第3話 ボッチのちお嬢様のち盗賊のち妹
次の日となりました。
今日からいよいよ本格的に活動致します。
朝食は大事です。肥満を避ける意味でも筋肉を付ける意味でも大切にございます。
ペンペンと白飯をお椀へとよそります。白米は良いものです。キャンパスで申し上げれば最高の下地にございましょうか。染めて良しかけて良し、乗せてよし混ぜてよしです。
「ふふふっ」
入れ物からきゅうりの辛子漬けを取り出します。良く冷えたものが良いと存じます。ぶつ切りにして並べます。
湯気の上がるお味噌汁には梅干しの果肉とシイタケの粉が入っております。
ご用意できましたので母と妹を起こしましょう。
母のお部屋はリビングの隣です。襖を開いて二人を揺さぶり起こします。
眠る母と妹の姿が妙に愛おしいですね。わかります。母の頬へと唇を添えさせて頂きます。
「お母様。朝ですよ。起きてください」
「んー……寧々? おはよう」
もう一度頬へと唇を添えさせて頂きます。
「んふふっ。ねねぇ……」
甘えるように寄り添う母を受け止めます。
「ねねぇ、ねねぇ……」
甘えるように寄り添う母の髪を撫でさせて頂きます。指通りがとても良き。とても良きです。このまま添い寝してしまいたい。それはさぞ幸せでしょう。想像するだけで眠気が訪れますね。わかります。
体温が高いです。二度寝してしまいそうです。
ですが……ご飯が冷めてしまえば味が損なわれます。わたくし、伸びた蕎麦は許せないタイプの人間です。
「お母さん。起きてください」
「起こしてぇ」
仕方ありませんね。
立ち上がり母の手を引いて抱き起こし、そのまま洗面所へと連れて参ります。
いっちに。いっちに。はーい。上手に手足を動かしましょうね。
洗面所へ参りましたら蛇口を押して水を流します。
「さぁ顔を洗ってください」
次は妹様です。戻りまして――お布団をかぶっておりますね。実は起きていらっしゃるのではないでしょうか。お布団を捲りますと綺麗に眠っております。起きておりますねこれは。寝たふりですか。お可愛らしいですね。わかります。寝たふりですか。
「では失礼致します」
そっと妹様の布団へと潜り込みます。
「ちょっと‼」
「いいじゃないですか。姉妹なのですから」
「良くない‼ 起きたから入ってこないで‼」
お可愛らしいですね。さすがです。
「そんなに恥ずかしがらなくてもお姉ちゃん逃げたり致しません」
「いみふっ‼」
あーん。いけず。
妹様も洗面所へと向かってしまいました。お布団を畳ませて頂きます。
お布団を畳んでいる間にお二人はご用意が出来たようです。席へと腰を下ろし、頂きますのポーズをしておりました。
「はいどうぞ」
朝食は気に入って頂けたようですね。
美味しいものを食べると人は無言になりますね。わかります
「ふふふっ」
父もご飯を食べる時は無言になり、夢中になって頂いていたものです。
後片付けとお茶で緩やかな時間を過ごしましたらさて出勤のお時間にございます。戸締りを確認後外へと向かいます。
母と妹の髪と服のセットを正します。
「はい。良く出来ました」
お弁当をお渡し。今日は白米と野菜炒めがたっぷりと入っております。野菜炒めには梅干し、醤油、胡麻油、塩コショウを使用し、ちょっと可愛さからは縁遠いですが我慢して頂きたい所存です。申し訳ありません。
「はーい。リップをぬりぬりしましょうね」
妹様の唇は少々薄い印象をお受けします。わたくしの元の体は唇が少々ぶ厚かったので羨ましい限りです。
「んー……」
「お母さんもそれしてほしい‼」
「お母さんは紅差していらっしゃるのでダメです」
「紅の上からでも差せるもん‼」
「はーい。んぱんぱして下さい」
「んぱんぱ。なんか甘い」
「ふふふっ。はい。出発しますよー」
「お母さんもそれしたいー」
「はいはい。帰ったらしましょうねぇ」
「絶対だからね‼」
唐突ではございますがマンションロビー一階にて幼馴染の三人に出会いました。
同じマンションに暮らす三人の幼馴染にございます。小学校三年生からの付き合いという設定ですけれど私とは小中学校が違います。高校に入学して初めて行き先が同じとなりましたね。妹の夏飴さんは中学校から同じですので三人とは面識があると認識しております。
