第4話 帰り道の予兆



 その日の放課後は、少しだけ間延びしていた。


「ふっ……」


 訓練場に入り、視界のずれを気にせずに戦う訓練をかれこれ10分ほど、続けている。


 目の前にいるダミーボットたちの攻撃を交わし、いつも使用している銃の代わりとなるレーザー銃を撃ち、疑似的な戦闘訓練をこなす。



 視界のずれはもちろんあり、反射的な動作は真白の場合はほぼ負けを意味する。故にそもそもそうならないように戦場に気を配り続け、常に間合いを維持する、というのが真白の取る戦闘スタイルだった。


 接近戦に強かった、という風に聞いている両親とは全く違う戦闘スタイルであり、基礎を叩き込まれた後は、両親を師として直接の教えを乞うことは出来ない。だが、真白の場合接近戦を行うこと自体が不可能に近い以上はしょうがないことである。


 持った剣や拳がずれ、意図したところに当たらないとなると、相手も至近距離の間合いでは命がいくつあっても足りない。しかしながら、間合いを撮り続けることにも限界はあり、遠距離ばかりではいざという時に対応できない。


 故に真白が強までに叩き込まれた戦い方が、今の体術と銃を使用しての戦闘スタイル。視界に頼ることなく、己の感覚を瞬時に把握し、そして実行できるようになるまで身に叩き込んだ日々を、今でも覚えている。



 余分な思考を削ぎ落しながら訓練に勤しんでいると、時間が終わったことを告げるアラームが鳴り響き、ダミーボットの動きが止まる。二丁を構えていた真白も警戒態勢を解き、銃を持ったままでホコリを払う。


 まだ2セットしか行っていないが、汗はかなり掻いている。ボットとはいえ攻撃はそれなりに手痛いため、ある程度の緊張感の下で行っていればそうなるのは割と当たり前のことだった。




 水分補給をしに行こうとして、真白は演習場のドアの方に視線を向ける。


 と、その窓から、時折白い頭が覗いているのが見えた。


――ん、もう来てたのか


 おそらくはニアが中を覗こうとしてその場でぴょんぴょん飛んでいるのだろう。そう考えた真白は、もう1セットやろうとしていた訓練を取りやめて、そのドアを軽く三度小突いた後に開けた。


 開けた先にいたのは、ほぼ予想通り、カバンを持ったニアだった。


「悪い。思ったより熱が入ってて気づかんかった」


「ううん。全然大丈夫。私も今来たばっかだから」


「ん、そっか」


 部屋の入口から見える位置にある時計が指す時間的には、確かに当番を終えて来ているようだった。そもそもニアがあまり嘘をつかないことからも、来てすぐに中が気になった、というところか。


 そんな風に考えた後、真白は部屋の中、壁にしまわれた持ち込み物品を取り出して、部屋を出る。


「制服に着替えてくるんで、ちょっと待ってて」


「うん、分かった。外で待ってるね」


 ニアの了承の言葉を聞いた後で、真白はその横を抜けて、更衣室へ走る。


 置いておいたカバンに水筒とタオルを突っ込み、訓練用に来ていたジャージを脱ぐ。


「あっちぃ……」


 カバンのサイドポケットから覗く制汗シートの入れ物を、二度空ぶった後に掴んで、体中の暑さが残る場所を拭く。


 そうしてひんやりとした感触で暑さを上書きした後、感触が残っているうちに、着替え用のロッカーに適当にぶん投げた制服を取り出して身に纏い始める。


 服を着る動作は、ボタンを留める以外の動作を感覚に任せてしまった方が早い。夏用ポロシャツの襟元を留めずに放っておくことで着替えを完了させた真白は、適当にカバンに物品を突っ込み、忘れ物チェックだけ丁寧にした後、更衣室を出た。


 そして、材質のせいで若干滑る床の上を小走りで移動して、エントランスの玄関口との接続地点で外履きに履き替えて、外に出る。


 待っている、と言ったニアは、訓練場の外の少しステップが下がったところにいた。特に喋ることもなく行儀よく立っている様は、いつもの快活な様とは違ってかなり映えて見える。玄関口で一人立って待っているニアの姿を見ると、その横に並んで歩き始める。


「そんなに急がなくてもいいのに。のんびり待ってたよ」


「ん、そっか。まぁ別に早く帰るに越したことはないだろ」


「そうだねぇ。明日お休みだし」


「ああ……そう言えばそうだな」


 ニアの嬉しそうな言葉に、真白が素っ気なく返す。とりあえず1日を消費する真白にとって、明日が何の日であるかは、最近割とどうでもいいことだった。


「何か予定とかないの?」


「ないな。何も考えてない」


「えー、つまんないの」


「何を期待したんだよお前は」


 ニアの謎の反応に、真白は反射的に突っ込む。つまらないことは間違いないが、ならば一体どういう答えを期待したのかが気になる。


 そこを気にしたらvs創虹空では負けなことも、分かってはいるのだが。


「そう言うニアは?」


「私はねー……」


 そこで、不自然にニアの言葉が止まる。不思議に思った真白が顔を覗き込むと、


「んふふ、秘密」


「人に聞いといてなんだよ……」


「そっちの方が面白いかなーって」


 いつものニコニコ笑顔とは別種の笑顔を浮かべながらのニアの言葉に、真白はため息をつく。『面白い』で急に会話の流れが変わるのは、彼女と会話する上では避けては通れないのだ。


