれを女性だと認識できてしまう。最低ですぅ。そのような場所にいてはいけませんよ。反則です。
時間は……残り五秒。
このクソゲー二度とやりましょうか。目に涙が溜まって参りました。逆のスイッチが入っております。妙に興奮しております。やけくそになっているようにも感じます。ツッコむしかございませんね。やってやりましょうとも。
巴御前がこちらへ気づきました。スキル【看破】持ち。【気配断ち】の効果が打ち消されます。最低です。そのようなスキルを所持していてはいけません。
振り上げられた薙刀に戦慄致します。背後で響く威嚇音に足を止められません。体が妙に傾いております。背後からの息遣いに振り向かないでと警鐘がなっております。
振り下ろされるタイミング――見誤れば死。
参ります。腕の力が入るのを見逃しません。今――斬り下げ。ふふーん。からの斬り上げ。それは反則です。瞳孔が開くのを感じます。世界が回ります。斬られた――世界が反転致します。
転がって――何も考えられませんでした。転がって宮にぶつかったようにございます。世界がひっくり返ります。呼吸だけが荒くて何も考えられません。
怪我、怪我をしました。怪我はよろしくありません。死ぬ。死にます。
体中を眺めまわし小刀を握る指が切れていた事実に気付きます。
腕は、ある。足は、ありますね。頬から垂れているものが、涙ではなくて血液であることに気付きます。制服はボロボロです。左スカートの側面がごっそりと無くなってパンツが露出しておりました。上部は無事だったので辛うじてスカートの体を保っております。
体感五分のはずなのに、私はしばらくそこから動くことができませんでした。
死の恐怖を感じて蹲り、一人でずっと嗚咽を漏らしておりました。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖くて何もできませんでした。恐怖が体を支配して。その恐怖が何よりも心を震わせます。わたくしは恐怖が大好物にございます。
最高に最低で最高に素敵でした。
よく考えなくてもわかること。
アイテム【フォーチェンオブクローバー】や【スワロウテイル】等のアイテムを所持していて初めて安全マージンの取れる行為でございましたね。
「ふふふっ」
お馬鹿さん。
三十八歳にもなって情けなく項垂れる自分を抑えられませんでした。
ゆっくりと落ち着き始めましてぼんやりと……着信に気付きましてカードを眺めます。母からコールです。もう午後五時を回っておりました。
二時過ぎにてこの場へと到着したはずですのにもう三時間も経過しておりました。
体中に痛みを感じて呻きます。
この恰好で帰りましたら仄菓さんを心配させてしまうかもしれません。
今日の戦利品。小刀を眺めます。
「指を切ってしまいましたね」
武器【玉の小刀】。
黒曜石のような黒い鉱石をそのまま小刀に加工したかのような小刀にございます。
草の皮で柄が巻かれただけの簡素な作り。素敵です。
これが価値ある物なのかどうかを判別するのには機関に持ちより提出し、鑑定して頂く必要がございます。【裏イザナミ】は最難関迷宮の一つですので適当なものでも価値はあるはずだと見込んではおります。目算ではございますが二十八万円程度とお見受け致します。
今更ではございますが、どうしてこの小刀だけを取り他のアイテムを取らなかったのか、そこにはちゃんとした理由がございます。あの宝箱が迷宮の軌道キーになっているからにございます。
ミラージュパレスには決まりがございます。
ミラージュパレスはそのパレス事にリヴァイブ期間が設定されております。
簡単な言い方をすればリセット期間にございます。
ミラージュパレスはリセット期間にならなければ中のモンスターや宝箱が復活致しません。リセット期間に突入致しますと中に入った人に変化はないのですが、突如モンスターに囲まれたり労せずにもう一度宝箱を開けられたり致します。