路面電車に向かう間、お二人は普通にお喋りしておられました。夏飴さん。年上にため口はいけません。そうは考えましたけれど、葵さんが気にしてはおられないようですので何も申しません。
葵さんは男性で所謂主人公枠です。三人の中でのリーダー格。気さくな良い人です。ついでにイケメンです。身長も176㎝あります。恋愛対象として攻略できます。
茜さんはショートカットで活発な女の子。当然葵さんが好きです。攻略できます。
千寿さんはクール系の女の子で胸が大きいです。当然葵さんが好きです。でも攻略できます。おかしいですね。
「これからは同じ行先だね。なんだか嬉しいな。これからは一緒に登校しようよ」
路面電車の中、葵さんのさわやかな台詞に茜さんと千寿さんの顔が引きつ始めました。微笑ましくて思わず口元が緩んでしまいますね。
「葵。あんたね。月見さんを困らせちゃダメよ」
「そうですよ。クラスが違うのですから」
「クラスなんて、そんな大したものじゃないだろう」
彼らは古き良き人達の部類に入りますので、初等部からのエリートなのです。
つまりAクラス。寧々はFクラス。住む世界が違いますね。それでもこのように気さくに接して頂けます。さすがです。
ところで葵さんの距離が物理的に近いです。
パーソナルスペースに大幅に食い込んでおります。
私は人に近づかれるのがあまり好きではありません。
それは他人を嫌っているわけではなく、自らの体臭や口臭が気になるからです。
あと近づいて良い人は選んでおります。葵さんはダメです。
「葵さんはさ、Aクラスなんだよね? どうなん? 良い感じなん? どんな感じ?」
夏飴さんはコミュニケーション能力が高いご様子。お手並み拝見です。
「うーん。AでもFでも、そんなに変わらないかなー。夏飴は来年高等部に入学だったよね。来年しっかり教えてあげられるように調べておくよ」
人の妹を呼び捨てですか。よろしくてよ。結構なお手前で。
英語で述べるなら。
(It was a well-performed tea serving)
ふふーん。合っているかどうかは不明です。
「えー? マジ? 別にいいよ。面倒っしょ」
「はぁ……月見さん。あんまり期待しない方がいいわよ。葵‼ 適当なこと言わないの‼」
「そうですよ。私達が調べることになるんですからね」
「あははっ。俺だって調べるから大丈夫だよ」
「月見さんを困らせないで。ごめんね? 月見さん。コイツってば何時も適当な事ばかり言うのよ」
「大丈夫でーす」
「ほんとダメなんだから」
「そんなダメダメ言うなよ。夏飴。何でも頼ってくれよ」
「はいはい。お兄ちゃんお兄ちゃん」
こちらを窺わなくともよろしくってよ。夏飴さん。嫌味のおつもりですか。なんてお可愛らしいのかしら。頬に唇を寄せたくなりますね。わかります。
「まーたそんな安請け合いして‼」
「苦労するのは私達なんですよ‼」
水面下の攻防が忙しいです。
葵さんに他の女性を近づけたくないプリンセス二人の牽制とそれに気づいていない鈍感系主人公王子葵さんの図。お二人のお気持ち、お察し致します。
クラスメイトの葵さんと幼馴染葵君は実は繋がりがありますが、今はあまり関係がありません。
朝からアップルティーを飲んでいる気分でしてよ。
気分はお嬢様。
でも私は煎茶派。
朝から楽しい会話です。ちなみに私のコミュケーション能力は下の下なので、相手に対してせめて微笑むことしかできません。残念ですがそれが事実です。話題をどうすればいいのか頭が真っ白にございます。早く学校に到着して頂きたいです。これが本音です。
定形文章ならいけます。定形文章であるのなら。
そんな私を気遣ってか、夏飴さんが積極的に会話してくれておりますね。ふふーん。よくってよ。その役目、お任せしましてよ。
カードでこっそりと感謝を伝えておきましょう。
学園へと到着致しましたら、妹様へと目配せ、そっと三人から距離を取り校門へと入ります。なんちゃってお嬢様ムーブしかできないわたくしですが、下駄箱の位置は確認済みですので抜かりはございません。靴を履き替えて教室へと向かいます――緊張致しますね。
やはり席順は罠でしたか。私は間違えません。
