第10話 蝶乃の依頼

 夜、街灯が街を照らすのとは対極に、路地裏には1つとして光源がなく、暗闇に近い。わずかに通りから入る光を頼りとする暗い小道に彼女がいた。


「さて、早速計画を始めちゃおっかな」


 依頼、ラクシ8世の暗殺。現在ターゲットの屋敷付近の路地裏。


「暗殺方法はどうするのだ?」


「そうだね、警備は比較的甘めだし、家の中に侵入、直接殺害、おおよそはこんな感じでいいかな」


「仕事が早いな」


「もしかしたらこの後もまた依頼を頼まれる可能性があるからね。同じ夜に同じ暗殺を10回はできるようにって教わってきたからさ」


「なるほど。確かにその通りだ」


「じゃあ一応、今回の暗殺の内容を伝えとくね」


 今回の暗殺は遠距離狙撃ではなく、直接暗殺。相手が実力派である時、狙撃だと上手く隠れられたり、防がれてしまうかもしれないからね。時間制限もある今夜の暗殺なら、部屋に侵入し殺害が1番手っ取り早い。

 屋敷を見た感じ、3階のもっとも端の部屋がラクシ8世の部屋と思われる。窓があるので、そこから一気に侵入でいいかも。


「ふぅ…」


 私は軽く目を瞑り、リラックスをする。


「それでは、作戦を決行する」


「!?」


(蜜奈の口調が…変わった…?)


 そんな万妖麗寿の視線を気にせず、部屋の下辺りにある庭に侵入する。


「7.5メートル頭上、ターゲット。位置把握。暗殺を施行する」


 高く飛び跳ね、窓を破壊する。音が出ると警備が集まってくるから、音を立てないよう、三角に切り取り、割れないように蹴り飛ばす。


「随分とまあ、豪快な侵入ですね」


 ベッドに座り、1人ワインを嗜む男。4~50歳と思われる顔つきに、細い体。間違いない、コイツが今回のターゲット、ラクシ8世だろう。


「やっぱり気づいてたんだね」


「ほう、逆に私が勘づいていることに気がついてましたか。まあでも、占いで今日が命日の可能性があると言われ、警戒してたまでですよ」


「占いとは、良い嗜みをしてらっしゃることで」


「ふっふっふ、ありがとう」


「それにしても、なぜここまで部屋が手薄なんだい?」


「私は部屋には誰も入れたくないのですよ。床が汚れてしまいますから」


 確かにこの部屋は何もかもが几帳面に整っている。赤くシミのついていないカーペット、しわの見当たらない大きなベッド、わずか1本の火のついたろうそく。誰も入れたくないのも納得の美しい出来栄えである。


