第2話 図書室の虹


 午前の授業を難なく終え、聖窮の時間割は昼休みに突入。生徒たちが思い思いに過ごす中で、真白も教室にきた友人と昼食を取り、その後は残りの時間を思い思いに過ごすべく解散。



 自由に体を動かせない真白にとって、休憩時間にやることは限られている。


 昔は休憩時間すらもリハビリのようなトレーニングをしなければ歩くことすらままならない時期もあったが、人間としての普通の生活をする分には問題ない今は、割と自由気ままに過ごしている。


 とはいえ、遊びで体を動かすようなことはあまりしなくなった。


 訓練場でダミーボット相手に射撃訓練をするか、同じく訓練場で体術の特訓を自律式ダミーボットとするか、図書室でゆっくり本を読むか。聖窮にいる間は、ほぼ3択だ。



 今日の真白はその3つ目の選択肢を選び、高校棟1階にある図書室に来ていた。


 中等部からの生徒も立ち寄りやすいようにと配慮されているのか、渡り廊下のすぐ横に存在するそこは、真白と同じように静かな空間で本を読みに来た生徒が数人程いる。


 中等部時代から何度か来ていたここに、高等部になってからはそれなりに入り浸りになり、いつの間にか図書室の司書をしている先生とも顔馴染みになっていた。



 図書室に入った後、真白は基本的にすぐ左に曲がり、そのまま適当な席を確保する。持ち物があれば机の上に置いておき、時間が許す限りか、気が済むまで本を読む。だいたいの場合時間が許す限りになってしまい、心惜しさを少しだけ内に秘めながら1人で教室に戻る――というところまでが、三鏡真白の図書室ルーティンだった。



 だが、図書室に入る前に、部分的にガラス張りになっていて見える内部の様子で、今日はそうならない例外の日であることを把握する。


 真白のルーティンが綺麗に崩れる要素が、この図書室に1つだけあるのだ。



――まぁ毎度、綺麗に笑顔を作るなあいつ



 図書室に入った真白の視線の先――図書室の本の貸し借りを行うためのカウンター席で隔てられた空間に、1人の少女が座っている。


 聖窮の女子制服である袴姿が、似合っているようで似合わない。癖っ毛な銀髪に加え、ただでさえ幼く見える姿に拍車をかけた、大きな目とニッコリ笑顔。様々な要因が絡み合ってそう思わせるのであろうと、真白は何となく思っていた。



 そんな彼女の名前は創 虹空つくりにあ。愛称ニア。真白にとって一番古い付き合いの友人である彼女も、魔女体質であることからこの聖窮に一緒に入学した。



 魔女体質になると皆成長が早くに止まり始め、髪が銀色を帯びる。ヨーロッパ系と日本人のハーフであるニアは、元々淡い金髪だったのが、成長が止まり始めたあたりからまるで色素が抜け落ちたように銀色へと変わっていった。


 当時の本人は『色落ち見たいでやだーーー!!』と言っていたのだが、これはこれで似合っているんじゃね? という感想は、今日まで持っている。


 いつだったか当の本人にそれを言うとまんざらでもなさそうだったことも、記憶の中に欠片は残っている。



――めっちゃうずうずしてるな、あいつ


 カウンターの向こうに見えるじっとしていられない様子が、少しだけおかしい。それが明らかに喋りたいときの仕草であることはだいたいの友人にバレているので、付き合いの長い真白は当然知っている。それだけではなくお互いの癖も、好みも、得意苦手も――だいたいのことは、お互いの間では隠しごとにすらならない。



 何故なら、ニアと真白は保育園に入る前からお互いを知っているからだ。真白を生んで数年後に前線に戻ってしまった真白の両親に代わり、真白が面倒を見てもらっていたのがニアの両親である。そのこともあり、真白とニアの好みは、割と似通っているところが多い。



 真白の両親が完全に前線を退き、生活の基盤が変わった今では、三鏡家が引っ越ししたせいで以前ほど関わりがあるわけではないものの、なんだかんだで付き合いが続いている。聖窮の高等部に進学してからはほとんどないが、お互いの家に家族ぐるみで訪問して遊ぶこともあった。


 聞けば真白の両親とニアの両親が古くからの知り合いらしく、真白がニアの家に預けられたのもその縁だという。



 そんな縁が今日まで続くニアと真白。観察と称して長い時間見続けていると本と向き合う時間がなくなってしまうと思った真白は、本棚の間を抜けて読書スペースに向かい、道中の本棚から適当に本を取る。



 ニアがいる時に座る位置は、ほぼ確実に空いている、必ず貸し借りカウンターにいるニアからあえて見える席である。


 その理由は、隠れているとニアがカウンターの役割を他の人に代わってもらってこっちに来てしまうからだった。


 こうして図書室によく来るようになってすぐの頃は、図書室で鉢合わせると毎度見えない位置に座っていたのだが、毎回磁石に吸い寄せられる鉄のようにニアがすいっと来てしまうので、他の図書委員に迷惑になると考えてからはあえて見えるような位置にしていた。