窓側後ろから二番目の席……は人が占領しているのでホームルームまでエスケープするしかありません。仕方ないですねぇ。私の席に腰をかけていらっしゃる方は髪が金色です。すでにグループが出来上がっているご様子。わかります。残念ですが勇気が足りませんのでお混ざりできません。ほんと残念です。ついでに根性も足りないです。なんならコミュ力も足りないです。どうすれば良いでしょうか。
わたくしが陽キャでありましたら、ばんぼんどーんで仲良くなれるのですが、残念ながら生粋の陰キャですので挨拶すら躊躇われます。大変気まずいです。
グループ内におります古村崎さんが視野では私を把握しておりますね。雰囲気で分かります。グループで話し合っており気にしていない体を装っておられます。わかります。話しかけられても困りますので大変助かっております。
学園では早めに一人になれる場所を確保しなければならないかもしれません。
わたくしこう窺えまして歴戦のボッチにございます。
歩き回っているうちにホームルームのチャイムが鳴りました。教室へと戻ります。席が空いておりました。やりました。わたくしの勝ちです。勝ちました。
扉を引く音。
担任の
特に申します事はありません事でしてよ。名前を申しますしかないですわ。趣味は読書ですの。フィボナッチ数列等を少々愛読しております。
あっ。わたくしの番ですね。スッ。
「月見寧々です。趣味は読書です。よろしくお願い申し上げます」
スッと席へと腰を下ろします。完璧です。
他に何か申します事がありますでしょうか。無いですよね。無いです。ありません。
ふふふっ。皆様、さぞわたくしに失望された事でしょう。ふふふっ。ですが安心して下さい。わたくし、まだ負けたおりません。ですが安心して下さい。わたくしには秘策がございます。秘策がっございます。名誉挽回です。汚名返上です。
さぁあちらにおられる方はクラスメイトのパメラさんです。
このクラスに在籍していらっしゃるパメラさんは明るいキャラクターでプレイヤーがどのキャラクターを選ぼうとも必ず親友になってくれる女の子にございます。つまり誰にでも優しいのです。歴戦のボッチであるわたくしとも仲良くして下さるでしょう。勝った。勝ち申した。
パメラさんがいる限り、私がボッチになることはない――ありえません。
「ぱっパメラ……です。よろしく」
……おかしいですね。ゲーム内のパメラさんはもっとハキハキしており明るいムードメーカーなはずですのに。知らず知らずのうちにわたくしはパメラさんに勝手な理想を抱いてしまっておりましたでしょうか。これは反省しなければいけませんね。ふふふっ。うふふふっ。
三年間ボッチ確定です。どうやら三年間ボッチ確定のようですね。わかります。
待ってください。まだ負けておりません。
三年間ボッチ確定ですか。もう。ほんと。仕方ありませんね。わたくしったら。うふふっ。もうっ。ほんと。学校なんて大嫌いいいいいいい。
わたくしはまだ負けておりませんんんんん。
パメラさんはどうやらプレイヤーのようですね。
しかし私ぐらいのプロボッチとなれば、このくらいの荒波、ふふふっ。よろしくてよ。乗り越えてみせましょう。えぇ、みせましょうとも。ふふーん。三年間耐えてご覧にいれますわ。
残念ですがゲームの中ではボタンポチポチで話しかけられましても、リアルとなれば話が変わります。話しかけられるわけはないのです。いい加減にして下さい。ボッチを舐めないでほしいですわ。もっとイージーモードにして下さい。ねぇえええええ。
久しぶりの高校生活で過去のトラウマが蘇りますね。
私は小市民。ふふーん。つまりわたくしはお嬢様でしてよ。
孤独では無く孤高です。ふふーん。よろしくてよ。
そんな心の葛藤をよそにミラージュパレスの簡単な説明が行われております。
学園に所属さえしていればミラージュパレスには何時でも入れます。
基本的に午前中は授業だけです。半年後の試験で落第したら退学になることが告げられました。なかなかにシビアです。Fクラスにとっては大変難しい試験となっております。
ですがまずは目先の一か月後、五月の中間試験に備えなければいけません。
学園では切磋琢磨する事。訓練所は申請すれば使える事。クラスに不平等は無い事等が告げられました。所謂表向きの話にございます。
