第3話 ボッチのちお嬢様のち盗賊のち妹

 次の日となりました。

 今日からいよいよ本格的に活動致します。

 朝食は大事です。肥満を避ける意味でも筋肉を付ける意味でも大切にございます。

 ペンペンと白飯をお椀へとよそります。白米は良いものです。キャンパスで申し上げれば最高の下地にございます。

「ふふふっ」

 入れ物からきゅうりの辛子漬けを取り出します。良く冷えたものが良いと存じます。ぶつ切りにして並べます。

 湯気の上がるお味噌汁には梅干しの果肉とシイタケの粉が入っております。

 ご用意できましたので、母と妹を起こしましょう。

 母のお部屋はリビングの隣です。襖を開いて二人を揺さぶり起こします。

 眠り母と妹の姿が妙に愛おしいですね。わかります。母の頬へと唇を添えさせて頂きます。

「お母様。朝ですよ。起きてください」

「んー……寧々? おはよう」

 もう一度頬へと唇を添えさせて頂きます。

「んふふっ。ねねぇ……」

 甘えるように寄り添う母を受け止めます。

「ねねぇ、ねねぇ……」

 母の髪を撫でさせて頂きます。とても良き。とても良きですね。このまま添い寝してしまいたい。それはさぞ幸せでしょう。想像するだけで眠気が訪れますね。わかります。

 体温が高いです。二度寝してしまいそうです。

 ですが……ご飯が冷めてしまえば味が損なわれます。

「お母さん。起きてください」

「起こしてぇ」

 仕方ありませんね。立ち上がり母の手を引いて起こします。そのまま洗面所へと連れて参ります。

「顔を洗ってください」


 次は妹様です。お布団をかぶっておりますね。実は起きていらっしゃるのではないでしょうか。お布団を捲りますと綺麗に眠っております。起きておりますね。これは。寝たふりですか。

「では失礼致します」

 そっと妹様の布団へともぐりこみ――。

「ちょっと‼」

「いいじゃないですか。姉妹なのですから」

「良くない‼ 起きたから入ってこないで‼」

 お可愛らしいですね。さすがです。妹様も洗面所へと向かってしまいました。お布団を畳ませて頂きます。

 朝食は気に入って頂けたようですね。

 美味しいものを食べると人は無言になります。

「ふふふっ」

 父もご飯を食べる時は無言になり、夢中になって頂いたものです。


 後片付けとお茶で緩やかな時間を過ごしましたらさて出勤の時間です。戸締りを確認後外へと向かいます。

 母と妹の髪と服のセットを正します。

「はい。良く出来ました」

 お弁当をお渡し致します。今日は白米と野菜炒めがたっぷり入っております。野菜炒めには梅干し、醤油、胡麻油、塩コショウを使用しております。ちょっと可愛さからは縁遠いですが今日は我慢して頂きたい所存にございます。


 唐突ではございますが学校へ向かう途中、幼馴染の三人に出会いました。

 不二原乃蜜布音葵(ふじわらのみつふねあおい)。

 方丈不知火茜(ほうじょうしらぬいあかね)。

 朱千常三郎千寿(あけちつねさぶろうちず)。

 同じマンションに暮らす三人の幼馴染でございます。小学校三年生からの付き合いという設定だけれど、私とは小中学校が違いました。高校に入学して初めて行き先が同じとなりましたね。妹の夏飴さんは中学校から同じですので三人とは面識があると認識しております。