「それに…」


 ラクシ8世が床にあった3メートルほどの鎖を手に持つ。


「その辺の暗殺者なら、私の手直々に殺す事など容易いのですから!」


 鎖を私に向かって振ってくる。私は万妖麗寿で難なく弾く。


「おっと、初見殺しのつもりで襲ったのですが…。なかなかやりますね、あなた」


「どうせ無駄な抵抗になるんだからそんな鎖、その辺に捨てちゃいなよ」


「そんな訳にはいきませんね」


「まあそりゃそうだよね。ってことで、茶番はここで終わりだよ」


 私は瞬間的に間合いを詰める。首を一太刀で狙える距離だ。だが、


「残念でした!」


 奴が懐に隠していたナイフを取り出し、私の頭を切り付けようとしてくる。

 だがそれも想定の範囲内、これも万妖麗寿で弾く。ナイフを握っていたほうの腕が上に大きく揺さぶられ、隙ができると感じたラクシ8世はすかさず距離をとる。


「ふん。まあまあやりますね」


「まあね。親の教育かな?」


「ふむ。それは私に過去息子がいた事を知っての挑発かな?」


「まさかそんな。たまたまだよ」


 ラクシ8世は黙りこくり、こちらを睨む。


「それに、君の家族事情なんか、1ミリも興味無いね」


「ほざけ!!お遊びは終わりだ!!」


 敬語がなくなった。相当動揺したと見た。


「それはこっちのセリフだよ」


 私は馬鹿正直にまっすぐ詰めてくるラクシ8世へ一太刀。


 〈紺の術〉其の十三 来疾くると


 一瞬の間に繰り出される、居合切り。

 ラクシ8世の頭と胴体が分断される。


「口ほどもないのに警備つけないからこんな事になるんだよ。…まあいい。」


 刀を左、右へ振り、回してから納刀。

 私はラクシ8世の事などなかったように部屋を出る。


「依頼完了」


 部屋を出、近くの路地裏に入ると例の小鳥がいた。


「ゴクロウデアッタナ、ミツナ。スマナイガ、カタハカラジカンガアレバモウヒトツイライヲタノミタイトオモウノダガ、トノコトダ」


 予想通り、お父さんからまたもう1つ、依頼を頼まれる事になった。


「想定済み。受諾しよう」


「リョウカイ。ツギノアンサツタイショウハ″雨村あめむろ一族の長、雨村 唐命とうめい。キゲンハコンヤマデ。ソレデハケントウヲイノル」


「了解」


 小鳥からおおよその情報をきき、早速私は夜の街の屋根を走り抜ける。

 次の目的地に着くまでの間、万妖麗寿が私に質問をする。


「なあ蜜奈」


「ん?」


「ちょくちょく口調が変わったり戻ったりするが、あれはなんなのだ?」


「ああ。それか」


「ああ。それかって言うことは、自分でも自覚しているということか」


「そうそう。暗殺の事務とか、つまんない会話の時とか、なぜかそういう口調になっちゃうんだよね」


「そうなのか。蜜奈って意外と癖が多いのだな」


「私の前世には『無くて七癖』ってことわざがあってね。どんな達人でも7癖くらいはあるよっていう意味なんだ」


「そうか。だが戦闘中には癖のようなものは見当たらなかったが?」


「そんなことないんじゃない?流石に1つや2つなんかあるでしょ。私は把握してないけど…」


 とかなんとか、そんな話をしていたら、雨村の屋敷の近くまでついた。とても巨大な屋敷だ。さっきのラクシ8世の屋敷の6倍ほどありそうだ。


「今回の暗殺はどうするのだ?」


「今回の暗殺方法は狙撃。雨村は魔法で名を馳せた大きな貴族。だけど現在は過去の栄光にすがり、大して強くもない一族の長がまとめ役だという。その現状を打破するための暗殺だと考えられるね。魔法使いと言うには穢らわしいけど、魔法を使う相手なら狙撃で安全圏内から攻撃するのがいいだろうって魂胆かな」


 私は200メートルほど屋敷から離れた路地裏に入る。視界としては屋敷の半分程度が映るくらいだが、問題はない。


「銃での狙撃もいいのだけど、発砲音と火薬などの光でバレるのはまずい。だから今回の狙撃は弓で行う」


「ほう」


「それじゃあ…」


 私は弓と矢を構える。


「任務開始」


 情報によれば奴はかなりの酒好き、というよりも酒カスらしい。毎日飲みに飲んでは、窓からゲロを吐くらしい。今日も大量に酒を飲む姿が確認されたというので、この方法で確実だろう。


 ターゲットが現れる。


「今日ものんだじ…え。ヒック!うぷ、また吐き気をもよおしてきたで…うぷ!」


 奴が窓から顔を出す。汚いビール腹に一度入ったアルコールが口から大量に吐き出される。


「うわ、これは相当汚いな」


「目標確認。弓矢装填。照準完了。発射」


 パシュン


 雨村が撃ち抜かれる。後ろに倒れ、窓から見える視界から外れたが、生命活動の停止を気配で感じ、場を離れる。


「依頼完了」


 そして少し離れた路地裏、また例の小鳥が目の前に現れる。


「イライ、ゴクロウデアッタ。キョウノシゴトハイジョウデアル」


「了解」


 鳥は路地裏の暗闇に溶け込み、消えるかのようにどこかへ行った。

 そして私は伸びをする。


「んーっ…!さて、これで今日の仕事は終了!帰ってさっさと寝ちゃおっか!」


「随分と早い仕事、お疲れ様だな」


 そして私は帰路に着くのであった。



 ~次の日~



 私は昨日何もなかったかのように登校し、授業を受けた。6時間授業をしっかりと集中して聞いた。そして放課後になり、帰ろうとしたところに、


「蜜奈ちゃん」


「ん?山科ちゃん?どうかしたの?」


「昨日は楽しかったですね!」


 山科ちゃんが話しかけてきてくれた。


「うん!友達と遊びに行ったのなんて初めてだったけど、楽しかったよ!」


「私もほんとに!実は友達と遊ぶの、私も初めてだったりするんですよね…。」


「へー。みんなと遊んだことなかったの?」


「今まで家の用事が沢山あって…ってそうじゃなかった。先生が呼んでましたよ?早く職員室に来てくださいって」


「え」


 唐突な話題変換に私は驚く。しかも内容が職彩先生という最悪の内容だった。


「なんでも、雑用を早速やってもらうとかなんとか言ってました。なにやっちゃったんですか…」


「あー…」


 そんなこんなでめんどくさいと思いながらも私は職員室に向かうのだった。




「失礼します」


 職員室、それぞれ授業が終わり、様々な先生がいるが、みんなそれぞれ帰る支度をしている。


「おう蜜奈。お前は早速雑用をしてもらうとしよう」


「そんなぁ…」


「お前は歴史資料室にて、掃除をしてもらう。2時間とってやるから、みっちり隅々まで掃除するんだぞ。それから、お前と同じ、罰で掃除をする奴ら2人がいるが、お喋りして掃除できませんでしたは許さないからな」


「…はい」


 そして私は歴史資料室に向かうのだった。


「あの人ほんとにいちいち話長くてムカつくんだけど!」


「ああ、ずっとねちねちしてたな」


「もー、ほんとだよ。しかも歴史資料室って、絶対に壊せないものとかあるじゃんもう絶対さ…」


「まあ、気をつけていれば、なんの問題もないだろう」


「ちぇーっ。まあいいや。ここが歴史資料室かな?」


「そうっぽいな。上の看板に書いてあるし、間違いないだろう」


 そして私はドアを開ける。すると中にはもう既に2人、誰かがいた。


「えっあ?」


「ああ、私先生じゃなくて、掃除する人だから。気にしないでー」


「違くて、その、えと、あの、その…!」


「お兄ちゃん、しどろもどろすぎだよ!」


「あっ、悪い」


「?」 


「この前は助けていただき、どうも、ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「助けるって?…あー!わかった!」


 そこには、入学前に助けた2人の兄妹がいた。

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