それと所持カードを提出させられ、モナド端末へとアップグレードして頂きました。
受け取ったモナド端末を起動すると体が青黒いオーラに覆われます。オーラは一瞬で消えてしまいました。
モナドライン。ミラージュライン。メシアライン。
呼び方は様々ございます。このモナドラインが現れている間だけ、モナドステータスが有効となります。
通常このモナドラインは迷宮内でしか発動致しません。
つまりミラージュパレス以外の場所では普通の人と変わりありません。とは語るものの、外でも反映される仕組みはございます。逆に外でも反映して頂かなければ死にます。
暗夜町は特殊な町です。だから隔離されております。
ベースステータスはモナドラインに影響がございません。
寧々の初期ステータスを眺め、習得しておりませんのでスキル等は一個も表示されておりませんでした。これがエスカレーター組ではすでにレベルが上昇しスキルがございます。これが上位クラスと下位クラスの違いです。
モナドとは所謂ジョブの事です。
モナドを得られなければスキルも得られず、さらにモナドレベルを上げるには熟練度を上げなければいけません。熟練度を上げるためには何度もスキルを使用しなければならず、モナドレベルが上がらなければ何時まで経っても弱いままです。
私が最初に習得する一次職は決まっております。
盗賊です。急がば回れ。何はともあれ金策が必須にございます。お金がなければ探索者等できません。お金を稼ぐには盗賊が一番。それはスキルが物語っております。
目の前を金髪の女の子が通りました。視線が刹那こちらを窺ったのを感じました。
長い金髪のウェーブ……。うっうーん。
通り過ぎた金髪の少女が
黒髪ストレートで名前の通り清楚系お姫様キャラクターである姫結良好さんが、何時の間にか金髪ギャル子ちゃんへと変わっておりました。わかりみが深いですね。さすがです。やはり私は老害なのかもしれません。個性の時代です。私はそっと目を閉じました。
なんだか遠い所へ来ちゃったな。
どうやらプレイヤーはプレイヤー同士で組むようにございます。
古村崎さん、姫結良さん、パメラさん、古午房くんはプレイヤーだと見定めます。
そして姫結良さんは【フォーチェンンオブクローバー】のキーホルダーをカードに装着しておりました。七大アイテムの一つは姫結良さんが所有していらっしゃるようですね。さすがです。
残念ながらわたくしは歴戦のボッチ。話しかけられるわけもありませんので静かに去ります。テンションが色々可笑しいです。わかります
なんだかスキップしたい気分になって参りました。きゃははっ。
午前中は説明と案内で終わりです。
一つ、訓練室についてですが全生徒を受けいれられるほど施設は大きくありません。
暗黙の了解ではございますが三年生Aクラスから優先度がございます。Fクラス一年生はほぼ訓練室を使用できません。
訓練室ではリアリティの高い3Dモデルモンスターと戦闘の真似が行えます。それでも再現されるモンスターの数は多く、技能なども再現されているため、予行練習としてはうってつけにございます。Fクラスは使用できませんけれど。
私も訓練室での練習は行いたい所存にございます。しかしながら波風を立てたくはございません。Fクラスは必然的に実戦にて成長するしか方法がありません。
ここからいよいよ本番にございます。
やはり少し心が躍っておりますね。このままではダメだと自分を制します。それでもなぜだか弾むのを止められません。春の音楽に浸っているようです。楽しみなのです。わくわくしますね。
ミラージュパレスとは、神々の遊び場にございます。遊び場で遊ばないわけにはいきませんね。わかります。
各国の伝承を連ねる神々方が迷宮を形成し、富と名声を与えて下さると設定がございます。ことこの日ノ本におきましては八百万の神々と申します概念然り、通常ではありえない量の迷宮が形成されております。それは国内のみならず、国外の神々の迷宮すら存在することを意味しております。
ミラージュパレスの入り口は厳重に管理されてはおりますが、管理しきれない所謂道祖の迷宮は各所にございます。
