第20話 ピンチはチャンス!
そんなこんなで丸三日。俺達は森の中を彷徨っていた。宿には留守にする旨を伝えてあるので問題ない。それより喫緊の問題は、今目の前に吐いて捨てるほどいる魔物の群れだ。スライムからオーガまでより取り見取り。さながら魔物のバーゲンセールだ。
「ユニ! ぼうっとしないで!」
「すまんすまん。ちょっと死んでた」
「死なないで!」
「はいよー」
へ? ウィーディがキャラ変したって? 俺もそう思う。この三日間、死に物狂いで魔物を狩りまくった結果、ウィーディが生まれ変わった。あの人見知りの犬系だったウィーディが、頼れる女上司ポジになってしまったのだ。あどけなさの残った顔から端整な顔つきに変わったようにも見える。あ、ちなみに俺は無傷です。
ウィーディが持つ武器はあの刀だけ。精霊族ならではの魔力量で刀身を最高の状態に保ちつつ、体術を織り交ぜる戦い方は見る者を魅了するほど美しい。
「ユニが余計なことするから……!」
「わかっててやった。反省も後悔もしてない」
「ばかっ!」
俺がやったこと。それは“サイレン”と呼ばれる魔物を攻撃したこと。サイレンはその名の通り、身に危険が迫ると爆音を鳴らし、周囲一帯の魔物を呼び寄せる能力があるのだ。それを脳内事典でわかっていながら手を出した。
「ウィーディの試練には丁度いいかなって」
「いいけど……いいけど!」
「ならいいじゃん」
「よくない!」
そんなかっかしなさんなって。カルシウム不足か? おっと、睨みつけられた。器用だなー。頑張れー。
ウィーディが死に物狂いで戦っている間、俺はただ遊んでいただけではない。俺だってちゃんといろいろ訓練をしていた。気配感知をしっかりと習得したし、魔法も練習している。複数の魔法を同時に、様々な変化を持たせて。それはもう吐き気と頭痛と倦怠感で死にかけるくらいには。
「だいぶ少なくなってきたな」
「まだ強いのが二匹いる」
「……本当だ。しかも、ちょっと比較にならないくらい強いな」
やべーケツ持ち二匹とか、この戦いの締めに丁度いいじゃん。やっちゃいましょうや。
ウィーディが近くにいた魔物を切り伏せる。それでモンスタートレインは終わったようだ。残った魔物は散り散りに逃げていく。それはウィーディに勝てないと悟ったからか。それとも、後ろから迫る気配に臆したからか。その気配の主がゆっくりと姿を現した。
「Dinosaurs!?」
「だいな……?」
「恐竜だぁー!? 一狩り行こうぜ!」
鬱蒼とした密林からゆっくりと姿を現したのは、子どもに大人気の恐竜だ。その名もティラノサウルスとトリケラトプス。地球のものより一層凶悪さを増したそれは、モンスターをハントするゲームに出てきても違和感はない風貌をしていた。
「ウィーディ、仕上げだ」
「ん。勝つ」
「援護は?」
「……一人で戦いたい」
「わかった。俺は自分の身を守る。全力で戦え」
「ん!」
―
「Grrrrrrrrrrrr!!!」
ウィーディが刀を上段に構える。殺気を感じ取った二匹の恐竜は立ち止まり、樹海に轟く咆哮を上げた。それが戦闘開始の合図となった。
ウィーディが走る。ユニが戦場の近くにいると集中できないことが一つ。もう一つは巨体の相手には張り付いての戦闘の方が優位に戦えることだ。
「シッ!」
刀がティラノサウルスの首筋に吸い込まれる。ウィーディの見立てではそこに急所があるのだが、そのぶ厚すぎる鱗によっていとも簡単に刀は折られた。魔力で即座に刀身を再生させるが、それでも驚きが隠しきれない。
「硬すぎる……」
たった一度の攻撃で、ウィーディは才能ゆえに悟ってしまう。もはや技術だけでは覆しきれない領域であることを。これまではどれほど厳しい戦いであっても、勝てる確信があった。だが、今回ばかりは勝ち筋が見えない。
一瞬にして思考が絶望に染まり、諦めの言葉が無数に浮かんでくる。そして、それは強敵相手に大きすぎる隙を生んだ。
「かは……」
ティラノサウルスの強靭な尾がウィーディにクリティカルヒットした。身につけた鎧はいとも簡単に砕け、何本もの木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた。
「……痛い」
全身にこれまで感じたことのない激痛が駆け巡る。たったそれだけの攻防でウィーディの心は完全に折れかけていた。どうせこのまま自分は死ぬのだろう。そう思った。
だが、その考えの通りには物事は進まなかった。何時まで経っても追撃は来ない。不思議に思い、重い頭をあげると、霞む視界の中にユニの後ろ姿が見えた。
「……すごい……」
ウィーディはにわかにはその光景を信じることができなかった。自分より弱いはずのユニが、自分より強い魔物二匹を相手に大立ち回りを演じているのだから。
半透明の球体に包まれたユニ。地面から生えた巨大な腕がティラノサウルスの頭部を殴り飛ばす。突撃しようとしていたトリケラトプスは突然足元に現れた沼に脚を取られ、盛大にすっころんだ。
「……何で……」
何故、自分は守られているのだろう……。何故、自分にできなかったことをユニができるのだろう……。何故、自分は魔法が使えないのだろう……。何故、あそこに立っているのが自分ではないのだろう……。浮かんでは消えていくその言葉の奔流には多くの「何故」が含まれていた。
悔しさのあまり自然と拳に力が籠る。そして、気がついた。刀は折れ、鎧は砕けた。しかし、自分の身体は掠り傷一つないことを。何時の間にか全身の激痛は消えていることを。
「……ん」
今、この瞬間、ウィーディは知った。この場で最も強い武器は他の何でない、自身の肉体であることに。
それまで心を覆っていた諦めが、ボロボロと音を立てて剥がれ落ちる。諦めるのは全てが終わってからでいい。ユニの背中を見て、そう理解できた。
「全てを拳一つで粉砕する」
その言葉通りの存在が、たった今、産声を上げた。
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