さらにミラージュパレスごとにカラクリ、仕掛けもございます。
【裏イザナミ】のリセット期間は一日。午前零時にございます。
そして【裏イザナミ】のカラクリは、最初に存在する宝箱を開け、中身を取ることで成立致します。そう、全てのアイテムを取り宝箱を閉じますと仕掛けが発動し、【裏イザナミ】の最奥へと取り残される仕組みになっております。
最難関の一つと謳われる由縁にございます。
宝箱を閉じた途端急に辺りを見渡せるようになり、洞窟のような迷路のような空間を、只管ひたすらにさ迷う事となります。
だから一つだけ持ち帰る。たった一つだけを持ち帰るのです。
鍵を閉めるのも忘れてはいけません。パレスの主である【イザナミ様】に、宝を持ち帰ったことを悟られてはいけません。だから一つだけを手に取り、しっかりと鍵をかけ直します。一つだけを奪い取るのがミソなのでございます。
【裏イザナミ】は高難易度迷宮にて、有名なボスも四体程いらっしゃいます。
【巴御前】、【静御前】、【鈴鹿御前】、【イザナミ様】にございます。
他にも数種類の強敵が存在致します。しかしながらこの迷宮内にて有名なのはこの四体にございます。
【裏イザナミ】のモンスターは通常視覚反応がございません。視覚判定がございませんので【気配断ち】である程度認識を阻害できます。しかしながら嗅覚と触覚が発達しておりますので気付かれないと申しましても必ずではございません。そして上記の四体にはある程度の範囲に入りますと【看破】され見破られます。
解放と涙の痕を拭います。
手すりの無い宮。高所を嫌う本能と戦いながら、階段の真ん中を緩慢に下ります。
ここは日が沈みません。何時まで経ってもこのままにございます。
階段を下りた所で気が抜けてしまいました。
この恰好のまま母を迎えに行くわけにはゆきませんので一度お家へと帰ります。
前から参りました数人の探索者と思しき人達が、私の姿を見て表情を目まぐるしく変化させておりました。珍しいですね。どなた達でございましょうか。
気が抜けているからなのか開放感からなのか、それともあのプレッシャーと比べてなのかもしれません。視線が全く気になりません。
新人なのでございましょうか。同胞ですね。わかります。
初等部は保護者付きならば、中等部の方々は許可を得られれば見学のみとはなりますが特定のミラージュパレスへとご入場頂けます。
改札を抜けて列車へと参ります。もつれます足と体中が痛みを帯びて悲鳴をあげております。その痛みが何処か心地良く。恐怖は食べ物。恐怖は食べ物にございます。美味しく咀嚼しております。あの恐怖、大変美味しゅうございます。必ず飲み下しましょうとも。
何気なく眺めたカードとモナド。
スキル【パルクールアシスト】がレベル伍(5)になっておりました。
スキル【気配断ち】はレベル拾壱(11)に、【ピッキング】スキルもレベル拾(10)になっております。その他もろもろの熟練度が爆上がりしておりますね。あの場の異常さが窺えます。
盗賊のレベルがもう三十四になってしまいました。
あの死の瀬戸際がわたくしを滾らせます。
いけませんね。たった一つしか無い命。大事にしなければいけません。
機関へと到着致しましたので【玉の小刀】とカードを受付にて提出させて頂きます。
「では鑑定まで少々お待ち下さい」
「着替えたいですので明日知らせを受けても大丈夫でございましょうか?」
「はい。承りました。では明日、お待ちしております。お怪我をしておいでですが、検査をお受けになりますか?」
「いえ、大丈夫です」
「承りました。アロマピーチですがこちらは無料になっておりますのでお使いになってください」
「ありがとう存じます」
