005 最強の下級生(ルルフェリア視点)

 私の名前はルルフェリア・ホープ。


 大きな災厄から英雄達に世界は救われ、2年が経ち新たな侵略者魔人サティロスが世界を脅かしていた。


 魔人には通常の攻撃では効果が薄く、魔の因子が遺伝子に先天的に備わってる英雄でなければ倒せないと言われてきた。


 だけど今は武装にその魔の因子を入れることが出来るようになり、どんな人でも魔人に対抗できるようになった。

 しかしそれも才覚によると言う。なのでその才覚を伸ばす学校がこのアルティニア戦争学園だ。

 私も先の災厄によって友達を無くし、自分に魔の因子を扱う武器を使える素養があると言われて、もう悲しむ人を見たくないと思い、この学園に入学した。


 でも現実は甘くなかった。

 素養があっても実力が無かったのだ。

 どうやら私は学園随一の魔力量を誇るらしい。でもそれを扱う才能がなくて、あっという間に落ちこぼれが集まると言われる戦奴スレイブクラスに入ることになった。

 それでもいい。ここで学べば地元に帰った時、友達や家族を守ることができる。

 2年前、無力だった自分を変えることが出来れば……。


 ◇◇◇


「お、おまえ……上級生に向かって」

「うるさい! 雑魚が俺に指図するんじゃない」


 それは衝撃の光景だった。

 三人の上級生に詰め寄られた男の子はあっという間にその三人を組み伏せてしまったのだ。

 彼の名前はジャック・ナイトメア。

 私と同じ学園の下級生で入学時に行った序列を決めるシングル戦で1位を取った生徒だった。


 あの模擬戦は仕組まれているという噂がある。平民よりも貴族の方が魔法を使う、才覚も能力も上なので大半の貴族生徒は総合的に強い貴種ノーブルクラスに配属される。


 物理戦闘に秀でた生徒が所属する騎士ナイトクラス。魔法戦闘に秀でた生徒は魔道士ウイザードクラスへ配属される。


 私みたいに一芸特化で他の能力が基準以下だと戦奴スレイブクラスに行かされるのだ。模擬戦も一回戦負けだったし。


 でもジャックさんは違う。平民でありながら貴族生徒を軒並み倒し、上級生の高位に匹敵すると言われるジュリア・ライトニングさんに決勝戦で勝ってしまったのだ。

 まさしくジャックさんは天才だった。

 だけど……彼の性格は大きく歪んでいた。


 さっきみたいに上級生に絡まれ反抗するのは日常茶飯事で、上級生の教官にも刃向かって罰則を何度も受けているらしい。

 暴言は当たり前。本当に暴れ回っていたとか。

 それでも下級生主席ゆえに許されているとか。


 彼の存在がとても怖かった。

 どうして狂犬みたいな人に才能があって、私に何もないのだろうと。

 私が彼にみたいな才能だったらきっと人々のためにと思っていたのに、ジャック・ナイトメアは自分のためだけに力を使っているそうじゃないか。


 ただ強くなるため弱者を蹂躙する。そんなの魔人と同じだ。

 だからもしジャック・ナイトメアが私に対して高圧的な態度で暴言を吐いてきたら……絶対に屈しない。


 そう思っていた矢先の朝。

 いつも雑用を押しつけられる戦奴スレイブクラスの私達は校内の清掃を行っていた。

 同級生とたわいない話をしながらのんびりと過ごしていたのだ。

 戦奴クラスにも序列があって、トップ層は正直、騎士ナイトクラスや魔道士ウイザードの生徒にも匹敵する実力を持っている。


 だから私のような魔力量だけで何にもできない生徒達は同じくらいの子とつるむことも多い。

 今日も仲良しのクラリッサちゃんとお喋りしながら掃除していたのだ。


「じゃあゴミを向こうに持っていくね」

「うん、お願い」


 ゴミ捨てをクラちゃんにお願いして、私は空を見上げる。

 晴れていてとても気持ちが良い朝だ。学園にはバリアが張られており、魔人や魔獣の進行を防ぐ役割を持つ。

 このバリアを至る所に張ることができればみんな安全に暮らすことができるのかな。


 ばりっ。

 とても嫌な音が聞こえた。


「ひ、ひぃぃぃ、魔人がバリアを破ろうとしているぞ!」


 同級生の声の方を向くと2体の魔人サティロスが今にもバリアを破ろうとしていた。

 無敵のはずのバリアが今にも破られようとしている。

 私は大声を出して避難の誘導を示した。


 でもそうしている内にバリアは破られ、2体の魔人サティロスが学園に侵入、その攻撃で表に出ていた戦奴スレイブクラスの生徒の悲鳴が上がる。


 そして私にも魔人の攻撃の余波が迫っていた。

 崩れた校舎の一部が私に降り注ごうとしていたのだ。


 あ、これ絶対死んだ……。頑張ってと送り出してくれたお母さん……ごめんなさい!


