第二話 闇の世界へ

「降って湧いた幸運とは正にこのことだぞ、軌光!」


「ああ、とんでもないことだぜ! 俺は正直、ほら、頭も悪いしエスティオン入りは半分諦めてたんだが……まさかこんな機会が巡ってくるなんてな! 学校様々だぜ!」


 いつもの何倍も元気よく、頬が紅潮するほどに興奮した様子で話しながら、二人は帰路を辿っていた。

 まだまだ先になるだろうと思っていた、エスティオンに加入するという未来……早ければ、今日中にも叶うかもしれないのだ。こんなにも興奮することは他にない!


「マジで楽しみ……っと、なあ絆、ちょっといいか」


「……雰囲気が台無しだ。僕としては、あまり関わらないで欲しいんだけど? 見てみろ……どうせ長くない」


「それでも、だ。誰かの手を差し伸べることに意味がある」


 瓦礫の影に、一人の子供が横たわっていた。エスティオンからの食料配給は、つい最近あったはずだが……見た感じ、余裕のない大人たちに奪われたのだろう……

 悲しい。何度見ても慣れない景色だが……仕方ない。


「いいか、言葉をかけるだけだ。何度も言っているがな」


「分かってるよ……最期ぐらい、幸せになって欲しいんだ」


 虚空を掴むようにして伸びた手を、軌光がそっと握る。一瞬ビクリと震えた手が、弱々しく握り返してきた。

 子供でも分かるような、簡単な言葉を並べる。返答はないが、それでも語りかけ続ける。弱々しい拍動が、やがて止まってしまうまで……何度でも。言葉を絶やすことはない。

 数分も経っていない。子供は息を引き取った。


「……行こう。この子の食われるとこは……見たくない」


「同感だ……早く、少佐が来るまでに帰ろう」


 軌光の背中を押して歩き始める。この世界で死んだ人間は、数分も経たずに同じ人間によって食われる。

 食料が足りなさすぎる。こんな現実、あってはならない。

 軌光たちは、エスティオンに入って世界を救う想いを改めて胸に刻みながら、足早に居住区へと向かった。


 ――――――


「ここが君たちの居住区か。中々良い場所だ」


「ありがとうございます……二人で頑張って生きてます」


「友がいるのは良いことだ。大事にするように」


 数少ない、まだ柔らかさを感じられる布を少佐に差し出して、自分たちは冷たい床に直に座っている。

 少佐が訪れたのは、放課から随分と経った夜だった。一瞬忘れられたのではないかとも思ったが、ちゃんとやって来てくれて安心した……何故か、武装した部下も引き連れて。


「さて、本題に入ろう。君たちがエスティオンに入り、世界の脅威と戦うために……神器が必要なのは分かるね?」


「それはもう。神器なくして、戦いは始まりません」


 絆の返答に、少佐は満足げに頷いた。

 神器とは……端的に言うならば、武器だ。特定の波長を持った、選ばれし者のみが使える武器……装備者の身体能力を向上させ、ものによっては特殊な能力まで保有する。


「実はな、あの教室で全員分の適性検査は終わらせてある。君たちは無事に合格だ、エスティオンに加入出来るぞ!」


「ま、マジですか! ヤッベ、興奮してきた!」


「お、おい軌光! 落ち着け! あまり醜態を……」


「はは、良い良い。興奮するのも仕方のない話だよこれは」


 軌光をシバき回しながら、優しく微笑みかけてくれる少佐に絆も笑みを返した。軌光にはヘッドロックがよく効く。

 少佐の胸ポケットに光る紅い宝石……確か、エスティオンの幹部全員に与えられる、神器【アンタレス】だったか。役割は様々だが、少佐に与えられているのは神器の適性を見抜く能力を持ったアンタレスのようだ。


「実はね、君たちにはもう特別に神器を用意してある。まずは焔緋君から始めようか……さあ、手を出して」


「うっひょ〜! 悪いな絆、一足先に行かせてもらうぜ!」


 澄まし顔の絆だが、喉から悔しげな呻き声が漏れるのを、軌光は聞き逃さなかった。あれほど強く、エスティオン入りを望んでいた絆のことだ……さぞ悔しかろう。

 ニコニコで両腕を突き出す軌光。異変はその時起こった。


「少佐。それでは手筈通りに進まさせていただきます」


「うむ。焔緋少年は、私が担当する。そちらの傍虎少年はお前たちが確実に、絶対に適合させることだ。良いな?」


「了解しました! それでは任務を開始します!」


 絶対に逃がさない、というような意志を感じる腕の掴み方だ。軌光の両腕は少佐に完全にロックされ、また彼の連れてきた部下は、絆を厳重に拘束して担ぎ上げた。

 理解が追いつかない。頭の回転が早い絆は、いち早く異変に気付いて暴れたが……数人の大人には敵わない。腹を殴られて気絶させられ、無抵抗でどこかに連れていかれた。


「少佐さん……こりゃ一体、どういうことだい?」


「すまないね。斥腐せきふ様からのご命令なんだ」


 少佐が、背負っていた鞄から一対の神器を取り出した。巨大な、燃え盛るような意匠の腕の形をした神器。

 少佐は、目にも留まらぬ速度でそれを軌光の両腕に強制的に装着した。絆に危害を加えた時点で彼らへの信用を失っていた軌光は、すぐに外そうとする……が。


 (なんだ? 体が……燃えるように熱い)


「別々に適合させるように。さもないと、連鎖暴走反応により取り返しのない被害が生まれることになる……と」


 ドクン。心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 体中を侵食していく熱が、意識をも奪っていく。視界が朧気になり、少佐の姿も見えなくなっていき……

 やがて、完全なる闇の世界へ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月7日 16:03

滅びの星の神使い〜最終逆転世界 Last Reverse〜 @Luaden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画