 葵さんは男性で所謂主人公枠です。三人の中のリーダー格で気さくな良い人。ついでにイケメンです。身長も176㎝あります。

 茜さんはショートカットで活発な女の子。当然葵さんが好きです。

 千寿さんはクール系の女の子で胸が大きいです。当然葵さんが好きです。

「これからは同じ行先だね。なんだか嬉しいな。これからは朝、向かえに行くから、一緒に登校しようよ」

 路面電車の中、葵さんのさわやかな台詞に茜さんと千寿さんの顔が引きつっております。

「葵。あんたね。月見さんを困らせちゃダメよ」

「そうですよ。クラスが違うのですから」

「クラスなんて、そんな大したものじゃないだろう」

 彼らは古き良き人達の部類に入るので、初等部からのエリートなのです。

 つまりAクラス。寧々はFクラス。住む世界が違いますね。それでもこのように気さくに接して頂けます。さすがです。


 ところで葵さんの距離が物理的に近いです。

 パーソナルスペースに大幅に食い込んでおります。

 私は人に近づかれるのがあまり好きではありません。

 それは他人を嫌っているわけではなく、自らの体臭や口臭が気になるからです。

 あと近づいて良い人は選んでおります。葵さんはダメです。

「葵さんはAクラスなんですよね⁉ どうですか? どんな感じですか?」

 夏飴さんはコミュニケーション能力が高いご様子。お手並み拝見です。

「うーん。AでもFでも、そんなに変わらないかなー。夏飴は来年高等部に入学だったよね。来年しっかり教えてあげられるように調べておくよ」

 人の妹を呼び捨てですか。よろしくてよ。結構なお手前で。

 英語で述べるなら。

(It was a well-performed tea serving)

 ふふーん。合っているかどうかは不明です。

「楽しみにしてますねー」

「はぁ……月見さん。あんまり期待しない方がいいわよ。葵‼ 適当なこと言わないの‼」

「そうですよ。私達が調べることになるんですからね」

「あははっ。俺だって調べるから大丈夫だよ」

「月見さんを困らせないで。ごめんね? 月見さん。コイツってば何時も適当な事ばかり言うのよ」

「大丈夫ですよ」

「ほんとダメなんだから」

「そんなダメダメ言うなよ。夏飴。何でも頼ってくれよ」

「なんだか兄みたいです」

 こちらを窺わなくともよろしくってよ。夏飴さん。嫌味のおつもりですか。なんてお可愛らしいのかしら。頬に唇を寄せたくなりますね。わかります。

「まーたそんな安請け合いして‼」

「苦労するのは私達なんですよ‼」


 水面下の攻防が忙しいです。

 葵さんに他の女性を近づけたくないプリンセス二人の牽制とそれに気づいていない鈍感系主人公王子葵さんの図。お二人のお気持ち、わかります。

 クラスメイトの葵さんと幼馴染葵君は実は繋がりがありますが、今はあまり関係がありません。

 朝からアップルティーを飲んでいる気分でしてよ。

 気分はお嬢様。

 でも私は煎茶派。


 朝から楽しい会話です。ちなみに私のコミュケーション能力は下の下なので、相手に対してせめて微笑むことしかできません。残念ですがそれが事実です。話題をどうすればいいのか頭が真っ白でございます。早く学校についてほしいです。これが本音です。

 定形文章ならいけます。定形文章であるのなら。思わずお嬢様ムーブをかましてしまします。丁寧語、尊敬語は話しやすいのです

 そんな私を気遣ってか、夏飴さんが積極的に会話してくれています。

 カードでこっそりと感謝を伝えておきましょう。


 学園に到着致しました。妹様へ目配せを行いそっと三人から距離を取り校門へと入ります。なんちゃってお嬢様ムーブしかできないわたくしですが、下駄箱の位置は確認済みですので抜かりはございません。靴を履き替えて教室へと向かいます――緊張いたしますね。

 やはり席順は罠でしたか。私は間違えません。

 窓側後ろから二番目の席……は人が占領しているのでホームルームまでエスケープするしかないですね。仕方がございません。私の席に腰をかけていらっしゃる方は髪が金色です。すでにグループが出来上がっているご様子。


 古村崎さんは視野で私を把握しているけれど、グループで話し合っており気にしていない体を装っているご様子でした。わかります。話しかけられても困りますので大変助かっております。

 学園では早めに一人になれる場所を確保しなければならないかもしれませんね。

 わたくしこう窺えて歴戦のボッチにございます。

 歩き回っているうちにホームルームのチャイムが鳴りました。教室へと戻ります。席が空いておりました。やりました。

 扉を引く音。

 担任の佐奈田三輪雛咲(さなだみわひなさき)先生が教室の教卓へと歩を進め、クラスの自己紹介が始まりました。

 特に言う事はありませんことでしてよ。名前を言うしかないですわ。趣味は読書ですの。

「月見寧々です。趣味は読書です。よろしくお願い申し上げます」

 他に何か言うことがありますか。無いですよね。無いです。ありません。

 だけれど私には秘策があります。

 クラスメイトのパメラさんにございます。


 このクラスに在籍していらっしゃるパメラさんは明るいキャラクターでプレイヤーがどのキャラクターを選ぼうと必ず親友になってくれる女の子でございます。つまり誰にでも優しいのです。歴戦のボッチであるわたくしとも仲良くして下さるでしょう。

