第33話 天誅
「ウィーディ、少し外に出ていなさい」
「……なんで?」
「見たくないものを見ることになる」
これから俺が行う天誅は真っ当なものではない。精神的に子どもなウィーディには重すぎる。それに、そんな外道を俺がする姿を見せたくない。
しかし、ウィーディはふるふると首を振った。
「見る」
「何も信じられなくなるぞ?」
「それでも、わたしはユニを信じる」
「…………はぁ、口出しはしないこと。守れるか?」
「守る」
「わかった」
ウィーディの意思は固いようだ。ならば、その覚悟を受け取るのも俺の役目。ウィーディの視線を背中に受けつつ、俺はロデオたちに対面した。スッと視界がクリアになり、時間がゆっくりと感じられる。どうやらゾーンに入ったようだ。
「いいねぇ~。君、ユニちゃんって言うんだ? 今度はユニちゃんが相手してくれる感じ? あのクソアマはとんだ甘ちゃんだっがばぼぼぼぼ…………!」
ロデオたちが陸地で溺れる。突如として水の塊が顔面に張り付くように現れ、盛大に水を飲んだのだ。俺はロデオの顔色が若干悪くなった辺りで水魔法を解除する。
「ゴホッ、ゴホッゴホッ……」
「貴様らは間違っている。ウィーディはその強靭な理性を以て感情の奔流に打ち克ったのだ。それに対して貴様らはどうだ? ただ自分の欲求のままに他者を蹴落とし、食い物にする姿、畜生そのものではないか」
人間が他動物たちと違う点は何か? それは理性の有無だ。類稀な理性により人間は他動物とは一線を画す存在へと進化した。誠に残念ながら、人間たりえる理性を持つ者はそう多くはないのだが。
「ゴホッ……ゴホッ……。こ、殺す気か! オレサマを殺したらどうなるか……」
「別に死んでくれても構わないよ」
「……は……?」
「いっそのこと殺した方がいいかもしれないな。気分がスッキリする」
「な、なんだと……? テメェ、さっきの話聞いてたのかよ!?」
何を言うかと思えばそんな事か。くだらない。心底下らない。死を前にしても笑っていられる強者かと思ったが、自己保身に自信があるだけだったか。つまらない。
「聞いていたとも。貴様の言うことは正しい。で? それがどうした?」
「それがどうしたって……!?」
「私は私と私の周囲の者が守れればそれでいいのでね。赤の他人がどうなろうが知ったことではない。彼らに恨まれる筋合いもなければ、そもそも思い違いも甚だしい。それまで自分たちがしてきたことが返ってきただけ。因果応報というものだ。付け加えるなら、私たちは冒険者だ。何時でも街から出て行ける」
どうした? 黙りこくって。俺の口から冷淡な言葉が出たのがそんなに意外か? 残念ながら、俺は畜生の在り方ってのは嫌というほどしっているからな。奴らを人間と思えないのさ。
「……て、テメがばばぼぼぼ……」
「無為な会話はもう十分だろう。これ以上、貴様らは話す必要はない」
頭が真っ白になったロデオは、必死になって知恵を絞り突破口を見つけ出そうと口を開こうとしたが、俺は端からそのつもりはない。無駄な会話をするつもりはないし、畜生相手なら一方的で理不尽な力の方が恐怖を与えられる。
再び陸地で溺れかけたロデオたちの目は明らかに怯えていた。あぁ、この瞬間が一番楽しい。これまで他人を散々虐げてきたクソ畜生が虐げられる側に回った時の感覚は、至上の快楽だと断言できる。
「ところで、貴様らはパブロフの犬を知っているか?」
「パブロごぼぼ……」
「喋るなと言ったはずだ。この場の主導権を握っているのはウィーディでもなければ貴様らでもない。この私だ。畜生は黙って頷いていろ」
心が折れる音が聴こえた。ロデオたちは口を堅く引き結び、震えるように肯首する。俺の独壇場と化した部屋の中で、俺はロデオたちにが知らない物事を訊ねる。
「パブロフの犬を知らないか。簡単に説明するならば、人間の哀れな実験に付き合わされた犬の名だ。彼は実験として餌を与える前にベルを鳴らされ続けた。どうなったと思う? 彼はベルの音を聞くだけで餌の時間だと勘違いをして涎を垂らすようになったのだ」
突然の話についていけない一同。それもそうだろう。多少の知識がなければこの実験の恐ろしさはわからない。パブロフはベルの音と餌を条件づけられてしまった。言い換えれば、外的要因によって脳を作り替えられてしまったのだ。
そして、これは人間にも当てはまる。例えば梅干の写真を見て唾液が出るだろう? それも同じものだ。これが意味するところは、部外者によって人間も調教できるということに他ならない。
「では、薬物依存についてはどうかな?」
今度はロデオたちが頷いた。流石は違法薬物を売買していることはある。薬物依存に陥るとどうなるか、しっかりとしているようで一安心だ。これで恐怖をプレゼントできる。
「薬物依存は完治しない。依存患者の話によると、薬物の話を見たり聞いたりするだけで薬物のことしか考えられなくなるそうだ。まるで、脳みそがドロりと溶けてしまったように」
ロデオを含む何人かが顔を顰めた。どうやらその光景に心当たりがあるようだ。きっと薬物依存者に襲われたのだろう。大事な金蔓だから不用意に殺せず、面倒だったに違いない。
「さて、必要な講義はこの辺りでいいだろう。そろそろ始めようか。貴様らへの天誅を」
俺はゆっくりとロデオに近づく。他の掴まったメンバーは何かわからない恐怖を感じているだけだが、ロデオは違った。その無駄に明晰な頭が、俺が話した二つの物事とこれからの天誅を結び付けてしまったのだ。
「や、やめ……」
「安心しろ。私は殺すつもりはないし、貴様が死んだとしても誰も悲しまない。どちらに転んでも私にとって影響がない」
「いやだ……嫌だ……!」
「心配するな。脳みそを少し弄るだけ。事が終わった後、文字通り世界が変わって見えるくらいだ」
「やめろやめろやめろやめてくれやめてくれやめてください――」
ロデオが顔面蒼白になりながら狂ったように懇願をし出す。その様子と俺の言葉から、何となく自分たちの未来を予見した部下たちも一斉に震えだす。
しかし、俺はそんなことお構いなしだ。反省するのが遅すぎるし、言葉だけで許されるはずがない。
「罪科には懲罰を。一生をかけて償うといい」
俺はロデオの額に手を触れる。
それだけで必死に抵抗していたロデオの動きが止まった。恐怖と絶望に染まった瞳は、畜生にはお似合いだと思う。
「次目が覚めた時、貴様らは正義の味方パブロフとなることだろう」
俺は嫌がらせ魔導を発動した。
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