この学園にも迷宮は存在しております。
ヒナ先生の案内で迷宮運営管理機関チャシャーキャットへも赴きました。
機関チャシャーキャットは学園に隣接している所謂ギルドのようなものです。
ここでは迷宮に関して様々な恩恵が得られサポートして頂けます。
迷宮へ挑む手続き、モナドのサポート、迷宮内取得アイテムの売買等々、その恩恵は計り知れません。神々が授けて下さったオーバーテクノロジーがふんだんに使用されております。
特に迷宮内アイテムの売買に関しましては、この機関チャシャーキャットは切っても切れない存在にございます。
機関ではアイテムや素材を買い取って頂けますし、レアなアイテムなら手数料を支払うことで競売にも出品させて頂けます。この競売システムが探索者を迷宮へと強く導く原動力の一旦にもなっております。
迷宮内で得られるアイテムや素材はどれも貴重品。
ピンからキリまでありますが、最低のアイテムでも百円で買い取って頂けます。
一攫千金を夢見て迷宮に挑む人達が後を絶たないわけにございます。
本来はミラージュラビリンスと呼ばれる所をミラージュパレス、蜃気楼の宮殿と呼ぶ理由はここにございます。財宝溢れる宮殿なのです。
さらに機関からは企業や個人からの依頼を斡旋して頂けます。
素材や特定のアイテムが欲しい企業や個人が依頼を提出し、機関がその仲介を担います。これらサポートが探索者を探索者たらしめ好循環を導いている事は確かにございます。それは見学している間にも重々感じられました。
私が最初に選択するモナドは盗賊ですので、機関にて特定の端末にカードをかざし、モナドを表示して盗賊を選択致します。
画面にステータス補正とレベル、スキルと熟練度が表示されました。なんだか不思議な感覚で感慨深くなってしまいますね。とは申しましてもレベルは1ですので熟練度もございません。
まだ迷宮へは入れませんね。
母からのショートメールに適当に返事をしつつ、説明が終わると自由時間となり現地解散にございます。盗賊を技能の熟練度を高めるためのアイテムを買いに街へと繰り出しましょう。
母はどうやら私が迷宮に入るのを当たり前ではございますが危惧しております。
しばらくは訓練だけで入場はしないから大丈夫と何度も返事をくり返します。
それでも納得して頂けないようですので着信が何度もあり、何度も繰り返し繰り返し説明し納得して頂けますように促しました。
仄菓さんのトラウマはとても強いものです。それをおもんばかり、何度も何度も安心させるように声をかけます。
途中。
「月見さん。プライベートな通話は仕事中なのでダメですよ」
おそらく大沼さんからの声が聞こえ。
「お母さん、帰ったら、膝枕で耳かきしてあげるから」
「迎えに来てくれないと嫌‼ あとGPSで居場所わかるからね⁉ ダメだからね⁉」
「何時に終わるかメールして」
「わかった‼」
「仕事してくださいよ‼ 居残りになりますよ‼」
となんとか説き伏せて通話を終えさせて頂きました。大沼さんの苦労が窺えます。わかります。
まずは盗賊のスキルレベルを上昇させなければいけませんね。
カードで確認できる盗賊のスキルは以下の通りです。
アクティブアシスト――モーション補正。適切な動作に補正が入る。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇する。
ナイフアシスト――ナイフモーション適正を得る。熟練度よりレベルが
パルクールアシスト――障害物間移動にモーション補正を得る。レベル壱から伍まで上昇する。
アシストクロスボウ――クロスボウを装備した際、モーション補正を得る。熟練度よりレベル壱から伍まで上昇する。
気配断ち――息を殺し気配を断つ。認識阻害アクティブスキル。敵より発見されにくくなる。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇する。発動から五分継続し、リキャストに十秒を要する。発見されると解除される。
耳探り――アクティブスキル。僅かな音も逃さず、敵の位置を察知する。レベル壱固定。
