第4話 失う

 ある日、

 今日も学校をサボってギターの練習してたら、和樹くんが電話してきた。

 珍しい、和樹くんなら電話なんて……。

 いつもはアタシから電話してるのに。

 もしかして何かあったのかな?


 とりあえず、アタシは電話に出た。

 スマホのスピーカーから和樹くんの声が聞こえてきた。


「あっ、もしもし、涼花ちゃん」

「ん? なに、どうしたの?」

「ちょっと君の声が聞きたくて」

「っ……そ、そっか。アタシも和樹くんの声聞きたかったよ」

「ははっ、そっか」

「う、うん……」


 アタシの声聞きたかったんだ。

 えへへ、凄く嬉しい。 

 やっぱり和樹くんもアタシのこと好きなのかな?

 だからアタシの声聞きたくなったのかな?

 もしアタシのこと好きなら、そろそろ彼女にしてよ。


「涼花ちゃん……俺さ、自殺するよ」


 和樹くんの言葉にアタシは「え……?」と間抜けな声を漏らす。

 和樹くん、今『自殺する』って言ったよね?

 なんで? 意味わかんないっ。

 なんで自殺なんかすんの……?

 お姉ちゃんに浮気されたことがショックすぎて自殺するのかな?

 いや、それはないと思うけど……。

 あっ、もしかして冗談なのかな? 

 うん、そうだよ、これはきっと冗談だ。


「じ、自殺って冗談でしょ?」

「いや、俺は本気だよ」

「ちょ、ちょっと待ってよっ……なんで? なんで自殺するの?」

「……」

「ねぇ答えてよっ!! 和樹くんっ!!」

「……」


 和樹くんが今さっき何があったのか全て話してくれた。

 今さっきお姉ちゃんとその彼氏に復讐したこと。

 復讐したとき、感情が昂って思わずお姉ちゃんとその彼氏を殺してしまったこと。

 もうすぐ警察に捕まってしまうこと。

 生きること自体が辛いから自殺すること。

 全て話してもらった。


「お、お姉ちゃん殺したの?」

「ああ、殺したよ……」

「そ、そんなっ……」

「……」


 和樹くんっ、お姉ちゃん殺したんだ。


 もうお姉ちゃんに会えないし、声も聞こえない……。

 それは凄く悲しいけど、和樹くんを責める気にはなれなかった。

 だって悪いのはお姉ちゃんだし。

 そうだよ、お姉ちゃんが浮気したせいで和樹くん壊れちゃったんだよ。


 和樹くんは暴力的な性格じゃない。普段の彼は殺人なんか絶対しないはずだ。

 けどお姉ちゃんの浮気がショックすぎて心が歪んでいき、犯罪者に陥ってしまったのだろう。

 全部お姉ちゃんのせいだ。彼は何も悪くない。


「俺のこと嫌いになったか?」

「……ううん、嫌いにはなってないよ」

「は? おいおい、冗談か?」

「冗談じゃないっ、和樹くんのことは今も好きだよっ」

「いや、待て待て。俺は君のお姉ちゃんを殺したんだぞ? 言っておくけど嘘じゃないからな? まじで殺したんだぞ?」

「そんなの分かってるっ……それでもあなたのことが好きなのっ」


 アタシがそう言うと、和樹くんは「はは」と笑い声を上げた。


「君狂ってるよ」

「うん、知ってる。でも和樹くんも狂ってるじゃん」

「ああ、そうだな……」

「ふふ、アタシたちお似合いだね」

「うん」


 今の和樹くんは犯罪者だ。もうすぐ彼は捕まるだろう。

 それでもアタシは彼のことが大好きだ。

 今でも愛している。

 たぶん、アタシはずっと彼のことが好きなんだろうな。

 そんな気がする。


「ねぇ……本当に自殺するの?」

「ああ、自殺するよ……」

「……考え直してよっ。アタシ、和樹くんがいないと生きていけないよっ」

「はは、大袈裟だな」

「大袈裟じゃないっ。アタシ、本当にあなたのことが好きなのっ。ねぇ自殺はやめよ? お願いだから生きてっ」

「俺、もう生きるのがしんどいんだ……これ以上生きてても辛いだけなんだよ。だから自殺するよ。ごめんね、涼花ちゃん。君のこと愛してるよ」

「ちょ、ちょっと待って! 和樹くんっ!! アタシね! 今お腹の中にあなたの……」


 アタシの言葉を無視して和樹くんは電話を切った。

 そして、彼は本当に自殺してしまった。

 学校の屋上から飛び降り自殺したんだって……。


「和樹くんっ……なんでっ、なんでっ……」


 もうこの世界に和樹くんはいない。もう彼の顔は見れないし、声を聞くことすらできない。

 嫌だっ、そんなの嫌だよっ。

 こんな現実受け止められないっ。

 