 パメラさんがいる限り、私がボッチになることはない――。

「ぱっパメラ……です。よろしく」

 おかしいですね。ゲーム内のパメラさんはもっとハキハキしていて明るいムードメーカーなはずにございました。知らず知らずのうちに私はパメラさんに勝手な理想をぶつけてしまっていたようですね。これは反省しなければいけません。

 ボッチ確定演出。ふふーん。

 三年間ボッチ確定。どうやら三年間ボッチ確定のようです。

 パメラさんはどうやらプレイヤーのようですね。わかります。

 しかし私ぐらいのプロボッチになれば、このくらいの荒波、よろしくてよ。

 ふふーん。三年間耐えてご覧にいれますわ。

 何を一人でお嬢様ごっこをしているのか私って奴は……。

 ゲームの中ならボタンポチポチで話しかけられるけれど、リアルで話しかけるわけはないでしょう。いい加減にして。ボッチを舐めないでほしいですわ。

 久しぶりの高校生活で過去のトラウマからお嬢様ごっこを行ってしまったようにございます。私は小市民。お嬢様ではありません。残念ながら。いいえ、寧々はお嬢様でございます。ではお嬢様ムーブを行っても良いと存じます。

 ふふーん。つまりわたくしはお嬢様でしてよ。

 孤独では無く孤高です。ふふーん。よろしくてよ。


 そんな心の葛藤をよそにミラージュパレスの簡単な説明が行われております。

 学園に所属さえしていればミラージュパレスには何時でも入れます。

 基本的に午前中は授業だけです。半年後の試験で落第したら退学になることが告げられました。Fクラスにとっては大変難しい試験になっております。第一の関門ですね。

 ですがまずは目先の一か月後、五月の中間試験に備えなければいけません。


 学園では切磋琢磨する事。訓練所は申請すれば使える事。クラスに不平等は無い事等が告げられました。所謂表向きの話にございます。

 それと所持カードを提出させられ、モナド端末へとアップグレードして頂きました。

 受け取ったモナド端末を起動すると体が青黒いオーラに覆われます。オーラは一瞬で消えてしまいました。

 モナドライン。ミラージュライン。メシアライン。

 呼び方は色々あります。このモナドラインが現れている間だけ、モナドステータスが有効になります。


 通常このモナドラインは迷宮内でしか発動しません。

 つまりミラージュパレス以外の場所では普通の人と変わらない。とは語るものの、外でも反映される仕組みはございます。逆に外でも反映して頂かなければ死にます。

 暗夜町は特殊な町なのでございます。だから隔離されております。

 ベースステータスはモナドラインに影響がございません。

 寧々の初期ステータスを眺め、習得していないのでスキル等も一個も表示されておりませんでした。これがエスカレーター組ではすでにレベルが上昇しスキルがございます。これが上位クラスと下位クラスの違いです。


 モナド。

 所謂職業を選択しなければスキルは得られず、さらに熟練度を上げるために何度も使用しなければなりません。

 私が最初に習得する一次職は決まっております。

 盗賊です。急がば回れ。何はともあれ金策が必須にございます。お金がなければ探索者等できません。お金を稼ぐには盗賊が一番。それはスキルが物語っております。


 目の前を金髪の女の子が通りました。視線が刹那こちらを窺ったのを感じます。

 長い金髪のウェーブ……。うっうーん。

 通り過ぎた金髪の少女が姫結良好(ひめゆらこのみ)さんであることに気が付きました。おかしいな。鴉の濡れ羽。いずこへと。


 黒髪ストレートで名前の通り清楚系お姫様キャラクターである姫結良好さんが、何時の間にか金髪ギャル子ちゃんへと変わっております。わかりみが深いですね。さすがです。やはり私は老害なのかもしれません。個性の時代です。私はそっと目を閉じました。


 どうやらプレイヤーはプレイヤーで組むようにございます。

 古村崎さん、姫結良さん、パメラさん、古午房くんはプレイヤーだと見定めます。

 そして姫結良さんはフォーチェンンオブクローバーのキーホルダーをカードに装着しております。七大アイテムの一つは姫結良さんが所有していらっしゃるようですね。さすがです。