スリ盗る――対象から物品をスリ盗る。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇し、レベルが上昇するごとにモーションも最適化される。
ピッキングアシスト――あらゆる鍵、施錠されたものを開錠するスキル。熟練によりレベル壱から壱参まで上昇し、スキルレベルが上昇するごとにモーション補正を得る。
ラッキーアイテム――近くにレアアイテムが存在する場合、稀に直観が働く。またレア度の高い宝物への遭遇率が微細だが上昇する。レベル壱固定。
スローイングアシスト――物を投げるモーションに補正がかかる。熟練度よりレベル壱から拾参まで上昇し、またスキルレベルが上昇するに従い最適化される。
ナイフ技。
手首切り――手首を切りつけてダメージを与える。熟練度よりレベル壱から壱参まで上昇し、レベルが上がるごとにモーション補正を得、又相手の武器を叩き落とす確率が付与される。
足首斬り――地を這うように滑りこみ、足首に斬撃を見舞う。熟練度よりレベルが壱から伍まで上昇し、レベルが上がることにモーション補正を得、相手の動きを鈍くする確率を付与される。
腕殺し――腕にナイフを突き立て相手の行動を阻害する。またそのモーションを得る。レベル壱固定。
柄打ち――脳天への柄打ち打撃。熟練度ごとにレベル壱から壱参まで上昇し、レベルが上昇するごとに相手を昏倒、気絶させる確率を得、又上昇させる。
足甲刺し――足の甲を突き刺し地に縫い付け相手の動きを限定させる。レベル壱固定。
狂い咲き――ナイフによる壱弐連撃。熟練度によりレベル壱から壱参まで上昇し、レベルが上昇するごとに相手の攻撃が割り込んだ際の受け流しモーション補正とその際に生じる殺撃モーション発生確率が上昇する。
これ以外にもクエスト報酬で貰える特殊スキルが幾つか存在致します。
強奪とか。罠外しとか。
モナドで習得致しましたスキルは六つまで持ち越せます。他の職業全部を合わせて最大で六つまで持ち越せます。
盗賊で持ち越したいスキルはピッキングアシストと気配断ち、それとスローイングアシストでございましょうか。
モナドステータスはミラージュパレス内でしか反映されません。しかしながら外の世界でも熟練度を貯めることはできます。
これからはこの三つの熟練度をひたすら上げます。
あるといいけれど……町中にあるリサイクルショップで【開城君一から五番】を探します。
残念ながら売っておりませんね。プレイヤーの誰かが買ってしまったのかもしれません。最初に訪れた時、すでに存在していなかったかもしれません。よく探していなかった可能性を考慮してもう一度探しに訪れましたけれど、やはり無いですね。残念でなりません。
仕方がありません。【開城君一から五番】は南京錠のセットで簡単に解錠できる一番から激ムズの五番までの盗賊御用達熟練度アップセットにございます。
中古で買えば千五百円ですけれど……これは鍵屋へ向かうしかございませんね。
ここで入手できる開城君は難易度は下がるのに効率は高い優れもの。
我ながら自らの爪の甘さを歯がゆく感じます。ぐぬぬぬ。
私はこのゲームで散々と辛酸を舐めました。
私は大半のゲームにおいてストーリー等どうでもよくエンディングが嫌いでした。
このゲームに夢中になったのはストーリーが薄く、エンディングが無いからです。最後は必ず主人公の死により締めくくられます。
しかしながらこのゲーム、実はかなり対人要素が高いです。
なぜならミラージュパレス内が無法地帯だからです。
人間は善良なばかりではありません。
学園等その際たるもので、ミラージュパレス内でのモンスターのなすりつけ、他者の犠牲、イジメ、その他ありとあらゆる犯罪が起きます。
なぜってゲームだからです。
NPCが殺しにくるのは当たり前、そしてプレイヤーキルも当たり前です。
突然のエンカウントにてキルされ、何度はらわたが煮えくり返った事かわかりません。ゲームをゲームとして楽しめない頭にウジの湧いた奴らが、ゲームデーターをぶっこ抜いて利用してくるような頭のおかしい連中がいる。
だからわたくしもゲームのデーターをぶっこ抜いてエミュレーター鯖を自作し、何度もステータス調整とモナド調整、それにアイテム調整をして挑んだものにございます。自分は死なないと考えている奴らを何としてでも這いつくばらせてやりたい。その一心にございました。