この受付のお姉さん。ゲームでは結婚できます。ゲーム内では結婚できました。
カードが鳴り受付から離れて母からのコールに応じます。
「大丈夫? 仕事終わったよー? 迎えに来てー?」
「ごめん。お母さん。一時間待って」
「えー……やだやだやだ。今すぐ迎えに来て」
「すぐ行くから待ってて」
「ビデオ通話にしていい?」
「今は移動中だからダメです」
「えー? 今何処にいるの?」
「今路電(ろでん)に乗る所にございます」
「……何か隠してない?」
「いっぱい隠しておりますよ?」
「えー? 例えば?」
「お母さんを心から愛してる事とかにございます」
「きゃー‼ もう‼ お母さんも大好きよ‼ 愛してる‼」
「月見さん? 何しているんですか? 誰ですか? 好きとか聞こえましたけど」
大沼さんの声が聞こえて参りました。まだ会社にいらっしゃるようですね。
「ダーリンよ。ダーリン」
「ダーリン……紅茶の一種ですか?」
「それはダージリンよ」
大沼さん。現実逃避はよろしくありません。
アロマピーチは回復薬にございます。瓶の蓋を取り美味しいニオイに酔いしれます。
ゲーム時からそうでしたけれど、このゲームにはヒットポイントやライフなどの数値やゲージがございません。敵の攻撃が当たった部位に相応の結果が生じます。
頭を打ち据えられたら即死もありえます。リアル戦闘システムを採用しております。
腕を斬られたら当然腕が飛びます。正直に申し上げてかなりシビアにございます。特殊効果のあります防具を装着できればかなりの軽減が可能にございます。
ですので【スワロウテイル】や【フォーチェンオブクローバー】等のチートアイテムが初期から配布されますし重宝されておりました。
「大沼さんは意外と紅茶を嗜むのね。今日はもう上がりなの? お疲れ様。気をつけて帰るのよ」
これは都合が良い。大沼さんは母と少しでも一緒に居たいでしょうし、話しを少しでも引き伸ばして頂きたい。
「路電が来たから通話を切りますね」
「なんで⁉」
「周りの迷惑になりますから。少々お待ちになって下さい」
「えー……」
「あのっ。良かったら、このあとしょくっ」
通話を切ります。大沼さん。ナイスガッツです。
通話を切り路面電車を乗り継ぐこと二十分。自宅へと到着致しました。
予備の制服を着用し母を迎えに参ります。電車を乗り継ぎ母の会社の前へと到着致しました。
会社の入り口に大沼さん……ともう一人女性が佇んでおられます。
「先輩。ご飯食べにいかないんすかー?」
「高橋……俺は用事があるって言ってるだろ」
「どうせ月見さんが気になって帰れないんでしょう? これからデートすかねぇ? 月見さん美人ですし、男はほっとかないっすよ。その点自分は今フリーっすよ」
「でっデートのわけないだろ」
「食事の誘い断られたんすよね? 私これから暇っすよ?」
「帰ればいいだろ」
「はぁ……先輩。女心がまるでわかってないっすね。空気読まなきゃダメっすよ。そんなんじゃ月見さんはおろか普通の女性にも相手にされませんよ」
「ほっとけーき」
「なんすかその適当な親父ギャグ‼」
二人にお辞儀を致しまして会社の中へと参ります。ロビーには母がおり、手をお振りになりました。お返しに振り返し致します。
「お待たせ致しました」
「待ちました。遅いです。お母さんは待ちくたびれてしまいました」
「お待たせしてごめんなさいお母様」
会社から外へと向かいます。外にお二人、大沼さんともう一人の方がおられましたので、もう一度お二人にお辞儀を致します。二人は目を丸くしておられました。
「あー……娘さんですか?」
「あら? 大沼さん、高橋さん。お疲れ様です。さっきも言ったのになんだか気恥ずかしいわ。そうなの。私のダーリン。ダーリンなのよ」
「何時も母がお世話になっております。娘のダーリンです。よろしくお願い申し上げます」