 残念ながらわたくしは歴戦のボッチ。話しかけられるわけもないので静かに去ります。

 テンションが色々可笑しいですね。わかります

 なんだかスキップしたい気分になって参りました。


 午前中は説明と案内で終わりです。

 一つ、訓練室についてですが全生徒を受けいれられるほど施設は大きくありません。

 暗黙の了解で三年生Aクラスから優先度がございます。Fクラス一年生はほぼ訓練室を使用できません。

 訓練室ではリアリティの高い3Dモデルモンスターと戦闘の真似が行えます。それでも再現されるモンスターの数は多く、技能なども再現されているため、予行練習としてはうってつけにございます。使用できませんけれど。


 私も訓練室での練習は行いたい所存にございました。しかしながら波風を立てたくございません。Fクラスは必然的に実戦にて成長するしか方法がございません。

 ここからいよいよ本番にございます。

 やはり少し心が躍っております。このままではダメだと自分を制します。それでもなぜだか弾むのを止められませんね。春の音楽に浸っているようでもあります。


 そもそもミラージュパレスとは、神々の遊び場にございます。

 各国の伝承を連ねる神々が迷宮を形成し、富と名声を与えてくれるという設定にございます。ことこの日本におきましては八百万の神々という概念然り、通常ではありえない量の迷宮が形成されております。それは国内のみならず、国外の神々の迷宮すら存在することを意味しております。


 ミラージュパレスの入り口は厳重に管理されてはおりますが、管理しきれない所謂道祖の迷宮は各所にございます。

 この学園にも迷宮は存在しております。


 ヒナ先生の案内で迷宮運営管理機関チャシャーキャットへも赴きました。

 機関チャシャーキャットは学園に隣接しております。

 ここでは迷宮に関して様々な恩恵が得られサポートして頂けます。

 迷宮へ挑む手続き、モナドのサポート、迷宮内取得アイテムの売買等々、その恩恵は計り知れません。神々が授けて下さったオーバーテクノロジーがふんだんに使用されております。

 特に迷宮内アイテムの売買に関しましては、この機関チャシャーキャットは切っても切れない存在にございます。


 機関ではアイテムや素材を買い取って頂けますし、レアなアイテムなら手数料を支払うことで競売にもかけて頂けます。この競売システムが探索者を迷宮へと強く導く原動力の一旦にもなっております。

 迷宮内で得られるアイテムや素材はどれも貴重品。

 ピンからキリまであるけれど、最低のアイテムでも百円で買い取って頂けます。

 一攫千金を夢見て迷宮に挑む人が後を絶たないわけにございます。

 本来はミラージュラビリンスと呼ばれるところをミラージュパレス、蜃気楼の宮殿と呼ぶ理由はここにございます。


 さらに機関からは企業や個人からの依頼を斡旋して頂けます。

 素材や特定のアイテムが欲しい企業や個人が依頼を出し、機関がその仲介を行ってくれるのです。

 これらサポートが探索者を探索者たらしめ好循環を導いていることは確かにございます。それは見学している間にも重々感じられました。


 私が最初に選択する一次職は盗賊ですので、機関にて特定の端末にカードをかざし、モナドを表示して盗賊を選択致します。

 画面にステータス補正とレベル、スキルと熟練度が表示されます。なんだか不思議な感覚で感慨深くなってしまいました。とは申しましてもレベルは1ですし熟練度もございません。


 まだ迷宮へは入れませんね。

 母からのショートメールに適当に返事をしつつ、説明が終わると自由時間となりましたので現地解散にございます、盗賊を技能の熟練度を高めるためのアイテムを買いに街へ繰り出しましょう。


 母はどうやら私が迷宮に入るのを当たり前ではございますが危惧しております。

 しばらくは訓練だけで入場はしないから大丈夫と何度も返事をくり返します。

 それでも納得して頂けないようですので着信が何度もあり、何度も繰り返し繰り返し説明し納得して頂けますように促します。

 仄菓さんのトラウマはとても強いものです。それをおもんばかり、何度も何度も安心させるように声をかけます。

 途中。

「月見さん。プライベートな通話は仕事中なのでダメですよ」

 おそらく大沼さんからの声が聞こえ。

「お母さん、帰ったら、膝枕で耳かきしてあげるから」

「迎えに来てくれないと嫌‼ あとGPSで居場所わかるからね⁉ ダメだからね⁉」

「何時に終わるかメールして」

「わかった‼」

「仕事してくださいよ‼ 居残りになりますよ‼」

 となんとか説き伏せて通話を終えさせて頂きました。大沼さんの苦労が窺えます。わかります。


 まずは盗賊のスキルレベルを上昇させなければいけませんね。

 カードで確認できる盗賊のスキルは以下の通りです。

 アクティブアシスト――モーション補正。適切な動作に補正が入る。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇する。

