滅びの星の神使い〜最終逆転世界 Last Reverse〜

@Luaden

第一話 星々の覚醒

 その日、太陽は人を棄てた。


 ――――――

 

 一陣の風が巻き起こった。灰色の大地を荒々しく撫でたそれは、目障りなコンクリートの砂煙を舞い上がらせる。

 文明の残滓は最早消え失せ、残された形だけの建造物が物悲しく過去を語る。人々は、そこに新たな文明を築きつつあった……西暦という概念が消え失せて久しい時である。

 灰と煤、絶望と死に塗れたこの瓦礫の街が……人類最後の生存圏であり、またかつての名を【東京】というのだということを、過去の人に語ったところで……誰が信じるのだろうか。今や栄華はなく、滅ぼされた炎の痕が残る。


「よう絆。今日は出るのが遅かったなあ。寝坊助かあ?」


「うるさいな……調子に乗るなよ、軌光」


 この世界における【人】は、布かどうかの判別も怪しい襤褸ぼろを身に纏い、瓦礫に背を預ける者を言う。しかしその中にあって、彼らの様相は異質極まるものだ。

 かつて、まだ人類が栄華を誇っていた時代。その頃であれば、【制服】と呼ばれたものを着て、【学校】と呼ばれる場所に通う若い人間。彼らは、かつてと同じ【学生】と呼ばれる……この荒廃した世界に残る、唯一の希望である。


「へへっ、お前と登校時間が合うなんて珍しいからな」

「合わせてやったんだ……色々指導しようと思ってな」


 茶髪にギザっ歯、着崩した制服の良く似合う青年。元気のいい彼は、【焔緋軌光ほむらびきこう】という名を持つ青年だ。

 対して、軌光の言葉を煩わしく感じながらも、どこか楽しげな様子で言葉を返す青年……短く揃えた短髪と眼鏡が特徴的な彼は、【傍虎絆ぼうこきずな】という名を持つ。


「まず、今日はちゃんと制服を着ろ。エスティオンから少佐が見に来るんだぞ。悪印象を持たれたくはない」


「エスティオンって、あのエスティオンか? はー、見に来るとかあるんだな。しゃーねえ、今日は整えてやるか」


「頼むよ。これには僕の未来がかかってるんだから」


「んな大袈裟な……心配しなくともおまえなら入れるよ」


 ボタンを外して袖をまくって……そんなだらしのない軌光の格好を、絆が隅々まで指摘していく。普段なら黙って見過ごしていることだが、今日ばっかりは見過ごせない。

 総合組織エスティオン……その下級幹部に合う日なのだから。これ以上に大事な日は、そうそう訪れない。


「ほら、ちゃんと自分の席に着く。鞄は机の横だ。教本とノートをちゃんと広げて、頼むから寝てくれるなよ」


「最後のは約束出来ねぇが、他のは任せてくれ」


 学校に到着し、他のクラスメイトと会話を交わしながら席に着く。いつもは取り出しもしない教本とノートを、ガタガタの机の上に置いて……教師が訪れるのを待った。


「よしお前ら、揃ってるな。知っての通り今日は……」


「私が! エスティオン神器適正保有者捜索科所属の……名前は、今はいい。階級は少佐、それだけ覚えていたまえ!」


 申し訳程度の扉が備え付けられた教室。ガラガラと立て付けの悪い扉を開けて、教師が入室すると同時……ビシッとした軍服を着こなした、ちょび髭の男が声を張り上げた。

 エスティオン……この地平に生き、その名を知らぬ者はいない大組織。この世界のほとんどの人間を支援し、人々を脅威から守る大組織だ。学校という設備も概念も、せめて若い者たちが若い者らしく生きるために作ったものだ。


「諸君。我々人類の文明が、あの忌まわしき【魔神獣まじんじゅう】に滅ぼされて久しい。人類がこの世界を取り戻すために戦うことに……興味のある者はこの中にいるか?」


 横に立って、顰めっ面をしている教師を見るに……これは少佐の暴走なのだろう。よくよく考えて、今日はただの視察だったはずなのに……主導権を握っていることがおかしい。

 だが、軌光と絆にとってこれは大チャンスだった。何しろ二人とも、将来の夢はエスティオンに入ることなのだ。


 (おい絆、これは……思わぬ近道かもしれないぜ!)


 (ああ、その通りだ……! 遂にこの時が来たぞ……!)


 二人が、その理由を共有したことはない。

 ただ、少佐の言った通り……世界は魔神獣という怪物に滅ぼされた。もう何百年も前のことだ。人々は、希望の見えない日々に絶望し、苦しみ、それでも生きている。

 少なくとも軌光は、彼らを救いたかった。笑って生きて、会話出来るような世界を……作ってみたかった。

 視線を交わし、勢いよく挙手する。驚きからか、他に手を挙げる者はいなかった……軌光たちはにやりと笑った。


「ふむ……勢いがあってよろしい。君たちの居住区を教えなさい、放課後に訪問するとしよう。楽しみにしていたまえ」


 流石に、ここで話を進めるつもりはないようだ。

 教師から軌光たちの居住区を聞き出し、少佐は手を振りながら去っていった。すぐに教師による授業が始まったが……軌光たちは、今後のことで頭がいっぱいで、何も聞いていなかった。その視察の不自然な短さに気付くこともない。

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