「娘のダーリンって面白い娘さんっすね」
「あっ。いやっ。こちらこそ。綺麗な娘さん。よろしく。大沼仁です」
「高橋っす。よろしくっす」
大沼さんは本当に良い人なのですが……申し訳ない限りにございます。
高橋さんは素朴な感じにございましょうか。茶髪です。なんでしょうか。無理して髪を染めていらっしゃるかのような印象を受けます。眉毛が黒いのが違和感となっておられるのです。
視線や会話から高橋さんが大沼さんを気にしていらっしゃるのが露骨に窺えます。わかります。イケメンですからね。
「ふふふっ。冗談にございます。娘の月見寧々です。母を今後もよろしくお願い致します」
「はははっ。そうかそうか。……そうだ。良かったら、二人共、ご飯ご一緒にどうですか? 俺、自分、奢りますよ」
「一度断られたのにもう一度誘う強靭なメンタル……乗りましょう。先輩奢ってくれるんすか⁉ あたしも行きたいっす‼」
「お前は自分で払え」
「なんすか‼」
母はもう大沼さんのお話をお耳に入れてはいらっしゃらないご様子。私の腕を取り機嫌良さそうに笑顔を振りまいておられます。そしてその周りにはなぜでしょうか、ここにはいないはずの蝶、ブルームーンが舞っております。目をごしごしと擦り再度確認致します。おかしいですね。リュウキュウムラサキの幻が舞っております。
「すみません大沼さん。妹が帰りを待っておられますので今日は……」
「あー……そうか。妹さんが待っているなら仕方ないな。うん。仕方ない。そうだ。アドレス交換していいか?」
「先輩……女子高生にアドレス聞くとか正気っすか?」
「いや、他意はない。実は相談したいことがあるんだ」
「ダメに決まってるじゃないすか‼ 正気すか‼ 絶対だめですよ‼ 絶対だめです‼ 自分とはいいっすか? 犯罪ですよ‼」
「お前のアドレスはいらん」
「先輩には言ってないっすよ‼ 自分、どうすか? お姉さんに何でも相談してほしいっす」
グイグイ来られますね。嫌いではございません。高橋さんは大沼さんをお好きなようですから気が気ではないのでしょう。乙女のエマージェンシーです。
ふふーん。私はお嫁様が高橋さんでも全然大丈夫でしてよ。
高橋さんとはアドレス交換をしておきました。
二人とお別れをし最寄りのスーパーにて麻婆茄子の材料を買って帰還致します。
玄関のドアを開きますと妹様に出迎えて頂きました。正確には買って参りましたビニール袋の中身を漁りに来たとおっしゃった方がよろしいのかもしれません。微笑ましいですね。わかります。チョコレートバーを差し出して夕食をすぐ作る旨をお伝え致します。
「へへっ。わかってるじゃん。今日は麻婆茄子なんでしょ。楽しみ」
「お昼は全部食べられましたか?」
「子供扱いしないでよ。ちゃんと食べたよ」
「嫌いなニンジンも食べましたか?」
「もう食べられるもん」
「いい子ですね。よしよしして差し上げます」
「子供扱いしないでよ‼」
「お母様は先にお風呂頂いてくださいませ」
「や‼ お風呂一緒に入ってくれないとや‼」
「ご飯を作ってからになりますが大丈夫にございますか?」
「頑張る」
「あんたたち一緒にお風呂入る気⁉」
ふふーん。そこは頑張らなくてもよろしくです。
「頑張らないで。今日もお仕事頑張ってくれてありがとうお母さん。抱きしめても良いですか?」
「どうぞ‼」
「家では何にもしないでのんびりしていてください」
良いニオイが致します。頑張ったニオイです。最高に素敵です。お母様。
「もうぅ……寧々ぇ。お母さんをバターにしたいのね」
沢山の感謝を込めて力強く抱きしめさせて頂きます。
「あー‼ ちょっと‼」
妹も母に抱擁したいようにございます。母から離れると妹が抱擁して参りました。
私に抱擁してどうする。ふふーん。良いでしょう。抱きしめて頂き頭も撫でさせて頂きました。
