ノラネコになりたい

こと。

1

 猫のおなかは柔らかい。


 窓の外、芝生の生えた青い庭は、ノラネコのすみかとなっている。

 そこでゴロンと横になった茶トラの猫は、ふんわりとしたお腹を涼風にそよがせていた。


 密度が大きいのか、もっふりとしている。秋風そよぐ夕方なのに、なんだか温かそうだ。


「ノラネコは自由気ままでいいね」


 私はコタツに足を突っ込んだまま、ずり落ちた毛布を肩にかけなおした。

 ズズっと鼻をすすりながら思う。


「休みの日が続けばいいのに」


 ふぅと息を吐いて思う。

 私はいつも、朝起きると知らない場所にいる。


「全く働かないのも、ストレスになる」


 人間って贅沢だよね。

 ないものねだりにもほどがあるよ。


 今日を暮らしているだけでありがたいっていうのに。


「ああ、ノラネコになりたい」


 ノラネコは自由気ままでいいね。


 しかし、分かっている。

 自由などないということを。


「……」


 知っている。

 でも、羨んでしまうのだ。


「……」


 自分ができることは、これからの自分と生き方を変えること、そんなのは分かっているのに。


「これ食べたらもう寝よ」


 みかんの皮を取って、一房もいだ。口にそれを放り込む。


「うま」


 美味いものは人を幸せにする。

 束の間、嫌なことを忘れさせてくれるのだ。


 気づいた時には、みかんの皮が捨てられていた。

 外にいたノラネコも、すでに立ち去っていた。


「さて、寝るか」


 手を洗い、赤くなった手を擦って、部屋の電気は消えていた。


「さよなら、今日の私」

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ノラネコになりたい こと。 @sirokikoto

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