 ナイフアシスト――ナイフモーション適正を得る。熟練度よりレベルが壱(1)から拾参(13)まで上昇する。

 パルクールアシストスイッチ――スイッチスキル。一定時間障害物間移動にモーション補正を得る。レベル壱から伍まで上昇する。

 アシストクロスボウ――クロスボウを装備した際、命中補正とモーション補正を得る。熟練度よりレベル壱から伍まで上昇する。

 気配断ち――息を殺し気配を断つ。認識阻害アクティブスキル。敵より発見されにくくなる。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇する。発動から五分継続し、リキャストに十秒を要する。発見されると解除される。

 耳探り――アクティブスキル。僅かな音も逃さず、敵の位置を察知する。レベル壱固定。

 スリ盗る――対象から物品をスリ盗る。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇し、レベルが上昇するごとにモーションも最適化される。

 ピッキングアシスト――あらゆる鍵と鍵穴、施錠されたものを開錠するスキル。熟練のよりレベル壱から壱参まで上昇し、スキルレベルが上昇するごとにモーション補正を得られる。

 ラッキーアイテム――近くにレアアイテムが存在する場合、稀に直観が働く。またレア度の高い宝物への遭遇率が微細だが上昇する。レベル壱固定。

 スローイングアシスト――物を投げるモーションに補正がかかる。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇し、またスキルレベルが上昇するに従い最適化される。


 ナイフ技。

 手首切り――手首を切りつけてダメージを与える。熟練度よりレベル壱から壱参まで上昇し、レベルが上がるごとにモーション補正を得、又相手の武器を叩き落とす確率が付与される。

 足首斬り――地を這うように滑りこみ、足首に斬撃を見舞う。熟練度よりレベルが壱から伍まで上昇し、レベルが上がることにモーション補正を得、相手の動きを鈍くする確率を付与される。

 腕殺し――腕にナイフを突き立て相手の行動を阻害する。またそのモーションを得る。レベル壱固定。

 柄打ち――脳天への柄打ち打撃。熟練度ごとにレベル壱から壱参まで上昇する。レベルが上昇するごとに相手を昏倒、気絶させる確率を得、又上昇する。

 足甲刺し――足の甲を突き刺し地に縫い付け相手の動きを限定させる。レベル壱固定。

 狂い咲き――ナイフによる壱弐連撃。熟練度によりレベル壱から壱参まで上昇し、レベルが上昇するごとに相手の攻撃が割り込んだ際の受け流しモーション補正とその際に生じる殺撃モーション発生確率が上昇する。


 これ以外にもクエスト報酬で貰える特殊スキルが幾つか存在します。

 強奪とか。罠外しとか。


 一次職で習得したスキルは六つまで持ち越せます。他の職業全部を合わせて最大で六つまで持ち越せます。

 盗賊で持ち越したいスキルはピッキングアシストと気配断ち、それとスローイングアシストです。

 モナドステータスはミラージュパレス内でしか反映されません。しかしながら外の世界でも熟練度を貯めることはできます。

 これからはこの三つの熟練度をひたすら上げます。


 あるといいけれど……町中にあるリサイクルショップで【開城君一から五番】を探します。

 残念ながら売っていませんね。プレイヤーの誰かが買ってしまったのかもしれません。最初に訪れた時、すでに存在していなかったかもしれません。よく探していなかった可能性を考慮してもう一度探しに訪れましたけれど、やはり無いですね。残念でなりません。