「ご飯できるまでに宿題終わらせちゃいなさいね」
「お母さんなの? ママなの? ママが二人? 宿題なんてないわよ。子供扱いしないで」
バターにジャムに最高かよ。あまたのひどすぎるシチュエーションのエロ同人誌で痛めてきたわたくしの心も、これにはにっこりです。癒されてしまいますね。きゅんきゅん致します。
すぐご飯に致しますからね。
秘伝のタレから自作したいところではございますが、麻婆茄子は市販のタレで我慢して頂きたく存じます。
一般的な普通の女子高生が麻婆茄子を甜面醤や豆板醤を使って調理致しますでしょうか。それに対して懐疑的です。それに凝りすぎるとお金がかかってしまいます。
スーパーマーケット様の儲けに貢献できなくて申し訳ない気持ちでいっぱいではございますが、半額より茄子やお肉を購入させて頂く事、誠に申し訳なく存じます。
ふふーん。市販のタレを使用でもさらにもうひと工夫、私好みに仕上げさせて頂きます。
そして麻婆茄子には白米。ほかほかで硬めの白米がよろしくてよ。
「めっちゃいいにおーい。まだー?」
「もう少しです。味が馴染みましたら完成ですよ」
お母様より背後から抱き締められておりますので若干動き辛いです。しかしながらこの温もりがとても良き。とても良きです。
出来上がりました麻婆茄子をでーんとテーブルへと置きます。
手を合わせて頂きます。
三人で啜るように召し上がりました。
茄子には飾り包丁をしっかりと刻んでございますので、短時間でも味がしっかりと染みついていらっしゃるはずだわ。うーん。変かしら。この喋り方。
そう申し上げている最中にもフライパンの中身がもりもり無くなって参ります。普通は挽肉なのですが今日は値段が高く、手が引けてしまいました。申し訳ないのですが半額の豚の細切れ肉やネックを使用させて頂きました。
「もーおなかいっぱい」
「そうねぇーお腹いっぱいで幸せだわ」
この自称お嬢様流……自称お嬢様風麻婆茄子。これにて完売ですの。
食事の後すぐにお風呂に入るのはよろしくありません。食後一時間の休憩後、三人でお風呂へと参ります。
「お姉ちゃん……それやめてよ」
「生理現象……自分ではどうにもできない。できません」
「足滑らせないように気を付けるのよ」
解いた髪、絡まらないように母の頭をシャンプーで二度洗います。コンディショナーを使い、良く洗い流したのち水気を絞り纏めて留めます。
産毛や無駄毛をカミソリで整え洗顔は柔らかく耳周りの垢も落とさせて頂きます。
たっぷりと泡立てたクリーム状のボディスポンジを体に押し当ててしっかりと洗い、足だけは顆粒タイプの液体石鹸で丁寧に揉み込ませて頂きました。
「はぁ、極楽極楽……」
洗い終えた母をお姫様抱っこし、湯船へと横たえさせて頂きます。
次は妹様の番にございます。
母と同じように洗い流します。母と違うのは視線がちらちらと泳いでいる事だけにございましょうか。妹様は思春期です。わたくしでお役に立てるのであれば、存分にご覧になられて下さい。将来のために少しでも参考になればと存じます。
「それ、どうにかならないの?」
「生理現象です。自分ではどうにもなりません。家族ではございませんか」
「血ッは、ふぅっなんでもない……じゃあなんでそれは……その、それなのよ」
お同人誌にて鍛えられた私には見慣れたブツでも妹様には刺激が強いようにございました。
「子供の頃からお姉ちゃんの裸なんて見慣れているでしょう? 一緒にお風呂入っていたでしょう? 今更気にしてどうするのですか」
「子供の頃の話ね。五年生ぐらいまでの話ね。わっ私はそのっそれは……」
妹もお姫様抱っこして母の隣へ沈めます。
「まぁもう色々見てしまったし良いではございませんか。一緒におならした仲でしょう?」
「うー……」
「なにそれ⁉ お母さんもおならする‼」
「ママ……やめてよ」
