第32話 人が人たる所以とは
よいしょ、よいしょ。……かんぺき~。いい仕事した~。ふぃ~。
俺は額の汗を拭う仕草をする。ロデオたちに魔封じの手枷をつけ、椅子に縛り付けていたのだ。尚、ロデオたちを運んだりしたのはウィーディであり、俺はロープで縛っただけだ。俺のロープワーク技術が火を噴くぜ。
「じゃ、俺は後ろで見てるから」
「うん」
俺は高級そうな革張りの椅子に座って事の行く末を見守ることにした。俺の視界の中、ウィーディがロデオたちを引っぱたいて叩き起こしていく。
部下たちは自分たちの置かれた状況が理解できずに何やら喚いていたが、ロデオだけはすぐに状況を飲み込み、ただ静かに俺たちが話し出すのを待っていた。
「わたしから提案がある。二度と悪いことしないで。それを約束できるなら解放する」
「……ハッ」
それまで真顔でいたロデオが、心底馬鹿にしたような目でウィーディの提案を嗤う。俺は「だろうな」と思っていたが、ウィーディは理解できないように首を傾げていた。素直で正直な内面幼女のウィーディには、真正の悪というものの考え方が理解できなかったようだ。
「悪くない提案だと思うけど?」
「ハッ、ハハハッ。下らねぇ。こんな夢見がちなガキに負けたとか信じたくねぇな」
縛られて身動きの取れないロデオが、次第に下卑た笑みを浮かべる。部下たちも同じようにニタニタとウィーディを嗤う。
「何が可笑しいの?」
「これが笑わずにいられるかよ。クソアマが」
「立場、わかってる?」
ロデオに煽られ、ウィーディは少し不機嫌そうに拳を握る。部下は笑顔が引き攣るが、ロデオはニタニタ笑みをやめない。そして、余裕そうに口を開いた。
「わかってねぇのはテメェだろう? オレサがいなくなれば全てが解決する気か? 想像力の欠如が著しいなぁ?」
「……」
「オレサマが“商売”をやめたらどうなると思う? 悪人がいなくなってめでたしめでたしってか? 残念ながら違うなぁ。オレサマ以外の悪人が出てくるだけさ」
「……!」
ウィーディの目が見開かれる。ロデオの言葉を聞いて、初めてその可能性に行きついたようだ。そんなウィーディの反応を見て何かを確信したロデオは畳みかけるように言葉を続けた。
完全にロデオのペースに飲まれたか。厳しい言い方になるが、ウィーディの考え方は物事を知らない子どもの妄言だ。これからロデオに儘ならない現実を見せられることになるだろうが、どうか折れずに堪えてくれ。今のウィーディに最も必要なのは精神力なのだから。
「この街が表向き平穏を保っていられるのは、このオレサマが裏社会を仕切っているからだ。そんなオレサマがいなくなれば必ず別の悪人が出てくる。その悪人はオレサマより過激に、苛烈に、鮮烈に悪行を行うかもしれねぇ。わかるか? これまで見ず知らずの他人が多少犠牲になるだけで済んだのに、テメェの身勝手な考えのせいでもっと多くの被害が出るんだぜぇ?」
ロデオの言っていることは事実だ。この世から悪を無くす方法はなく、必ず悪は生まれる。それが人間というもの。もし、これまで多少の悲鳴を無視しておけば得られた平穏を奪われたら、多くの人はその悪ではなく悪を倒した正義を叩く。実に吐き気がする。
「……そんなの、全部……倒す」
「へぇ? 自分が絶対的な正義だと? 力で全ての他人を従わせるつもりか? それはオレサマと何が違う?」
「! お前とは違うっ!」
「違わねぇよ。……あー、やっぱ違うわ。オレサマは裏社会に一定の秩序をもたらすだけだ。他人全否定のテメェとは違う」
「違う!」
「だったらオレサマを殺せばいいだろ? テメェが正しいんだったら。ほら、テメェの正義を証明してみせろよ」
「……っ!」
ロデオが自らを殺すようにウィーディを誘導し始める。その誘いに乗って、もしロデオを殺せばロデオの言う通りの結果が待っている事だろう。逆にロデオを殺さなければ悪に屈したことになり、ウィーディの言葉は薄っぺらいだけの正義であることの証明になってしまう。
物を知らないだけで賢いウィーディはそこまで理解できてしまった。己の迷いを表すかのように握った拳が揺れている。そして、最後にはその拳を静かに降ろした。
「あれぇ? 殺さないのかなぁ? 」
「……うるさい」
「テメェの言葉はそんなに軽いのぉ?」
「黙れ!」
「黙らねぇよ。今度はオレサマの番だ」
煽るような口調から、急にドスの効いた声になったロデオ。その変わり様に実力で圧勝したはずのウィーディに、微かな怯えが見え隠れする。
「責任取れよ。オレサマにこんなことをしておいて、タダで済むと思ってねぇよな?」
「……」
「もっと噛み砕いていってやろうか? オレサマに従え。オレサマの言うことは絶対だ。簡単だろ?」
「……っ」
「いいねぇ~、その顔。この瞬間が堪らねぇ~」
「……このっ……」
ウィーディが咄嗟に拳を振り上げる。しかし、感情のままに振り下ろすことはなかった。振り上げられた拳は激しく震え、理性と感情の葛藤がありありと伝わってくる。
「殺すの? 殺さないの?」
「……」
「なーんだ。つまんね」
ゆっくりと拳を降ろしたウィーディ。ロデオの言葉を無視し、振り返って俺を見た。その目は今にも泣きそうで、悔しさいっぱいといった表情をしていた。荒れ狂う感情を理性で抑えるその目は、俺の人生の中で一番美しかった。
「ユニ……」
「もういいのか?」
「……助けて」
自分ではどうにもできないと悟り、それでもどうにかならないか、なって欲しいという懇願に近い声を俺は聞いた。
「わかった」
約束したからな。俺の全てを用いて、この救いようのない下衆どもに天誅を与えてやろう。
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