思い返すだけで未だにはらわたが煮えくり返ります。
三対一は当たり前、負けた奴が悪い、弱い奴が悪い。
煽られ煽られ。
ゲームに何マジになっているのか。下手くそ。やめちまえ。
掲示板に連なる罵詈雑言に心を痛めて引退したプレイヤーは数多いです。
パーティを組めば効率を求められ、ヘヴィユーザーとライトユーザーの罵り合いが響き渡り、ガチユーザーとエンジョイ勢の罵り合いに誹謗中傷の嵐が殺到致します。
それは私にも当然のように降り注ぎました。
発売当初から三年間続いた悪夢のようなバランス調整。何度目かのまき戻し。
だから私はこのゲームに熱中致しました。
強い精神が欲しかったのです。
手段を間違えたのかもしれません。私は時間を無駄にしてしまったのかもしれません。
顔を真っ赤にし、食事も忘れ喉を通らず、高ぶった自律神経が眠らせては頂けない。
楽しいゲームのはずなのに……それでもあの地獄のような日々がありましたからこそ、今の私があるのかもしれないとそう考える所存にございます。
……それはゲームだからそうなのであり、現実ではそうでないと信じたい。
過去の思い出はトラウマとなり、いまだに私の神経を逆なで致します。
やり返しやり返し、煽り煽り、口調は荒れ乱れ唾を飛ばし、そしていつの間にか私が悪者になっておりました。負けた奴が悪いのに。正当な勝負に負けた貴方に文句を申します資格がありましょうか。
路面電車を乗り継ぎ……鍵屋へ。
到着した鍵屋の中はこぢんまりとしておりました。眼鏡をかけたこの店の亭主であるおじさんが忙しそうにカギを削っておられます。デジャヴュが窺えますね。
南京錠を探して見回し、幾つかを手に取り鍵穴を眺めます。
正直構造など理解してはおりません。おりませんがスキルレベルが上昇すればモーション補正が入りますので鍵穴に専用アイテムを突っ込むだけで開錠できるようになります。
「すみません。開城君はございますか?」
おじさんにそれとなく聞いてみます。
おじさんは私の顔を眺めた後、立ち上がり裏へ――工具箱のようなものを持ち出して戻って参りました。
「あるよ。二万円」
卒倒しそうな値段ですがここは仕方がありません。
なけなしの、そして虎の子の二万円を支払い箱を受け取りました。泣きそうです。
あとはひたすら開錠するだけにございます。
それから一週間はひたすら開錠君と向き合う日々にございました。
母や妹と生活し、家事をこなしながら開いた時間にひたすら開錠君を取り扱う。
最初はぎこちなかった動作も、繰り返すほど滑らかになって参ります。
ミラージュパレスに入らなければステータスとして適応はされませんけれど、かなり滑らかになりましたと自負しております。
これでミラージュパレスへと入場すれば、これまで習得した熟練度が一気に加算されレベルが上昇するはずにございます。
ですがここでミラージュパレスに入るわけには参りません。
実はミラージュパレスにはもう一つの厄介な出来事が付随しております。
一度ミラージュパレスへと入場致しますと、町中にて怪異に襲われる可能性が発生致します。怪異とは超常なる現象です。良い神様もいれば、人にとって都合の悪い神様もおられるのです。そのような神様を鎮めるため、そのような神様を諫めるため。そのために神様の突き出す不条理な遊びに巻き込まれます。それが怪異にございます。怪異は厄介にございます。
存在する怪異は覚えている限り以下の通りです。
【生贄の夜】
町全体を包む空間の中、人間達の無意識がただ一人を指名し悪意を持ち殺害致します。
【無差別な君】
町中一定空間に突如として現れる殺人鬼がその場にいた者をヤツザキに致します。
【灰】
一定空間が炎に包まれ燃焼致します。
【予告する者】
一定範囲内が隔離され死を予告する大猿が表れ、サルを討伐できなければ死にます。
【逃げ惑う君】
町中一定空間の通路にて出現致しました異形が、追いついた者を殺害致します。
【災人様が通る】
曇りの日に現れ、二名の腕を掴み強制隔離させます。どちらかがどちらかを殺すように二択を迫る。拒んだ場合、その人間のもっとも大切な人に災禍が訪れます。申してしまえば死にます。