お可愛いらしいですね夏飴さんは。頭をナデナデさせて頂きたい所存にございます。さて自らの体を洗う作業へと移行致します。
ふふーん。わたくし、悲惨な不倫の同人誌にて、しっかりとモラルが鍛えられておりますので、体の生理現象はどうにもコントロールできませんけれど、その辺のモラルだけはお高いおつもりですの。
三十八年間男を受け入れてこなかった私の精神は伊達ではございませんことよ。
自分でも何をおっしゃっているのか、吹き出しそうになってしまいました。
「寧々。背中流すわ」
「お母さんは寛いでいて」
「えー……でもぉ」
「休みの日に余裕がありましたら構って下さい」
「お母さん明日休みでーす」
「では明日、構って下さい」
「ふたっ二人で何する気なの⁉」
「じゃあ、お母さん明日は寧々とデートするわ」
「そんなのダメよ‼」
「二人共体をしっかり温めましたら湯冷め等しないように気を付けてくださいね」
浴槽は狭いですので、お二人が湯船を後にしてから入ろうと考えておりました。しかしながらお二人とも湯船からあがりませんね。母が上に来なさいとおっしゃいますので仕方なく母の上に横たえ……妹がそれはダメだと申しますので真ん中に押し込まれます。
「お風呂はやっぱりいいですね」
「そうよねぇ……」
狭いです。
湯船を堪能後、お風呂場を後とし脱衣所ではタオルで母から水気をしっかりと拭きとらせて頂きます。
着ぐるみパジャマに着替えましたらリビングでのんびり心を癒してもらいましょう。
着ぐるみパジャマはズボンと上着で構成されており手触りが良いのです。
夏場はちょっと暑いので無理ですが。
テレビで放映されております映画を眺めながら母に膝枕をし耳掃除をさせて頂きます。終えると眠そうな母の眼、抱えさせて頂き沢山と愛情を補給させて頂きました。
正面から腰へと足をまわし、背中へ手を回して体を密着させる母の頬や頭に唇を添えさせて頂きリップ音を響かせます。
背中に指と手の平を滑らせ擦り、二の腕をほぐしつつ手の平に唇を添えます。意識を飛ばし始めました母は、いよいよお眠の時間のように感じました。
「今日も一日ありがとう。お母さん」
「ねねぇ……お母さん寧々がいて幸せよ」
抱えて母を隣の部屋のベッドまでお連れし添い寝致します。
母の胸に走る傷は長く深くございます。癒されるのには時間が必要だと私も考えております。それは一朝一夕で済む問題ではございません。もしかしたら生涯癒されない傷なのではないかとも考えております。父を失った私にも似て非なる痛みは理解できます。
どう繕っても母の本音は母が申しませぬ限り理解はできませんけれど、ある程度察してはいるつもりです。あくまでもつもりではございますが。
埋もれる母の頭や背中を指で撫で、やがて息が深くなってゆくのを感じます。
沈みゆく呼吸と上下する胸に安らぎを感じ、母に布団を掛け直して、起こさぬように気を付けながら離れます。離れてリビングへと戻りまして家事を再開致します。
このマンションは警備が厳重なのに加えて家具がしっかりと揃えられております。色々と助かりますね。わかります。
食器洗浄機はございますしドラム式洗濯機は乾燥機としてもご利用頂けます。家事の手間が少なく仕上がりも上々にございます。
防音も完備ですので周りの音も気になりません。パソコンでの配信活動も十分に可能に存じます。
庶民用とは考えられないほど至れり尽くせりのマンションで安心しております。
通常家賃が二十七万円なのも頷けますね。
私達が借りている部屋は一応事故物件となりますので家賃が半値以下となっております。設定としては不快な噂が存在致しますけれども実害や事実があるわけではございません。
ソファーにて洗濯物を畳んでおりますと妹の夏飴さんが身を寄せて参りました。
身を寄せながら放映されている映画を眺めております。