 仕方がありません。【開城君一から五番】は南京錠のセットで簡単に解錠できる一番から激ムズの五番までの盗賊御用達熟練度アップセットにございます。

 中古で買えば千五百円だけれど……これは鍵屋へ向かうしかございませんね。

 ここで入手できる開城君は難易度は下がるのに効率は高い優れもの。

 我ながら自らの爪の甘さを歯がゆく感じます。ぐぬぬぬ。


 私はこのゲームで散々と辛酸を舐めました。

 私は大半のゲームにおいてストーリー等どうでもよくエンディングが嫌いでした。

 このゲームに夢中になったのはストーリーが薄く、エンディングが無いからです。最後は必ず主人公の死により締めくくられます。


 しかしながらこのゲーム、実はかなり対人要素が高いです。

 なぜならミラージュパレス内が無法地帯だからです。


 人間は善良なばかりではありません。

 学園等その際たるものです。ミラージュパレス内でのモンスターのなすりつけ、他者の犠牲、イジメ、その他ありとあらゆる犯罪が起きます。

 なぜってゲームだからです。

 NPCが殺しにくるのは当たり前、そしてプレイヤーキルも当たり前です。


 突如のエンカウントでキルされ、何度はらわたが煮えくりかえったことか。

 ゲームをゲームとして楽しめない頭にウジの湧いた奴らが、データーをぶっこ抜いて検証してくる頭のおかしい奴らに、ゲームのデーターをぶっこぬいてエミュレーター鯖を自作し、何度もステータス調整とモナド調整、それにアイテム調整をして挑んだものにございます。自分は死なないと考えている奴らを何としてでも這いつくばらせたい。その一心にございました。


