第3話 ルーナの心境

 私の名前はルーナ・ライト。

 少し前――だいたい1か月ほどくらい前にこの研究室へ連れてこられて、地獄のような日々を送っていた。

 連れてこられた3日後に、私の寝る部屋に1人の少年が連れてこられた。

 名前はルフト・ハルマールといった。

 彼は私と同じで、外にいたときに連れ去られ、いきなりこんな地獄へ落とされた。

 それでも、たった3日で壊れてしまった私の心を笑顔で励まして、支えてくれた。

 1週間ぐらい前に、久しぶりに普通に笑えた気がする。

 それも全部ルフト様のおかげだ。

 彼がいなければ、私はここで捨てられた機械のように動かなくなっていただろう。

 彼は私の生きる意味そのものであり、私が生きるのは彼のためだ。


 そんな風に思っていたけど、ついにルフト様が研究員に呼ばれてしまった。

 研究員に呼ばれた子供が無事に戻ってきたのを見たことがない。

 ほとんどがすぐに死んでしまい、奇跡的に生き残ったとしても、みんな人形のようになって動かなかった。

 死んでいるのと変わらない。


 ルフト様がいなくなってしまう。


 そう思うと私は生きていられないほど苦しくなった。

 ルフト様には生きてほしい。

 そう思って私は逃げることを提案したけど、笑いながらみんなの為に逃げられない、と言った。

 本当に優しくて、自分のことを考えない人だ。

 もっと自分を大事にしていいと教えてくれたのはルフト様なのに。

 今度は振り返ることなく歩いていく。

 決して生きて戻れないことを知っていて、それでもみんなのことを考えて死にに行くのだ。


 「私を一人にしないで. . . . . . 」



 ♢ ♢ ♢



 行ってしまった。

 もう会えないと思うと、涙が溢れてくる。

 こんな地獄で手に入れた唯一の生きる意味を失ってしまったのだ。

 もう私は生きていられない。

 ルフト様が来る前みたいに、そのうち動かなくなるだろう。

 もうどうやって笑うのかも忘れてしまった。

 彼以外に見せる笑顔など無いのだから、別に問題はないけど。


 知らない間に泣いていたが、いつものように研究員が鞭を打ってくる。

 私も早く彼の元へ逝こう。

 この過酷な仕事をやっていればすぐに行けるだろう。

 もう手伝ってくれる人はいないのだから。



 ♢ ♢ ♢



 そうして無心に働いていると、すごい殺気を感じた。

 誰かが近くにいたわけでもないのに鳥肌が立つ。

 いっそのこと私も殺して彼の元へ送って欲しい。

 そう思っていたとき、私の名前が呼ばれ、いきなり抱きしめられた。

 本当にびっくりしたけど、私の名前を知っていて、この温かく落ち着く感覚をくれるのは1人しか知らない。


 「ルフト様. . . . . .?」


 「そうだ、俺だよ。ここから脱出しよう」


 それはここにいるはずのないルフト様だった。


 「えっ、どうしてここに. . . . . .」


 ――ドタドタドタッ


 そんな時に他の研究員が慌ただしくこちらへ向かってくる。


 「俺もよくわかってないが、とりあえず脱出しよう。ルーナを守る力は手に入れたから」


 よくわからないけど、このまま殺されてしまうよりは脱出したほうがいい。


 「?. . . . . . わ、わかりました。あ、でも. . . . . .」


 「どうしたんだ?」


 ルフト様が脱出できるというならできるのだろうけど、他の子供たちはどうなるのだろうか。

 私はほとんど話したことは無いが、それでもルフト様のおかげで普通に笑えるようになってからは少しずつ周りの子供と話をしようとしていた。


 「他の子たちも. . . . . .」


 せっかく脱出できるチャンスだけど、他の子たちを見捨てて逃げても後で絶対に後悔する。

 ルフト様に余計なことを言ってしまったが、それでも見捨てるよりはマシだ。


 「わかった。ここの研究員を全員消そう。そうすれば他の子供たちも安全に出られる」


 ルフト様は簡単なことのように仰ったが、それができるのならこんな研究所は生まれていない。


 「. . . . . .できるのですか?」


 ルフト様の言葉を疑ってしまったが、こればかりは仕方がなかった。


 「それがルーナの望みなら」


 「っ、お願いします!」


 「それじゃ、俺は他の研究員を消してくるから。ルーナはここで待っていてほしい」


 「危険です。全員と戦うなんて」


 さっき自分で頼んだことなのに、つい否定の言葉を口に出していた。

 全員を消さないと子供たちが助からないというのは理解している。

 それでもルフト様がまたいなくなってしまったらと思うと、どうしても行ってほしくなかった。


 「もう既に30人は消した。あとは俺が知らない研究員だけだ」


 「でも. . . . . .」


 「じゃあ、30秒だけ待っていてくれないか?絶対に戻ってくるから」


 なおも私が渋っているのを見て、ルフト様はたったの30秒で全員を消すと仰った。

 不思議とその言葉は信じることができ、30秒ならきっと戻ってきてくださることを確信できた。


 「30秒だけですか. . . . . . わかりました。絶対ですよ」


 「あぁ、絶対だ」


 そういってルフト様は部屋を出ていく。

 30秒という短い時間のはずなのに、私にはとても長く寂しい時間に感じた。



 ♢ ♢ ♢



 30秒経ったのかどうか私にはわからなかった。

 ただ言えるのは、ルフト様がいないこの時間がとても苦しいものであったということだ。


 部屋のドアが開く。

 そこから現れたのは、いつもの研究員ではなくルフト様だった。

 約束通りにちゃんと帰ってきてくださったのだ。


 「ただいま。ちゃんと帰ってきたよ」


 「ルフト様っ!」


 ちゃんと戻ってきてくださったことが嬉しくて、ルフト様に抱き着いた。


 「ごめん。できるだけ急いだんだが. . . . . .」


 ルフト様は私の頭を撫でながら、優しくそう仰った。

 きっと私の無茶な約束を守るために急いでくれたのだろう。


 「いいえ、無事でよかったです。私のせいで何かあったらと思うと. . . . . .」


 「ちゃんと無傷だ。ここの研究員ももう生きていない。みんな安全に脱出できるよ」


 「ありがとう、ございます。 うぅ. . . . . .」


 ここの研究員がいなくなったことが理解できて安心するとともに、今まで抑えていた感情が溢れ出した。

 もう会えないと思っていたルフト様に会えた驚きと喜び。

 今までの悲しみや不安、苦しみなどがすべて混ざって溢れていく。


 「ごめん、怖い思いをさせて。もうルーナのそばを離れないよ。絶対に」


 「. . . . . . はい」


 そう約束され、私の両目からは涙がこぼれ落ちる。

 ルフト様は私が落ち着くまで抱きしめて、頭を撫で続けてくださった。

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