夏飴さんもお母さんがあの状態で、母からの愛情をあまり受けずに育ってしまったと設定がございます。人肌恋しいのも理解できます。
反抗期もございます。余計な一言で距離を離されるのも困ります。
干渉しないでと言葉を投げてこない間はまだ大丈夫だと考えております。
夏飴さんもやがて横になり、膝に頭を乗せて参りましたので髪や頬を軽く握った拳で柔らかく撫でます。耳掃除も致します。
「あんたはさ、私からお母さんを奪ったこと、忘れないでね」
それは冷ややかな台詞ではございました。気持ちを言葉にして頂き、ありがたく存じます。それはずっと心の中で感じており、頭でも理解してしまった夏飴さんにとっての現実なのだと存じます。お気持ちお察し致します。
設定では寧々は罪の意識から仄菓さんに従いこの町へと連れて来られました。ですが悪いのは子供二人を誘拐して放置し殺害に至った誘拐犯であり、本来の寧々に危害を加えたのもサツキではございません。
サツキは身代金目的に誘拐された被害者なのです。
その時、運悪くサツキと寧々は衣類を交換して着てしまっておりました。
その事に関しまして罪の意識を求めるのは間違えだと存じます。
「そうですね。その代わりに、お姉ちゃんが貴方にたっぷり愛情を捧げますよ」
「別にそんなこと……望んでないし」
「いい子ですね」
「子供じゃない」
「いい子いい子。今まで我慢してきましたね。いっぱい我慢しましたね。ごめんなさいね。お姉ちゃん気付いてあげられなくて」
「遅いよ……。遅い」
小学二年生から中学三年生までおよそ七年間。七年間は長いです。寂しかったですね。苦しかったですね。
「これからはお姉ちゃんが、たっぷり愛情を注いであげますからね」
「……うん」
夏飴さんにとって、サツキが母より執着され愛情を奪った結果に変わりはございません。私はサツキでも、ましてや寧々でもございませんが、しかしながらお二人が癒されるまでは、ご一緒させて頂こうかと考えております。
サツキの実の母親が苦しんでいないわけでもございませんし、夏飴さんには本来の姉も存在致します。
やはり、サツキのメインストーリーは進めなければいけないかもしれませんね。
サツキのメインストーリーの終着点は、寧々の黄泉がえりなのでございます。
「夏飴さんに言っておきたい事がございます」
「……なに?」
甘えるように夏飴さんの髪を撫でます。
「いい? 自分がされて嫌な事を他人にしてはいけませんよ? 相手の立場になって物事を考えてあげて下さいね」
「なにそれ」
「お天道さまに顔向けできない行為をしてはいけませんよ?」
「……お父さん? お父さんなの?」
「お金を貸す時はあげるつもりで貸さなければダメですよ?」
「わけわかんない」
「金貸しからお金を借りてはいけませんよ?」
「……何言ってるの?」
「お金を借りたい時は、真っ先にお姉ちゃんに相談すること。何か困った事があったら、まずお姉ちゃんに相談すること、わかりましたか?」
「そういうのウザい」
「覚えておいてくださいね。では次にフットインザドアの仕組みついてご説明させて頂きます」
「え? なに? え? なに? フット? えっ?」
その後、妹様に恋愛中に行われる攻防についてレクチャー致しました。
にわかですまない。恋愛の経験がない私が、恋愛について語るのはおこがましい話ですが、一応危険な技についてはご説明させて頂きます。
「夏飴さん」
「なに?」
「好きです」
「……は?」
「愛しております」
「ちょっと待って?」
「好きなのです」
「なによ……」
「これが好意の返報性です」
「なんて?」
「いいですか? 人は誰かに良くしてもらったら、何かをお返ししたいと考えるものです。好意を伝えられれば嬉しいものですよね。好意を伝える事で相手にも好意を抱かせると言う初歩のテクニックです。恋愛において初手告白は有効な手段です」