 感性が若干独特であり、一定以上の友好関係になった人物は、ほぼ確実にこのニアの感性に振り回されることになる。最も長い時間振り回されているであろう真白も、未だにこの感性を見極めることは出来ていない。


「まぁいいや。別に俺の明日が変わるわけじゃないし」


「むー、つれないの。ちょっとは気にしてよ」


「ニアのよく分からんあれはスルーするに限る」


「わぁ、すがすがしいほどほっぽり投げられたー」


 どこか漫才のようなやり取りをしながら、2人は市電の最寄り駅である聖窮西への道を歩く。


 その道中の話題は、次のものへと移ろうとしていた、


「んじゃあ、そっちは私もほっぽり投げちゃうんだけど……。ねぇシロ?」


「なに?」


「シロも、先生に『契約』のこと急かされた?」


「ん? ああ、まぁな」


「……やめてほしいよね、ほんとに」


 そう言うニアの姿は、彼女にしては珍しく悲しげだった。少し驚きつつも、真白は会話を続ける。


「まぁしょうがないだろ。何もせずに卒業しました、って言うんじゃ、色々と不都合ではあるしな」


「そうだけどさ、契約する、って、それこそ私たちにとっては結婚と同じでしょ。だったら、ちゃんと人を選ばないといけないんだし」


 言葉が帯びた少しの愁いに呼応するかのように、お互いの左腕の銀色の腕輪が少し寂しい光を放つ。


 OI体質者と魔女体質者の契約について、鉄脈術の性質上2人が近くにいないといけないために一般社会でいう結婚とほぼイコールになることは、製鉄師養成学園に籍を置く以上はほぼ常識である。


 故に簡単に決められないのだが、それでも、養成学園側は中等部及び高等部が半分過ぎようかという辺りから、未契約者をそれなりに急かし始める。


 中等部時代に経験している2人は、そろそろ来るだろうなと分かっていて、案の定来たことに少しだけ嫌な思いはしてた。


「それは分かってるけど、みんながみんなそういうわけでもないだろ。ニアみたいにしっかり考えてる奴もいれば、ノリと勢いで決めるやつだって、いないわけじゃないだろうしな……」


「それはそうだけど……」


 続けるべき言葉が思いつかないのか、ニアが少し黙る。


 しばしの間沈黙が続いた後で、会話を切り出したのはニアだった。



「シロは契約したいって思わないの?」


「……思うには思う。けど、いいなって思う人もいないし、当分無理だな」


 自分のことを鼻で笑いながら、真白は少し重たくなった空気と共にそう吐き出した。


 一応、契約のタイミングは両親に任されている。契約用に魔鉄器を渡されているため、真白の場合は場所も時間も選ばずに出来るが、それでも、人がいないのであれば宝の持ち腐れだった。


「そういうニアは? ちょくちょくしたいって人いるんだろ?」


「まぁねー」


「なんかその表情腹立つな」


 見せるちょっと自慢げな顔に、ほんの数ミリの苛立ちが湧き出る。それが数秒の時間経過で霧散すると同時に、ニアの表情が真面目そうなものに変わる。


「でも、私もまだしないと思う。いくら急かされてもちゃんと納得して、私がしたいと思った人としたいから」


 珍しく真面目な表情でそういうニア。感性が独特で、集中力にムラがあり優等生とは言えないものの、根本の部分は割としっかりしている。


「もし出来たら、ニアのお父さんどういう顔するだろうな」


「あー……どうだろうね。本当にその時が来たら、多分すっごい顔してそう」


「まぁ、あの人ニア大好きだもんな……。『お前に娘はやらん!』とかテンプレなことやりそうだわ」


 そう言う傍らで、真白は脳内に自らもよく知るニアの父親の顔を想像する。


「でも、シロならすぐオッケー出しそう」


「俺? まぁ、確かに小さいころから見知ってる人間ではあるけど……」


 ニアの言葉を聞いて、真白は納得する。


 幼少期の育ての親である創家の両親であれば、他の人間に比べれば、確かに見知っている真白の方がまだ安全なのだろう。


「うーん……まぁ、いっか」


「ん、なんだよ急に」


「いやさ、別にシロが納得するなら、お休みの間にお父さんやお母さんに相談して、次の学校の日に契約を試しに行ってもいいんだけどさ」


 唐突に発せられた、ニアのその言葉。まさか『契約してもいい』という類の言葉が来るとは思っていなかったこともあり、真白は少しだけ驚いたものの、考える時間はほとんど費やさずに口を開いた。


「……やめとく。今聞いてすぐには決めたくはない」


「うん。シロならそう言うと思った」


 お互いに前を向いて歩きながら、真白とニアはそう口にする。


 長い年月を共に過ごし、お互いを知っているからこその反応だった。


「んじゃあ、今の話はなしってことで」


「軽いな」


「いいんだよ、これくらいあっさりで。お父さんも言ってた。『アイデアを捨てる時は思い切りの方がいい』って」


「作家やってるあの人らしいな」


「うん。本当に言い回しが『The小説家』なんだよね」


 現役の小説家であるニアの父親の言葉に、似た感想が出る2人。


 いつの間にか近くまで来ていた聖窮西の駅のホームが、帰りの人間でごった返す様を見ても、それは同じなのだった。


「……多いな」


「……多いね」

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