第17話 食堂



 休み明けの学校、伊織は昼食をどうするかを朝から考えていた。今までいり浸っていた屋上に行く気にはなれなかった。屋上には和泉皐月がいる。彼女への好感を喪失した今となっては、ともに食事を摂ることなど到底できない。少年は学校内での居場所を完全に失っていた。

 

 授業中、開かれたノートをペンでつついていた彼は、ふと池の畔のことを思い出した。かつて自分の唯一の憩いの場所だった、あの誰からも忘れ去られた空間。しかし今や池の畔は鈴木琴子のものとなっていた。当然、伊織が安らげる場所ではない。

 

 伊織は琴子の席に目をやった。少女は横髪を垂らして黙々とノートをとっていた。その姿に、彼はなぜか心がかき乱される思いがした。自分の存在が、唐突に滑稽に、惨めに感じられてならなかった。

 

 わだかまりを消し去ろうと、伊織は窓の外に視線を向けた。いつかのように、嘲笑的なカラスの飛翔でも見られやしないかと思った。だが彼の視界に映るのは、ただ重苦しい冬の空と、その下で死体のごとくうずくまる無機質な住宅群だけだった。

 


 昼休みのチャイムが機械的に鳴り響く。席を立ち散っていく生徒たちに紛れ、伊織も教室を出る。いつもなら早足で歩くところだが、その日の彼の足取りは不思議と落ち着いていた。穏やかな歩調で階下へ下り、向かう先は食堂だった。

 

 中に入るとすでに多くの生徒たちが集まっていた。何人か教員の姿も見える。彼らは各々会話をしたり、食券機に並んだり、あるいは昼食もよそにはしゃぐなどしていた。高低様々な声色が幾重にも重なり、食堂内は喧騒にも似た賑わいを見せていた。

 

 そのただ中においても、伊織はいたって冷静だった。落ち着きを通り越して無心とも言える凪のような感情で、人々の群れの中に身を投じている。前後を他人に挟まれながら、料理を待つ者たちの列に並ぶことさえ、今の彼には苦ではなかった。

 

 伊織はカレーライスを注文した。外に出てパン類を食べることを習慣としていた彼にとっては、全くなじみの無い昼食だった。中央に置かれていた丸テーブルを選び、食事を始めた。スプーンでルーと白米を掬い、人々の話し声とともに呑み込むと、辛みのある濃い味わいが口の中に広がり、身体全体が熱を帯びるようだった。

 

 たまにはこのような昼食も悪くないと思いながら、伊織は食べ続けた。琴子と皐月、二人の少女に疲れ切っていた彼は、そのどちらにも対面しなくて済むというだけで、人で溢れかえる食堂内で食事を摂るのもやぶさかではないのだった。

 

 人々の話し声と行き交う足取りの中、伊織は黙々と食事を続けた。そしておおかた食べ終わり、水の入ったコップに手を伸ばした時、彼の前で一人の人間が足を止めた。

 

 何かと思い、伊織は手を止めその人物を見た。彼の前に立ち止まったのは、背が高く、髪を短く刈った男子生徒だった。

 

「綾瀬伊織だな」

 

 低い声が響いた。声色にはなにかただならぬ雰囲気が込められていた。

 

「来い」

 

 鉄のように硬い命令口調で男子生徒は言い放った。

 


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