「なんて?」
「夏飴さん。手を貸してください」
夏飴さんの手を持ち、甲に唇を押し付けます。
「なによぉ……」
体を起こした夏飴さんの手首、腕、二の腕、肩、首元へと唇を徐々に押し付け、顔を掴み、見つめ合うよう仕向けます。
「おねえちゃん……ちょっと」
「これがフットインザドアです」
「はぁ⁉」
「小さいお願いから徐々に大きなお願いに持っていく技です。最終的には唇やそれ以上を奪われるので注意しなければいけませんよ? まぁこれはある程度の好意がなければまず成功致しませんが。すみません困っているので少々話を聞いて頂いてもよろしいですか? また相談したい事がありまして、ご飯食べながらでもいいですか? 等と応用の幅は広いですので注意して下さい」
「……おねっお姉ちゃん? 何? 何してるの?」
「恋愛テクニック指南ですよ? 夏飴さんもそろそろ恋に多感なお年頃、経験の無いわたくしですが、これぐらいはお手伝いさせてください」
「恋愛経験ないんだ……」
ごめんね。お姉ちゃん三十八年間恋愛経験なくてごめんね。ほんとごめんね。役立たずでごめんね。別に悪いわけでもないのに世間ではやたら馬鹿にされるし嘲笑するのはやめてほしいです。死んでしまいます。
「夏飴さん」
「まだあるの?」
「結婚してください」
「ばっ‼ 馬鹿なの⁉ それも技なの⁉」
「ダメですか?」
「ダメに決まってるでしょ‼ できないでしょ‼」
「じゃあ……デートしてください」
「……本気で言ってるの? ほんと嫌なんだけど」
「じゃあ、ランチか、夕食だけでもご一緒してください」
「まぁ、夕食ぐらいなら、何時も食べてるし、てか今日も食べたじゃん」
「これがドアインザフェイスです」
「もういいよ‼ なんなの⁉」
「相手のお願いを断るのは心苦しいですよね? 大きなお願いから徐々にレベル下げて飲ませる作戦です。悪用してはいけませんし、使う方にはちゃんとお断りをしなければいけませんよ?」
「お姉ちゃんって結構天然だよね」
「なんて? まぁいいでしょう。では次に初デートで行われるテクニックについてお教え致します」
「もういいよ‼」
「夏飴さん。しっかり把握しておかなければダメですよ。いいですか? 初デートでは辛い物を二人で食べるように致しましょう。辛い物を食べるとドーパミンが分泌されます。それはミラーリング効果によって」
「もういいよ‼」
「まだまだありますよ。ゲインロス効果やハロー効果、ホーン効果も注意しなっ」
「もういいから‼」
「何を言っているのです。特にゲインロス効果は注意しなければいけませんよ」
「もーめんどくさい。このお姉ちゃんめんどくさい。恋愛経験ゼロの癖にめんどくさい」
今のはさすがに刺さりました。グサリときました。
「真面目に聞いてください。夏飴さん」
「もう変な男に引っかかっているからいいよー」
なんだと。
ふっふふーん。わたくしの大事な妹に手を出すとは何処のどいつなのかしら。許せませんわ。
「まっまずお姉ちゃんに紹介しなさい。お姉ちゃんが認めた相手じゃなければ交際は許しません」
「無理。ていうかウザい。お姉ちゃんの許可なんかいらない」
「……反抗期? 愛情が足りないのかしら」
「学生の本文は恋愛じゃなくて勉学でしょ。どうせ今付き合ったって社会人になったらうまくいかないって。お姉ちゃんも恋人なんて作らないでよね。責任があるんだから」
「ふっふふーん。お姉ちゃん、こう見えて、全然モテませんからね」
「知ってる」
グサリときました。なぜご存じなのでございましょうか。ショックを受けました。ショックを受けました。ぐぬぬぬ。許すまじ。お姉ちゃん傷つきました。
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