【バラライカ】
三名の美女が現れ音楽を奏でます。一度目はもてなされますが、二度目は襲われます。食欲的な意味で。
私は特に怪異【災人が通る】には遭遇したくありません。
災人自体を倒せば何も問題はないのですが、もう一人のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)又はプレイヤーが素直に協力してくれるかどうかは運次第だからにございます。
ゲーム内でしたら問答無用でプレイヤーは即キルするのですが、現実となるとそうもゆきません。それでも即キル推奨ですけれど。
ビショップになるまではどうしても殺人は避けたいです。
モナドはミラージュパレス内でしか反映されない設定ですが、唯一町中でもこの怪異空間に巻き込まれた時だけはモナドが反映されます。
なぜビショップかと申しますとビショップには蘇生スキルがあるからです。死亡してから十分の限定ではありますがゲーム通りなら生き返らせられます。
生き返らせられるからと申しまして人を殺す。それがモラルに反しているのは重々承知しております。それでもそれが最善ではないかと考えております。できれば避けたいですし、関わり合いたくはございません。殺人なんて身の毛もよだちます。蘇生は免罪符ですね。
ですので私はビショップになるまで怪異にはなるべく関わり合いたくございません。ビショップになったからと申しまして、殺人を容認するわけでもございません。
ビショップの上位には特殊モナド、聖女もございます。聖女は尋常ならざる癒しの力を持っており、当然蘇生も行えます。しかしながら聖女は無理です。聖女は確かにお強いです。最強モナドの一つと申しましても過言ではございません。しかしながら聖女はとても難しい……。私には不可能と存じます。
怪異はこれ以外にも存在致します。
アイテムがそろえばビショップが一番無難です。
ソロでもパーティでも活躍できますし自分の能力も隠せます。
盗賊からモンスターテイカーへとチェンジ、
道殉は武道家の亜種、頸を使うモナドにございます。頸とは発頸や気功を指し、それらを利用して戦うモナドが道殉にございます。
気配断ちの熟練度を得るために妹の部屋に侵入致します。
正直よろしくない。よろしくはございません。しかしながらこれが一番確実に熟練度を上げる方法にございます。
部屋の中、ヘッドホンを装着し、勉強机と椅子に座り勉学に励む妹様を後ろから眺めます。ドアノブを捻ったまま時間をかけて戸を開き、部屋に入り戸を閉め、ドアノブを時間をかけて戻します。音を一切立てないのがミソにございます。
妹に気取られないように背後のベッドに腰かけて眺めます。
時折独り言や歌……ごめん、〇〇〇するとは考えておりませんでした。ほんと申し訳ございません。そうですよね。もう妹も思春期、大人の階段に差し掛かっておりますよね。ほんと申し訳ございません。致しますよね。
鍵をかけても無駄でしてよ。
妹のプライベートを垣間見ながら一週間過ごしました。
そして妹に怒られました。猛烈に激怒されました。そして大粒の涙を溢れるほど流し、仕方なくおならを披露し、眺めてしまった行為全て行い相殺させて頂きました。
その結果、妹とはかなり打ち解けたと自負しております。
「……もういいよ」
「ごめんなさい」
「本当に悪いと思っているの?」
「それは間違えなくてよ」
「なんであんなことしたの?」
「やぶさかではなく、のっぴきならない事情により、母に行うよりはましかしらと思いましたの」
「……はぁ。もういいよ。耳掃除して」
「よくってよ」
「なにその……なにその話し方」
「言葉遣いが汚くならないように気をつけていらしてよ」
「気持ち悪い……」
気持ち悪いはさすがにそれは言い過ぎです。傷つきました。
「お詫びに、わたくしが何でもして差し上げましてよ」
「あっそ」
あれれ。わたくし今、何でもして差し上げますと申しましたよ。何でもと。今何でもと申しましたよ。
全面的に我儘を告げられるようになってしまったけれど仕方がございません。受け入れましてよ。
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