掃討①



凛真と奈々美は、外の警備が厳重な安全地帯を抜けて、少しずつ辺境の森へと向かっていった。途中、凛真はこの世界の異常さを肌で感じ取る。かつての日本とは明らかに異なる景色、空気、そしてその雰囲気に包まれた森。すべてがどこか狂っている。


「ここから先が、モンスターが巣を作っている場所よ」


奈々美が静かに指を差し示す先には、ひときわ黒い木々が集まり、陰鬱な雰囲気が漂っていた。その場所には異様な気配が立ち込めており、凛真はその空気を一息で感じ取った。


「確かに、普通じゃないな」


凛真は冷徹な目で周囲を見渡す。かつて異世界で魔王として君臨していた彼の目には、些細な変化も見逃すことはなかった。その経験から、ここがどれだけ危険な場所かを理解するのに時間はかからなかった。


「この辺りには、グールやゴブリンが出没することが多いわ。どちらも群れを作って、周囲を荒らしている」


奈々美の説明を聞きながら、凛真は短く頷いた。やはり、かつての魔王としての感覚が頼りになる。ゴブリンやグールのような低級なモンスターは、少し手を加えればすぐに片付けられるだろう。だが、それでも油断はできない。


「行こう、早く片付けてここを安全にしよう」


凛真がそう言うと、奈々美は静かに頷き、手に持っていた長槍を握り直した。二人は、慎重に森の中を進んでいく。道中、凛真はふと立ち止まり、何かを感じ取ったように顔を上げる。


「来る」


その言葉に、奈々美の体が一瞬で緊張を走らせた。警戒し、槍を構え直す彼女の前に、ひときわ大きな影が現れた。それは、恐ろしい足音とともに、茂みの中から現れた。


「グ、グールの群れか!」


奈々美の声に、凛真は冷静に目を凝らす。だが、彼が確認したのは、群れではなく、一匹の巨体を持ったグールだった。それも、普通のグールとは一線を画す異常な存在だった。


「…ただのグールじゃないな。あれは、強化された個体だ」


「強化…?どうしてそんなものが?」


「この世界、魔力が失われたと言われているが、それでもまだ何かしらの力が残っているのか。あれは、ただのモンスターではない。おそらく、異常な環境で生まれた存在だ」


凛真の言葉に、奈々美は納得したように息を飲む。彼女の目にも、そのグールの異常さが映ったのだろう。


「そうか…なら、私も手伝うわ」


「心配するな、俺がやる」


そう言って、凛真は素早く前に出ると、その場で立ち止まり、深く息を吸い込んだ。次の瞬間、彼はまるでその場から消えたかのように、グールの前に現れた。


その速度に、奈々美は思わず目を見開く。まさかこんなにも速く動けるとは。だが、グールもその異常な力で反応し、巨大な爪を振り下ろした。


だが、凛真の反応はさらに素早い。爪が目の前で振り下ろされると同時に、彼はその爪を軽くかわし、空いた隙間に鋭い一撃を放った。彼の手に握られていたのは、魔力を込めたただの素手の一撃。しかし、その力は異世界で魔王として君臨していた力そのものであり、グールの巨大な体を一撃で貫通させた。


「…速い、強い…」


奈々美はその光景に驚嘆し、思わず声を漏らした。あっという間に倒されたグールの体が地面に倒れ、その巨大な存在感が一瞬で消え去った。


「これで終わりだ」


凛真は静かに言うと、グールの倒れた体から距離を取った。その言葉通り、周囲に現れることもなく、次々と出現するモンスターの姿もなく、静かな森が戻ってきた。


「すごい…。あんなに簡単に倒すなんて」


奈々美は目を見開き、信じられない様子で凛真を見つめていた。その目には、ただの旅人ではない、別格の存在が映っていた。


「まあ、あれくらいはね。俺にとっては日常的なことだ」


凛真はあっさりと答え、手に握った血の付いた手を軽く振った。彼の余裕ある態度に、奈々美はさらにその実力に驚き、感謝の意を込めて頭を下げた。


「本当にありがとう。あなたがいなければ、この安全地帯も危なかった」


「いや、俺がやったのはただの通り道を清掃しただけだ。それよりも、この先どうする?」


凛真の問いかけに、奈々美は一瞬思案するような顔をした後、静かに答えた。


「この先にある他の巣も同様に片付けていかないと。周囲のモンスターの活動を止めなければ、この安全地帯の維持もできないから」


「わかった。ならば、先に進もう」


二人は再び歩みを進め、次の巣へと向かうのだった。

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