 思い返すだけで未だにはらわたが煮えくり返ります。

 三対一は当たり前、負けた奴が悪い、弱い奴が悪い。

 煽られ煽られ。

 ゲームに何マジになっているのか。下手くそ。やめちまえ。

 掲示板に連なる罵詈雑言に心を痛めて引退したプレイヤーは数多いです。

 パーティを組めば効率を求められ、ヘヴィユーザーとライトユーザーの罵り合いが響き渡り、かと思えばガチユーザーとエンジョイ勢の罵り合いに誹謗中傷の嵐が殺到致します。

 それは私にも当然のように降り注ぎました。

 発売当初から三年間続いた悪夢のようなバランス調整に眩暈がしたものです。

 だから私はこのゲームに熱中致しました。

 強い精神が欲しかったのです。

 手段を間違えたのかもしれません。私は時間を無駄にしてしまったのかもしれません。

 顔を真っ赤にし、食事も忘れ喉を通らず、高ぶった自律神経が眠らせては頂けない。

 楽しいゲームのはずなのに……それでもあの地獄の日々があったから、私の今があるのかもしれないとそう考える所存にございます。


 ……それはゲームだからであって現実ではそうでないと信じたい。

 過去の思い出はトラウマとなり、いまだに私の神経を逆なで致します。

 やり返しやり返し、煽り煽り、口調は荒れ乱れ唾を飛ばし、そしていつの間にか、私が悪者になっておりました。


 路面電車を乗り継ぎ……鍵屋へ。

 鍵屋の中はこぢんまりとして、眼鏡をかけたおじさんの店主が忙しそうにカギを削っております。デジャヴュが窺えますね。

 南京錠を探して見回し、幾つかを手に取って鍵穴を眺めます。

 正直構造なんて理解していないけれど、スキルレベルが上昇すればモーション補正が入りますので鍵穴に専用アイテムを突っ込むだけで開錠できるようになります。

「すみません。開城君ありませんか?」


 おじさんにそれとなく聞いてみます。

 おじさんは私の顔を眺めた後、立ち上がり裏へ――工具箱のようなものを持ち出して戻って参りました。

「あるよ。二万円」

 卒倒しそうな値段ですがここは仕方がありません。

 なけなしの、そして虎の子の二万円を支払い箱を受け取ります。泣きそうです。


 あとはひたすら開錠するだけにございます。

 それから一週間はひたすら開錠君と向き合う日々でございました。

 母や妹と生活し、家事をこなしながら開いた時間にひたすら開錠君を取り扱う。

 最初はぎこちなかった動作も、繰り返す事に滑らかになって参ります。

 ミラージュパレスに入らなければステータスとして適応はされませんけれど、かなり滑らかになりましたと自負しております。

 一度ミラージュパレスに入れば、これまで習得した熟練度が一気に加算されレベルが上昇するはずにございます。

 ですがここでミラージュパレスに入るわけにはいきません。


 実はミラージュパレスにはもう一つの厄介な出来事が付随しております。

 一度ミラージュパレスに入場すると、町中にて怪異に襲われる可能性が発生致します。

 怪異は厄介にございます。

 存在する怪異は覚えている限り以下の通りです。

 【生贄の夜】。町全体を包む空間の中、人間達の無意識がただ一人を指名し悪意を持ち殺害する。

 【無差別な君】。町中一定空間に突如として現れる殺人鬼がその場にいたものをヤツザキにする。

 【灰】。一定空間が炎に包まれ燃焼する。

 【予告する者】。一定範囲内が隔離され死を予告する大猿が表れる。サルを討伐できなければ死ぬ。

 【逃げ惑う君】。町中一定空間の通路にて出現し追いついた者を殺害する。

 【災人様が通る】。曇りの日に現れ、二名の腕を掴み強制隔離させ、どちらかがどちらかを殺すように二択を迫る。拒んだ場合、その人間のもっとも大切な人に災禍が訪れる。

 【バラライカ】。三名の美女が現れ、音楽を奏でる。一度目はもてなされるが、二度目は食われる。


 私は特に怪異【災人が通る】には遭遇したくありません。

 災人自体を倒せば何も問題はないのだけれど、もう一人のNPC又はプレイヤーが素直に協力してくれるかどうかは運次第だからにございます。

 ゲーム内なのなら問答無用でプレイヤーは即キルするのだけれど、現実となるとそうもゆきません。それでも即キル推奨だけれど。

 ビショップになるまではどうしても殺人は避けたい。

 モナドはミラージュパレス内でしか反映されない設定ですが、唯一町中でもこの怪異空間に巻き込まれた時だけは反映されます。


 そしてビショップには蘇生スキルがございます。死亡してから十分の限定ではありますがゲーム通りなら生き返らせられます。

 それがモラルに反しているのも重々承知しておりますが、それが最善ではないかと考えております。できれば避けたい。関わり合いたくない。殺人なんて身の毛もよだちます。

 ですので私はビショップになるまで怪異にはなるべく関わり合いたくございません。ビショップになったからと申しまして、殺人を容認するわけでもございません。

 特殊一次職には聖女もございます。聖女は尋常ならざる癒しの力を持っております。しかしながら聖女は無理です。聖女はお強いです。最強モナドの一つと申しても過言ではございません。しかしながら聖女はとても難しい……。私には不可能と存じます。


 怪異はこれ以外にも存在します。

 アイテムがそろえばビショップが一番無難です。

 ソロでもパーティでも活躍できますし自分の能力も隠せます。

 盗賊からモンスターテイカーに転職、道洵(タオジュン)を得てビショップを目指します。モンスターテイカーは魔物の技を習得できる職業でここが一番長いと存じます。

 道洵(タオジュン)は武道家の亜種、頸を使う職業です。頸とは発頸とか気功を利用して戦う職業の事にございます。


 気配断ちの熟練度を得るために妹の部屋に侵入致します。

 正直よろしくない。よろしくはございません。しかしながらこれが一番確実に熟練度を上げる方法にございます。

 部屋の中、ヘッドホンを装着し、勉強机と椅子に座り勉学に励む妹を後ろから眺めます。ドアノブを捻ったまま時間をかけて戸を開き、部屋に入り戸を閉め、ドアノブを時間をかけて戻します。音を一切立てないのがミソにございます。

 妹に気取られないように背後のベッドに腰かけて眺めます。

 時折独り言や歌……ごめん、〇〇〇するとは考えておりませんでした。ほんと申し訳ございません。そうですよね。もう妹も思春期、大人の階段に差し掛かっておりますよね。ほんと申し訳ございません。致しますよね。

 鍵をかけても無駄でしてよ。

 妹のプライベートを垣間見ながら一週間過ごしました。


 そして妹に怒られました。猛烈に激怒されました。そして大粒の涙をあふれるほど流し、仕方なくおならを披露し、眺めてしまった行為全て行い相殺させて頂きました。

 その結果、妹とはかなり打ち解けたと自負しております。

「……もういいよ」

「ごめんなさい」

「本当に悪いと思っているの?」

「それは間違えなくてよ」

「なんであんなことしたの?」

「やぶさかではなく、のっぴきならない事情により、母に行うよりはましかしらと思いましたの」

「……はぁ。もういいよ。耳掃除して」

「よくってよ」

「なにその……なにその話し方」

「言葉遣いが汚くならないように気をつけていらしてよ」

「気持ち悪い……」

 気持ち悪いはさすがにそれは言い過ぎです。傷つきました。

「お詫びに、わたくしが何でもして差し上げましてよ」

「あっそ」

 あれれ。わたくし今何でもして差し上げますと申しましたよ。何でもと。今何でもと申しましたよ。

 全面的に我儘を告げられるようになってしまったけれど仕方がございません。受け入れましてよ。

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