「はあああああぁぁぁぁ!」

 

 力強い声と共に降り注いだ瓦礫から男の子が私を庇ってくれたのだ。

 それは黒髪で赤目で端正な顔立ちの男の子。下級生の中で一番の有名人であるジャック・ナイトメアだった。


(ノロマが! 戦えない奴がこの学園に来てんじゃねぇ。消えろ!)


 何かフラッシュバックだろうか。そんなセリフを言われるような気がした。

 だから同じことを言われたら思いっきり言い返そうと思ったんだ。

 だけどジャックさんはにこりと笑った。


「君を助けに来た」

「え?」

「君は俺にとって希望の光になる子なんだ!」


 私が希望の光? 何を言ってるの?

 本当にこの人はあのジャック・ナイトメアなんだろうか。

 暴虐武人でみんなから嫌われてる狂犬……。

 でも助けてくれたんだからお礼を言わなきゃ。


「た、助けてくれてありがとうございます。あなたは貴種ノーブルクラスのジャックさんなんですよね?」


「ああ、だが話は後だ」


 ジャックさんは凄い動きで魔人をあっという間に倒してしまった。

 戦力差で人類は分が悪いはずなのにダブルセイバーを使いこなしている。

 あれが下級生主席に与えられた魔人に特攻効果のある最新型武装兵器。あんなに使いこなすなんて。


 ジャックさんは振り返る。その端正な顔立ちと優しげな笑みにドキリとする。

 故郷の家族や友達を守りたいと思ってこの学園に来たから強い人に憧れがある。


「怪我はないか」

「はい! 助けてくれてありがとうございます。もうダメかと思いました」


 まだ怖かったけど……助けてくれたジャックさんのために精一杯の笑顔を作った。


「君が無事で良かった」


 ジャックさんは笑う。その姿にドキリとする。

 そんな顔で見つめられたら照れちゃうよ!


 うぅ、話題を変えよう。


「……えっと、ジャックさんって凄く怖いイメージがあったんですけど、優しい人だったんですね! 憧れます!」

「……」


 ジャックさんは何も答えなかった。

 そうか。ここでそうだと頷いてしまうと今までの狂犬のイメージが覆されると思ったのかも。

 そうなるとジャックさんの今までの行動は全てフェイク!? 本当は優しいのにあえて嫌われるように振る舞っていることになる。


 どうしてそんなことを……。うんうん、私が聞いても教えてくれないだろう。

 きっとこの人は凄い覚悟でこの学園に来たに違いないのだから。


 この後は上級教官に刃向かったこともあり、ジャックさんは懲罰委員会へと運ばれてしまった。


 私は特におとがめ無く戦奴スレイブクラスの教室へ戻る。


「ルルちゃん、大丈夫だった!?」


 友達のクラリッサ……クラちゃんが泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

 クラちゃんはゴミ捨てに行ってくれてたから難を逃れたんだ。犠牲になった生徒もいたけど、友達が助かったのは不幸中の幸いだ。


「大丈夫です! 私は元気ですから」

「本当に良かった……。それより大変かも! あの狂犬が戦奴スレイブクラスに来るらしいの」

「ジャックさんが!?」


 クラスの話題はそれで持ちきりだった。


「よりによってなんで戦奴スレイブクラスなんだよ。あいつ、血も涙もない性格なんだろ。それでめちゃくちゃ強い」

「俺達のことだってきっとゴミみたいに扱うんだろうぜ」

「来てほしくないよぉ」


 ジャックさんの評価は散々だ。私も最初は同じことを思っていた。

 でもきっとそれは真実じゃない。私だけがジャックさんの本当の笑顔を知っている。

 あの凜々しくも格好いい……それこど本当にヒーローのような人なんだ。

 そしてジャックさんが教室にやってきた。

 みんなが不信の目をジャックさんに向けている。

 ジャックさんもやっぱり嫌だよね、こんな雰囲気。


「……しばらく世話になる」


 自己紹介のジャックさんの言葉に私は机を叩いて立ち上がる。


「は~い! 一緒に頑張りましょう」


 ぴょんぴょん跳ねてアピールすることにした。

 ジャックさんの味方はここにいます! ここにいるんです。

 そんな私のアピールにジャックさんは気付いたようだ。

 私を見てにやりと笑う。

 ジャックさん、あなたの凄さは私がいっぱい伝えますからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る