第34話 閑話 セイギノミカタ

「……はっ!」 


 オレサマは悪夢を見たように飛び起きた。そして、すぐさま部屋を見回して、あの恐怖の象徴のような美少女がいないか確認する。


「はぁ……はぁ……いない、か……」


 荒い息を整え、少し落ち着いたところで、俺はびっしょりと汗をかいていることに気がつく。べったりとインナーが肌に纏わりついて気持ちが悪いため、すぐに洗浄魔法を使った。既に窓の外は明るくなっており、暖かな日光が昨晩の出来事はただの悪夢だったかのように思わせてくる。


「あれは何だったんだ……」


 どっと疲れが出た俺は、そのままドサッと椅子に荒く座る。椅子はギシギシと不快な音を立てるが、そんなものを気にしている余裕はなかった。

 とんでもなく強い精霊族の美女と恐怖の具現化のような美少女。たった一晩でオレサマが築き上げた世界を蹂躙していった化け物。あの何処までも冷たく、それでいて次々と色を変える宝石のような瞳。それが、あの出来事が現実だと突き付けてくる。


「う……」


 オレサマの後ろから声がした。振り返るとオレサマの右腕であるパイソンが頭を押さえつつ起き上がる姿があった。パイソン以外にもオレサマの部下が床に倒れており、続々と目を覚ましていた。

 全員起きたところで、オレサマたちは昨晩の出来事が悪夢ではないことを確認した。


「やっぱりアレは夢じゃなかったんですね……」

「あんな化け物がこの街にいるなんて思わなかったが……」

「でも、俺たち全員無事ですぜ?」

「無事、ねぇ……」


 本当にそうだろうか? あの美少女―ユニと言ったか。アレはそんな生易しい奴じゃねぇ。獲物はどこまで追い続けて絶対に仕留めるタイプ。つまり、オレサマたちは仕留められた後ってことだ。


「正義の味方、ねぇ。一体何したんだ……」

「わからないです。ボスのデコに触ったと思ったら、ボスが気絶しました。たぶん、俺もです」

「全員そうか? ……まあいい。考えてもわからない以上、オレサマたちはいつも通りのことをやるだけだ」


 良さげな獲物がいたら攫って売る。横やりを入れる身の程知らずを潰す。お高く留まった貴族様からの依頼をこなす。いつもの事だ。いつもの事だが……何故、こんなにも心躍らない? いつもならいい女をどうやって犯すかで盛り上がるのに、ちっとも気持ちが高ぶらない。


「ボス?」

「……お前ら、テンション低いじゃねぇかよ」

「……確かにそうですね。なんか、盛り上がれないです」


 パイソンの言葉通り、ちっとも気が乗らない。いつも通りのことを考えるだけでひどく退屈だ。何も考えずに昼間から酒でも飲んでいた方がよっぽど有意義に感じる。


「……ダメだ。気が乗らねぇ。今日は休みでいい。あんなこともあったしな」

「了解です」

「つーわけで解散だ、解散」


 オレサマの言葉に部下たちは従い、全員が出て行った。オレサマも気分転換に外出することにした。着替えて屋敷の外に出ると、いつも通りの景色が広がっていて、庭師がオレサマを見つけて震えながら深々と頭を下げた。それを見たオレサマの背筋に不快感が走る。

 何だってんだ!? 意味がわからねぇ!


「クソがあっ……!」


 その不快感の理由がわからず、イラついたオレサマは足元の石を庭師に向かって蹴ろうとしたその時、全身を這いずり回るような不快感に襲われる。結局、石を蹴ることはできず、オレサマは逃げるようにその場を立ち去った。

 その他にも目の合ったクソ野郎を殴ろうとした時も、オレサマの前を歩いていたクソアマを蹴ろうとした時も、露店からみかじめ料を取ろうとした時も這いずり回るような不快感が襲ってきた。

 何も上手くいかず、疲れたオレサマは表通りの広場に出てベンチに座る。


「何だってんだよ……」


 これがあのユニが言っていた罰ってやつか? 世間一般でいう悪行とやらをしようとすると不快感が走るのは。どんな魔法でやったか理解できねぇが、随分と遠回しなことをする。とんだ嫌がらせだ。だが、慣れれば何とでもなりそうだ。あんなこと言っておきながら詰めが甘ぇ。

 この時のオレサマは愚かにもそう思っていた。だが、本当の罰はこんな比ではなかった。後から考えれば、この不快感は単なる副作用みたいなものだった。


「ん?」


 目の前を歩くババアが子どもに引っ張られた際に巾着を落とした。恐らく財布だ。散々な目に会ったが、ようやく運がオレサマに向かってきたのだろうと思った。最初は。

 意気揚々とその財布を拾い上げる。そこで、このまま懐にしまうと不快感に襲われると思ったオレサマは血迷ったのか、何故かそのババアに財布を返してしまった。


「おい、アンタ。落としたぞ」

「え? あっ!」

「ママ~こっち~」

「ちょっと待って! すいません、何かお返し……」


 気ままな子どもに引っ張られながら必死に足を止めるババア。別に金は腐るほど持っているのでお返しなどいらないし、貧乏人が払えるはした金なぞオレサマに必要ないためババアの申し出を断る。


「いらねぇ。次は無くすな」

「はい、ありがとうございます」


 「ありがとうございます」。その言葉を言ったババアはすぐに人混みに消えていった。一人残されたオレサマはその場で立ち尽くしていた。なぜなら……。

 な、なんだ……!? この気持ちは……!? 最高の女を犯した時以上の幸福がオレサマの全身を満たしている……!? 気持ちいい……。


「……はっ!」


 一体、どれほど立ち尽くしていたのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。あの快楽をもう一度……! もう一度感じたい……!

 オレサマは弾かれたように走り出した。ほんの些細で小さな親切をすると貰える「ありがとう」の言葉。それがオレサマの理性を溶かしてくる。気がつけばすっかり暗くなり、人影はない時間になっていた。


「はぁ……はぁ……」


 夜風が火照ったオレサマを冷やす。人がいなくなった事もあり、ようやう冷静に思考ができるようになってきた。そして、オレサマはユニがしたことに見当がついた。そして、その罰についても。

 屋敷に戻ると、何故か部下たちが勢揃いしていた。丁度いいと思い、ともに夜食を食べながらオレサマの推測を教える。


「あの女―ユニがオレサマたちにしたことだが、善行に依存させたんだ」

「善行に、依存……? あー……」

「全員、昼間に体験したから集まったんだろ?」

「「「はい」」」

「これからオレサマたちは『正義の味方』になるらしい」


 馬鹿みたいに「ありがとう」を求めて人助けをする存在。一体どうやったらそんなことができるのか。皆目見当がつかないし、そんなことはどうでもいいくらいの罰もある。


「全員、心して聞け。これからオレサマたちが通る苦行を」


 俺の話した後、全員が青ざめた。

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