 あの電話で和樹くんはアタシに『君のこと愛してるよ』と言ってくれた。

 ずっと彼にその言葉を言ってほしかった。

 ただ彼に『愛している』と愛を囁いてもらいたかった。

 ずっとそれだけを望んでいた。


 やっと彼に『愛している』と言ってもらえたのにっ。

 やっと両思いになれたのにっ。

 なのに、どうしてこんなことに……。


 今すぐ自殺して彼に会いたいけど……それはできなかった。

 別に死ぬのが怖いわけじゃないよ?

 そんなの全然怖くないけど、今のアタシは自殺できなかった。


 今のアタシにはね、お腹の中に赤ちゃんがいるの。

 そう、アタシ妊娠してるの。

 

 アタシは和樹くんとしかエッチしたことがない。

 つまり、この赤ちゃんのパパは和樹くんってことだ。

 

 異変に気がついたのは3週間前だったかな。

 

 一ヶ月経っても女の日は来ないし、急に吐き気や強い眠気が襲ってくるし。

 それは妊娠の初期症状にそっくりだった。

 まさか、と思ったアタシは急いでドラッグストアで妊娠検査薬を購入した。

 結果は陽性反応だった。

 そう、アタシは妊娠してしまったのだ。

 何かの間違いかもしれないと思い、産婦人科で妊娠検査を受けてみたけど結果は……やっぱり妊娠していた。

 

「そっか……アタシ妊娠したんだ」


 そりゃ妊娠するよね。

 和樹くんとはほぼ毎日ゴム付けずにエッチしてたし。


 妊娠が発覚したときは本当に焦ったよ。

 とりあえず和樹くんに『妊娠した』と相談したかったけど、アタシにはそんな勇気がなかった。

 あの和樹くんがそんなこと言うとは思えないけど、アタシに『中絶しろ』と言ってくるかもしれない。

 両親にも『中絶しなさい』と反対されるだろう。


 嫌だっ、中絶なんかしたくないっ。

 だってこの子、和樹くんの子どもなんだよ? あの大好きな和樹の赤ちゃんなんだよ? 中絶なんかできないよっ……。

 彼や両親に拒絶にされるのが怖くて、妊娠したことは誰にも言えなかった。

 

「あ、あのね、和樹くん」

「うん、どうした?」

「……えーっと、その、やっぱりなんでもない」

「? そうか?」

「う、うん」


 今日も和樹くんに妊娠したこと言えなかった。

 早く言わないとダメなのに。

 

 そして誰にも相談できないまま時間が過ぎていき、和樹くんは自殺してしまった。

 結局、和樹くんに妊娠したこと言えなかった……。

 相談する前に彼はこの世界からいなくなった。


「和樹くんっ、和樹くんっ……」


 アタシも死にたい。死んで和樹くんに会いたいよっ。

 けど今のアタシには赤ちゃんがいるし。

 自殺なんかできないよっ……。


 時間が経つにつれてアタシのお腹が膨らみ始める。

 もうこれ以上隠すのは不可能だろう、と判断したアタシは両親に妊娠したことを告げた。

 そしたらめっちゃ怒られたよ。


 そりゃ怒るよね……。

 だってこの子のお父さんは和樹くんだよ?

 和樹くんはお姉ちゃんとその彼氏を殺した。しかも学校の屋上から飛び降り自殺までしてるし。

 はっきり言って和樹くんのしたことは狂っている。

 そんな人の子供を産んでいい、と許可する親はいないよね……。

 

 パパとママに『お願いだから犯罪者の子どもを産まないでくれ』と説教された。

 そんなの知らないっ。アタシは絶対この子を生む。絶対に産んでやる。

 この子を産ませてくれないんだったらアタシも自殺する。

 そう脅したら両親も納得してくれた。いや、絶対納得はしてないと思うけど。


 和樹くんっ、アタシ産むよ?

 絶対君の子ども産んで育てるからね。

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