 そのこともあってか、今ではあまり来ない。カウンターの向こう側から、もう一枚間に挟んだ壁の、ガラス窓を通して覗いているのだろう。


 これならある程度安心して本を読み、中身に没頭することが出来る――



 と、真白は思っていたのだが。


 適当に選んだ小説をやや流し気味に読み始めて数分後、背中側に感じた気配に、真白は振り向くことなく小さめの声を投げる。


「仕事は?」


「変わってもらった」


「おい」


 突っ込みの声を小さめに発しながら身体を起こして振り向くと、目の前にニアのニコニコ笑顔があった。


 その屈託のない笑顔を間近で見て、またやったなこいつは……という感情で鼻を鳴らす。


「次こそ先生に怒られても知らんぞ」


 そう言い捨てた真白は、ニアとやりとりする前の、椅子の上でだらけたような姿勢に戻る。


 明らかに姿勢が悪いと注意されそうな姿勢なのだが、真白の場合、普通に本を持って読んでしまうと、その本が自分の体と同じようにずれてしまい、文字をまともに読めなくなる。


 本に限らず、『三鏡真白が身に着けている/持っている』という判定を受けた物体は、真白自身の身体と同じ扱いになってしまうらしく、真白の視界では時折ぶれて見えてしまうのだ。


 そのことを図書室に常駐する先生に伝えており、一定の理解を得ているため、この姿勢をしても注意をしにこない。それどころか、図書室に来すぎているせいなのか、図書委員やよく来る生徒ですら、真白は注意されたことがなかった。



 当然、真白のOWについても知っているニアも注意することはない。むしろ、仕事をサボり、真白の隣で同じ本を一緒に読んでいるニアの方が今は注意対象である。


 明らかにすぐに引き戻されてもおかしくないことをしているのだが、何故毎度の如く委員会の業務を放り投げても許されているような様相があることに、真白には理解に苦しんでいた。



 別に妨害行為をするわけでもない以上、追い返す必要性は、業務放棄に目をつぶればない。ひとまずニアを放っておきながら読書にふけっていると、しばらくしてから、ニアが移動する音が背後でする。



 それから少しして、静かな図書室に、声が響き渡る。



『あと少しで休憩時間が終わります。貸し借り等がまだの人はお早めにお願いします』



 その声の主は、先ほどまで後ろにいたニアだった。普段の話し声とは違う凛とした声をきっかけに、何人かの生徒が貸し借りカウンターに移動する。


 一方で、真白のように本を読んでいるだけの生徒は、時間ギリギリまで活字を追い続ける。


 そして、休憩時間の終わりを告げる鐘の音が鳴る。その鐘の音と同時に本を本棚に収め、真白はそそくさと図書室を出ていく。



 その数十秒後、少し遅れてニアが出てくる。真白のすぐ横について、2人は上の階への階段を昇っていた。


「ニア、また図書委員サボったろ」


「いいもん。先生にも当番の子にも許可取ったから」


「そういう問題じゃないだろ」


「許可取れなかったら大人しくしてるし、何の問題もないじゃん」


「はぁ……成績下げられても知らないぞ」


「うちのお父さんとお母さん、ゆるーっとしてるから大丈夫だよ」


「じゃあ、赤点とって成績ヤバいって泣きついてきても今度は知らんからな」


「んー、それとこれとはぁ、ちょっと事情がー」


「知らん」


 長いやりとりの末に真白が3文字で突っぱねると、ニアが口を結んで不服そうな表情になる。


「一緒に卒業するって約束したじゃんかぁ」


「じゃあちょっと自重しろよ」


 身長差とやりとりの雰囲気もあり、兄妹の言い合いに近い状態になる、ニアと真白のやりとり。このような喧嘩にならない程度の言い争いをした時、だいたい負けるのはニアの方だった。


 理由は非常に簡単で、ニアが感情由来なのに対して、真白が常識的な部分で言い合うために最終的にニアが反論するのをやめるからだった。


「しょうがないじゃん。私の集中力、興味とほぼイコールなんだからさ」


「知ってる。目の前にアメちゃん釣り下げないと勉強しないのもセットで」


「よくお分かりで」


「何年付き合いがあると思ってる」


「うーん、人生の4分の3くらい?」


「多分そう。いやそうじゃなくて」


 皮肉を込めていった言葉に対して、ニアから割と正確な回答が返されたことで、真白の言葉が前後で矛盾してしまう。


 視線を逸らし、一つため息をついて、


「とりあえず、午後の授業頑張ってくれ」


 そう返すと共に、ニアから離れるような形で教室へ向かう。


 2人が使用するホームルーム教室は廊下を挟んで反対に位置するため、今いる分岐路が、道が同じになる最後の場所だ。


「あーい。んじゃまたねー」


「ん、またな」


 そうしてお互いのホームルーム教室に戻り、午後の授業をこなした後は、何事もなく放課後、そして一日の終わりへと向かっていくのだった。

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ユア・ブラッド・マイン Prismatic Resolution 一考真之 @KZM-Fourth

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